©️2017 Florida Project 2016, LLC.

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』映画評

全編iPhone撮影の『タンジェリン』話題をさらったショーン・ベイカーの最新作は、ディズニー・リゾートの近郊のモーテルを舞台にした夏物語。“夢の国”のすぐ隣、社会の片隅で暮らす人びとに寄り添った本作を、常川拓也がレビュー。

by Takuya Tsunekawa
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10 May 2018, 10:24am

©️2017 Florida Project 2016, LLC.

ショーン・ベイカーのキャラクターはユニークな名前を携えて登場する。『Prince of Broadway』(2008)ではストリートで偽ブランド品を売りさばく不法移民の主人公はラッキーという名前を持ち、また彼は突如育てることになった小さな子どもにプリンスと名付ける。『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(2012)では女性名を持つオスのチワワが登場し、あるいは『タンジェリン』(2015)ではトランスジェンダーの娼婦にシン・ディ・レラという名前が与えられている。そのことについて『タンジェリン』で来日していたベイカーに伺ったところ、「キャラクターやストーリーが伝えようとしてることを感じさせるような意味合いを持っているカラフルな名前だったらなお良い」と考えていること、そして次回作のヒロインの名前がムーニー(Moonee)──Moon(月)にee(~される人/その状態にある人を意味する語を造る接尾辞)──というこれまた一風変わった象徴的な名前であることを明かしてくれた。そのムーニーを中心とした一夏のあいだに起きる幼少時代の冒険をチャーミングに描いた映画が、本作『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』である。

これまでにもベイカーは、ハリウッドやブロードウェイなど一見華やかな響きの持つ街の裏側で片隅に追いやられた若者やマイノリティに焦点を当ててきた。今回、彼と『チワワは見ていた』以降ともに共同で脚本を担当するクリス・バーゴッチは、フロリダ州オーランドはウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート「マジック・キングダム」の近くにあるモーテルを舞台に設定している(ちなみに、バーゴッチはディズニー映画好きとしても知られている)。“世界で最も幸福で夢が実現する場所”と呼ばれるディズニーランドのすぐ隣では、住宅市場の崩壊とその後の金融危機によって住居を追われた家族たちが安モーテルでその日暮らしの生活を送っており、そこは隠れホームレスの住処と化しているのだ。本作は、元ストリッパーの若いシングルマザーであるヘイリー(監督がInstagram上で見出したブリア・ヴィネイト)が盗品を売りさばいたりしながら家賃を捻出するなか、そんなことはまだ知る由もないであろう純真無垢で少しおませな6歳の少女ムーニー(フロリダ出身のブルックリン・キンバリー・プリンス)のいたずらたっぷりの日常をユーモラスに捉えている。

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過去作と同様、本作でもベイカーはジャーナリズム的なアプローチで現地に赴いてリサーチをし、その地で生きている人や演技初心者を起用して新鮮な息吹を物語に導入している。「子どもたちを過度にリハーサルするといやらしい見本になる危険性がある」とスティーヴン・スピルバーグは語ったが、ここでの演出は、本作の宝物である子どもたちから、なんとも愛らしく自由気ままな振る舞いを引き出すことに成功している。加えて、調査中に出会った人物をもとにしたモーテルの管理人ボビー役として、『タンジェリン』を賞賛したウィレム・デフォーを配置することで的確にバランスも築いているだろう。なお、劇中でとある古いボロ家で火事が起こった際に「あそこはドラッグや売春の巣窟だった。燃えろ、燃えちまえ」と叫ぶ男性が現れるが、彼もまた実際にモーテルの居住者であり、その言葉は彼自身の考えで発されたものだという。

監督自身が「現代版『ちびっこギャング』」と形容するように、本作は『ちびっこギャング』シリーズを手がけた映画製作者ハル・ローチ、それからその監督を務めたガス・マインスやロバート・F・マクガワン、そして子役スターであるジョージ・“スパンキー”・マクファーランドに謝辞を捧げていることは注目に値する。1920年~1930年代に制作されたこの短編コメディ・シリーズは、米国の大恐慌時代のいたずらな子どもたちのユーモラスな冒険に焦点を当てたものだが、いわばベイカーは苦しい経済状態を背景に置いた本作で、あたかもドナルド・トランプ以降の現代のアメリカが大恐慌時代と重なると主張しているかのようなのだ。ブリーチした緑髪にタトゥーだらけのヘイリーはマリファナにトラップ・ミュージック(ヒップホップ)を好んでいるが、彼女の姿は、崩壊家庭を飛び出したティーンエイジャーの少女が雑誌の訪問販売をしながら米国中西部を旅する集団に加わる姿を描いた『アメリカン・ハニー』(2016、アンドレア・アーノルド)を想起させる。A24が北米配給を手がけたどちらの作品もセックス、ドラッグ、違法行為を繰り返す貧しい若者を通して、アメリカにおける貧困と麻薬の蔓延、そしてそこにあるアメリカン・ドリームと呼ばれる理想主義の腐敗を描いているのだ。

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ケン・ローチをはじめとしたイギリスの社会的リアリズムとイタリアのネオレアリズモに濃く影響を受けたベイカーは、政治的および社会的な主題をマクロのレベルではなく、一個人の物語を通してミクロのレベルでやはり誠実に語っていく。しかし、彼は本作ではあくまでも子どもたちの喜びに満ちた見解を通して、人生の過酷な現実を示す方法を採用している。大人の眉をひそめさせるようないたずらを繰り返す子どもたちは、この荒廃した場所をまるでキャンディー色のパラダイスのように認識して遊び回っている。無邪気で楽観的な幼少時代の視点で物事を見ること──鮮やかな色とりどりのエネルギーと生き生きとした生の感覚をこの映画は見事に活写しているのである。なかでもムーニーがフロリダの沼沢地のお気に入りの大きな倒木のもとで新たにできた親友ジャンシーと小さなピクニックを繰り広げる場面は印象深い。そこでムーニーはキリスト教の慈善団体から寄付されたパンにジャムを塗ってむしゃむしゃ食べながら、その木が好きな理由を「倒れても育ってるから」だと明かすのだ。そう、本作は決して悲観主義や貧困ポルノに溺れてはいないのである。

そして特筆すべきことは、『チワワは見ていた』『タンジェリン』に続き、『フロリダ・プロジェクト』でもベイカーは性産業に従事する若い女性を取り上げていることだ。ここでは性行為が有償のものとしてばかり現れる一方で、最も純真で誠実なものとして無償の行為──友情の名で執り行われるささやかな親切──が立ち上ってくるのだ。それは、夜空を照らす月のようにこの上なく尊く美しい瞬間として輝くのである。

関連記事:『タンジェリン』:ショーン・ベイカー監督インタビュー

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』
5月12日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー
配給:クロックワークス

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