保湿液とファンデーションと兵士たち

徴兵制と韓流ドラマが韓国の男性ビューティ市場を後押し、最盛期を迎えている。ジェンダーの常識を揺るがす韓国発のビューティ最前線に迫る。

by Alice Newell-Hanson
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06 February 2017, 8:50am

2014年4月、Saint Laurentの「ルージュ・ピュール・クチュール No. 52(コーラル)」が発売になった。定価は25ポンドの商品だが、eBay(英のネットオークション)では60ポンドで売買され、Saint Laurentのウェブサイトでは「入荷時期未定」であるにもかかわらず予約が殺到した。メルボルンの空港では、ある韓国人女性が免税店でこの商品を買い占めようとしたが失敗に終わった。

なぜこんなことが起こったのか? ドラマ『星から来たあなた』で人気の韓国人気テレビ女優チョン・ジヒョンがこのルージュをつけているという噂が広まったからだ。この噂は後に「事実ではない」と否定されたが、この出来事は韓国ビューティ市場の現状を如実に表している。集団的な熱狂、即完売、そして紙面のトップを賑わすビューティ関連ニュース--これが韓国ビューティ市場の現状だ。

ガラスを使ったネールやかたつむり分泌液フェイスマスクは、"韓国発"としてアメリカでも有名だ。しかし今、メディアは韓国発の男性向けビューティ市場に関心を寄せている。市場調査の数字を見ればその関心も頷ける。2015年7月の報告によると、韓国男性は世界のどの国の男性よりも多くコスメやスキンケア製品を購入しており、その数字は続く2位のデンマークの4倍。市場価値は10億ドルで、さらに今後5年で現在の4倍の規模となると予測されている。

「メディアがセンセーショナルに報じている面もあるけどね」。ニューヨークを拠点とするKビューティ専門ウェブサイト<SokoGlam.com>の創設者シャーロット・チョウ(Charlotte Cho)は電話取材でこう話す。「たしかに韓国では多くの男性がメイクをするわ。K-Popのスターたちもかなりのメイクをしているし。でもソウルの街中にいる男たちが全員アイラインをひいているかといえば、そんなことはない」。男性用クッションコンパクトの人気拡大について、シャーロットは「"肌をケアする"という、韓国人にとっては極めて当然の文化の延長線上にある現象」と説明している。

シャーロットの夫であり<SokoGlam.com>の共同創設者でもあるデビッド・チョウ(David Cho)--シャーロット曰く「デビッド自身、念入りなスキンケアを欠かさない」らしい--は少し違う見解を示す。韓国男性のほとんどは大学生のときに2年間の兵役を全うするため、女性よりも大学卒業が2年遅れる。よって社会に出るのも2年遅れとなる。デビッドはそこに着目する。「それがどうビューティに関係するか。いい仕事に就くために韓国男性は自分磨きをするのだと思います」

初めて就職活動をする男性たちは、当然ながら履歴書に書けるほどの経歴を持っていない。しかし韓国は"ステータスが重視される階級社会"だ。同じ階級の兵士であっても、やはり司令は"いつ大学を卒業したか"、"学業でどれほど成果をあげたか"によって決められる。社会においてもそれは同様で、先に大学を卒業した者に有利な構造ができあがっている。そして若々しい容姿は、大学の卒業年や学業成果と並んで重要な要素なのだと、自らも8年を軍隊で過ごしたデビッドは話す。「韓国文化において見た目は重要」なのだと。実際、就職申込書に顔写真を添付することを要求する企業がほとんどだという。「男性がカラー保湿液を顔に塗って面接に来るなんて当たり前のことなのです」

韓国の男性ビューティ市場には『Economist』誌も着目・言及している。「男らしさと伝統に重きをおく韓国文化と、男の念入りな身づくろいがブームとなる現状は、矛盾するように思える」と同誌は最近の記事で書いている。しかし、韓国男性の多くは兵役期間中に美容商品に手を出すらしい。「顔につけるものに関して、韓国男性の目はとても厳しいのです」とデビッドは話す。軍が支給する迷彩具や日焼け止めは「ひどい成分」で作られているのだという。

そんな状況を受け、韓国のビューティ商品ブランドInnisfree(イニスフリー)は、兵士たちのみを対象とした商品を生産・販売している。Innisfreeのエクストリーム・パワー・ミリタリー・マスクは「野外作業の後に」や「休暇の前に」など、用途にあわせたマスクを迷彩のパッケージで販売している。まだInnisfreeは「より肌に優しい」と謳い、迷彩色のファンデーションも発売している。

Lab SeriesBiothermなどのビューティ・ブランドもメンズラインの強化に打って出ている。そしてそれらのブランドは、主に一般男性をターゲットとした商品展開を見せている。デビッドは、2ヶ月前に帰国した際に見た韓国をこう説明する。「BBクリームやCCクリームを使う男性が増えていました。男性の美容ブームは新世代のものだと思っていたけれど、今では30代中盤から40代にかけて多くの男性が美容に積極的なようです。"韓流ブーム"からすべては始まっているようです」

韓流ブームは、男性の美の概念を劇的に変えた。「昔は、中年男性の役は、疲れた中年男性のイメージが強かったのですが、今では皺一つない透き通った肌の俳優が演じるのが常識となっています」とデビッドは昔を懐かしむように話す。そんな現状を受け、韓国の一般男性は「完璧な肌を得たい」と美容商品を購入しているのだそうだ。実際にBBクリームやコンパクト、カラー保湿液の売上は飛躍的な増加を見せている。「女性も男性も、誰もが俳優や女優のような容姿を目指しているんです。俳優や女優の肌は完璧な美しさですから、皆まずは肌を美しくするところから始めるのです」

K-Pop歌手レインや人気K-PopグループEXO、俳優チ・チャンウク、そしてイ・ビョンホンなど、大スターを多く手掛けるメイクアップ・アーティスト、パク・テユン(Park Tae Yun)は「僕が手掛けるスターたちは、誰一人としてメイクなしでイベントに出演したりしない」と語る。彼らはアイラインも当たり前のものとして考えているとも付け加えた。一般的な韓国男性に関しては「カラー保湿液などを塗って肌のトーンのムラをなくす、ナチュラルな肌を目指しているひとが多い」と言う。

「K-Popのスターたちは20代の韓国男性たちに絶大な影響力を持っています。しかし、20代以上の韓国男性に対してはより大きな影響を与えていると思います。加齢の実感はありながらも、トレンドはいち早く取り入れたい世代ですからね」とテユンは話し、最後にこう付け加えた。「アメリカでも同じ現象が起こるんじゃないでしょうか」

デビッド・チョウはアメリカ軍にも入隊していたことがあり、その際には韓国に配属されていたという。韓国軍の兵士たちがフェイスマスクや美容製品を盛んに使っているのを見て、アメリカ人兵士たちはどんな反応を見せたのだろうか? 「フレンドリーに"お前、女かよ"なんてからかわれる以外には、これといって反応という反応はありませんでしたよ。ただただフレンドリーでした。韓国に配属されたアメリカ兵たちは、"俺も試してみようかな"とまで言っていました。幾段階にも及ぶ美容法などはさすがに実践していませんでしたが、それでも皆、いろいろな美容グッズを試してはいました」

男性がBBクリームの在庫不足を引き起こすような事態は、他の国では起こりえないだろう。しかし、Kビューティのブームが続くようであれば、アメリカや日本でも男性用メイクアップがより身近なものとなる日もそう遠くはないかもしれない。

Credits


Text Alice Newell-Hanson
Image via YouTube
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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