荒木経惟 『写狂老人A 76齢』

5月25日、写真家 荒木経惟の誕生日を祝う日が今年もやってきた。

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maj 30 2016, 4:05am

主にスポーツの世界でよく用いられる表現で、"記録よりも記憶"という言葉がある。試合が行われれば、そこには勝者と敗者が生まれる。そのとき、たとえ負けたとしても素晴らしい活躍をした者に向けて、その姿勢や健闘を讃える場合に使われるのがこの言葉だ。かつて、自分の目標として"記憶に残りたい"と宣言した選手もいる。

芸術、ことに写真の世界では勝ち負けを判断するのは難しい。なにより記憶に残ることが第一のようにも思える。言い換えれば、有名であることはアーティストにとって大切な要素なのだ。では、日本で一番有名な写真家は誰か。先日、タカ・イシイギャラリーで23回目となる個展を開催した荒木経惟は、間違いなくその筆頭だろう。

写真に詳しくないと思っていても、「アラーキー」と言えば、聞き覚えがあるのではないだろうか。具体的な写真作品でなくとも、ユーモアと知性に溢れた痛快な言葉、一度見たら忘れない独特な出で立ちと髪型など、彼が人々に残している印象は様々だろう。圧倒的な才能と、愛すべき人柄。そんな彼の溢れんばかりの魅力が、多くの人たちに様々な形で伝わっていることは疑いない。

多作であることも彼の特筆すべき点だ。既に述べた通り、同じギャラリーで23回の異なる展示を行うというのは、極めて異例のこと。さらに荒木は、1年に10冊近いペースで写真集を作り、常に新作を発表し続けている。企業に勤めていた頃から現在に至るまで、その創作意欲に一切の衰えは見えない。もはや彼にとって、写真を撮ることは日々の営みであり、決して欠かすことのできないライフワークとなっているのだ。作品の数を見て驚く私たちの感覚とは違い、その膨大な作品数も、常に変化する表現も、彼には当たり前の結果なのだろう。過ごす日々の分だけ写真は増え、抱く心境と共に表現も移り変わってゆく。

本展示は『写狂老人 A 76齢』シリーズからカラー作品9点と、フランス・パリのギメ東洋美術館にて4月より開催されている個展で披露された最新作『トンボー・トウキョー』からモノクロ作品471点とをあわせた、計480点というボリュームで構成されている。

生涯のモデルであるKaoRiの誕生日に、自身の年齢にかけて6×7のポジフィルムで撮影した9点の新作には、これまでとこれからの間に立つ彼の今が宿っている。タクシーの中から青山墓地を撮影している際に、背景に並ぶ高層ビル群が墓石(トンボー)に見えたことから名付けられた『トンボー・トウキョー』。それと共に展開される本展示は、生と死を見つめる荒木経惟の真骨頂とも呼べる空間が拡がっている。

今なおシャッターを切り続ける彼の現在地を指し示す本展示は、記録にも記憶にも残る彼の確かな足跡である。よくご存知の方にも、そうでない方にも平等に、彼が今カメラから覗く楽園はかけがえのない景色となるだろう。

荒木経惟『写狂老人A 76齢
開催期間:2016年5月25日(水)〜6月29日(水)
開催会場:タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム
〒106-0032 東京都港区六本木5−17−1 AXISビル2階