蜃気楼のような音楽を求めて:石橋英子interview

多岐にわたる活動で国内外で高い評価を受ける石橋英子。2018年夏には、制作に4年を費やした最新アルバム『The Dream My Bones Dream』を発表した。シンガーソングライターとして「いまでも本当は歌いたくない」と話す彼女に、他のプレイヤーとの共同作業と、その魅力をきいた。

by Mami Hidaka
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16 January 2019, 7:23am

ピアノ、ドラム、フルート、ヴィブラフォンなども演奏するマルチプレイヤーとして、つねに現代音楽シーンをリードしつづける石橋英子。前作から約4年の歳月を経てリリースされたニューアルバム『The Dream My Bones Dream』は、石橋の祖父が働いていた満州の土地や、そこで人びとがアイデンティティを失っていく様子に想いを馳せながら制作されたものだ。本作に収録されている「Agloe」は、伸びやかな中国語詞が美しいと同時に、石橋が国境を超えた視点を模索しているということの表明にも感じ得る。

「『Agloe』のポジションみたいなものが、自分のなかでなんとなく決まっていて。日本人はユートピアを求めて満州をつくったけれど、工事に勤しむ日本人にも、その土地で暮らす中国人にも知らされていない事実がたくさんあった。自分が何者なのか、ここで何をしているのか。そういった意識をだんだん失っていく日本人と、元々住んでいたはずの土地を失っていく中国人、両方がアイデンティティを失っていく様子が入り混じったような曲にしたかったので、やっぱり日本語で歌うのは違うかなと。中国の方が日本語詞を歌っていたらまた印象は違うのでしょうが、私は日本人なので、日本人として中国語詞を歌うほうが、意味合いが変わってくると思ったんです」

石橋はこれまで様々な楽器を、時には楽器でないものまでをも演奏に交え、また、シンガーソングライターでありながら、セッション・プレイヤー、プロデューサーなど、あらゆる領域で自由な活躍を見せてきた。そのマルチな活動について、石橋自身は「どこにいても居心地が悪い」と語るが、あえて自身の居場所を固めないようにしている部分があるようにも思えた。

「20代の頃はずっとドラムを叩いていたんですが、友人の自主映画に音楽をつけたことを機に、だんだんとソロ活動が始まって。そんな感じで、漂うような生き方は、意図しているところもありますけど、もし自分のなかに意図していないところがあるとすれば、シンガーソングライターの活動はそこまでやりたいことじゃなくて、いまでも本当に歌いたくないということですかね(笑)。じゃあどうしてやってるのか、という話なんですけど、そこはいまだにちょっとわからないんです。まあ、歌のある音楽がやりたいからなんですけど、他の人に頼めなくて、責任感から自分で歌っているような感じです」

ジム・オルークや山本達久(Drs.)をはじめ、近年では藤田貴大(劇団マームとジプシー主宰)など、男性の表現者との協働を積み重ねてきた石橋。男女の性差による問題が頻繁に取り沙汰される今日、邦楽のシーンにおいても、#MeTooムーブメントを彷彿とさせるセンセーショナルな楽曲が少しずつ増えてきた。2000年から音楽業界に身を置く石橋は、こういった動向をどう感じているのだろう。自身と同じ女性たちの怒りに耳を傾けるいっぽうで、表現者としてはある警鐘を鳴らす。

「実際にいま私がいる制作現場は、目的に向かって協力し合うことで精一杯なので、そういうことを考える機会もそこまでないんですよね。女性であることや、立場や生き方とか、そういうものをあまり気にしていなくて。むしろ自分とは反対の立場にある人や、性とか関係なく、自分のエリアじゃないところにいる人の考え方に触れたり、想像することを、何事においても大事にするようにしています」

表現においては男性であろうと、女性であろうとあまり関係ないことだと、強くまっすぐに語る。そんな石橋の表現活動におけるモットーとはなんだろうか?

「個々で思うことがあるのはもちろんいいのだけど、もし怒りすぎて逆に生まれなくなってしまう文化があるのだとしたら悲しい。言いたいことを文化に乗せて発信するのはいいと思うのですが、だけど一方で、それが「正しさ」になってしまうのも怖いなと。何事においても、正しさになっちゃうとつまらないかなと思っています。もちろん怒りを口に出していくことは大事ですし、尊重しています。だけど自分にとって何が大事を考えてみると、私はやっぱり音楽なので、誰かと何かをつくるときや仕事をするときは、たとえそれが作品のカラーを左右する様なことであっても性差の問題としてとりあげるのではなく、作品の向かうところを共に見るのが大事だと思っています」

近年、舞台音楽にも精力的に取り組んできたなかで得たフィードバックは何だろうか。『ロミオとジュリエット』(東京芸術劇場、2016)において、ロミオの友人が殺されるシーンの音楽を手がけたときのことを語ってくれた。

「藤田くんが劇中で比喩的に扱っていた壁は、人と人とのあいだにある壁であったり、人を死に至らしめる壁というか。本当に人を殺す壁なんだと思って、自分の曲と相まって鳥肌が立ちましたね。自分でつくった曲なのに、違うものになったような感じがして驚きました。藤田くんの怒りが舞台装置になり、音のコラージュのなかに折り込んだ私の怒りも救われました。あの壁は、怒りの根源を直接的に表したわけではないけれど、直接的でないだけに表現として素敵だなと思いました」

恵まれた制作環境のなかで中立的なリラックス状態を保ちつづけ、さらに怒りに対して前向きなフィードバックを獲得したとは、一女性として羨ましい限りだ。これまでも前衛的とされてきた石橋だが、その作品はつねにポップさを含んでいてアプローチしやすく、いずれも懐かしさと新しさが同居したような印象を受ける。その独自性はどこから生み出されてきたのか。そして、そんな石橋が、いま展望する新しさを尋ねた。

「新しいものをバシッと言えないところが、音楽の面白さだと思います。やっぱり自分は探したいというか、つねに聴いたことないような音を探してるんですよね。まるで蜃気楼みたいに、見えたのか見えなかったのか、聴こえたのか聴こえなかったのかわからないような音を。そういう微妙な色合いの世界を探すのが、自分の活動のような気がしています。きっとそれが自分にとっての新しさで、分からない領域に踏み込み続けることなのかな」

石橋英子 “The Dream My Bones Dream
Now On Sale
felicity
PECF-1155 / felicity cap-283
[CD] ¥2,500 with tax
日本以外はDrag Cityより全世界リリース

Credit


Text Mami Hidaka
Photography Fumi Nagasaka
Styling Masako Ogura
Hair and Make-up Hisano Komine
Styling assistance Chisaki Goya, Kana Hashimoto