音の映画「Sea, See, She」が誘う現代サウンドアートのかたち:evala interview

文化庁メディア芸術祭のアート部門で優秀賞を受賞したインビジブル・シネマ〈Sea, See, She ー まだ見ぬ君へ〉を手掛けるサウンドアーティストevala。真っ暗なスクリーンを70分間眺めて生まれる自由なイマジネーションの物語。

by Saki yamada
|
24 August 2021, 7:32am

インビジブル・シネマ(耳で視る映画)として2020年1月に公開された立体音響作品〈Sea, See, She ー まだ見ぬ君へ〉は、視覚情報過多の時代におけるパンクアートと言えるだろう。ビジュアルによる情報を一切遮断し、フィールドレコーディングによって録音された世界の生音だけで構築されるその作品は、鑑賞者にこれまでにない映画体験をもたらし衝撃を与えた。制作者であるサウンドアーティストのevalaは話す。「同じ場所で同じ方向を向いて何も映らないスクリーンを眺める。それだけなのに鑑賞者ひとりひとりが違うストーリーを見て帰っていくこの不思議な現象は音でしか成し得ない。だから全く体験したことのないような次元にまで行けるんだ」。

このサウンドによる新感覚なエクスペリエンスは、鑑賞者の心を掴み、噂は瞬く間に広がった。今年発表された文化庁メディア芸術祭のアート部門では優秀賞を受賞し、スパイラルホールでの再公演が決定している〈Sea, See, She〉。この作品は一体、真っ暗なスクリーン上でオーディエンスに何を見せるのだろう?

会場には13個のスピーカーが設置され、開演と共に流れてくるサウンドは立体的な音のアーキテクチャを空間に作り上げていく。音は鑑賞者の耳を通じて彼らの眠っている記憶や経験まで到達し、そこから無数の物語を生み出す機能をした。「音響作品を作るとき、ストーリーや台本を書いたりすることはしない。手元にあるのは、世界中で録り集めたフィールドレコーディングの音だけ。時間も場所もバラバラな素材を組み合わせると、現実には存在しない世界が立ち上がるんだ。立体音響システムを使って空間にイタズラを仕掛けていくうちに、自然とストーリーが生まれて、どんどん時間が構成されていく」。聞いたことのある音が聞いたことない響きで鳴ったときに、音のファンタジーが生まれるとevalaは話してくれた。

実際、鑑賞者の感想は「最後のシーンが真っ黄色に見えたんですけど、照明はどのようにしているんですか?」「ひたすら遠くの海を眺めているようだった」「森を進んでいくと誰かに連れ戻されて、お母さんが目の前に現れた」と、全く異なるプライベートな体験に関するコメントで溢れていた。70分間、真っ暗なスクリーンを眺めて音を聞いているだけのはずのオーディエンスの目には、確かに様々なシーンが視覚的な情報として浮かび上がっていたのだ。それはまるで、ひとつの空間にパラレルワールドが存在していて、それぞれの視点からいくつもの世界を傍観しているようにも聞こえた。

「〈Sea, See, She〉というタイトルには耳をすまそうというステートメントも含まれてる。音楽は言葉の前にあったコミュニケーションツールで、音楽が生まれる前には音が存在した。今、音そのものに立ち返ってテクノロジーと共に何かを創作することで、開かれる新しい地平がある。目に見えないものをイマジネーションし、共存していくことが世界中で求められていると、より最近強く感じるようになった。今だからこそ感じられて現代でしか成し得ないものという意味では、コンテンポラリーアートを作っているんだと思う」。

2018-03_OurMuse1.jpg
2020-07_Haze.jpg

evalaはこうした音の実験的作品をプロジェクト「See by Your Ears」を通じていくつも発表している。初めは個人的な体験にフォーカスを当て、移動型の無響室が舞台となっていた。3メートル立法ほどの小さなスペースに一脚のイスを置かれ、体験者はたったひとり暗闇の中で約10分間の音響作品に耳をすませる。音は自分の体の周りを這いずるよう駆け巡り、ある時は頭蓋骨だけで振動したり、ある時は無響室そのものが広くなったり狭くなったりするような、今まで体験したことのないような感覚が次々と襲いかかってくる。それはまるで魔法のボックスに入り込んだかのような感覚だ。このフォーマットで発表したメトロノームの音をリアルタイムで加工していく作品「hearing things #Metronome」や 「Our Muse」といった作品は、海外の美術館やメディアアートフェスティバルにも出展。さらに今年には、オーストリア・リンツを拠点とするメディアアートの最先端コンペティションである国際賞プリ・アルスエレクトロニカ2021にて、空間音響アルバム『聴象発景 in Rittor Base – HPL ver』が栄誉賞を受賞するなど、着実に世界へと活動を広げているevala。9月11-12日には、その受賞記念の特別ライブも予定している。「やりたいことは、世界の原始からある音や波をつかって、人間の新しい知覚や感情を追いかけること。それを実現させるために、立体音響ってテクノロジーを楽器のように使っている」と語る彼が、次にどのようなファンタジーを生み出すのか想像が膨らむばかりだ。

evala_portrait(credit_photo by Susumu Kunisaki).JPG