©2017 M.E.S. PRODUCTIONS - MONKEY PACK FILMS - CHARADES - LOGICAL PICTURES – NEXUS FACTORY – UMEDIA

『REVENGE リベンジ』映画評

Takuya Tsunekawa

映画祭で気絶者が続出した問題作『REVENGE リベンジ』。フランスの新鋭監督コラリー・ファルジャによる長編デビュー作を映画ライターの常川拓也がレビュー。

©2017 M.E.S. PRODUCTIONS - MONKEY PACK FILMS - CHARADES - LOGICAL PICTURES – NEXUS FACTORY – UMEDIA

『REVENGE リベンジ』の物語は、およそ「レイプ・リベンジ・ムービー」のそれと変わらない。強姦被害に見舞われた女性が加害者の男性たちに自らの手で復讐するシンプルな筋立てである。

ヤングセレブのリチャードと不倫関係にある若く快活なジェニファー(マチルダ・ルッツ)は、砂漠地帯に建つ彼の別荘で休日を過ごす予定だった。しかし彼の狩猟仲間のスタンとディミトリがやってきてから、男の下衆な視線と欲望に晒された彼女の身体は引き裂かれていく。

ジェニファーは陵辱を受けたあと、隠蔽のために崖から突き落とされ、崖下のファルスのような木に串刺しにされ致命傷を負ってしまうのだ。死んだかと思われた女は、再び生き返ると全身全霊をかけて復讐へと乗り出すわけだが、長編映画デビューとなる監督コラリー・ファルジャは、サバイバーである彼女を「トゥームレイダー」のララ・クロフトのような戦士として、あるいはヒロインを『キル・ビル』や『マッドマックス』『ランボー』のような強い主人公として描いている。木の棒の一部が腹に刺さったままのジェニファーがそれを去勢するかのように取り出し、その傷跡の代わりに奇抜な方法でフェニックスの“タトゥー”を得る場面は、ジャンル映画として見事な美しさを携えている。

©2017 M.E.S. PRODUCTIONS - MONKEY PACK FILMS - CHARADES - LOGICAL PICTURES – NEXUS FACTORY – UMEDIA

注目すべきは、「レイプ・リベンジ・ムービー」は、70年代のフェミニズム台頭の時代に興隆し始めたジャンルだが、『リベンジ』は、#MeToo運動が活発化し新たにフェミニズムへの関心がより高まっている現代にそれを女性の視点で読み直していることだ。男性の視点のもとで作られた「レイプ・リベンジ・ムービー」が強姦行為そのものに焦点を当て意図的に観る者に嫌悪感を募らせる苦痛極まりない場面を用意していたのに対して、本作は行為自体の直接的な描写は極力避け、より被害者の強烈なトラウマや悪夢の苦しみを強調している。ファルジャは、レイプというものを捉え直すことを要請しているのだ。

結果的には、ジェニファーはセクシーな方法で自分自身を提示し注目を集めたことをきっかけに、身勝手な男たちによって崩壊させられる。「お前は俺に惚れてたはずだ」「お前が美しすぎたから我慢できなかったんだ」──ここでは責任を加害者ではなく被害者に求める考え方が男たちの間にあることが浮かび上がる。挑発的な服装や振る舞いの女は欲望の対象となりレイプされても自業自得であり、残虐行為を犯すことは正当化され許容されるのである。ファルジャは、女をモノ扱いするレイプ・カルチャーの存在を物語に織り込んでいるのだ。

©2017 M.E.S. PRODUCTIONS - MONKEY PACK FILMS - CHARADES - LOGICAL PICTURES – NEXUS FACTORY – UMEDIA

さらに、この映画には女と男3人しか登場しないが、ここでは明らかに三者三様の“有害な男らしさ”を体現する男たちが配置されている。背の低いスタンは魅惑的な女が性的関係を自分と望んでいるはずだと都合よく解釈し、それが否定されると無理やり強姦に及ぶ。あるいは、ディミトリはそれを見て見ぬ振りをする。そして、名声と富を手に入れた成功者リチャードは、不倫関係を妻に暴露すると彼女が言い出すと、足手まといになると考えてすぐに排除しようとする。美しいジェニファーは、彼にとっては自分をより良く見せるオブジェでしかなかったのだ。彼らは女より男友達を庇い合っては体裁ばかりを重視する。

『リベンジ』は、レイプの衝撃や残酷性、痛みをよりダイレクトかつパワフルなやり方で描いている。不条理でオペラ的な愉悦に満ちた過度な血と暴力の美学によって、権力と支配の側面を具現化した父権社会の象徴的な腐った男たちを、血みどろの不死鳥が殺生するのである。

リベンジ
7月7日(土)より、シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次ロードショー