『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』:パノス・コスマトス監督インタビュー

カンヌやサンダンスで混乱と衝撃を与えた『マンディ』。音楽を手がけたのはヨハン・ヨハンソン。怒りに狂った男の復讐劇を斬新なヴィジュアルで作品化したコスマトス監督にインタビューを行なった。

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nov 7 2018, 9:49am

カナダのアヴァンギャルドな映画作家パノス・コスマトスの監督第二作『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』を鑑賞した観客は、あたかも自分自身がサイケデリックなドラッグを吸引したかのような悪夢的な幻覚体験を味わうかもしれない。人里離れた荒野で穏やかに暮らすレッド(ニコラス・ケイジ)と恋人のマンディ(『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』『ナンシー』と同一人物とは思えないほどに演じ分けるカメレオン女優アンドレア・ライズブロー)のラブストーリーとして始まり、卑劣なカルト集団によって彼女が拉致・惨殺されたことで血みどろの復讐の叙事詩へと変容を遂げていくこのロック・オペラは、赤を中心とした強烈な色彩イメージとともにある種のドラッギーなトランス状態の視覚化が成されているのである。

また、すでにシュルレアルな映像美や特異なスタイルを刻印していたスローモーション・SFサスペンスとでも呼ぶべき長編監督デビュー作『Beyond the Black Rainbow』に引き続き、コスマトスは極めてシンプルな物語を超スローペースで描写することを志向する。『ランボー/怒りの脱出』や『コブラ』など1980~90年代のアクション映画を手がけた映画監督ジョルジ・パン・コスマトスを父に持つ彼だが、喪失や孤独の主題を伝統的なジャンル映画とは異なるアプローチ、あるいは昨今のトレンドとは逆行するかのような憂鬱なトーンで語っている。

『マンディ』は、まるで色あせたVHSに収録されているであろう野蛮で暴力的なグラインドハウス映画と美しいヴィジュアルのアート映画を融合させたかのような奇妙で独創的な魅力を放っている。だからこそ、ニコラス・ケイジからキャリアハイと言える力強くクレイジーなパフォーマンスを引き出した本作は、2018年アメリカで公開されるやいなや、ギレルモ・デル・トロからエドガー・ライト、ケヴィン・スミス、ショーン・ベイカーらを虜にしたのであろう。

“俺が死んだら、深く埋めてくれ。足元に一対のスピーカーを並べ、ヘッドフォンを頭につけろ。ロックで揺さぶってくれ。俺が死んだらな”(誘拐、強盗および殺人の罪で処刑されたテキサスの死刑囚ダグラス・ロバーツが刑務所長に向けた最期の言葉とされる一節)

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──『マンディ』は、イライジャ・ウッドが参加する製作会社SpectreVisionが製作していますが、プロデューサーのひとりである彼から作るにあたって何か意見はありましたか。また完成した作品を見た感想はどういったものでしたか。

「完成作を観て、彼はとても満足してくれていました。『Beyond the Black Rainbow』を撮った後に、次に誰と一緒に組んでやるか用心深く選びました。やっぱりクリエイティヴな面で妥協はしたくない。ただ、今回のプロデューサー陣は非常に思慮と気遣いがあったため、自由に作れるように私を守ってくれました。イライジャ・ウッドは製作過程で議論をしたり、彼の方から何かを言ってくることは全くありませんでした。本当にサポートしてくれるという感じでした」

──映画はキング・クリムゾンの「Starless」とともに始まりますが、メロディアスで叙情的な前半部とサックスとギターの激しい応酬を聴かせる後半部からなるその曲は、本作の2部構造を予告しているかのようですね。

「その通りです。脚本を書いている際に音楽は重要な要素のひとつです。そのなかには映画全体の雰囲気に影響を与える曲もあれば、非常に具体的なアイデアとして思い浮かぶものもあります。今回、実はかなり色々な曲を聴いて、タイトル・シークエンスに何がいいかと考えていたときに、私の妻がキング・クリムゾンの「Starless」を勧めてくれました。本当に美しい曲で、聴いたなかでいちばんロマンティックな曲だと思いました。この曲の歌詞の実際の意図とは異なるものかもしれないけど、私の理解としては、神なき世界のなかでどのように平和を築くかという風に捉えています」

──マンディはブラック・サバスやモトリー・クルーのTシャツを着ています。前作ではヴェノムの「Angel Dust」をフィーチャーし、あなたの作品とヘヴィ・メタルは切っても切り離せない関係にあると思います。

「私自身はメタル・ヘッドとして10代を過ごしました。ヴァン・ヘイレンやモトリー・クルーなどを聴いたり演奏したりしていました。本当に取り憑かれていて、雑誌もよく買っていたし、いつも新しい音楽を探していました。ヘヴィ・メタルは現実逃避であり、反抗心や自由への探求、アンチ・オーソリティ、そういったものをすべて象徴するものだと思っています。大好きですね」

──本作には、個人の物語が黙示録的な壮大な叙事詩へと変容していく雰囲気があります。その意味で今年急逝したヨハン・ヨハンソンによる雷鳴のようなエレキギターが効果的に働いていると感じました。彼にはどのようなイメージで依頼したのでしょうか。

「まさにそう感じ取ってくださっている通りで素晴らしい仕事でした。ヨハン・ヨハンソンの楽曲は、どこか荘厳な世界もあれば、何かいつもどこか心に残るものがあります。私の方から仕事をしたい思いもありましたが、実は彼の方も私の前作『Beyond the Black Rainbow』を観て、一緒にコラボレートする興味を持ってくれていました。本当に長い時間をかけて話し合いました。彼はアイスランドのメタル・ヘッズな作曲家であり、精神的に私の作品とつながる部分を持っていました。音楽的な発想としてもクイーンの『フラッシュ・ゴードン』のサウンドトラックやヴァン・ヘイレンなどお互いに同じものを共有できていたので、すごくやりやすかったです」

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──『Beyond the Black Rainbow』はデヴィッド・クローネンバーグを彷彿とさせましたが、『マンディ』はさらにファンタジー、SF、ホラー、コメディのジャンルを混ぜ合わせた独自の世界観を構築しているように思います。特に『マッドマックス』のようなバイカー・ギャングたち、『悪魔のいけにえ2』のようなチェーンソーでの決闘、あるいは『グレムリン』のようなグロテスクで愛らしいチェダー・ゴブリンも登場しますが、この映画にはあなたの80年代の映画への記憶が散りばめられていますか。レッド・ミラーという名前は、『マッドマックス』のジョージ・ミラーと同じ名字でもありますよね。

「クローネンバーグは私のヒーローではありますが、『Beyond the Black Rainbow』に関しては、どちらかというとジョージ・ルーカスの『THX-1138』やソール・バスの『フェイズIV 戦慄!昆虫パニック』にスタイルとして影響を受けていると思います。ただ、『Beyond the Black Rainbow』はすごく抑圧された世界を描いていますが、今回の『マンディ』は火山のように感情が爆発する作品であり、強い愛と憎しみが両方存在するような作品を描きたいと思いました。また、ジョージ・ミラーも本当に大好きな監督ですが、レッド・ミラーという名前は単に音の響きとしていいと思いました。ミラー(miller)は“製粉業者”みたいな意味ですが、敵の血を刈り取る、成敗しに行くみたいなイメージでピンとくると思ったのです」

──『Beyond the Black Rainbow』も『マンディ』も同じ1983年が舞台に設定されていますが、どちらの作品でも誇大妄想的でサディスティックな男性による女性の拉致・監禁という部分で通じています。女性は彼らの狂気の犠牲者となっていますが、なぜいまそういった有害な男性を好んで扱うのでしょうか。

「女性をそうした対象として見ている男性がいるということは──もちろんすべての男性ではないけども──現実の世の中にあって、ドナルド・トランプが大統領になっていることもそのひとつの象徴かもしれません。つまり、今まであまり表に出てこなかったことが逆に表向きに語られ、わかるようになってきた。いまそういう動きがありますよね。また、女性がどういう風にそういった男性のコントロール下に置かれる状況にあったかを多くの女性と話をしたり、母からも聞いたりして、段々と知ることができました。実際にいま世界に起きていることが、この映画のなかでもまさに起きているのだと思います。日本ではどうかわかりませんが、北米ではホラー映画のいちばんの消費者は女性です。私は最初の頃は、女性は出産をするからだとかそういう神秘に勝手に結びつけて理由を考えていました。しかしそうではなく、女性は男性という存在の恐怖のなかで生きてきたのだと思い直しました。いままさにそういった脅威があるのだとわかります。それを踏まえた上で、どちらの作品でも女性がそれを克服して乗り越えていく部分も描かれていると思います。『Beyond the Black Rainbow』では、ずっとコントロール下に置かれていた女性が強さを見出して逃げることに至ります。『マンディ』では、マンディは殺されてしまうけれども、非常に比喩的な意味で彼女が勝利をします。ある意味、彼女は女神のような存在で、たとえ復讐ということであったとしてもレッドを正しい方向に行くように導いていると考えています」

──一方で、あなたは「男性の自我に興味を持っている」と語っていますが、それはそういった悪役に反映されているのでしょうか。

「確かに私は男性のエゴというものに関心があります。スチュアート・ゴードンという映画監督がいて、彼はまさに男性のエゴを取り扱い、エゴマニア的な男性が非常に不快な感じでそれを見せる作品を撮っています。私は彼の映画にすごく魅了されるのです。ある意味、私もそういった映画を撮りたいのだと思う。本作ではそういったものを過程としてかなり過剰に描いたつもりでしたが、実際はそれほど過剰でもないですよね。現実にもあるのだと、そういう認識を持っています」

──当初ニコラス・ケイジをカルト集団の教祖役で考えていたようですが、この映画で彼を迎えることはあなたにとって重要でしたか。

「ニコラスに悪役を演じてほしかったのです。もう悪役をやって久しいですし、彼にその役をやってもらうことに自分のなかであまりに取り憑かれていたので、彼から“教祖の役はできないけど、レッド・ミラーの役なら興味があるよ”と言われたときは一度断ってしまいました。その後、数ヶ月して夢のなかで『マンディ』を観ていたことがありました。そのなかであまりにもはっきりと彼がレッド・ミラーを演じている姿が見えて、それが本当に痺れるようないい演技だったので、起きたらすぐにプロデューサーに電話をしました。きっとどこか無意識下で彼に演じてほしいと思っていたのだと思います」

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──カルト集団教祖のジェレマイア(ライナス・ローチ)はキリストのような風貌をしています。『ゴーストライダー』や『ドライブ・アングリー』、『バッド・ルーテナント』などいくつかのニコラス・ケイジの出演作を彷彿とさせる部分も本作にはありますが、彼がレッド役に決まってから変更を加えた部分はありますか。

「実際、このキャスティングになって本当によかったと思っています。教祖の役はニコラスが断った後も一応そのままにしておいたのですが、ライナス・ローチがこの役を演じたことで、70年代にロックスターになりたかったけれどなり損ねた感じというのがよく出ていると思います。ヨーロッパの出資の関係もあって、北米以外の欧州圏の俳優を起用する必要があったわけですが、アメリカだったらたぶんジェレマイアみたいなタイプはごまんといて、必ずキャスティングできると思います。だけど、なかなかヨーロッパの俳優でこういう感じを醸し出し、理解して演じてくれる人を探すのは難しい。ライナスの場合はアメリカで長く仕事をしている経験もあり、私が描きたかった教祖的なジェレマイアをよく理解して演じてくれました。ニコラスがレッドを演じることが決まったときは、どういう風に演じてもらおうかお菓子屋さんに行った子どもみたいにすごくワクワクしました。レッドは色々と抱えているものが過去にある男ですが、最初は普通の人間のように見せて、それがあれだけ荒々しい動物のように変化していく。その変化の仕方というのはニコラス・ケイジを念頭に置いて変えた部分はありますね。どこか『13日の金曜日』のジェイソンに近い部分があると思います。後半はほとんどモンスターになっていますからね」

──ニコラス・ケイジをブルース・リーのように撮っているような場面もありますね。

「ニコラス・ケイジはブルース・リーの崇拝者なので、ああいう動きを入れたいというのは、彼が提案してきました。実のところ、どう転ぶかわからない、全く上手くいかない場合もあるかもしれないと心配もありましたが(笑)、その辺は編集で上手くまとめました」

──ところで、劇中でカップルがTVでドン・ドーラーの『魔獣星人ナイトビースト』を見ている場面がありますが、お好きなのですか。

「まだ子どもの頃、地元のビデオ屋に行って、『魔獣星人ナイトビースト』のパッケージの裏に載っていたクリーチャーを一目見て本当に気に入りました。後で実際に映画を観たらやっぱり最高でした。だから、何かTVに流すとしたらこれだなと思っていました。何かしっくり来たのです。やっぱり自分のそういう思い出に関わるところは多いですね。その後もドン・ドーラー監督の作品は観る機会があって、また見直したりしています。『FIEND/悪魔の飽食』という彼の映画も好きですよ(笑)」

マンディ 地獄のロード・ウォリアー
11月10日(土)新宿シネマカリテ他ロードショー。

監督:パノス・コスマトス 音楽:ヨハン・ヨハンソン 出演:ニコラス・ケイジ、アンドレア・ライズブロー、ライナス・ローチ
2017/ベルギー/カラー/英語/121分