【インタビュー】ピエールパオロ・ピッチョーリによるValentino

変化の風が吹き荒れる西洋にメッセージを届かせるべく、ピエールパオロ・ピッチョーリはロシアへと向かった。そこから発せられたメッセージは、「ひとがそれぞれに本当の自分であること、個性、そして多様性は、とても美しい」というものだった。

by Anders Christian Madsen
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01 June 2017, 7:40am

なんと美しい皮肉だろう。ドナルド・トランプがアメリカで大統領選に勝利した次の日に、モスクワではValentinoが、アメリカ禁酒法時代の"もぐり"営業をテーマにしたイベントを開催していた。その趣旨は、トランプ支持者の多くが否定する「ニューヨークの自由思想と精神」を讃えるというものだった。「新しい大統領が決定したこと、おめでとう! 力を合わせれば、私たちはもっと強くなれる(We're stronger together)」と、赤の広場からほど近い場所にあるお菓子店のロシア人女性は言い、そして微笑んだ。「We're stronger together」は、もちろんヒラリー・クリントンが選挙戦の際に掲げていたスローガンからの引用だ。そして、ホテルのバーではマイケル・ジャクソンの「Stranger in Moscow」が流されていた。その歌詞の内容に、わたしはひどく共鳴せずにいられなかった。おそらくピエールパオロ・ピッチョーリは意図していなかったはずだが、アメリカ禁酒法時代をテーマにした夜会は、その開催地がトランプ当選に加担した疑惑がもちあがっている国だということもあり、政治的意味合いを多分に帯びることになった。「すべてが反動によって動いていくこの世の中を危惧せずにいられない」と、イベントの翌日にモスクワにオープンしたValentino路面店のソファに座るピッチョーリは言った。「人々が理解、受け入れの姿勢すら見せないのがイヤだし、自分とは異なる人たちを自分の思うとおりにさせようとする風潮もイヤだ。誰もがそれぞれに自身であれる自由こそが、この世に必要なもののはずなのに」。現在49歳となるピッチョーリ。2008年に、マリア・グラツィア・キウリとともにValentinoのデザイナーに就任して以来、たっぷりの刺繍がほどこされたチュールと美しいシルク使いで、壮大にしてときに繊細な主張を表現してきた。昨夏、デザイン・パートナーだったキウリがDiorのクリエイティブ・ディレクターに就任したことでソロ・デザイナーとなったピッチョーリは、引き続き2017年春夏プレタポルテ・コレクションで主張を表現、パンクの世界観を通して独自の視点を打ち出した。

「より深く、自分の美的世界観のルーツと、自分の価値観を追求したんだ。僕は今、中世後期や最初のルネサンス期のイタリア人画家のようなデザイナーになっているんだと思う。表現自体は、ロンドンのパンクカルチャーをもとにしていてもね。パンクは、個人性を重視する心のあり方として、とても惹かれる」とピッチョーリは説明する。「他人の評価は、不思議なくらい気にもならなかった。ただ、やりたいことをやった」。ピッチョーリは、デザイナーのザンドラ・ローズに「ルネサンス期の画家ヒエロニムス・ボスの幻想的な世界を独自に解釈して、プリントを作ってくれ」と依頼した。そして、そのプリント生地を用いて、彼のファッション哲学を体現した、ファンタジーに満ちていながらも現代的な服世界の暴動ともいうべき世界観を作り上げた。「意見ははっきりと表現してかなきゃならないんだよ。ファッションは、人々が読み取ることのできる言語として機能しなければならない」とピッチョーリは話す。「僕は政治的な人間ではない。でも、ひとがそれぞれに本当の自分であることの大切さや、個性、多様性を、美しいものとして表現すれば、それはファッションだけじゃなく社会に向けて価値観を表現することになるからね。だから僕はそれを表現したい。それができるせっかくの機会だから」。大統領選挙が終わった翌日の夜、モスクワの財閥メンバーたちが集まるカフェ<Pushkin>に、"ドナルド・トランプなんて糞食らえ"と書かれた帽子をかぶって現れた。それは、ピッチョーリのValentinoを特徴づける要素である彼の心意気を象徴していた。彼が作り出すショーは見るものの心に響く力を持ち、観客はこれまで幾度となく喜びの涙を流してきた。しかし、そこに込めたピッチョーリの意図の多くは大きな誤解を受けることもあった。

僕は政治的な人間ではない。でも、ひとがそれぞれに本当の自分であることの大切さや、個性、多様性を、美しいものとして表現すれば、それはファッションだけじゃなく社会に向けて価値観を表現することになる。

ピッチョーリがキウリとともに作り出した2016年春夏プレタポルテ・コレクションは、世界に散らばるアフリカ系住民たちの「パン・アフリカ」連帯精神をテーマにしたコレクションだった。ショーのサウンドトラックには、映画『愛と悲しみの果て』の音楽が使われたが、このショーはソーシャル・メディアで「文化盗用だ」として多くの批判を浴びることになった。「あのコレクションは、世界の異なる文化を統合することで生まれるものを描いた」とピッチョーリは事も無げに言う。彼は英語でいたって落ち着いた様子で簡潔に話す。「"アフリカから愛を込めて"なんて、ポストカードみたいな世界を描いたつもりはない。異文化が混じり合い、みんなで共存する世界を描いたんだ。19世紀末に、画家のジョルジュ・ブラックとパブロ・ピカソがアフリカを訪れたとき、ふたりは美のあり方がヨーロッパ的なものだけでないことに気づき、強い衝撃を受けた。そして、ヨーロッパに戻った彼らは現代美術の基礎を作った。自分が知る世界から一歩外に出て、違う世界を見たときに初めて自分の世界が理解できる——そういうものがこの世にはある」。ピッチョーリが率いるValentinoでは、学術的裏付けがないかぎりはどんな作品も世に出されることはない。それにしても、デザイナーの一挙手一投足がインターネット上で取り上げられて精査される時代にあって、ピッチョーリが持つ勇気は際立っている。彼はイタリア人らしい言い回しでこれを説明する。「僕たちには、20年間も抑圧された過去がある」と、1930年代から40年代にかけてムッソリーニによるファシズムでイタリア国民が激しい検閲に苦しめられた歴史を引き合いにして語る。「それを乗り越え、勝利して、ようやく自由になった。ローマ的考え方なんだよね。カトリックと異教徒信仰が共存し、バロック的なローマもあればパゾリーニ的なローマもある——そういう街に暮らしていると、人生の矛盾というものを肌で感じるんだ。生きるというのは、異なった要素が共存するなかでバランスをとることに他ならない。そして、そこで自分の人生観というものを築いていく。だからインターネットでなんと言われても気にしない。僕が信じる美と人生観を作品として表現しているだけだから」。極度にプライバシーを大切にするピッチョーリは、Instagramのアカウントすらもっていない。ときたま、Instagramを楽しむ娘にその世界を覗かせてもらうだけだそうだ。

「自分の生活を見てもらいたくなんかない。ひとが何を食べようと、誰とセックスをしようと、そんなこと知りたくない。僕はひとが何を信じ、何に価値を見出すかに興味があるんだ。僕のコレクションのほうがInstagramよりはるかに雄弁に僕の価値観や人生観を物語ることができるはず」。彼は普段の生活や、彼の生い立ちに関する質問を無下にすることはない。彼は自身が生まれ育った海辺の町ネットゥーノに、現在も妻と3人の子どもとともに暮らしている。それが彼の望む暮らしなのだという。「シェイクスピアは世界を舞台で、人々は登みな役者だと考えた。そして劇作家のルイジ・ピランデルロは、今から100年前、シェイクスピアとはまた違った世界の見方を打ち出した」とピッチョーリは続ける。「いま、Instagramはシェイクスピアのいう"舞台"となっていて、そこにはピランデルロがいうところの"答えを求めて生きる役者たち"が溢れている。シェイクスピアとピランデルロの世界観は、根本的にInstagramの世界観と同じなんだと思う。ひとびとは自分の素顔を隠す仮面を探して生きているんだ」。文化と歴史を自由な精神で融合し、世界の展望を描くピッチョーリ——作品にはソーシャル・メディアでは伝えきることのできない真実を作り出す。モスクワでは装飾が美しいバブーシュカをヘルメットヘアに巻いた女性や、ティアラで頭を飾った少女たちに囲まれて、どこへ行っても歓迎されていたピッチョーリ。しかし、彼は(多くのブランドのように)市場に迎合した服をデザインするようなデザイナーではありえない。「異なる文化に魅力を感じるんだ。中東だろうがロシアだろうが、女性がいて、男性がいて——世界のどこへ行っても、そこにはひとびとが生きている。僕が作る服を気に入ってもらえるのであれば、それを好きなように着てもらえればいい。それでいいんだよ。ファッションに絶対的なものはないと僕は信じてる」

目を見張るほどに贅を尽くしたピッチョーリのValentinoだが、オートクチュールでさえも、その世界観は常に先進的だ。「このメゾンで僕に与えられている責務は、インディビジュアリティ(個人性)を重視して多様性を打ち出すことだと僕は考えている。クチュールは、この世にひとつしかないユニークさの世界。だから、クチュールに一味違う視点を与えるということは、そういった価値観を讃えるということ。美化された過去に固執するのではなく、いまの多様性を讃えるのが大切なんだ。特にいまは、多様性を美しいものとして語っていくのが重要だと思う」

Credits


Text Anders Christian Madsen
Photography Oliver Hadlee Pearch
Styling Carlos Nazario
Hair Holly Mills at Streeters using R+Co. Make-up Chiho Omae at Frank Reps using Giorgio Armani Beauty. Photography assistance Mitchell Stafford, David Hans Cooke. Styling assistance Marissa Ellison. Tailor Mack Mozé. Hair assistance Julia Kim. Make-up assistance Rei Tajima. Model Zhenya Mihovych at Trump.
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.
Zhenya wears all clothing Valentino.

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