企業という人食い獣:パリ・メンズ・ファッションウィーク day1

ロンドン、ミラノを経てパリへと辿り着いたメンズ・ファッションウィーク。BALENCIAGAやValentinoのデザイナーたちが、企業社会の代名詞ともいえる“スーツ”を問い直した。

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jan 23 2017, 10:11am

Balenciaga fall/winter 17

クリエイティブな企業で利益を生むべく雇われている人間が直面する最大の難題は、企業に潜む"シニシズム"だ。それこそは、Walter van Beirendonckがパリ2017年秋冬メンズ・コレクションで発表したスタイルすべてに大きなグローブを配した理由だったのだろう。デムナ・ヴァザリアが「企業」という猛獣をテーマにBALENCIAGAコレクションを発表した数時間後、Walter van Beirendonckが見せた巨大な手袋には、働き手を無視するように「上質の製品を安価で」と無理強いする企業トップたちの短絡的な考えに対する反発が象徴されているように見えた。アメリカ大統領にドナルド・トランプが就任する金曜を前に、この水曜、パリのデザイナーたちはそろってトランプが象徴する「企業社会」への困惑をコレクションで打ち出した。「もしもしモーリーンです。移民局へのご連絡はボタン2を押してください」という声が、Christophe Lemaireのショー冒頭で流れた。近年、大企業で多く採用されている、この音声サービスは、消費者が電話をかけ、サービス内容を選択して進んでも、最後まで生身の人間と話をすることができない——人と人のあいだにあるべき"つながり"が断たれた状態を表現していた。

Walter van Beirendonck autumn/winter 17

ソフトで温かい色彩に満ちたLemaireのテーラリングは、企業という巨大マシンが生み出す冷たい画一性や厳しさとは対照的に、フレンドリー感すら感じさせるものがあった。画一性を打ち崩し、ユニフォーム(制服)が意味するものを否定することこそが、この日のパリ・コレクション最大のテーマだった。「僕にとって初めてのBALENCIAGAのショーは、テーマとしてテーラリングの追求があった。今回はフォーマルとビジネスの装いをベースのテーマとして探った」と、ビジネス・ウェアの伝統と概念を問いながらも讃え、脱構築を試みたコレクションの後に、デムナは語ってくれた。「ユニフォームがもっている固さと冷たさのイメージを払拭したかった。だから、今回のコレクションにはパッドのような着心地の良い素材を多く用いたんです。ほとんどのスタイルにスニーカーを配して、温かさと心地よさを表現しています。伝統的なビジネス・ウェアの概念とは相容れないものですが」。BALENCIAGAは、オーナー会社のKeringの近くにオフィスを移転したばかり。デムナ率いるデザイナーたちは、フーディーを着た若者が歩くエリアとスーツを着たビジネスマンが闊歩するエリアを行き来している。「僕の作品は、僕の現実世界を反映させているんです。そういう誠実さがあるデザインを心がけています。これが今、僕の現実世界で起こっていること。僕たちは今、こういう企業体制と共存している状態にあって、それが今回のコレクション制作の起点になりました」とデムナは語った。

Lemaire autumn/winter 17

肌で感じることができる人間の温かみ——それがモデルたちのスタイリングで表現された今回のコレクションは、ふたつの世界を繋ぐ、そして相互理解を促す役割を映し出していた。デムナ・ヴァザリアだからこその世界観とやり方で。例えばKeringのロゴを配したスウェットシャツには、オーナー会社への敬意も感じられると同時に、デザイナーであるデムナや、彼がデザインを手がけるBALENCIAGAもKeringあってこそだという気づきと深い感謝の念が感じられた。また、テーラリングが脱構築され、スーツ・ジャケットの下には大きく胸元の地肌が見えるなど、ビジネスウェアの既成概念を打ち崩していた。「ルックのなかで物事を一度紐解いてみたいと思ったんです。企業という体制のなかではすべてが理路整然としている。そういった堅苦しさを取り除いてみたかったんです」とデムナは説明した。「柔らかさと温かみを加えたいと思いました」。彼がコレクションに託したメッセージは、企業社会の冷たさへ向けられたものだったが、そこには今シーズンのメンズ・コレクションで大きなテーマとなっている現在の政治・社会情勢への視点が新鮮に、そして巧みに描かれていた。例えば、"BALENCIAGA 2017"というロゴ——アメリカの二大政党を思わせる赤と青を配し、トランプ米大統領に対して「世界的に力を持つブランドは、あなたの圧力になど屈することなく、自由な世界を独自に築くこともできるのだ」と挑戦状を突きつけているかのようだった。

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Balenciaga autumn/winter 17

Balenciaga autumn/winter 17

「世界の男性に、新しい"ジェントルネス"のあり方を示すべきときだ、と考えました」とValentinoのショーの後に、デザイナーのピエールパオロ・ピッチョーリは語った。「今日、私にとっての"ジェントルマン"は、男性らしさにジェントルネスを加えた人物を意味します」。これまでデュオとして活動してきた相方のマリア・グラツィア・キウリがDiorのクリエイティブ・ディレクターに就任したことで、ひとりValentinoの残ったピッチョーリ。彼は、先シーズンのウィメンズで打ち出した、"皮肉と嘲笑に満ちた時代への解毒剤としてのパンク"という路線をさらに模索したメンズ・コレクションを発表してみせた。「クチュールのテーラリングの概念を問いつつ、クチュールのテーラリングにもっとも近いものを作ろうと思いました。ジェンダーなんて関係ない——僕は、ひとがそれぞれ、本来の姿で生きている様が好きなんです。服は服でしかなく、それ以上でも以下でもないと思っています」。今回のコレクションで、ピッチョーリはスーツ社会への姿勢として、セックス・ピストルズの「God Save the Queen」」のロゴを作り出したアーティスト、ジェイミー・リードとコラボし、反乱のイメージを強く打ち出すレタリングをスーツに配した。「It seemed to be the end until the next beginning(この世の終わりから、新たな始まりへ)」や「Reclaim your heritage. Beauty is a birthright.(美は持って生まれた権利。自分独自の美しさを取り戻せ)」などと謳っていた。「新たな時代の強さの概念に、パンク精神を見出すことができました」とピッチョーリは話す。「現代において"男性である"とは何を意味するかを考えるところから今回のコレクション制作は始まりました。結局のところ、ジェンダーなど関係なく、『ひとが本来の自分として生きる機会を与えられているということ』が大切なのだという結論に行き着きました。感受性をさらけ出すことこそが、新時代の強さなのだと思います。過去のルールになんかとらわれる必要はないんです」

Valentino autumn/winter 17

デムナの、そしてLemaireやWalter van Beirendonck、Y/ProjectHaider Ackermannらのショーは、どれも感受性や優しさの感覚をルーツにしていた。ピッチョーリのショーは、デヴィッド・ボウイの歌で幕を開けた。昨年、死去する3日前にボウイがリリースしたアルバム『Blackstar』の最後に収められたトラック「I Can't Give Everything Away」だった。このトラックは、各作品の意味について様々な解釈がなされてきたボウイが、その生涯の最後に「説明なんて無意味だし、不可能だ」と言い残したものだと広く信じられている。今回、服に可能なかぎりの意味の表現を込めたピッチョーリにとって、このボウイの言わんとしていることは特に心に響くものがあったにちがいない——「すべてを明かすわけにはいかない(I can't give everything away)」と。「デヴィッド・ボウイは、僕にとってとても重要な存在なのです。彼は人間のあり方というものを永遠に変えてしまったひと」と彼はいう。「ボウイは、世の中のルールをことごとく破っていったひとだから」。企業という人食い獣と、その下で働くクリエイターたちにとって、2017年秋冬メンズ・コレクション1日目は、ルールの破壊者が多く誕生した1日となった。

Haider Ackermann autumn/winter 17

Y/Project autumn/winter 17

Credits


Text Anders Christian Madsen
Photography Mitchell Sams
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.