フェミニストであること、写真家であること

ドイツに生まれパリに育ち、現在はアメリカを拠点に活動する写真家カルロッタ・コール。70年代ポルノ、ソーシャルメディアが持つ力、そして現代アートに潜む安易な分類の危うさについて彼女が語る。

by Tish Weinstock
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17 August 2016, 9:00am

ときに淡く、ときに鮮やかなカラーに彩られたドリーミーな世界から、親しい友人を親密なまなざしで捉えたポートレートまで、カルロッタ・コール(Carlotta Kohl)の作品では常に"女の子であること"がテーマとして扱われている。クリエイティブな両親のもと、ドイツに生まれパリに育った彼女にとって、アートは常に身近な存在だった。しかしロングアイランドへと渡ったとき、彼女は「美術を勉強したい」という衝動を感じた。当初入学していた学校で不満を募らせたカルロッタは、その後、彫刻に興味を持ち、ワックスペインティング作品を次々に作り出すようになった。しかし、彼女は写真という分野を捨てたわけではなかった。モデルの本質を捉えようとする親密なまなざしと、ドリーミーでガーリッシュな芸術観を確立した彼女の写真作品はすぐにファッション業界で注目されることとなり、彼女はこれまでに『Jalouse』誌や『L'Officiel Paris』誌のエディトリアルを撮影するまでに至っている。セックスやヌードをテーマとし、多様な媒介を通して女性のフォルムを探るカルロッタの作品は、「女性であるということ」をさまざまな視点から見つめ直す。そんなカルロッタが、ソーシャルメディアの持つ力や、アートが分類されてしまうことの危険性について本誌に語ってくれた。

あなた自身について聞かせてください。まず、出身は?
ドイツに生まれて、すぐにパリに移りました。両親は、私があまりに多くの美術館に囲まれて育つことに危機感を感じて、ロングアイランドに引っ越したんです。ダックスフンド、ディスコ、ドーナツ、それと言葉の頭韻が好きです。

幼いころからアーティストになると決めていたのでしょうか?
いつでもクリエイティブに自分自身を表現してきたと思います。小さい頃からアートこそ進むべき道だと自覚していましたね。両親ともクリエイティブな人たちで、アートは家族のなかで常に重要な存在でした。

あなたの美的感覚は、どのような世界観なのでしょうか?
綿菓子、無邪気、セクシュアル、ダーク——映画『スカーフェイス』に出てくるミシェル・ファイファー。

彫刻と写真はあなたにとって同様の表現方法として存在しているのでしょうか?それとも、それぞれ違ったアプローチが求められるものなのでしょうか?
写真学校へ通い始めたのは「写真を仕事にしたい」と思ったからだったんですが、授業が進むにつれて自分の作品に不満が募っていきました。作っているものと私自身に距離があるように感じたんです。作品と自分の絶対的な結びつきを感じたかったし、そこに自分の声を吹き込みたかった。そこで、ワックスペインティング(ろう画)を試してみようと、それまで見えなかったものが見えてきました。ペインティングをするというのはとてもプライベートな行為なんです。たったひとりで、ロングアイランドのガレージにこもって——ワックスはすぐに固まってしまうから、色々なことを即座に決めて進めなければならない。ほとんどは私にではなく、ワックスペインティングという技法自体に決められてしまうものなんです。自分というものを押し付けることを諦めては、どうすれば自分の思い通りの絵を描けるかを模索する、その繰り返しです。手放すということ、そして流れに身を任せることで、作品に面白みが出てくるんです。今でも、ワックスペインティングをすると必ず何か発見があります。手を使って何かを作るということには、どこか浄化作用のような効果があるんですね。手の動きひとつひとつ、そこで起こることひとつひとつがすべて、作り手であるあなたを反映する。それは完全にあなたの作品なのです。

あなたをインスパイアする人物やモノについて教えてください。
雑誌のグラビアページ、ヴィンテージのタイポグラフィー、70年代ポルノのポスター、堕ちたアイドル、小説家エリカ・ジョング、バルテュスの絵、自然、ジョルジュ・バタイユの小説『眼球譚』、それと映画を観に出ることです。

Jalouse

あなたはなぜそれほどまでに女性のフォルムに惹かれているのでしょうか?
ただただ惹かれるんです。抗いがたいほどに私を駆り立て、魅了するんです。

あなたの作品においてヌードが持つ意味とは?
セックス、欲望、そして存在の対象化をテーマとして掘り下げていて、いつでもヌードとその意味について考えています。人の体を「裸」や「ヌード」、「ピュア」で「セクシュアル」たらしめるものとは、一体何なのか?その概念に夢中で、思えば若いころからずっとその疑問に惹かれ続けています。私の母は、被写体として何度もヘルムート・ニュートンの作品に起用されたひとで、私はそうした作品を見て育ったんです。母が力強くセクシュアルな女性としてそこに捉えられているのを見て育ったので、セックスやセクシュアリティという概念に対して居心地の悪さを感じたりはしません。

現代は、これまでにないほどフェミニズムが浸透していますが、それはどのようにして起こったのだと思いますか?
ソーシャルメディアの影響ですね。ソーシャルメディアでは、そこで扱われる物事のテイストを検閲する人的関与が存在しないからです。女性が自由に声を上げることができて、そういった女性たちに共感した人々が世界から直接的につながることができるプラットフォームですしね。私の周りには、ソーシャルメディアでキャリアを築いている友人が何人もいますよ。ソーシャルメディアのおかげで力を発揮できているアーティストがたくさんいるんです。表現者として、それこそが求め得る最高の状態でしょう?

フェミニストアートがトレンドとなっている現状をどう思いますか?
なかなか難しい現状だと思います。私はフェミニストアーティストだと分類されているようだけれど、私はフェミニストです。そして同時にアーティストでもあります。でも、だからといって作品でフェミニズムを打ち出しているわけではないんです。そんな風に括ってほしくない。アーティストの中には、フェミニズムを利用して注目を集めようとする人たちもいるように見受けられます。フェミニズムがあたかもひとつの芸術観であるかのように扱われている。ひとを惹きつけるための、なにか"クール"なものとして利用されているような気がするんです。フェミニズムの本来の意味が失われてしまわないよう、私たち自身が気をつけなければならないと感じています。とはいえ、近年のフェミニストアート人気は素晴らしいことです!重大な問題への一般的な認識を高めて、世界中で議論も生み出していますから。私もこの流れには賛同しています。

Jalouse

若者として、自らが考えうるもっとも勇敢な行動とは一体何でしょう?
誠実であること。自分にとっての真実を語ること。他人のためでなく、自分自身のためにクリエイトすること。

2016年、若い女性であることの最大の強みとは?
私にとっての現実は私だけのものなので、自分の経験からしか語れませんが、それは "得られるチャンス"だと思います。現代ほど、女性にチャンスが与えられている時代はこれまでになかったから。

carlottakohl.com

Credits


Text Tish Weinstock
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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feminism
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