アンソニー・ヴァカレロによるサンローラン、第1章

2016年、Saint Laurentのクリエイティブ・ディレクターに就任したアンソニー・ヴァカレロ。そのプレッシャーは生半可なものではなかったはずだ。しかし、ヴァカレロは「我が道をいく」と決めた——「誰がなんと言おうと、いまは僕がSaint Laurentのデザイナーだ」と。

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apr 28 2017, 4:22am

2016年春、アンソニー・ヴァカレロは、Saint Laurentのクリエイティブ・ディレクターに指名されると、すぐにセーヌ川を渡ったパリ左岸へと引っ越した。シックな左岸の中心地サン=ジェルマン=デ=プレに、彼のルーフテラス付きアパルトマンはある。女優カトリーヌ・ドヌーヴが常連というカフェ・ド・フロールは、目と鼻の先だ。「これまでに2回、煙草を吸っているドヌーヴを見かけたよ」とヴァカレロは小さな声で話す。わたしが最後に彼と会ったのは、2年前、彼が当時暮らしていたサン・マルタン通りのアパルトマンのベッドルームでのことだった。派手な装飾が特徴的なアパルトマンで、彼のブランドAnthony Vaccarelloのスタジオとしても使われていた。自身の名を冠したこのブランドは、彼がSaint Laurentのクリエイティブ・ディレクターに就任して以来、休止状態にある。「右岸を恋しく思っている自分もいる」と、ヴァカレロは言う。「場違いに感じることがあるんだ。たまに、あの混沌とした雰囲気に染まりたくなるときがある。なんていうのかな……道に小便の匂いが立ち込めていることに文句を言っていたのが、今ではそういうリアルなものを恋しく思うんだ」と、彼は肩をすくめる。彼の家からも近いSaint Laurent本部の、真っ白なしっくいの天井が、彼の頭上に高く広がっている。

ファッション界のトップへと上りつめた今、アンソニー・ヴァカレロはこの世界の貴族に成り代わってしまったのだろうか?「なっていないよ。なりたくもない。上流階級に押し込まれただけ」と、もともとソフトな口調の彼は、普段よりもさらに静かに、しかし鋭く反論する。「こういう雰囲気のなかで働くとなると、パンクではいられないんだ。パンクでいることもできるけど、そんなことをしてもなんの得もない。こういう世界に少しだけ染まる——そういうことだと思う」。彼に導かれて門を入り、アトリエ外の中庭に停められたドライバー付きの大きな黒いベンツの前を通り過ぎて、デスクはなく大きなソファだけが置かれた巨大なオフィスを歩いていると、ファッション界の上流階級の世界に染まらざるをえないヴァカレロの現実が理解できる。若きインディペンデント系デザイナーであるということは、終わりなき学生生活を送っているように感じられるものだ。チェコ産の車シュコダに乗っていた人間が、目の前にベンツを差し出されれば、飛びつくのが当然というものだろう。「ベンツはもちろん走りも速い。でも乗り心地はシュコダも変わらない。道も同じだよ」。出世街道に生きる現実は、想像していたようなものではなかったと、ヴァカレロは話す。「毎朝10時にここへ来て、夜遅くまで働く。Saint Laurentのような大きなメゾンでディレクターになれば桁違いに華やかな生活を送れるんだろうと思うだろうけど、まず、僕はそういった生活に興味がない。ずっと同じチームと服作りをしているし、あの頃からまったく環境は変わっていない——もちろん、ここは前いたスタジオより美しいけどね」

Saint Laurentのクリエイティブ・ディレクターに就任した際、彼はそれまで服作りをともにしてきたチームをすべて引き連れてやってきた。Saint Laurentには数百という人数のスタッフがおり、ヴァカレロのチームはそこに加わったのだ。このメゾンのスタッフ全員を統括しているヴァカレロだが、正確な人数はいまだに把握していないという。知らないほうが良いのかもしれない。彼は、贅の世界の対極にあるデザイナーなのだ。本部の豪華な控え室と、そこに静かな佇まいで座るヴァカレロ(この日は、ブラック・ジーンズにブラックのジャンパーを着ていた)。このコントラストは、2016年4月のSaint Laurentクリエイティブ・ディレクター就任以来、その快挙が華やかに取り沙汰される一方で、当の本人はそれに関して頑ななまでに冷静な姿勢を貫き通してきたヴァカレロのひたむきな存在感を象徴しているように見える。Saint Laurentを生まれ変わらせ、熱心な信者を生んで、売り上げを倍増させたエディ・スリマンがメゾンを去り、彼より10歳も若い新世代デザイナーが後任となるという噂は、パリで、ファッション界のゴシップに目がない女性たちのあいだで数ヶ月間にわたり、もはや秘密ですらなくなっていた。2007年夏にクリス・ヴァン・アッシュがスリマンの後を引き継いでDior Hommeのデザイナーに就任したことを彷彿とさせるできごとだった。クリス・ヴァン・アッシュもまた、彼独自のDior Hommeが世間に認められるまでの数年のあいだ、スリマンが残したものの巨大さに苦しんだ。

「エディは、Dior Hommeで独自のシルエットを作り出した。でもSaint Laurentではシルエットを生み出しはしなかった。だから、そこには大きな違いがある。クリスは、Dior Hommeでエディが生み出した新しいシルエットに、クリス独自の世界を描かなきゃならないから、それは大変なことだよ。クリスはエディのアシスタントをしていて彼をよく知っているから、そういう意味での恐怖心はあったと思う」とヴァカレロは指摘する。「僕はエディに会ったこともない。だから怖くないんだ。僕がやるべきことをやりたいようにやっているだけ」。2016年9月に発表された、彼にとって初のSaint Laurentコレクション。その制作過程で、ヴァカレロが唯一助言を求めたのは、かつてイヴ・サンローランのパートナーであった、現在86歳になるピエール・ベルジェだった。初めて会ったときにベルジェが言った言葉を、ヴァカレロは今でも忘れることができないのだという。「君はイヴ・サンローランじゃない。イヴになろうなんて思わなければいいんだよ」と、ベルジェは言ったそうだ。1961年にイヴ・サンローランとベルジェが立ち上げたSaint Laurent。この歴史的メゾンを受け継ぐにあたって、ヴァカレロが必要としていた自由は、まさにそれだった。そして、イヴ・サンローランは、上流階級と、それに対する反逆精神をバランスよく取り入れることに長けたデザイナーだった——そう、ヴァカレロと同じように。

「イヴ・サンローランは、上流階級なんて大嫌いだったんだよ。でも、ある意味で、彼ほどのブルジョアもいなかった。彼の生活や取り巻きの存在を考えると、彼はとても貴族的だったんだなと思い知らされる」とヴァカレロは言う。しかし、ヴァカレロは、Saint Laurentのデザイナーになるからといって、イヴの、さらにはエディのSaint Laurentを継承しなければならないとは考えなかった。「エディがやったことや、Saint Laurentの世界観そのものを引き継ぐわけじゃなく、僕は自分のためのSaint Laurentをやりたかった」と彼は言い、クリエイティブ・ディレクター就任に恐れはなかったと話す。「僕は自分のためにやっている。ひとが気にいるものを作るためじゃない。何を言われるかなんて考えなかったよ。誰もがそれぞれ独自のSaint Laurent観を持っている——だから、完璧なSaint Laurentコレクションを作るなんて不可能なんだよ。クリエイティブ・ディレクターに就任した初日から、このメゾンが"好きか嫌いか"の大きく分かれる世界観だということは重々承知していた。イヴ・サンローランの時代も、トム・フォードの時代も、アルベール・エルバスの時代も、Saint Laurentはずっとそうだったからね」と、ヴァカレロは歴代のSaint Laurentデザイナーたちの名を挙げながら話す。「気に入ってもらえようと気に入ってもらえまいと、いまは僕がここのデザイナーなんだ」

遠巻きにファッション界を見てきた人たちにとっては、Yves Saint Laurentのロマンチックなフォルムに、ヴァカレロ特有のセクシャルな世界観を重ねて想像するのは難しかっただろう。しかし、現在36歳となるヴァカレロは、ベルギーとイタリアの血を引き、内向的な性格ながらも大胆なセクシーさを作り出して、独特の世界観を誇るデザイナーだ。創業者であるイヴ・サンローランとの共通点がそこに見えてくるはずだ。イヴは、気まぐれな世捨て人かと思えば、次の瞬間には知的な雰囲気を放ってひとを魅惑する、かと思えば全裸のポートレイト写真を撮るなど、捉えどころのないひとだった。目の前に座る、礼儀正しくもいたずら心に溢れたヴァカレロは、1982年、レストラン・オーナーの父と会社秘書役の母のもと、ブリュッセルに生まれた。彼が作り出す洋服を知る者には驚きでもないだろうが、彼は80年代の"ファム・ファタール"や90年代前半のテレビの世界観にどっぷり浸かって育った。テレビ番組『ダイナスティ』に登場する、大きな肩パッドの入ったドレスに身を包んだ女性たちから、『メルローズ・プレイス』に登場する美しくも大胆不敵な悪女たち、『ビバリーヒルズ高校白書』や『ハートブレイク・ハイ』で少女たちが見せた90年代ティーンのあり方などを見て育ち、MTVに流れるミュージックビデオや、マライア・キャリー、マドンナと写真集『Sex』、「たまにセリーヌ・ディオン」、そして、今もヴァカレロがその存在感を崇めてやまないスーパーモデルたちに、夢中になった。

彼が思春期を過ごしていたその時代にも、イヴ・サンローランは、世界のファッションとイメージ文化において、最強の影響力を持つクリエイターだった。ヴァカレロ自身はティエリー・ミュグレーやジャン=ポール・ゴルチエにより強く感じ入るものがあったそうだが——Instagramでは、Saint Laurentとヴァカレロの世界観があまりにかけ離れているとのコメントが相次いだが、ヴァカレロ自身には、それまで彼が受けてきた影響をSaint Laurentで表現することはそれほど大それたことではないと感じたようだ。「僕が築き上げたブランドとそのヴィジョンが評価されて、Saint Laurentに招かれたんだと僕は思っている」と彼は言う(ヴァカレロは、ベルギーのラ・カンブル国立高等芸術学校を卒業し、FENDIで働いた後、2009年に自身の名を冠したブランドAnthony Vaccarelloを立ち上げた)。「ここでも基本的には同じヴィジョンで服作りをしているけど、そこにイヴ・サンローランが残したアーカイブとインスピレーションを織り込んでいる」と彼は話す。「とは言っても、すでに作られたものを真似て、作り直すつもりはなかった。僕が作った古いコレクションを見ると、そこにはYves Saint Laurentの精神が見てとれる。だから、僕にとっては自然な姿勢で服作りをしているよ」。彼にとって初となるSaint Laurentコレクションで、ヴァカレロは明白な表現を避けた。ベルジェに招かれて訪れたフォンダシオン・ピエール・ベルジェ・イヴ・サンローランで見たSaint Laurent作品をベースとはしなかった。

ただし、ひとつの作品を除いては——「もとはイヴのアトリエだったフォンダシオンで、あるドレスを見て、それが忘れられなくなった」。彼がそう話すのは、イヴが、ジゴ・スリーブとタフタ製パフ・スカートをあしらって、デコルテにハート形のラインを描いた黒のドレスだった。1981-1982年秋冬コレクションからのピースで、ヴァカレロが生まれる前年に生まれた作品だ。このドレスは、ヴァカレロがフォンダシオンに辿り着いた際、まるで天からのお告げのように、イヴが使っていたオフィスの横に飾られていた。「それを見た瞬間、『これだ。これが僕の進むべき方向性だ』と思った。でも、ただそれを真似てミニドレスを作るようなことはしたくなかった。あのドレスのスリーブをアイデアとして拝借して、それをレザーで作り変え、コラージュのようにコレクションを作り上げようと思ったんだ。服でというよりも、服作りの姿勢でSaint Laurentを表現したかった」。そうして出来上がったものは、ヴァカレロが自身のブランドで作り上げた力強い女性像を継承していた。「イヴは、透けるほど薄いTシャツやドレスを好んだ。でもそれは、いやらしくも挑発的でもなかった。それは、男性と対等な女性を描いていたんだと僕は思う。裸を恥じる必要なんてない。イヴがやったことは実にセクシーだよ。それまでに人々が見たことのないものを作った。そんな女性像を、僕はチームと一緒に探求した——幾重にも重ねられた生地の下に肉体を隠してしまわないような、自分の身体に誇りを持った女性をね」

ヴァカレロらしい肌の露出はそのままに、Saint Laurentコレクションが打ち出した80年代調のふしだらでグラマラスな世界観は、2017年春夏シーズンを襲った政治の混乱に呼応するものだった。冷戦時代のアメリカに吹き荒れた保守主義の波と、そこに現れた80年代ファッションのコントラスト——ヴァカレロが打ち出した、レーガン時代のアメリカを彷彿とさせるメガ・スリーブと淫らなスカート丈には、トランプが米大統領に就任した現代の世の中に毅然と対峙するデザイナーの姿勢が伺えた。Saint Laurentの広告キャンペーンで女性ふたりがキスをしている写真を起用した際、ヴァカレロは強い反発にさらされることとなった。「アメリカが使用を拒否し、イタリアがそれに続き、世界中で広告が掲載禁止になった。僕はそんなこと気にならなかったけどね。だって、僕には、Saint Laurentに対して持つ明確なヴィジョンがある。女性ふたりがキスをしている写真がいくつかの国で掲載禁止になったぐらいで、僕はそれを変えようなんて思わない。ある意味、あの広告は政治的意味合いを持ったわけだけど、僕はそこで政治的主張を打ち出すつもりなんか毛頭なかったんだ」と彼は言う。「なにか不穏なものを空気に感じるんだよね。それを深く分析したりはしないけど。でも、去年、パリで起こったことは大きな衝撃だった。そこに共通点を見出そうなんて思っていなかったけど、80sの世界観が前面に出たのは、おそらくあのときに起こっていた現実に対する僕の反応だったんだと思う。デザイナーは、そういったことに敏感な生き物なんだ」

デザイナーがまるで親密な関係を恐れるかのように、ブランドからブランドへと次々に乗り換えを繰り返すご時世にあって、デザイナーという仕事が持つ間接的な政治力は、どうにも見過ごされがちだ。ダラスやドバイでSaint Laurentを着てショッピングを楽しむ世の女性たちは、アンソニー・ヴァカレロの政治的信条についてほとんど理解していないだろう。しかし、彼女たちはヴァカレロの本質的価値を体現した服を買い、身にまとっているのだ。狡猾な手段をつかって、体制に一石を投じる——これほどイヴ・サンローラン的な世界観はないだろう。ウィメンズの2017年秋冬コレクションとともに2月に発表したメンズウェアだが、ヴァカレロは男性もがっかりさせない。「少しフェミニンな要素を持った男性像。Saint Laurentは歴史的にもフェミニンなメゾンだからね。Saint Laurentと聞いて男性のシルエットを思い浮かべるひとはいない。Saint Laurentの男性といえば、イヴを思い浮かべるはず。僕が思い描くSaint Laurentの男性は繊細なひと。女性の服を借りて着てしまえるような感性の持ち主」と、彼は、ブラックの透け素材で作られ、ビショップ袖が配されたシフォン・ブラウスについて語った。このブラウスは、彼にとっての初Saint Laurentコレクションで発表されたもので、下には男性モデルの肉体が透けて見えた。

「パーソナルな服だよ」とヴァカレロは微笑む。「自分が着たいものを作ったからね」。カール・ラガーフェルドは、かつて、「ココ・シャネルが生きていたら、あなたがChanelで作っている作品を評価すると思いますか?」という質問に、「ココは酷評するだろうね。でも、ココのChanelを現代的にしていくのが僕の仕事」と答えた。Saint Laurentでのデビューで、ヴァカレロは、エディ・スリマンが築いた成功だけでなく、イヴ・サンローランが残した歴史をも視野に入れて、新たなSaint Laurentを作り上げなければならなかった。ファッション批評家の視点から見れば、Saint Laurentは聖域だ。後任デザイナーにかかるプレッシャーは生半可なものではない。「僕は、個人的に知り合いで、かつ尊敬しているひとのコメントしか聞かない——それも3人ほどしかいない」とヴァカレロは言う。そこへ、「いや、もっといるだろう!」と、ヴァカレロの広報担当ルシアン・ペイジズが笑いながら割って入る。「こんなことを言って良いのかどうか分からないけれど」と言って、しばし考えてから、ヴァカレロは続ける。「批評は信用していないんだ。昔は、批評家が"好きか嫌いか"だけで評価するものだったから信用できたけれど、今はメディアの広告主だからということで、駄作を発表しても誰もが口々に『素晴らしかった』なんて言う。そう言わなきゃならない環境が出来上がっているんだ。それがわかっているから、僕はメディアの批評に敬意を持っていない。本心から感想を聞かせてくれるひとは、数えるほどしかいない」。ブロガーに関しては、「彼らの存在が重要なのかどうか、もう分からないね。ルックを打ち出す存在——たまにそれ以上のこともするひとたち。ブロガーなんて簡単に買収できてしまうんだよ。しがらみのないブロガーなんて、新人だけ。フォロワーが増えれば、ブランドの魔の手が伸びてくる。だから、僕はブロガーも信頼しないね」。では、イヴ・サンローランは彼のSaint Laurentを評価するだろうか?「それについては考えたよ。イヴが評価してくれるかどうかを知るには、ベルジェに訊くのが一番だと思った。ベルジェはショーに来てくれたんだ。それに感動した」。その数日後、ヴァカレロはベルジェとランチをともにしたそうだ。「ベルジェは、僕が作ったすべてのルックを理解してくれていて、かつ、それらが何からインスピレーションを得て作られたものかまで理解してくれていた。興味深いものだよ、『セクシーなコレクションだった!』なんて言わず、服に表現したひとつひとつのモチーフを深く理解してくれるひとと話をするというのは。イヴ・サンローランの決まり切ったイメージじゃなく、イヴという人間を深く知るひとと話をするのは、とてもためになる」とヴァカレロは言う。「ピエール・ベルジェは、Saint Laurentというファッションの聖域を守る天使のひとり。彼から良い評価をもらえれば、僕は『成し遂げた』と思える——ベルジェは、そういう力を持ったひと」

Credits


Text Anders Christian Madsen
Photography Mario Sorrenti 
Fashion Director Alastair McKimm

Hair James Pecis at Bryant Artists using Oribe. Make-up Diane Kendal at Julian Watson Agency. Nail technician Alicia Torello at The Wall Group using Dior Vernis. Set design Philipp Haemmerle. Lighting technician Lars Beaulieu. Digital technician Johnny Vicari. Photography assistance Felix Kim, Javier Villegas. Styling assistance Lauren Davis, Sydney Rose Thomas.
Hair assistance Adlena Dignam, Rebekah Calo, Clara Leonard. Make-up assistance Caoilfhionn Gifford, Angelina Cheng. Set design assistance Ryan Stenger. Production Katie Fash and Steve Sutton. Casting directors Piergiorgio Del Moro and Samuel Ellis Scheinman for DMCASTING. Models Wallette Watson at Supreme. Mica Arganaraz at DNA. Anja Rubik, Selena Forrest, Agnes Akerlund and Binx Walton at Next. Cara Taylor at Oui. Yasmin Wijnaldum, Birgit Kos and Vittoria Ceretti at Elite. Lexi Boling and Freja Beha Erichsen at IMG.
All clothing and accessories Saint Laurent by Anthony Vaccarello.
Wallette Watson, Mica Arganaraz, Anja Rubik, Selena Forrest, Agnes Akerlund, Binx Walton, Cara Taylor, Yasmin Wijnaldum, Birgit Kos, Vittoria Ceretti, Lexi Boling, Freja Beha Erichsen
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.