東京のファッションシーンを鼓舞するFACETASM 21春夏コレクション
「思い出には幸せも不幸せも同時に混在しますが、願わくは、我々のコレクションであなたの楽しい思い出に引き戻し、また、明日からの新しい記憶をあなたと共に歩み、より良い世界をつくりあげることを望んでいます」
5年ぶりに、FACETASMが東京ファッションウィークに戻ってきた。楽天ファッションによる「by R」のプログラムの一環だ。
FACETASMが東京で初めてショーを行ったのは、2011年10月。東日本大震災の後、「街は暗く、人々は多くのものを失ったばかり」だったが、ようやく復興の光に向けて歩み出した頃だった。「悩みながらも服の力を信じて自分たちの夢だったファッションショーをやった。そして今回、コロナ禍でチャンスを得て、東京のファッションの未来を見せられるような自分自身が大好きなものを込めたショーをやりたかった」のだとショーを終えた落合宏理は語り、「楽しかった」と何度も口にしていた。
2021年春夏コレクションの表現の根幹は、「生み出し続けること。そして一番重要なのは幸せの記憶」なのだという。それは、落合が「変化と挑戦にあふれ、誰もが忘れられない年」だという2020年における、東京を牽引するデザイナーとしての願いや祈りに近いのかもしれない。
掲げられたタイトルは「More memories. SS21+MORE」。オリジナルのマスクとともにシートに置かれたコレクションノートには「私は4歳になる息子が描いた絵をみて、心が動きました」と綴られていた。彼は、ゲスト全員に装着するよう促されたマスク、そしてFACETASMの2021年春夏コレクションをもっとも象徴するイラストの作者である。「5歳になって仮面ライダーを知ったからもう描けないんですよ。レックレックアーヒーモンスターという名前だそうです(笑)」

ゆめうつつに誘われる真っ赤な空間から一転し、白熱のライトが煌々と発光してショーは始まった。BGMは、私たちの鼓動の速度を上げていく。モデルは、無骨で広々とした空間を足早に横断し、段差になった鉄柱さえ軽やかに飛び越え、目の前を疾走していく。


カラフルなオーガンザは風をはらみ、幾重にも重なったアコーディオンプリーツシフォンや襟元のラッフル、ウエストに巻き付けられたマフラータオルは歩みとともに躍動している。ジャージ風のトラックジャケットの後ろ身頃は大胆に空いていて、無数のストラップが揺れていた。リフレクションテープを幾何学的にあしらったファイヤーマンジャケット、テーラードジャケットなどの約15ピースは、この日のために新たに制作されたコレクションピースだという。

ふと笑みを浮かべたくなる4歳作の“イラスト”は、クリームがかったグリーンのトレンチコートやミリタリーウェアにプリントされ、コレクションが内包するポジティブな感覚を際立たせている。服の切れ目から飛びしたように見えるフェザー、マルチカラーのリブ、硬質なチュールといった装飾やディテール。あるいは、カットアウトや異素材のミックスの手法、意表を突くカラーパレットは、ブランドの一貫した美学をまざまざと表現していた。フィナーレ。すべてのモデルが、縦横無尽にフロアを歩き回る。自由で、力強い光景が、目に映った。

FACETASMは、2015年にジョルジオ・アルマーニに招かれ、ミラノのテアトロ・アルマーニでランウェイショーを開催して以降、パリ・メンズファッションウィークのタイムテーブルに名を連ねてきた。21年春夏のパリメンズで発表された東京のランドスケープを捉えた映像とも、今年1月にパリで開いたゲストとの親密性が際立ったプレゼンテーションともいくぶん趣が異なり、強いて例えるなら、かつて東京で発表していた際のファッションのエネルギーがうごめくランウェイの“記憶”を呼び起こされたゲストはきっと私だけではなかった。ただし、此度のショーのスペシャルな点は、リアルタイム配信する映像にもクリエイションの手を伸ばしたことだ。
オンラインでのコレクション発表の可能性をポジティブに捉えているという落合が、ディレクションを手掛けた映像作家の山田健人らと手を組んだフィルムは、6台のカメラに加え、観客席から捉えたiPhoneの録画画面など、異なるアングルや質感をリアルタイムで何度もスイッチさせていくという手法だった。光の残像のエフェクトとともにイメージは転換し、もやのかかった記憶を手繰り寄せるようにテーマそのものを純度高くレペゼンしていた。リアルと映像が融合する、好例を作り出したといっていいだろう。
コレクションノートは、こう続いていた。「思い出には幸せも不幸せも同時に混在しますが、願わくは、我々のコレクションであなたの楽しい思い出に引き戻し、また、明日からの新しい記憶をあなたと共に歩み、より良い世界をつくりあげることを望んでいます」
私たちがパンデミックの渦中、そして、現在形で感じていることのひとつは、当たり前だった日常の一瞬一瞬が、今では羨ましくなるほど掛け替えのない時間だったということだ。すべてのスタッフとモデルたちが、終幕をなごり惜しむかのように、万遍の笑みでショーの成功を祝っていた。FACETASMが作り出した新しい記憶は、不確かであろうとも未来に向かっていく原動力となり、東京のファッションシーンをオリジナリティの力で鼓舞したのだ。





Credit
Photographer : Taro Mizutani (bNm)