人工知能で“愛”を観測する現代芸術家・岸裕真

AIはクリエイティブなコラボレーターになりうるのか? 究極に無駄なものだという現代芸術作品が映し出しているのは、次元を超える“愛”のエネルギーだった。

by Tatsuya Yamaguchi
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29 October 2020, 12:00am

1993年生まれのAIアーティスト、岸裕真の作品と対峙していると、私たちの深層にある固定観念が、ゆるやかに揺さぶられる感覚を抱く。AIが自動生成した無限のイメージをサンプリングして制作される“AIアート”は、抽象的で、予想不可能な動きを繰り返し、肖像画や春画といった人間のモチーフが常識外に歪んでいくさまは、私たちの美醜の枠組みを軽やかに飛び越えていく。

想像し難いかもしれないが、インスタグラムのアカウント名が「obake_ai」である彼の作品は、AIによって、私たちが暮らす空間よりももっと高次元の空間における眼差しをシミュレートして、平行世界の“幽霊”の姿を映し出していく。そして、次元を超えるエネルギーとしての“愛”について思考する作品なのだという。この特異なアプローチは、既存のジャンルの垣根を超える可能性を秘めていて、NikeとUNDERCOVERがコラボレーションしたアパレルラインのプロモーションムービーでも観ることができる。

話を聞くために喫茶店で待ち合わせた彼に、「作品に忘れがたい違和感を感じる」のだと伝えると、笑みを浮かべながら「それは愛の一片だからじゃないですか」と答えてくれた。そして、「愛着のないどうでもいいものの形が変わろうとも、きっとなんとも思わない。それが親しい人、見慣れた犬や猫だったりすると胸騒ぎを覚える。それはなぜか。そこに確かに愛情があるからなんだと思います」と話を続けた。あらゆる価値観が揺さぶられる現代において、私たちが彼の作品に惹き込まれたわけを探った。

──まず、岸さんのAIアートを理解する足がかりとして、実際の制作プロセスについて教えてください。

春画など既存のものをモチーフにするときは、江戸時代から明治初期くらいに描かれた4000枚をこえる画像を元にしています。僕が使っているのはジェネレーティブ・アドバーサリアル・ネットワークス(GAN)という種類のAIなんですが、GANに春画という概念を学習させた後、その概念から僕がサンプリングをして、映像や画像にして残すという手法です。ポートレイトのシリーズだと、カメラマンさんと一緒にモデルさんを撮影し、それをGANでシュミレーションし、サンプリングして映像にしていきます。

──AIアートと自身のパーソナルな生い立ちは関係していますか?

僕の父は油絵画家で、母は学校の先生でした。幼い頃は、絵を描く父の姿に憧れていたけれど、実際に絵は全然売れなかった。母は、教育者という対極的な立場から、とにかく僕をアートから引き離そうとしていました。そうして僕はひたすら勉強して、最終的には東大の大学院に行き、そこでAIや機械学習と出合うわけですが、卒業して何をやるのかと模索したときに今まで勉強してきた技術でアートをやりたいと思い至ったんです。僕のアーティストとしての作業は一種の復讐のようで、いかに芸術を揺るがすことができるかの根源には、かつて芸術から引き離された個人的な恨みがあるのかもしれません(笑)。

──創作において人工知能をどのように捉えているのですか?

その話をするうえで、『WIERED』の創始者であるケビン・ケリーさんの存在は欠かせません。彼は、AIをアーティフィシャル・インテリジェンスでなく、もはやエイリアン・インテリジェンスと呼んだほうがいいと提言しています。例えば、スマホに保存された何千枚という写真の中から、同じ人物をものの数秒で見つけ出すことができるのはAIが人間の知能や知性をシュミレーションしているのではなく、“エイリアン”の知性によるものなんだ、と。そう考えると、人間がAIに知能や技術で追い越されるというシンギュラリティの話題も話が変わってくる。人間の下のレイヤーとしてAIを捉えるではなく、人間とはまるで別の、並列な存在として捉え直しているんです。僕は、この思想にとても影響を受けています。

──AIを人間とは異なる知性をもった、制作のパートナーと捉えることもできるということですか?

そうですね。2019年のグラミー賞にノミネートされたYACHT(ヨット)という2人組のアメリカのポップバンドは、歌詞やメロディのフレーズから、ギターやドラムの音までの全てをAIで自動生成させたエレメントの中から、彼らが選び組みわせて一曲にするという制作手法をとっています。YACHTのふたりは、僕が去年、NIPS(ニップス)という機械学習の国際学会に出席したときに「AI as collaborator(コラボレーターとしてのAI)」といった内容の発表をしていて、AIをクリエイションのパートナーとしてどう迎え入れるかを探究しています。楽曲もかっこいいんですよ。PVやアートワークをTom White(トム・ホワイト)やMario Klingemann(マリオ・クリンゲマン)といったAIアート界の大スターがやっていて、相当に尖ったことをしていますね。

──ほとんど無限に自動生成される要素を、どう組み合わせていくかに彼らの作家性が宿るということですね。

僕がiPhoneの壁紙にしているマルセル・デュシャンの言葉を借りると、絵の具をキャンバスに塗る行為が重要なのではなく、筆をとり、色を選び、絵の具を置くという選択の積み重ねこそが創作の本質なのだと思っています。

──では、ご自身の作品をどのように説明しますか?

少しだけ回り道をしますが、映画の『インターステラー』はお好きですか? 僕は大好きで、アン・ハサウェイ演じるアメリアの台詞で影響を受けているものがあります。彼女が「自分の恋人が行った惑星に行きたい」と言い、主人公のクーパーが「それは私情を挟んでいるから無しにしよう」と言うシーンがあって、結果ヒュー・マン博士がいるところに行っていざこざが起きるんですが、そのときに「私と彼のあいだには愛があって、愛こそが時空間を超える唯一のエネルギー。私はそれを感じているのよ」と言うのです。ここまでだと単なるフィクションですが、調べていくと、アルベルト・アインシュタインが、実の娘にむけて残した手紙にたどり着いたんです。そこには、「まだ科学が未だ解明できていないが、宇宙を支配する唯一の絶対的なエネルギーがある。それは、愛だ」といった内容が綴られている。若干、スピリチュアルな感じに聞こえますけど、この話がロマンティックで大好きなんです。AIが別次元の存在であるエイリアン・インテリジェンスだとして、そのエイリアンの眼差しから僕たちが暮らす人間の世界を見たときに生じる違和感、そして、作品を見た人がその違和感を観測する時に、次元を超えるエネルギーとして“愛”のようなものが立ち現れてくるんじゃないか。確信があるわけではないけど、僕は“エイリアン”の目線をシュミレートする実験をしているんです。

──どこかエイリアンとコミュニケーションをとっているようでもありますね。

ロビー・バラットくんというフランスの美大に通っている20歳のAIアーティストが、2年前にBALENCIAGAのランウェイショーの映像をAIに学習させて話題になりましたが、2020年秋冬のAcne Studiosとは実際にコラボレーションして新しい服の提案をするという実験制作をしていました。彼なんかは、デザイナーと“エイリアン”との交信のようなことをやっていますね。

──これからどのような活動をしていこうと考えていますか?

僕は、100年後や1000年後を想像することがすごく好きなんですが、いま、効率性があるものがどんどん価値が少なくなっていくんじゃないかと思うんです。平たく言えば、効率性が求められるものはAIによって自動化され、仕事が奪われるという話題もひとつ。そこと対極的にある究極に無駄なものが、僕にとっては現代美術。壁にバナナ貼って12万ドルってめちゃくちゃ馬鹿げてるじゃないですか。そういう金が渦巻く現代美術のマーケットに、無駄なものをどんどん排除していくAIをぶつけていくのが面白い。一方、無駄なのに残るってことは、愛が存在してるからなのだと最近思っています。これまでの現代美術史で起こったことが僕たちの暮らす11次元宇宙での話なら、それを超えるものを提示できたら、僕は美術史の1ピースになれるかもなっていう野望もある。僕がやりたいのは、AIで愛の観測をすること、無駄なこと、そしてそれらが美術史と接合していくことにあります。僕は今でも愛について懐疑的です。それでも根っこには、芸術が父で、サイエンスが母で、それを繋げることができれば僕の愛になるのかもしれないという思いが潜んでいるからです。

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