MOMENT JOON 自伝的小説「三代 兵役、逃亡、夢」完全版 3/6

「クソ、FUCK、シバル。」3ヶ国語を巧みに使い分けるラッパーMOMENT JOONが「文藝」2019年秋季号に寄稿したデビュー小説「三代 兵役、逃亡、夢」完全版。その3。

by Moment Joon
|
18 September 2019, 9:00am

《MOMENT JOON「三代 兵役、逃亡、夢」完全版 2/6》

それから僕の妄想は脱走から自傷に変わった。朝から晩まで自傷を考えた。自分の足でここから出られないなら担架であれ救急車であれとにかくここから出る。
イジメはどんどん酷くなっていた。暴力は無かったとしても、それ以外のあらゆる手段でイジメられたと言えるかも知れない。睡眠剥奪、ヨガに近い姿勢の長時間の体罰、食事時間五分に制限、もちろん暴言は基本で。中でも一番気持ち悪かったのは「通訳機械」のイジメだった。先輩が言う言葉を日本語に同時通訳するイジメで、もちろん先輩が言う言葉はほとんどがシモネタ。日本語が話せることがバカにされる理由になるし、嫌われる理由になる。いや、最初の理由が何であれ、嫌われると決まったやつはそれからもずっと嫌われる。どのグループにも皆が共通で叩けるバカが必要な訳だ。最初は僕をイジメることを先輩たちの特権みたいに理解していた同期や一等兵たちも、徐々に僕をバカにする趣味を楽しみ始めた。
本当に僕が悪いのか。先輩が言うとおりに話の理解が遅いのか。韓国語が下手なのか。留学したからって自分を偉そうに思ってるのか。今ならその時の疑いに一つ一つ全部反論できるけど、朝起きて夜眠るまでずっと一緒に過ごす人々に「お前はダメだ」とひたすら聞かされた当時の僕は、もしかしたら彼らが言うことが全部本当かも知れないと思っていた。
イジメが酷くなればなるほど自傷を甘く妄想するようになった。ここから出られる。家に帰れる。ただ問題は、どこをどう壊すかであった。足か? 一生歩けなくなったら? 腕? 片腕になるのか? 腰? 指? どうやって壊すんだ? 石でぶっつぶすのか? どっか高い所から落ちる? 山の傾斜を転がり落ちる?
自傷の痛みが怖かったし、もし失敗して事故じゃなく自傷だったことがバレるのも怖かった。でもやっぱりどうしてもそこから出たかったから、考えるのをやめなかった。そして最終的にたどり着いた結論が「目」だった。片目じゃ射撃が出来ないから除隊処分されるのは確実だし、どこかで転んで目に何か刺さりましたという程度でいくらでも事故に出来る。何より、その後も何とか生きていけそうな気がした。片目がなくても生きている人々を思い出した。僕の考えは自然にラッパーたちへ向かった。スリック・リック、そして日本のダースレイダー。皆それでも頑張って活動して生きてきたんじゃないか? 本人たちからはふざけるなと言われて当然だろうが、当時の僕はどうしても彼らの存在から勇気をもらおうとしていた。周りの皆が僕を壊そうとしてるのに、自ら自分を壊すなんて、ギャグじゃないか。
でも、目を売って、自由が買えるならば。

自己愛や自尊心といったものが無くなったからかも知れないが、イジメが少しは楽になったと感じたこともあった。守りたいものがなくなるから痛みも弱くなる。しかし、Aのイジメは相変わらず僕をどん底にまで叩き落とした。他の先輩と違って鋭く冷たく、そしてしつこく僕をイジメた。それは、もうすぐ部隊全体が十一日間の大規模の野外訓練に参加するからであった。
山岳地帯で、兵士一人ひとりにレーザー装備の武器とベストを支給して、模擬戦闘訓練を行う。まさに戦争ゲームだと思うかも知れないが、十日も野外で寝なきゃいけないということで兵士たちの中で訓練を楽しみにしてた人はいなかった。皆にバカにされてた僕は、訓練に行く前からこいつは絶対に皆に迷惑かけるに決まってると嫌われていた。訓練への不安とストレスを僕で発散しているのかも知れない。構わない。Aの暴言が更に痛くてつらくなっていったけど、それも構わない。その野外訓練で、計画を実行すりゃ全部終わりだ。部隊で唯一、僕だけが野外訓練の日を待ち望んでいた。

野外訓練に向けて兵士たちの意欲の無さに気づいた大隊長は、一人の敵を射殺したら四日間の休暇、他の功績もその内容によって一件に最大七日間の休暇を与えることを約束した。まぁ、どうせ行くなら休暇とって来ようぜ、みたいな前向きな雰囲気で兵士たちはトラックに乗って出発した。しかし、むしろそれまでは訓練を待ち望んでいた僕は、トラックに乗って兵営が遠くなっていくのを見ながら不安に駆られていた。本当に⋯⋯本当にやるのか。左目にするか右目にするかもまだ決めてないのに。
トラックに乗って兵営から出発した三百五十人弱の兵士たちは、約三時間後に山の中深くにある訓練統制センターに到着した。訓練所は、百二十キロ四方にわたる周りの山脈全体。統制センターでレーザー装備を支給してもらって、一時間かけて使い方を習った兵士たちは、ちょっとしたゲーム感覚で状況を楽しんでるように見えた。僕の頭には目のことしかなく、指導内容が入ってこなかった。計画したとおりに木の枝でやるのか。人間の目には網膜ってのがあるらしいけど、その膜だけちょこっと破ることは出来ないだろうか。深く刺しすぎて脳までいってしまったらどうする? 吐きそう。本当に、吐きそう。

結局近くの芝生に行って朝食べたものを吐いてしまった。Aがまるで待ってたように言い出した。
「さすがだね、チョッパリ。思ったとおりだぜ。どうせ迷惑かけるなら訓練始まってすぐ死ねば? あ、これはハラスメントじゃないよ、知ってるよね? レーザーにやられて戦死判定されたらって話だから」
くすくす笑いながら先輩たちは銃を僕に向けて撃つふりをした。実弾は入っていない、その代わりにレーザー装置が銃口に装着されている。先輩たちへの憎しみのおかげで、喉の痛みも忘れて僕はまた自傷の計画を一から思い出した。一人になる瞬間を待つ、適当な枝を探す、眼鏡を外して枝を目玉のすぐ前に持っていく、そして、刺す。その後の血まみれや悲鳴はどうでも良い。いや、むしろ酷ければ酷いほど良い。酷くてお前らも吐き気を催させてやる。

訓練が始まって一日、二日、三日、四日。長くて眠れない日々が続いた。最初皆は同じ規模の部隊と部隊が戦う全面的な機動戦を予想していたが、実際の訓練内容は北朝鮮軍の特殊部隊の戦術を使う陸軍最高の少数精鋭部隊との局地戦。トレンチを掘って長い防衛線を構築、敵の浸透から要地を守る。しかし、相手はこの訓練所で何年も模擬戦闘訓練だけを専門的にやっている部隊だ。勝てるかどうかではなく、負けるまでどれだけ長く耐えられるかの問題。敵を射殺して休暇が取りたかった兵士たちも、相手が特殊部隊であることを聞いてからは急にやる気が無くなった。トレンチに三人一組で入ってただ敵を待つだけ。しまった。これじゃ一人になれる隙なんてないじゃないか。
雨のせいで泥沼になっているトレンチの中で、僕は銃口を前方に向けて前の森だけをひたすら眺めていた。一緒にトレンチに入ってる先輩たちはAほど酷いイジメ方はしない。いや、Aほど鋭くてしつこくもないから、いざ何かあった時に一人になれる隙があるはずだ。でもその前に敵にやられたら、それで終わりだ。戦死判定になって訓練統制センターに戻って待機させられる。そこじゃ一人になるなんて無理だ。ここしかない。隙を狙う。家に帰る。

チャンスは五日目に訪れた。深夜、僕以外の先輩たちが眠っていた時、いきなり無線機から声が聞こえた。
「大隊長がやられた! 繰り返す! 大隊長が狙撃でやられた! 敵にやられた! 応戦せよ!」
先輩たちが目をさました。ちょっと離れた所から銃声が聞こえてきた。一発二発じゃなく連射だ。猛烈な交戦だ。
「よし、休暇とりに行こうぜ!」
と言いながら二人の先輩はトレンチから出て銃声のする方へ走っていった。僕には何も言わない。トレンチから出ろ、ついて来い、出てくるななど、何も言ってこない。暗いから何をしてもよく見えないはずだ。今だ。やるなら今しかない。

トレンチから出て枝を探した。人差し指ぐらいの太さの十センチぐらいの枝。それを半分に折って手に持った。これで良し。眼鏡を外して下に置いた。枝の先を右目の近くに持っていった。目玉に当たっている。今だ。今やるしかない。早くやれ。早くやれ! 早く! 逃げるんだ! やれ! やれ! ここから出るんだ! やれ!

「軍隊でも逃げようとしたんだろう? いつまで逃げるつもりなんだ?」
何と答えれば良いのだろう。黙ろうか。
「⋯⋯どうした? 何か言ってみろよ」
「⋯⋯何を」
「違います、逃げてないですとか。それはそうですね、逃げてごめんなさいとか。何かしら思うことがあるだろう? ないのか?」
何と答えれば良いんだ。はい、逃げました。でも逃げようとしたからって、立派に逃げられた訳でもないですよ。お父さんが思ってる僕の逃亡は、実はプランBでしたと。言ってないだけで、最初は自傷とかもっと酷いこともしようとしたんですと、言えば良いのか。
「またか、またかよ。お前また何か企んでるだろう? 本当はその小説かなんか、俺には言ってない何か別のものがあるんじゃないのか?」
「違うよ、父さんが軍隊の話をしたから、それについて考えてただけだよ」
お父さんを傷つけたとしても本当のことを言ったら、僕が逃げたと思わないでもらえるだろうか。
「本当に、その時に俺は逃げたとお父さんは思ってるの? 父さんはそう思ってるよね」
父は躊躇なく答える。
「じゃなんだ? お前、最初に配属された部隊で最後まで服務したか? 違うだろう?」

六日目の朝。昨夜の狙撃で大隊長は戦死判定になり、一人で寂しく訓練統制センターまで歩いて戻ったそうだ。視察のためにトレンチを訪ねて不意にやられたらしい。こっちから応戦したけど、敵の射殺は無し。逆に敵は更にこちらの兵士を二人も殺して幽霊のように消えたらしい。部隊の全員が一時パニックになったが、その後敵が隠れていそうな所に捜索チームを送った。何十人もの兵士が一列横隊に並んで山の傾斜面を上から降りていく。銃剣や棒で地面を突き刺しながら敵が隠れてる穴を探す。皆まるで本当の作戦でもやってるようにシリアスになってる。どうでも良いことだ。所詮全てただの戦争ごっこ。僕の手にも杖みたいな長い木の枝が持たされている。目は、残念ながら両方見えている。

木の枝で目を刺した瞬間、雷のような痛みが頭の後ろにまで伝わってきた。痛かった。あっ、悲鳴が出そうなのを唇を噛んで我慢して、左目を閉じて右目だけで前を眺めてみた。何も見えない。何も、何も見えない。真っ暗だ。確かに目を開けてるのに閉じてるような真っ暗闇だ。嬉しいと同時に怖くて、笑うべきか叫ぶべきか分からない状態になった。自分でも知らないうちに涙が流れていた。足が震える。これで、これで家に帰れる。

人生初めての自傷は、しょうもない失敗で終わってしまった。目が見えなくなったと思ったら最初は怖くて「助けて」と叫びたかったのだが、右目の視力は先輩たちがトレンチに戻ってくる頃にはぼんやりと物が見えるぐらいに戻ってきて、数十分後には完全に元に戻っちゃった。目を失わなかったという安堵の後は、それまで感じたことのない絶望がやってきた。何をしてもここから出られない。逃げられない。こんな訳がない、先の痛みは何だったんだ。確かに見えなくなってたのに、こんな訳が⋯⋯。
自傷するのに失敗してから、ぼんやりすることがさらに増えた。絶望と憎しみのせいで、頭の中では常に誰が悪いのかを自分に聞いていた。悪いのは、国か? この国に生まれた僕が悪いのか? それとも早めにどこかへ移民とならなかった親が悪いのか? 戦争を起こした北朝鮮が悪いのか? いや、ソ連? アメリカ? 最初に国を奪って分かれる理由を作った日本? 僕をチョッパリと呼ぶA? 一緒に僕をイジメてバカにしてた部隊員たち? 人権云々言いながら何もしてない下士官と将校たち?

「おい、チョッパリ、それぐらいもちゃんと刺せないんだったら死んじまえよ。クソ役立たずが」
またぼっとしてた僕にAが小さい声で野次を飛ばした。一瞬、僕の目のことを言ってるのかと思ったけど、地面のことだった。また皆くすくす笑う。その瞬間、本当に悪いのは誰なのか、見えてきた。僕だ。
その後の何日間、夜はまたトレンチに入ったり、昼は敵を探しに山を登ったり降りたり、まずい軍用飯を食べたり、また笑われたり、先輩に頭を叩かれたり、何かいろいろあった気がするけど、何もはっきり覚えていない。全てが無感覚で、辛さも痛さも感じないまま、訓練が終わった。重いレーザー装備を解いて部隊に戻るトラックの上で、終わりのない江原道の山脈を眺めながら思った。全て僕が悪いんだ。もっと強く刺すべきだった。もっと深く刺すべきだった。痛みが怖くて、それとも本当に目が見えなくなるのが怖くて、もっと強く刺せなかった。自分を救える唯一のキーを持っていたのに、僕は自分自身を捨ててしまった。強く刺すべきだった。
「おい、全員起きろ! 着いたぞ! みんな頑張った」
トラックは兵営に到着した。強く刺すべきだった。もう終わりだ。僕は終わりだ。もっと強く刺すべきだった。
「おい、チョッパリ、早く降りなかったらお前一人だけまた訓練所に送っちゃうぞ。へへへ」
強く刺しすぎて脳までいってしまったら? もし死んじゃったら?

厳しく長かった野外訓練から戻って、兵士たちは一週間の休みをもらった。訓練や整備作業などは最低限を除いては全て中止で、昼寝したり、テレビ見たり、お菓子食べたり、サッカーをしたりできる平穏な一週間。任務がないから事故が起きたり神経質になる場面も少なくなる。昼間も本が読めたりパソコンが使えるから、他人にエネルギーを使わなくていい。末端の二等兵も先輩たちのことを怖がらずに生活できる妙な一週間だった。朝から晩まで、二等兵も兵長も皆が電話やFacebookで外の家族や友達に連絡していた。元気? 俺は元気だよ。いや、訓練めっちゃ厳しかったよ。え、そんなことあったの?
入隊して二ヶ月、初めて余裕というものが味わえた。つい先週まで山のトレンチで徹夜していたことがまるで嘘のように感じられた。その一週間はイジメすらマイルドに感じられるぐらいだった。いつもと同じイジメに慣れてしまったからか、入隊してからずっと体を縛っていた緊張感はなくなって、「チョッパリ」や「バカ」と言われても、もはや何も感じない自分がいた。
しかし、頭の中ではどの先輩からも言われない一番酷いことを自分自身に言い続けていた。お前はもうこれで終わりだ。今、暇だよね? もうすぐまた射撃訓練が始まるの、知ってた? Aが家に帰るまで、まだ一年ぐらい残ってるのは? 知ってた? お前、逃げられないよ。しかもチャンスがあったのにね。事故でしたと、完全にごまかせるタイミングだったのにね。もうこの地獄を最後まで味わわない限り、お前はこっから出られないのさ。結局出来なかっただろう? 臆病だからね。臆病者。クソ。バカ。
余裕が出来た分、先輩たちからのイジメが減った分、自分自身を責める時間は増えた。今考えてみれば、周りに誰か一人でも僕のことを聞いてくれる人がいたら、そこまで行かなかったはずだ。でも僕と友達になると一緒に困る羽目になるので、最低限のコミュニケーションを除いては、二等兵の誰も僕に声をかけてくれなかった。むしろ安心していたんだろう。自分じゃなくて良かったと。何か間違っても部隊公認のバカは僕が担当してるから、自分はそこまでは行かないだろうと。
皆が憎かった。僕が皆のゴミ箱になってることに安心してる二等兵たちが、軽い趣味として僕を笑いものにしてる先輩たちが、実際に兵士たちの生活に興味なんかない下士官と将校たちが。そして、自分を救えなかった僕自身が。
でもなぜか、Aのことは憎くなかった。彼の目線・言葉遣い・手振りの全てが怖すぎて、彼に関しては「クソ野郎」とか「お前なんかが」みたいな考えが生まれる隙間すら無かったのだ。何よりも、僕を叱ったりイジメることを楽しんでる他の人々と比べて、Aはちっともそれを楽しんでいるように見えなかった。彼の口から出てくる皮肉には彼自身を楽しませる意図はたった一グラムも入ってなく、純粋に僕を最大限に苦しめるために厳選された言葉だった。Aは、まるで軍隊というものの権化となって僕を裁く悪魔になっていた。
そのAと向き合う時間が減ったことが、その一週間の唯一嬉しい所だった。サッカーが大好きなAは、朝起きてから夕方まで運動場にいて、夜は寝る直前まで電話で誰かと話していた。たった一瞬も消えなかった頭の中の声は、いつの間にかAの声をしていた。お前はダメだ、ダメだ、と。でも、この頭の中の声も、実際に彼から言われる言葉とは比べものにならないだろうと、自分を安心させようとした。

金曜日の朝、週末の哨所(ポスト)勤務のシフト表が掲示された。列の後ろに立って先輩たちが見終わるまで待っていた僕は、シフト表から自分の名前を探した。

『夜間哨所勤務 土曜日02:00-03:30 勤務:二等兵 キム・ボムジュン、上等兵 A』

二時からのポスト勤務なのに、消灯した二十二時からずっと起きていた。Aと二人だけになるのは野外訓練以来、初めてだ。何が起きるだろうか、何を言われるだろうか。今までやらされた酷い体罰を、誰もいないところでAにやられる、殴られるかも知れない。怖くて呼吸が激しくなった。毛布で顔を覆ってどうにかして落ち着こうとしてみたが、二時までの四時間、一睡もできず、まるで死刑囚になった気分で天井を眺めるしか出来なかった。
軍服と軍帽姿で内務班の前でAを待っていた。Aは全くの無表情で僕に一言も言わずにただ指揮統制室に向かった。徹夜担当の指揮官から銃と空弾をもらって、練兵場の向こう側にあるポストへ歩いていった。真っ暗闇の深夜。Aは僕に向けて何も話さない。なんなんだ。これから何が起きるんだ。今の軍隊でも見えない所では殴られたりすると聞いたけど、やっぱりこれから殴られるのか。
ポストに入ってAの隣に立って前方の山脈を眺め始めた。普通ポストに入ると先輩は後ろに座るか、酷い場合はそのまま眠ってしまうという。それなのにAはマニュアル通りに僕の隣に立ったまま前を眺めるだけだった。僕は徐々に怖くなった。何を待ってるんだ? 何で立ってるんだ? 何を言うつもりなのか?
一時間半の勤務中、Aは最後まで僕に何も言わなかった。あくびもせず、ただ何回か咳をしただけ。余りにも緊張していた僕は銃を強く握りっぱなしで、手が汗だらけになっていた。次の勤務者たちが来て交代して練兵場を歩いて兵営に戻る瞬間までも、緊張感は止まらなかった。何だ。何を待ってるんだよ、早く言えよ!
何も無かった。指揮統制室に銃を返した後、内務班に戻ってAはそのままベッドに入った。最後まで僕に向けて何も言わなかったし、目線も合わせなかった。緊張感がなくならないまま、不寝番の先輩にちょっと歯磨いてきますと言って、僕は歯ブラシなどが入ってる洗面バッグを持ってトイレに行った。

緊張でまだ歯ブラシを持った手が震えていた。大丈夫、何もなかった、これで終わりだ、緊張することなんかないし、心配する必要も無かったのだ。深呼吸をして自分を落ち着かせようとした。手の震えが止まったら、いきなり涙が流れ出した。なぜだ? なぜ泣いてるんだ? 安堵感がいきなり体全体に広がって僕はそのままフロアに座って泣き始めた。冷たい無表情のAの顔が思い浮かんだ。僕の方に目線さえ合わせない彼の表情は、軽蔑そのものだった。涙で激しくなっていた感情は、安堵から憎しみに変わった。僕が何をしたって言うのだ。誰か僕のせいで死んだりでもしたのか? 僕のせいで国が滅んだりでもしたのか? 日本に留学したのって、そんなに悪いことなのか? 僕だってここにいたくないしお前らと一緒にいたくもなかった。得意なこと、やりたいことがあったし、夢があった。なぜこうならなければならなかったんだ。他の二等兵たちの間違いと比べて、そんなに僕の方が酷かったのか? 本当に、本当にこうなって当然だったのか? そこで、部隊員全員の顔が思い浮かんできた。僕を笑いものにするときの彼らの顔と、誰が僕をもっと傷つけられるかまるで競争するみたいに、彼らが作り上げたあだ名と皮肉の数々。最初は僕がイジメられるのを見て怖がってたけど、いつの間にか一緒になって僕を笑っていた他の二等兵たちの顔。その全ての顔が全ての方向から僕を眺めて僕を笑っていた。
憎しみに満ちたまま立ち上がって、洗面台の鏡を見た。軍隊で一番嫌いな人間が目の前に立っていた。もう部隊員たちの顔は見えない。今回は失敗しない。絶対に許さない。お前らも、僕も、ここで全部終わりだ。
洗面バッグにはカミソリが入っていた。本来は毎晩就寝前に返さなきゃいけないけど、部隊に来たばっかりの時にもらってから僕はシェービングしませんと言ったら、担当の先輩が回収を忘れて一ヶ月前から持ってたものだ。右手でカミソリを持って、左の手首の上に当てた。これで終わりだ。そう考えるとむしろ落ち着いて、平穏になるのを感じた。ふっと、手首を切るだけじゃ出血に時間がかかりすぎると、どっかで読んだことを思い出した。死ぬ前に見つかるのは嫌だ。手首じゃなくて首の真ん中にカミソリを持っていった。そうだ、これだ。英語で言う「Ear to ear」と言うものだろう。これで確実に終わりだ。さよなら。ざまあ見ろ。
目線が前を向いたら、カミソリを持って自分の首を切ろうとしてる僕がいた。とてもグロテスクで変な姿だった。僕は、今ここにいるのに、何で無くなろうとしてるんだ? カミソリを持っている鏡の中の自分の右手が、絶対的な決心に満ちてるように見えて、先まで止まってた涙がまた流れ出した。何で、僕はこんなに死にたいんだ。なぜ死のうとしてるんだ。これしかないからだ。本当にこれしかないからだ。泣いてる自分の顔から、お母さんの顔が一瞬見えた気がした。入隊したその日、訓練所への行列が速すぎてお別れもちゃんと言えなかったお母さんの顔。その時のお母さんの顔もきっと今の僕の顔に似ていただろう。震えている右手でカミソリを持って、首には冷たい刃が当たったまま、僕はじっと鏡の中の自分を見つめていた。泣きすぎて赤くなってる目で、いつまでもいつまでも見つめていた。

「おい、チョッパリ! トイレでオナニーするんじゃねぇよ、気持ち悪いやつ。早く出ろ」

外の廊下から聞こえてきた不寝番の先輩の言葉で、いきなり体の力が抜けた。右手の力も抜けて、カミソリは僕の手から洗面台に落ちた。激しく息をしながら気づいた。そう、死にたくない。死にたくない。でも、今のままじゃ、きっとまた自殺を考えるようになる。どうするんだ? 他に道は、あるのか?

「その部隊は酷かったですとか、適性に合う仕事が出来る所が欲しかったですとか、いくらでも綺麗な言葉で隠せるけど、本質を考えてみろよ。そこにはお前だけがいた訳じゃないだろう? お前とあんまり変わらない韓国人男性何十人が生活して訓練を受けていた。なのに何でお前だけがそんなことになったんだ?」
いつものルーチンだ。次は僕が一番嫌いなメタファーの出番だろう。
「軍隊というのは、一人ひとりが部品として動く大きな機械だ。大なり小なり自分の役割を果たすからこそ動く。お前にはそれが出来なかった訳だろう? それ、何というか知ってるか? 『不良品』さ」
いつもなら「はい、はい」「だからそれからはしっかりしてちゃんと生きてきたでしょ」と答えていたが、今日は、我慢できない。いや、我慢したくない。
「お父さんに⋯⋯」
「何だ?」
「お父さんに⋯⋯何が分かる? そこに俺と一緒にいた? 見たの? そこの連中がやってたこと。俺がお父さんに話した以外にどんなことがあったか、知っててそんなこと言ってるの?」
「聞かなくても分かるさ。お前は何だ、二十一ヶ月だったか? 俺はそこに三年もいた。お前がクソだと思ってる軍隊文化が何十倍も酷かった時にそこにいたんだぞ。自慢じゃないけど、お前の服務なんかが比べ物になると思ってるのか?」
二人とも声が激しくなっている。
「人間がどこまで酷くなれるか、お前らの世代はなんにも分かんないよ。厳しかったです、きつかったですとか、ふざけんなよ、お前」
「じゃ教えてよ!」
今だ。
「そんなにまっとうな服務だったなら、何、さっきから隠してるの?」
父は答えない。
「どうした? 男失格の息子のこと叱るのは息するみたいにすーっと出来るけど、自分の偉い軍隊話は何でディテールは隠したまま話してるの? 言ってみてよ、じゃ。一体何があったの? 誰か死んだって何の話なんだよ!」
何も言わずにただ激しくなった息だけが電話の向こうから聞こえてくる。
「言えないなら俺のことクソみたいなヤツにするのやめてよ。これからも俺に何か隠すつもりなら、他の人々には批判されるとしても、お父さんからはそんなこと言われるいわれなんかないよ!」
その後、父は長く沈黙した。三十秒? 一分? 父は溜め息と一緒に言い出した。
「⋯⋯そうだ。それはお前の言う通りだ。全てを言わない限り、お前のことについて何か言える資格はない」
やっと真実が聴けるのか。十五年以上疑問に思ってた、知りたかったけど同時に聞きたくなかった真実。
「何も、後悔はしてない。それは、そういう時代だったのだ。たまたまそこにいただけで、やるべきことをやっただけだ」

父が入隊してから数ヶ月後に、父の弟が父と同じ部隊に入ってきたそうだ。叔父と一緒に服務したなんて初めて聞いた話だし、最初は怪しいと思ったけど、僕の部隊にも同じケースの兄弟がいたし、珍しいとはいえ全くありえない話ではない。父によるとまだ二人とも二等兵だったときに、父と叔父は毎日先輩たちに殴られたそうだ。
二人が軍隊で服務し始めた一九八三年は、三年前の韓国の民主化運動の一大事件だった五・一八光州事件の記憶が社会全体を抑えつけてる時代だった。クーデタで政権を握った新軍部に対して、全羅南道(チョンラナムド)最大都市の光州(クアンジュ)の市民たちがデモで軍部の退陣を叫んだら、特殊部隊が都市を囲んで無差別に市民たちを殺した。市民たちは我慢せずに、武装して市民軍を作り特殊部隊に抵抗した。軍から都市を取り戻した市民たちは、自治委員会を組織したり、真実を伝えるために新聞を印刷したり、自ら道を掃除してけが人のために献血をするなど、自分たちの都市を守るために奮闘した。しかし、光州の十日間の民主主義は、結局特殊部隊の再攻撃によって終わってしまった。猛烈な抵抗で多くの人が死んだし、犠牲者の中には武装していない市民や子供もいた。執権直後の最大の危機を武力で黙らせた新軍部は、全てのメディアを使って光州のことを歪曲した。テレビ・ラジオ・新聞、どこからでも光州は「共産党の指令に従って市民が暴動を起こした反乱の都市」になっていた。その日に光州にいた人々は沈黙を強要されて、真相は被害者たちの胸の中に秘密として残ってるだけだった。光州だけではなく、全羅南道出身の人々皆に対して、「暴徒」というタグが付けられた。父の故郷は全羅南道の順天だった。暴徒という偏見から、父の兄弟も自由ではなかった。
その偏見に加えて、誰かが父の兄弟の家族背景を部隊にばらしたことで、兄弟は最悪な状況に置かれてしまったのだ。共産主義者の息子たち、元北朝鮮軍兵士の息子たち。どうやってそのような情報を知ったのか疑問に思うかも知れないが、軍隊は知ってるのだ。人事係の誰かが、父の兄弟を苦しませるためにわざと部隊に情報を漏らしたのだろう。全羅南道出身に対する偏見に北出身の父がいる家族背景、そこに過酷な勤務環境が足されると、どれほど酷い目に遭うかくらいは、父からいちいち説明してもらわなくても充分想像できる。
もし歴史に興味がある読者には、旧日本軍の体罰や不条理のことを思い出してもらったら、父と叔父がやられたことが簡単に理解できるかも知れない。出来たばかりの韓国軍で、軍隊というのがどんなものかを知ってる絶対多数は、日本軍・満州国軍経験者の人々だった。旧日本軍と同じく、頻繁な殴りと過酷な体罰は組織の存続に必須だと思われていた。旧日本軍の「軍人精神注入棒」みたいに、父の部隊には「滅共棒」があった。自衛隊を含めた日本の組織文化からは、戦前の悪習が徐々に無くなっていたのとは逆に、韓国では朝鮮戦争とその後の軍部独裁で、「暴力」は韓国の組織文化の言語として定着した。そして全ての始まりは、軍隊だった。暴力が必要悪というよりも当然のこととして使われる場所。
先輩の前で兄弟がお互いのほっぺを殴りあう体罰、手を使わずに頭を地面に付けて頭と足だけで何十分も立っている体罰、カジュアルなビンタ、暴言、深夜にガスマスク着用のまま練兵場で駆け足、一晩中毛布を体に巻いて部隊の全員から殴打、勤務のシフトに関する各種不利益、睡眠剥奪。いちいち全部詳しく書こうとするとキリがない。
野蛮な環境だと思われても仕方ないと思うが、軍隊は万人の万人に対する闘争みたいな野蛮とは違う。やりたい放題に暴力をふるってもよい訳じゃないのだ。やってること、やられることは酷いけど、全ての行為にそれなりの理由が付けられて合理化される。そして一番怖いのは、やられる間に自分もその論理を納得してしまい、内面化することだ。

「俺は生き残った」
父は重い声で話した。
「それがどんなことを意味するのか、お前には想像できまい。人間以下の連中に毎日殴られた。悔しくて、辛くて、全員殺して脱走したいと思ったこともあった。でも全部耐えたのだ。俺のお母さんのことを考えて、弟のことを考えて、家族のことを考えて、全部我慢して我慢して、俺は生き抜けた」
「⋯⋯叔父さんは? さっきから主語がお父さん一人になってるんだけど」
真相を言いなさい。
「今の話、今まで聞いた苦労話と結局は同じ話じゃない? だから、何があったの?」

《「文藝」2019年秋季号での掲載はここまで 4/6に続く》

Tagged:
Rap
korea
Novel
MOMENT JOON
MOMENT JOON 自伝的小説「三代 兵役、逃亡、夢」完全版