銀座で50年の歴史を紐解く『It's a Sony』展

常に時代の流行の先を見つめ通信文化、音楽文化、そしてゲームや映像の文化を革新してきたSONY。そのショールームとして、50年に渡り親しまれたソニービルが来年3月に終了することがきまった。現在開催中の回顧展『It's a Sony展』からこれまでの革新の歩みに触れた。

by Hiroyoshi Tomite
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19 December 2016, 5:40am

終戦直後の1946年東京通信工業株式会社として創立。2016年に創業70年を迎えたSONY。現在の拠点であるソニービルが創業から50年を迎え、2つの意味でSONYにとって記念すべき年となった2016年。これまでソニーグループのショールームとして、SONYの顔の役割を果たしていたソニービルを"新しい情報発信基地"として生まれ変わらせることを決意したという。

現在ソニービルで展開されている回顧展『It's a Sony展』は、「歴史」をテーマに創業期の1940年代から10年ごとにこれまでに発売・発表されてきた約730にのぼる製品の展示とともに明らかにしていく回顧展だ。ソニービルの特徴でもあるビル真ん中の柱を中心に90cmずつ段違いに展開されている花びら構造の階段を歩むごとにその革新的な製品は現在へと近づく。

トランジスタラジオにはじまり、レコード、カセット、MD、テレビ、携帯電話、ゲームなど様々な分野で技術を刷新し、世界のSONYとして支持を集めるようになるまでの歴史が明らかにされていく構成になっている。

私が展示に訪れたのは、平日18時過ぎ。若年層のカップルから仕事終わりと思えるスーツ姿の壮年のビジネスマンたちまでが展示物が発売されたかつてを懐かしむように、あるいははじめて目の当たりにする展示物に驚きを持ってして眺める姿が印象的だった。

すべてを紹介する物は難しいが、今回の展示でいかにして電機メーカーが国内に知れ渡り、私たちの生活様式に影響を与え、やがて世界に波及し、今なおそのデザインやアイデアが人々にインスピレーションを与えるようになったのかという観点から、その歩みを一部紹介していく。

ところでSONYはあなたにとって、何のメーカーなのだろうか。音楽メーカー、ゲームメーカー、はたまた映像機器メーカーなど様々な側面を持っているから、人によって印象は様々だろう。そのバリエーションを垣間見ることができるのは、展示冒頭にある『My Favorite Sony』と題した企画展示ブースだ。水曜日のカンパネラのコムアイやDJみそしる&MCごはんといった若手ミュージシャンが最近のアイテムを挙げると同時に藤原ヒロシやピエール瀧、映像監督の大根仁などが懐かしい製品を挙げている。それぞれが購入当時の自身の記憶を懐かしむようなエピソードとともに飾られた製品をその目で確かめてもらいたい。

創業当時を知る貴重な手がかりとなる40年代から50年代に至るまでのブースには、ISSEY MIYAKEが手がけた男女共用の社員制服が展示されている。この制服は破れ止め加工が施されたナイロン製ジャケットで、袖のジッパーを外すとベストとしても着用できる。一通信企業でありながら、当時から先進的なデザイナーに制服を依頼するなど、そのマインドは他の企業と一線を画していたようだ。

ISSEY MIYAKEといえば、スティーブ・ジョブズが愛用していた黒タートルネックが彼の手によるものだということを知っている人がいるかもしれない。実は、かつてジョブズがSONY工場を視察に訪れた際に工場の人が着ていた制服のアイデアを自社でも採用しようとしたが結局社員の反対に遭い、自分だけでもと着用したのがあの有名な黒タートルネックなのだという。歴史を繋げる一つのキーとなる展示は一見の価値がある。

他にこのエリアで注目すべきは、1955年に日本初のトランジスタラジオとして発売された『TR-55』を筆頭とするラジオやテープレコーダーなどの通信機器だ。これらの展示物から当時は通信機器など電子工学の領域で高い技術を誇り日本国内に認知されていたメーカーであったことがうかがえる。

以降はポータブルのカセットデッキの進化などを知ることのできるブースやブラウン管のテレビなどが並ぶ60年代のブースを見ておこう。階段をさらに上っていくと、音楽メーカーとしてソニーを十分に堪能できるのが世界に知らしめることになった代表作が飾られている。

そして、1979年にカセットテープのステレオプレーヤーとして発売された『TPS-L2』だ。『WALKMAN®』という名前で現在に至るまで世界的に親しまれる名称はこのときはじめて登場したのだ。

当時の逸話として語りぐさになっているのが「ウォークマンという名称は英語的におかしいのでは?」と質問した社員に対して、創業者の盛田昭夫氏は「使うのは若い人だ。若い人たちがそれでいいというのだから、いいじゃないか」と述べたというエピソードだ。ユーザーの視点に立った和製英語であるが、その評判は海を渡り、世界にも親しまれるようになっていく。もっとも海外で発売された当初は別の名前で販売展開されていたらしい。しかし現在では当初のオリジナルで発案された『WALKMAN®』という呼称で世界に知られている。このシリーズは通勤通学中に音楽をMDやMP3で愛聴する今なお続いている。音楽を街中で聞くことが当たり前になったのは、この『WALKMAN®』シリーズの登場があったからだと言っても過言ではないだろう。

同時に展示されている80−90年代を中心としたソニーミュージック所属アーティストのビデオクリップブースには人だかりが。こうして邦楽問わず展開されたジャケットを見ると機器のハードの面だけではなく、コンテンツやソフト面においてもSONYが音楽文化に貢献してきたことが手に取るように分かる。

ゲームのブースの先に壁一面に展開される動画に印象的なフレーズがあった。『ソニーの歴史。それは、ただプロダクトを作ってきた歴史ではない。それは常識を壊してきた歴史』『時代が変わっても、我々は変わることのない「人間の心を動かす力」を信じている』というものだ。

通信技術が発展し、個人が当たり前のようにモバイル端末から膨大な情報を享受できるようになった今でも人の心を動かす力を信じ続けているからこそ、SONYは領域を拡大しながらメーカーとして成長を遂げてくることができたのだろう。

ソニービルは、"街に対して開かれた施設"というコンセプトを実現していく「銀座ソニーパークプロジェクト」として活用していく予定だという。2018年夏から2020年秋にかけては、地上部分をフラットな空間として営業し、東京オリンピック後から再び新たなソニービルとして営業を再開させていくそうだ。

瞬間的に情報が流れる現在、それでも感性に訴えかける情報提供の場を実現させるべく、この節目の年にソニービルを生まれ変わることを決意したのかもしれない。

SONY創業70年。銀座ソニービル建立50年の歴史を一言で表すならば、常識を覆すプロダクトを作りつづけた歴史であり、人々の生活様式を更新させて、新しいスタイルを生み出すカルチャーに貢献しつづけてきた歴史ではないだろうか。

東京の一等地である銀座の街を50年に渡り見つめてきたソニービルとSONYがこれからの未来にどのような革新をもたらし、私たちの前に新しい価値を提示してくれるのか。今から楽しみでならない。

『It's a Sony』展
会期: Part-1 2016年11月12日(土) 〜 2017年2月12日(日)
Part-2 2017年2月17日(金) 〜 2017年3月31日(金)

Credits


Text Hiroyoshi Tomite

Photography Kisshomaru Shimamura

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