『イット・カムズ・アット・ナイト』:トレイ・エドワード・シュルツ監督インタビュー

『イット・フォローズ』の製作陣と米最注目の映画会社A24がタッグを組んだ『イット・カムズ・アット・ナイト』。本作の監督に大抜擢された注目の新星、T・E・シュルツが怖さをあおる撮影術や“恐怖の根源”を映さない理由を語る。

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22 November 2018, 9:12am

長編デビュー作『Krisha』がジョン・ウォーターズの2016年の映画ベスト1に選出された1988年生まれの新鋭トレイ・エドワード・シュルツ。彼の第二作となる『イット・カムズ・アット・ナイト』は、謎の疫病からの感染の心理的恐怖を扱ったホラー映画だ。本作は人里離れた森の奥深くの家で外界との接触を絶って暮らす一家のもとに、別の家族が助けを求めてきたことで生まれる2組の家族の共同生活を注視する。

劇中に登場するピーテル・ブリューゲルの絵画「死の勝利」が死や疫病への恐怖を象徴している──リンパ腺の腫れに伴う黒い斑点、吐き気や喀血など本作で見られる感染症の症状は黒死病のそれとよく似ている──が、シュルツは黙示録的な世界をミニマルに描く。

『Krisha』では、離れていた家族の感謝祭に久々に現れた老女の精神が混乱や不安に押し潰されていく感覚を主観的に捉えていたが、その試みは本作でさらに推し進められている。

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──『Krisha』も『イット・カムズ・アット・ナイト』もある人物が睨みつけるような視線をカメラに向けるショットから始まります。なぜ今回も同じようなショットから始めようと思ったのですか?

「いい質問ですね。あれがしっくり来ました。『Krisha』で意味していたこととは異なりますが、死が近づいているなかで自分の一生に対する後悔の念を抱えているような祖父のあの表情が私の潜在意識にこびりついていたのです。むしろ前作のラストショットとつながる部分があるのかもしれない」

──どちらも家とその周辺でしか物語が展開しませんが、外部からの訪問者によって家族に起こるダイナミクスに焦点を当てていることも共通しています。なぜそのような家族間の権力闘争に惹かれるのでしょうか。

「おそらく私は室内劇が好きなのだと思う。密室に閉じ込められるのは、自分と向き合うことであり、そこに惹かれるのかもしれません。『Krisha』ではあの母親は感謝祭に戻ってきたことで、自分の過去や人生に向き合わざるを得なくなる。本作ではほかに頼る人もいない黙示録的な状況下で、ふたつの家族がお互いと向き合わなければならない。そういったドラマに興味を感じるのだと思います」

──本作のスペシャル・サンクスには映画監督のジェフ・ニコルズの名前もありますが、父親ポール(ジョエル・エドガートン)のような恐怖に取り憑かれたパラノイアックな男性像は彼の第二作『テイク・シェルター』に通じるかもしれません。

「ジェフとは若い頃に出会いました。テレンス・マリック作品の撮影アシスタントをやっていたときに、彼は『ミッドナイト・スペシャル』のテスト・シュートをしていました。私はそのとき制作の現場アシスタントでジェフを車に乗せなければならなかったのですが、彼は自分の話だけではなく、嬉しいことに私に関心を持ってくれました。まるで尋問のように、“君はこれからどうしたいの?”“どんな作品を撮りたいの?”“どんな映画監督になりたい?”と聞いてきてくれたのです。『Krisha』はもともとは短編だったわけですが、彼はそれを観て、さまざまな映画祭に勧めてくれました。そのおかげでキャリアの扉が開けました。私は彼の作品の大ファンでしたが、そういう意味でとてもお世話になりました。なので『テイク・シェルター』とテーマ的に重なる部分があると仰っていただけるのは嬉しいです。本作も同様にパラノイアや根底にある死への恐怖、それから息子が父の凋落を見ていく姿を描いています」

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──そのなかで父親ポールは威圧的な態度を示す一方で、繊細そうな息子トラヴィス(ケルビン・ハリソン・ジュニア)は不眠症に陥り、しばしば悪夢を見ています。父と息子は、異なる形で不安や恐怖を表出させているように思います。

「トラヴィスとポールの関係は、私と義父、そして実父の関係に似ています。義父と実父をミックスしたのがポールで、トラヴィスには私自身が多分に反映されています。私は学校を中退したこともあり、普通のアメリカ人よりも長く実家にいました。『Krisha』が撮られたあの家で実際に何年も義父と一緒だったのです。なので狭苦しくてものすごく閉塞感があった。本作と同じような精神状態だったんです(笑)。私と義父とでは世の中に対する見方が違っていたし、若いころはトラヴィスのようにさまざまな問題を考えながら、私もあがいていました。家族を守るとはどういうことか、愛する人を守るために人間性を失ってもいいのか、その境目はどこにあるのか、そういったテーマに関して問題提起をしたかったのです」

──トラヴィスの見る悪夢は、映画全体ともリンクしています。あなたは『Krisha』でもアスペクト比の変化を試みていましたが、今回は彼が悪夢を見る場面で画面の圧縮を行なっていますね。

「閉塞感みたいなものを出したいと思いました。優秀な撮影監督であるドリュー・ダグラスと組んで、夢のシークエンスは、現実の場面とは異なる文法を用いたかったのです。ただそれによって、観客に全く違う作品だという風には感じさせたくなかったので、気づく人は気づくけれど、気づかない人もいるし、気づかなくても少し違和感は感じるような塩梅を心がけました。現実の場面では2.4:1の画角で撮っていますが、悪夢のシークエンスでは、アナモルフィック・レンズを使って上下のフレームを圧縮し、2.75:1の画角にしています。より世界が広がっていくような感じをむしろ出していると言えると思います。映画の終盤では、3.0:1のワイドフレームになるよう操作しています。夢のシークエンスの画角を、より悪夢的な要素を帯びる終盤でも用いているのです。トラヴィスが物事をどのような世界観で見ているかを伝えようと試みました」

──スロー・ズームもあなた作品の特徴ですよね。

「今回はカメラの動きを意図的かつ具体的に演出をしています。『Krisha』の場合は、あの母親の1日を追っていますが、庭に男の子たちがいたり、キッチンのなかで出来事が起きたり、色々なことが目まぐるしく起こります。なので自由奔放にカメラを動かしつつ、終盤ではクリシャの心理が表れるようなカメラの動きを意識していました。一方、本作では黙示録的な世界のなかで二進も三進も身動きが取れない一家を描いているので、塞ぎ込んでじっとしている感じを出したかった。それでいて、つまらなくしてはいけないし、トラヴィスの視点も意識する必要がありました。そういうことを考えて、シーンごとに緻密に組み立てています。ここでは寄せて撮る、ここではズームをする、ここではパンしていくなど、意図的に演出をしています。それによって恐怖感やパラノイアを醸成していくようにしたのです。本作と『Krisha』では同じシネマトグラフィではいけないと思ったので、対照的に使っています」

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──混乱や不安が広がった結果、人びとのあいだに渦巻く疑心暗鬼を描いている点で、ジョン・カーペンターの『遊星からの物体X』を彷彿とさせました。あなたは外部のモンスターよりもそういった人間の心理に恐怖を感じますか。

「おっしゃる通りです。『遊星からの物体X』は大好きな映画で、いつかああいう作品を撮りたいと思っていました。今回は恐怖の根源を撮りませんでした。得体の知れない何者かが人のなかでどのようなドラマを作っていくかに興味があるので、あえてそのようにしたのです」

──本作の場合は、それが移民との関係のメタファーになっているようにも見えてきます。

「実際ジョエル・エドガートンは、“この映画は移民問題に関するステイトメントだ”と発言しています。私自身も作りながら確かにそういう読み方もできるかもしれないと思いましたが、特にそれを描くために作ったわけではありません。でも観客が自分なりに解釈してそれぞれにテーマを見出してくれるのは、監督しては嬉しいことです。メタファーだとか縮図だとかそういうことをモチーフにしている作品は私も好きで、たとえば『蝿の王』は大好きな小説のひとつです」

──もし移民問題に関しているのだとすれば、本作に登場する一家が白人と黒人の混血の家族であることはそのあたりと関係があるのでしょうか。

「人種の異なる家族同士を描こうとしていたわけではありませんが、脚本の初稿ではたとえば黒人家族がいる一方で白人家族がいるというようなことをぼんやりと想像したりはしていました。しかしそこまでこだわる必要はないと思い至りました。混血の家族はたまたまで、意図があったわけではありません。偶然、前から好きだったカルメン・イジョゴ(母親サラ役)をキャスティングしたらトラヴィス役のケルビンがうまい具合にはまって、自然とああなったんです」

──ふたつの家族のあいだでそれまで共有していた物資の奪い合いが生まれてくるわけですが、その意味であなたが今回、ホロコーストに関する書籍やジョシュア・オッペンハイマーによるドキュメンタリー映画『アクト・オブ・キリング』(1965年にインドネシアで行われた大量虐殺の実際の加害者に当時の残虐行為をカメラ前で再現するよう演じさせた)からの影響を受けていると発言されていることは興味深いです。

「人が邪悪な行為に至る過程に興味があり、さまざまな書籍や映画からの影響を受けています。先ほど挙げた『蝿の王』もそうですし、『American Holocaust: The Conquest of the New World』や『Becoming Evil: How Ordinary People Commit Genocide』という書籍、そして『アクト・オブ・キリング』から非常にインスパイアされました。『アクト・オブ・キリング』は男たちの心理が面白かったですね。彼らはとてつもない邪悪な行為に及んだわけですが、(それを再現するなかで)最後の最後にそれまで見せてこなかった後悔の念に苛まれる過程が興味深い。たとえばフィクションのものでも『ドッグヴィル』や『メランコリア』『テイク・シェルター』のような映画からは表面上のストーリーとはまた違う見方ができる面白さを感じます。本作の脚本は、父を亡くして悲嘆に暮れているなかで書いたものでした。父が亡くなったときにその場に私はいましたが、後悔の念に苛まれている父を見ました。そういう悲しみにチャネリングすることで、社会のありようという、もう少し大きな物語にしていったのです。なので私にとってはすごくパーソナルであると同時にフィクションでもある、さまざまな要素が入った映画ができあがったわけです」

イット・カムズ・アット・ナイト』新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー