『行き止まりの世界に生まれて』監督が語るスケートコミュニティ、家族、メンタルヘルス

米国のさびれた工業地域に暮らす若者を追ったドキュメンタリー『行き止まりの世界に生まれて』のビン・リュー監督が、スケートカルチャーにおける不安、スティグマや沈黙にどう風穴を開けるかについて語った。

by i-D Team
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04 September 2020, 9:59am

ビン・リューのInstagramをスクロールすれば、彼のストーリーをなんとなく理解できるだろう。彼自身や友人たちのスケートクリップのあいだで、彼はバラク・オバマとポーズをとり、トニー・ホークと一緒に立っていて、アカデミー賞授賞式に向けてドレスアップしている。

スケーターである彼が監督したドキュメンタリー『行き止まりの世界に生まれて』は、オバマの年間ベスト映画ーにランクインし、オスカーにノミネートされ、ロッテン・トマトで100%の満足度を得た。イリノイ州、ラストベルト出身のスケートキッズにしては上出来だろう。

「変な感じだったよ」オスカーの夜についてビンは言う。「でも、オバマ云々は予想外だった。彼がそんなリストを作っていることすら知らなかったし!」

ビンの映画は、ロックフォードのスケーターたちがもがきながら大人になろうとする姿を追っている。キアーは皿洗いとして働き、その合間で時間を見つけてはスケートボードをしている。ザックは屋根職人として働いていて、もうすぐ子供ができる。

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© 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.

このドキュメンタリーは、スケートがいかに責任多き社会や問題を抱えた家庭からの逃避となり、そしてまた、いかに家族的なコミュニティになりうるかを見せながら、彼らが抱える大人になることへの不安を映し出す。

映画がさらに深堀りをしていくと、スケーターたちとの会話からパターンが見えてくる。彼らは皆、厳しい家庭に育ち、身体的な虐待を経験していたのだ。街中をスケートのプッシュで進むというシンプルな行為によって、いかに彼らの全世界が保たれているのかに、突如として気づかされる。

「スケートさえできれば、それだけでいい」

劇中にも登場し、自身が継父から受けた虐待について語るビンは、撮影を始めるまで、ザックやキアーの個人的なことまでは把握していなかった。

「映画の撮影を通して、彼らの家族のことや、彼らの内面や過去を知っていった」とビンは言う。「ザックはうまいスケーターで、キアーはとてもカリスマと才能があってオープンな人物。知っていたのはそれくらいだった」

彼は、彼らと一対一で向かい合い、君の家ってどんな感じだった? 誰が愛すことを教えてくれた? 誰に憎むことを教えられた? 13歳の自分に何と言ってあげたい?と尋ねた。

「みんな、そんな質問をされることには慣れてなかったよね」と彼は言う。「初めてキアーと座って話を聞いた時、彼は父親について話してくれた」

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そのシーンで、彼は涙を抑えられなくなる。なぜスケーターたちは、家庭のことや悩みごと、自分の感情についてあまりオープンに話さないのだろうか?

「多くの場合、スケートボードは他のすべてのことからの逃避みたいなものなんだ」ビンは説明する。「だから、わざわざそんなことをポジティブな場所に持ち込んだりしたくないだろ?」

ロンドンの20代のスケーター、サミー・レッコ(Sammy Recko)に話を聞いたことがある。彼は子どもの頃、誰もスケートセッションで重たい話をする人はいなかったと言っていた。

「楽しいことは自分たちが今やっていること、全て目の前にあるんだ。誰もその邪魔をしはたくない。家に帰ったら色々大変だったとしても、その場所はそういったことを話す場所じゃなくて、忘れる場所なんだ」

サミーにとっても、スケートボードは逃避だった。壊れた家庭、厳格な公立学校、そして公営住宅からの。

「スケートを始めて、コミュニティの仲間に入れてもらい、僕の生活の全てが生き甲斐のある場所へと一変した。突如として学校の後に家に帰る理由ができて、週末が大切になった。僕がスケートを一緒にしていた奴らは僕のスケーティングだけでなく、僕自身を大事に思ってくれたんだ。初めて、僕が何をするかが意味を持った。自分が何者かが意味を持ったんだ」

不安やトラウマでさえも押し殺してしまうという問題は、スケートカルチャーに限ったことではない。多くの人々が問題を抱えているが、ほとんどの人がそれについて語ったり、共有することがない、とビンは言う。

「生涯そういったことをちゃんと話さずに終えてしまうことだってあり得る。誰かと話すことに限らず、自分自身と対話することでさえ」

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映画の中でビンはキアーに対して、自分が継父に暴力を振るわれていたことを打ち明ける。ずっと彼らは一緒にスケートをしていて、彼は一度もそのことを口にしたことがなかった。そんなことをわざわざ言えただろうか? そこは悪魔たちから逃げることのできるポジティブな場所なのだ。

この映画を作った理由のひとつは、世の中にこういった問題に対しての正しい対処法というものがないからだ、とビンは私に語った。「14歳の自分がこの映画を見たら、きっともっと安心して仲間と色々なことを話せるようになったんじゃないかな」

では、そういったことを話さないことで失うものは?

「まず何よりも、自分のことを理解できなくなることだと思う」と、映画制作中にセラピーに通っていたビンは言う。「そして、感情の振れ幅や負の感情から自分を抜け出せるようにすることができなくなって、その結果、不健康な状態になってしまうと思う」

【ここからネタバレ注意】

ドキュメンタリーのあるシーンで、対話を嫌うマスキュリニティの醜い一面が露呈する。ザックの恋人で彼の子の母親であるニナが、ザックに殴られたことをビンに打ち明ける。ザックの酒癖もまた制御不能になっていた。彼女はビンに顔にできた傷を見せる。その瞬間、ビンは突如としてこの映画で伝えるべき新たな側面ができたことに気がつく。

「僕が最初に思ったのは、クソ!きっと観客はニナを信じないんじゃないかってことだった」と彼は語った。「どうしたら、僕はこの物語における彼女の視点をしっかり伝えることができるだろう?」

どのようにビンは彼のスケート仲間の暴力に向き合ったのか? ふたりは湖のほとりに静かに座って会話をした。「それは、友達としてというよりも、映画監督の倫理観が問われて難しかった」その対峙について彼は語った。「親友を裏切っているとは感じなかった」という。

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私はそのシーンで、自分の友達や知り合いが、閉ざされた扉の向こうでどのように恋人と過ごし、どのような振る舞いをしているかは実際のところ誰も知るよしもないのだと気づかされた。ビンも私に同意した。

「僕は、一人の男が家の中と外でいかに違う振る舞いをするかを直接見せつけられる家庭で育った」

このドキュメンタリーのテーマの探究が進むにつれ、より深い問いが浮上していく。ザックは自身の父親の過ちを繰り返しているのか? 虐待を受けた者は、虐待者になってしまうのか?

「そうだね、時に、人は突然自分の父親みたいになってしまう。クレイジーなことだけど」ビンは言う。「ザックは、父親の自分への接し方に対して失望と怒りを抱えながら、父親への罪悪感や尊敬といった両極の感情も抱いていた」

終盤でビンはキアーに、彼にとってこのドキュメンタリーが何だったかを尋ねる。「無料のセラピーってとこかな」彼は答える。では、ビンにとってはどうだったのか。この映画を作る過程は、セラピーになったのだろうか?

「自分がセラピストだったって感じかな」そう彼は笑った。

『行き止まりの世界に生まれて』は9月4日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次ロードショー

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