Photo by Collier Schorr. Courtesy of the Artist

『Rest』:シャーロット・ゲンズブール Interview

2017年の11月にリリースした7年ぶりのニューアルバム『Rest』でシャーロットは、アーティストとして新しい境地にたどり着いた。父セルジュ・ゲンズブールとの作品以来、30年間封印してきたフランス語で歌うこと。そして自信のなさから避けてきた自らの言葉で歌うこと。愛する父と姉の死によってもたらされた痛みとなお残る想い、それとは対照的な母としての幸福感などを彼女が語ってくれた。

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16 January 2018, 6:08am

Photo by Collier Schorr. Courtesy of the Artist

Photo by Collier Schorr. Courtesy of the Artist

2017年の11月にリリースした7年ぶりのニューアルバム『Rest』は、シャルロットにとって必要なことだったのだろう。彼女のことを知りすぎたパリを離れ、新天地・NYでの日々。親愛なる姉 ケイト・バリーのこと、偉大な両親、そして彼女自身の家族への想いは昇華された。

あなたはとてもシャイな人でパーソナルなことを話すことを得意としてこなかったと思いますが、今作は驚くほどパーソナルでオープンな作品になっていますね。

私は今まで母がとてもパーソナルな作品を撮って、その中で実際にあったジャック(ドワイヨン)との会話を描いたりしてきたことに、どうしてそんなことができるんだろうと思ってきたの。

『Boxes』のことですね 。(ジェーン・バーキン監督作『Boxes』

そう。どうやったら何も隠さずにいられるんだろうと驚いたわ。でも今回自分で詞を書く段になったら、自分自身に真摯であること以外考えられなかったの。そのことに対してなんの迷いもなかった。今の私にとって詞を書くという行為は、まだ上手に言葉を操れる段階にないの。自分が表現する必要があった、外に出す必要があった言葉しか書けなかった。書くという行為は辛くなかったし、本当に大好き。自分が書くものに対して後悔するだろうかとか、不思議なくらい考えなかったわ。例えば父の死に関してとても具体的にダイレクトに語っているの(Lying with You)。もちろん父に対する無償の愛があるのは当然のことだけれど、そのことではなく実際に自分が見たもの、今でも私の頭から離れないイメージを表現したかったの。

自ら恥ずかしさを捨てることを選んだと?

そう。でもあまり意識的ではなかったと思う。こうして話をする段階になって自覚したのは、姉について話す必要があったんだということ。パリを離れた理由は、誰もが私たち家族に起きたことを知っていて、そのことを私たちに投影してくる、その視線から逃れるためだったの。NYに行ったら人は”どうしてNYに来たの?”となんのてらいもなく聞いてきて、それに対して私は自分の気持ちを隠すことなく”姉を失ったから”と答えることができたの。姉の死は今でも自分の一部が死んだように頭から少しも離れないし、理解できないし、鮮烈な痛みで、それは音楽に反映されたと思う。ただそのことを自分の中で恐る恐る扱う気は無かった。

でもそれはセラピー的な意味合いではなかったと?

私はすべての芸術的表現はセラピー的側面を持っていると思うの。映画では人の書いた言葉を通して、音楽では人の作った音を通して癒されている面はあると思う。表現をすることによってより人間として良い方向に向かっているとは必ずしも言えないけれど(笑)。ただ表現したことで救われたような気持ちにはならなかったけれど、表現することをあの時は必要としていたということは確か。

”Kate”や”Rest”はもちろんお姉さんのケイトのことを歌っていますね?

そう。

引き裂かれるような思いと一方で祝祭的な響きも感じるのですが?

特にアルバムの最後の方にできた” Les Oxalis”はその面が強いわ。痛みを伴うパーソナルなことを音楽的には明るい響きを持っていたり、動きのあるビートだったりに乗せるのが好きなの。セバスチャンには”本当にこの詞をこの曲調で歌えるの?”と聞かれたけれどね。

音楽と歌詞の内容にコントラストが生まれますね。

コントラストが好きなの。対極から対極へ、極端に揺れ動くことで生きてると感じる。

今回のアルバム全体のプロデューサーであり、ほとんどの曲の作曲を手掛けたセバスチャンもとても極端な表現方法を使う人ですよね。挑発的でもあるし。

一緒に仕事をする前にレーベルのビコーズがエレクトロ系のアーティストの音を色々と聞かせてくれて、彼のダークな音に興味をそそられたの。そのあと実際に会ったセバスチャンは、まあひどく酔っ払った状態でね(笑)。その自信過剰とも取れるような挑発的な態度は父を思わせるところもあったわ。でもその裏には極端にシャイな人柄が隠されているということがすぐに分かったの。その後一緒に仕事をするようになってとても面白くて繊細な人柄もわかってきたわ。

セバスチャンが来日した時などに何度か会いましたが、私は彼のそのような面を見る機会がありませんでした。あなたには心を開いたんですね。

どうかしら。一緒に仕事をしていても彼が作業の過程を分かち合ってくれることは中々なくて”もっと作業途中のものを聴かせて!”と思ったわ。そういう意味では私も彼の音楽的秘密主義なところを崩すことはできなかった。彼は一人で一つ一つの作業を完璧に仕上げて行くことにとても強いこだわりがあるんだと思う。

このアルバムの中ではあなたが大切に思っているお姉さんやお父さん、そして子供たちのことを歌っていますね。これまでは子供たちをあまり表に出さないようにしているのかと思っていましたが?

確かにこれまで私とイヴァン(・アタル。夫)は子供たちを守ろうとしてきたわ。というのも父が亡くなった時に、国中が私の痛みを知っていて、私のプライバシーが本当に深いところまで晒されていると思ったから。その反動で、イヴァンと私は子供たちの名前すら公表したくないくらい神経質になってきた。でも歳を重ねていくうちに、子供を持つことの幸福を改めて感じるし、彼らは私の誇りだし、それが私の一部なんだって思えてきたの。今回アルバムの中から3本のMVに彼らに出てもらっているんだけど、その理由は彼らへの愛を表現したかったし、彼らにきっと悪影響があるという理由でそれを表現しないということにうんざりしたからなの。それにもしも彼らが表現することを仕事にしたいなら、彼らにその機会を与えたいと思うようになったし。今になると父にこの世界に入れてもらったことが、母が私がキャスティングに行くことを応援してくれたことがどんなに幸運なことだったか改めて感じてるの。

お父さんの亡骸をこのように具体的に表現したことはなかったですよね?

父についてどうしても曲を書きたかったの。彼が私を作り上げ、その後破壊したようなものだった。

私が一番強く受けた影響はどうしたって父。例えば父の家は彼が亡くなってから、つまり19歳の頃から私の背負いきれない重荷になっているし。でもそれは自分でそうしている部分もあるのよ。そうして父は今でも私の中の最も重要な人物の一人になっているの。だから父のことを書かずにいられなかったんだけど、”彼の何について書こうかしら?”なんて考えて出てきたわけではないのよ。父の亡骸を前に感じた引き裂かれるような思いは今でも私につきまとっている強い思いなの。長いこと父の亡骸のイメージは、父の生きている時の姿より強く私の頭の中を支配していたわ。

今お話を聞いていると、アラーキーの妻の死によって本物の写真家になったという言葉を思い出します。つまりアーティストにとって誰かを失うというのは表現の原動力にもなるのでしょうか?

今回こうしてプロモーションをしていて、もしかして私はケイトの死を利用して曲を書いたのかしら、それってひどいことだわって思うときもあるの。でも、私が何かを表現するときは例えば日記の中でも辛いこと、悲しいことが中心なの。俳優としても自分の嫌な部分や失敗を乗り越えることによって、一歩ずつ歩んできたと思う。歌詞を書くことも簡単ではなかったわ。とことん執着して、曲を何度も何度も聴きながらなんとか書き上げたの。何かを表現することは、痛みを伴うということなんじゃないかしら。

「Ring A Ring A Roses」は人生を俯瞰して回想しているように思えますが?

俯瞰しているというよりも、初めてを羅列してみたの。初めてという感覚が本当に好きなの。初めてのレコーディング、初めての撮影、初めてのフランス語詞。このアルバムは生や死を秤に乗せて見せている部分があるんだけど、その中でも人生は輪のように循環していると言いたかった。私は自分の子供時代に対して幻想を抱いている部分があるの。姉のケイトと子供時代の話をすると大抵食い違っていてね。”あの時のノルマンディのヴァカンス覚えてる?素敵だったよね?”と言うと”え?あの雨で何にもできなかったヴァカンスのこと?”と返ってきたり(笑)。両親に関しても私はまるで魔法のようだったと思っているけどケイトに言わせると”いっつもいなかったよね”だったり(笑)。

実際にはどうだったんでしょうか?

彼らはちっとも家にいなかったわ(笑)。でも私はこうやって子供時代の思い出を今でも引きずっているの。母もそういう面があってね。ピーターパン症候群とでもいうのかしら。大人になりたくなかったのよね。12歳までは何の不安や不満もない子供時代だった。そんな混乱して不揃いな、子供時代や初めての体験をこの曲では書きたかったの。

混乱や不揃いそして壊れやすいものがあなたは好きですよね?

ええ、欠点があって不完全なものが大好き。もちろん歳を取ることは私だって嫌いよ。でも整形や修正で全ての身体的欠点が消され、許されないものとなっている今の時代の中、私は欠点やアクシデントの方を好むわ。テレビや映画でも同じ。この前私が子供の頃よく父と観て大好きだった”ローレル & ハーディ”を子供たちに見せたんだけど、リズムや音が整っていなくて全然受けなかったの!私は何でも整ってステレオタイプになりつつある世の中に逆らいたいと思ってるわ。

そいういった意味では、このアルバムの中には不安を煽るような不穏なサウンドが何度か登場しますね。

セバスチャンと一緒にそういうものを目指したわ。今のアメリカのティーンネイジャーが聴いているメインストリームなものを娘に時々聞かせてもらうんだけど、構造であれ、ヴォーカル処理であれ、声とサウンドのバランスであれ、みんな均一でとても苦手なの。そういったサウンドは私にとってはモノトーンだし奇妙に感じるわ。

ギィ=マニュエル(・オメンド=クリスト)との仕事について、そしてこの曲がアルバム・タイトルになった経緯も教えてください。

ダフト・パンクと一緒に仕事がしたいと思っていたら、ギィ=マン(ギィ=マニュエルの略称)が曲を提案してくれたの。私は歌詞のアイデアをたくさん書いて持っていったんだけど、ギィ=マンに”削ぎ落として”って言われて一緒に削ぎ落としていったの。曲自体は早く出来上がったわ。3年前、NYに越す前、それこそセバスチャンとアルバムの作業を始める前にできたから、すぐに出したいと思ったんだけどレーベルに1曲だけでリリースはしないって言われて。それでずっと温めていて、何となくセバスチャンにも聞かせづらくてしばらく経ってから聞かせたくらいなの。サウンドとしてはこのアルバムの中で異色だけど、最終的にはうまくはまったと思っているわ。ただその異色さでアルバム・タイトルにはしたくなくてとても迷ったの。 ケイトのアナグラムの『Take』や『Take One』というアイデアをもあったんだけど、結局もっとダイレクトに今のタイトルになったの 。

Charlotte Gainsbourg JAPAN TOUR 2018

TOKYO 2018年4月9日(月)
OSAKA 2018年4月10日(火)

https://wmg.jp/artist/CharlotteGainsbourg/

https://itunes.apple.com/