「僕の映画は僕にしか撮れない」:『ライオンは今夜死ぬ』諏訪敦彦監督インタビュー

「ジャン=ピエール・レオーは常に常識をひっくり返す、非常に危うく際どいところで“パンク“な役者として存在してきた」

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jan 23 2018, 8:30am

『不完全なふたり』『ユキとニナ』の諏訪敦彦監督が、ヌーヴェルヴァーグの旗手ジャン=ピエール・レオーを主演に迎え、8年ぶりに完成させた新作『ライオンは今夜死ぬ』。南仏の港町を舞台に、老齢の俳優が地元の子どもたちと映画制作ごっこをしながら、かつての恋人との記憶に思いを馳せる姿を瑞々しく描いた作品だ。

ヨーロッパで高い評価を集める諏訪監督は、『大人は判ってくれない』では子どもだったジャン=ピエールと、ワークショップで選ばれた子どもたちをかけ合わせ、それぞれ自然体の演技を引き出した。映画製作の拠点を海外に置いて活動している諏訪監督に、ジャン=ピエールとの出会いから映画監督としてのスタンス、昨今の映画製作を取り巻く環境などについてインタビューを行った。

© 2017-FILM-IN-EVOLUTION-LES PRODUCTIONS BAL THAZAR-BITTERS END

——前作『ユキとニナ』から8年。その間はどんな活動をされていたのですか?

2008年から2013年まで東京造形大学の学長をやっていたので、その間はずっと映画製作ができなかったんです。その後に体を壊して、限界を感じて学長を辞めました。人間にとって何が大変って、自分がやるべき仕事じゃないことを無理してやることなんでしょうね。任期中は自分にしかできないことをやろうと思っていましたが無理でした。それなら別に自分じゃなくてもいいかなって。どんな組織でもそうですが、僕が辞めても誰かが代わりを務められます。でも、僕の映画は僕にしか撮れない。他の人が撮れば、違う作品になりますから。

——商業映画を主として手がける職業監督ではなく、作家としての衝動を追求し続ける映画監督は稀有な存在ですよね。

僕には他の選択肢がないんですよ。自由といえば自由だけど、僕の映画作りにも逆の不自由があるんです。『ライオンは今夜死ぬ』はフランスの公的な助成金を得ていて、これは僕が誰でも撮れる映画を撮っていたらもらえない資金です。「これは諏訪じゃなきゃ撮れない」という唯一無二のものでなくては、お金は出てこない世界。商業映画は逆ですよね。誰でも撮れるものをいかにして撮るか。制約があるという意味では一緒かもしれないですが。

僕は「他の人にはできない企画だ」と説得することで、自分の映画を撮る環境を作ってきたので、そこでやっていくしかないんです。「この原作で撮れ」「この役者で撮れ」って言われたこともありません。それは客観的に見て幸せなことだし恵まれていると思うんですけど、これから先も僕はその道を辿っていくしかないということです。僕は『H story』以降は日本で映画を撮れる環境を失っていると思いますしね。

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——小説や漫画の映画化という原作モノの仕事にも興味はありますか?

やれるものならやってみたいですね。今は「何でもできるんじゃないかな?」という気持ちもあります。黒沢清さんも昔は原作モノはやらなかったけど、「やってみたら面白かった」「もっと早くやればよかった」って言ってましたしね。僕もこれまでと同じことはできない。やってみないとわからないことをやり続けていかないと、映画を作る意味がないんです。

——ジャン=ピエール・レオーとの仕事はいかがでしたか?

とにかく彼は普通じゃない。いわゆる名優というのは、ロバート・デニーロのようにどんな役でも演じることができて、どんな役にも信ぴょう性を持たせられる役者のことです。そういう意味では、ジャン=ピエールは名優ではないと思うんですよ。だって彼が何をやっても信じられないし、こんな人絶対いないって思う(笑)。彼は常に常識をひっくり返す、非常に危うく際どいところで“パンク”な役者として存在してきたんです。それは映画の中だけに存在している特殊な存在。そういう過激な映画が減って、映画がより一般的なものになってきて、彼には居場所がないんですよ。彼みたいな特異な役者が存在できる世界がなくなったんです。現代の映画にチャップリンが出てきたらおかしいのと同じです。でも、そういう作品が普通に見られる時代があったんですよね。

映画は変わったけれど、彼は変わっていない。僕は今回、その“ねじれ”によって何か未知のものが立ち上がってくるんじゃないかって思ったんです。もうヌーヴェルヴァーグの時代じゃないし、映画は変質しているけれど、そこに彼が存在する空間を作れたら面白いだろうなって。実際に本人に会ったときに感じた「単純に彼を撮りたい」という欲求で作ったのが『ライオンは今夜死ぬ』です。

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——ジャン=ピエール本人はどのように考えていたのでしょう?

彼は自分の経験、自分のイメージをとても大事にしています。絶対に失敗してはいけないというストレスとプレッシャーを抱えて、いつも不安にさいなまれている。自分のイメージを自分で壊してしまうのがすごく怖いんですよ。だけどそうやっていつも不安の中にいることが、彼の存在を彼たらしめている。だからこそ、その時代の若者たちの共感を呼んだのだと思いますけどね。

——そんな人から「一緒に映画を作ろう」と言ってもらえるのは光栄ですね。

そうですね。失敗したくないくせに、最もリスキーなことにトライするんですよ(笑)。彼の仕事のチョイスは過激です。絶対に安全なところにはいかない。『ママと娼婦』など、若者たちに愛されるカルト映画を好む。彼は「自分はアーティスティックでカルトなものに加担していくんだ」ってことに誇りを持って仕事をしているんです。それはフランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールと仕事をしてきた所以かもしれないですね。

——ジャン=ピエールと子どもたちとの化学反応は?

彼は子どもたちとどこかで張り合っていたと思います。恋人ジュリエットとのシーンは楽しんでいたみたいですが、子どもとは予定調和の芝居ができないのでとても疲れたと思う。でもそのおかげでこれまで見たことのないレオを引き出せた。子どもたちとやりあったことで、彼の中に違う演技や表情が出現した気がしますね。彼がこれからまだまだ違う芽を出すような気もしてきました。

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——最近注目している若手監督はいますか?

若い世代からどんどん新しい才能が生まれていると思いますよ。最近面白かったのは、東京藝術大学大学院出身の五十嵐耕平とダミアン・マニヴェルが共同監督をしている『泳ぎすぎた夜』。

——諏訪監督は海外を主軸に映画製作を行なっていますが、日本で映画を製作することは難しいのでしょうか?

世界の映画文化に貢献しているという意味で、日本映画ってすごく存在感が大きいんですよ。だけど肝心の日本国内で気づかれていない。海外に発信できるレベルのものなのに、その文化を支えているのはなんの文化的援助も受けていない人たち。海外で評価されて日本に帰ってきても、そういう映画を撮り続けることができないというのが現実。日本は映画先進国と思われがちですが、その状況は何十年も変わっていないんです。僕は幸運にも海外で撮り続けることができて、それはある意味で特権的ですけど、今のままでいいのかなとは考えますね。

昔、助監督として山本政志監督の『ロビンソンの庭』の準備をしながら居酒屋で飲んでいたときのことです。山本監督はカメラマンにこだわるのですが、そのとき、ジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』をスバル座で上映していて、僕「あのカメラマンいいじゃないですか!」って言っちゃったんですよ(笑)。そしたら山本監督も「それはいい!」ってなって。飲み屋の冗談だったんだけど、カメラマンのトム・ディチロが来て、本当に実現したんです。なんでも言ってみるもんだなって。

映画って結構そうやってつながるんです。だから、『H story』『不完全なふたり』でゴダールのカメラマンのキャロリーヌ・シャンプティエにオファーするときも躊躇はなかった。「今一緒に映画を作ってる映画人なんだから、一緒に映画作ったっていいじゃん」って思ったんですよ。今回もジャン=ピエール・レオーだからって気負いすることなかった。彼はあくまで一人の俳優ですから。今生きてる人たちはみんな同じ、現代の映画人だと思います。

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ライオンは今夜死ぬ
2018年1月20日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー