コロナ直前に欧州に移住した24歳日本人クリエイターが今思うこと

東京行きの飛行機代を何度か調べたりもした。2019年に欧州に移住し、その半年後パンデミックの大打撃を受けた24歳の日本人クリエイターによるエッセイ。

by MAKOTO KIKUCHI
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08 March 2021, 5:05am

Photography Hinata Ishizawa

「何回も考えちゃうよね、自分は本当に正しい選択をしたのかなって」これは先日知り合ったアイスランド出身の学生とコロナ禍でのメンタルヘルスについて話していたときに、彼女がぽつりと言ったことだ。知り合った、と言っても私が現在住んでいる街、ベルリンでは昨年3月頃からほぼ途切れることなくロックダウンが続いていて、こうして新しい人と出会うのも、ものすごく久しぶりのことだった。進学目的で祖国を離れ、ドイツへと移住してきた彼女が「普通」の大学生活を楽しめたのはたった半年ほど。昨年3月頃にはロックダウンが始まり、授業もすべてオンラインへと切り替わった。「友達も少ないままだし」と悲しそうに話す彼女を見ながら、私は「わかるよ」となんども頷いていた。

私が日本を離れ、ドイツへと移住したのは2019年10月。大学卒業したての22歳の私は、とにかく新しい人との出会いや、見たことのない世界を求めて、意気揚々と母国を出た。本格的に海外に住むのは初めてだったけれど、躊躇は一切なかった。年は変わって2020年。寒くて日が短いドイツの冬も越して、安定して住めるアパートも見つけ、「さあようやく新生活を存分に満喫できるぞ」と意気込んでいるところにやってきたのが、このパンデミックだ。「#selfquarantine」なんてタグをつけて、自粛期間にハマったパン作りの動画をインスタのストーリーズに載せていられるうちはまだ良かった。「いつかは終わる」と思っていた状況が、あまりにエンドレスに続いていくのを目の当たりにするうちに、どんどん気持ちが内向きになっていき、気付いたら体重が5キロ減っていた。寝付きが悪く、目が覚めてもモヤモヤした霧がずっと頭の中にかかっているような感覚が残った。

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新年とか新学期とか、区切りをつけて次に進むときにいつも何かを期待してしまうのと同じで、私はこの新天地での生活にかなりの期待を寄せていたのだと思う。新しい環境で、自由で充実した毎日を送るのだと確信していた。新たに人と知り合うことも、行ったことのない場所へ出かけるのも、レストランで食事をすることさえままならないこの現状は、当たり前だけど、完全に想定外だ。日本にいる同世代のクリエイター達が、制限はあるにせよ展示会やイベントを開催したり、新しいプロジェクトを立ち上げたりしているのをSNSで見るのも、かなり辛かった。キャリアのために一歩踏み出したのは私のはずだったのに……と彼らと自分の現状を見比べて、嫉妬し、落ち込んでいた。移住を軽く考えていた私としては、なにかとんでもないことをしでかしてしまったような気がしてならず、東京行きの飛行機代を何度か調べたりもした。そんな状況からようやく抜け出せたのは、今年に入ってからだ。年明けに体験したパニック発作をきっかけに、瞑想やマインドフルネスに興味を持ち始め、すこしずつ現状を受け入れられるようになってきた。

「ウチらって若手クリエイターとしての黄金期をコロナでみすみす逃してるようなもんだよね」とカナダに住む同世代のクリエイターの友人が先日言っていたのを思い出す。実際そうなんだと思う。私が学生時代に憧れていた「若手クリエイター」と呼ばれる人達は、皆いまの私くらいの年齢だった。キャリアの重要なタイミングで、しかも意を決して海外移住をした矢先に、こんなパンデミックを迎えているのは、損か得かで言えば確実に損だ。でも意外なことに、この世界的危機を一年ほど体験したいま、過去の自分の決断に後悔は一切ない。1年半前にベルリン行きの飛行機を予約したときの気まぐれさは、移動の自由が当たり前に保証されていたからこそのものだ。このパンデミックを日本で経験していたら、コロナの収束後同じように身軽に国外に飛び立つことは難しかったかもしれない。

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連日氷点下が続いていたベルリンも、数日前からようやく気温が上がり、春の訪れが感じられるようになった。凍っていた運河に水が少しずつ流れ始めるのを見ていると、私の人生も自分が気付いていないだけで、こんな風に知らず知らずのうちに動き出しているような気がした。他人と見比べて焦っていた頃には気付けなかった自分のなかの些細な変化を、ようやく感じ取れるようになったのだ。それだけで、「私のベルリン生活も捨てたもんじゃないな」なんて気持ちになる。「やらぬ後悔よりやる後悔の方がいい」なんて月並みなことを言いたいわけではないけれど、今はとりあえず「やる」選択をした過去の自分を肯定してあげたい。私がいちばん認められたいのは、家族でも、同級生でも、東京にいるクリエイター仲間でもなく、自分自身なのだと気付いたからだ。