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ドラァグ文化は男性だけのものか?

ドラァグは男性のものではなく、また女装とも異なるものだと、世の中はそろそろ知るべきだ。

by Jake Hall
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01 November 2016, 4:55am

Grace. Image via Instagram

近年のドラァグ人気は誰の目にも明らかだろう。この人気の立役者となったのは、もちろん現在Netflixで配信中の『ル・ポールのドラァグレース(RuPaul's Drag Race)』だ。毎シーズン、一定数のドラァグクイーンたちを集めて、コスチュームデザインからコメディセンス、ダンスの振り付けなどで競わせる番組だが、本人たちが明かす悲しい過去や抱腹絶倒の切り返し、息をのむほどのアート性で、かつては不可能と思われていた成功——「パフォーマンスや美意識を通してジェンダーを脱構築する破壊的アート『ドラァグ』をメインストリームのメディアで認めさせる」という偉業を成し遂げている。しかし、この成功とともに浮き彫りになってきたのが、ジェンダーに関する的外れな議論と、ドラァグに関する果てなき誤解だ。

ドラァグに関する最も一般的な誤解はふたつある。ひとつめは、ドラァグが「男性のため」のあり方であるというもの。もうふたつめは、「ドラァグと女装は同一」とする見方だ。番組でも、ジャッジのみならず参加ドラァグアーティストたちまでが「フィッシネス(Fishiness)」という言葉を使ってアーティストのフェミニン度を讃え、過剰なまでにグラマーの重要性を説いているし、参加アーティストたちは数人のトランスジェンダーを除いてほとんどが男性だから、このような誤解が定着していている現状も頷ける。しかし、ドラァグはその定義において「ジェンダーのノーム(規範)を大げさに表現するパフォーマンス」とされており、とするならば、ドラァグとは「ジェンダーの不明確性を浮き彫りにするためにジェンダー・アイデンティティを演じるパフォーマンス」なのだ。

「ドラァグは歴史のなかで築き上げられ、文明のなかで私たちが押し付けられてきた"ノーム"に対する解毒剤のようなもの——社会が強要してきたジェンダーの二分化を浮き彫りにする、クィア・アート」と、バーミンガムを拠点に活動するドラァグアーティスト、チャイナ・デスクラッシュ(China Dethcrash)は説明する。チャイナは動物の頭蓋骨や鹿のツノ、聖遺物などを身にまとい、浮世離れした美しさで人気のあるドラァグだ。「一般的にもアンダーグラウンドでもドラァグの活動の場では、パフォーマンスを通してジェンダーを祝福することで『ドラァグ=女装』という誤解を打破しようとしている」とチャイナはいう。「女性だってやるべき。誰がやっても良いのよ。ジェンダーを演じることが、文化に構築された通念に一石を投じることになるんだから」

Georgie Bee. Image via Instagram

もっとも最近の「Miss Sink The Pink」コンテストで優勝したジョージー・ビー(Georgie Bee)もこれに賛同する。「ドラァグはみんなのためのもの。ジェンダーを大げさに演じるパフォーマンスは、誰にでもオープンなパフォーマンスの形なんだから」と。ビーは近年になって急激に認知されてきている女性ドラァグのひとりだ。つい先月、i-Dはロンドン最高のドラァグたちとともに、ロンドン以外で活躍するアンバー・キャダヴェラス(Amber Cadaverous)、レイシー・ルー(Lacey Lou)、ブー・サトクリフ(Boo Sutcliffe)なども紹介した。しかし、その素晴らしいアート性にもかかわらず、彼女たちは依然として「フェイク」「生物学的女性」などと呼ばれており、「真のドラァグではない」との烙印を押されているのだ。

エイミー・ジン(Amy Zing)は、ロンドンのドラァグ・シーンとの関係について、いたって楽観的だ。Sing the Pinkの共同創始者であるエイミー。ドラァグが持つ可能性を祝福するための、誰もがウェルカムなスペースを作り出した本人だ。しかしながら、古風な考えを持つベテランのパフォーマーたちのなかには今でも女性クイーンたちを認めるのに否定的な者もいるのだという。「イングランド北部から来たドラァグクイーンが、控え室に入ってくるなり私を見て『この女、なに?』ってディスってきたことがあったわ。その日一日、そのクイーンには丁寧に接したけれど……私たちのショーで彼女が少しでもオープンになってくれたことを祈るばかり」

ビーはまた、彼女のような女性ドラァグアーティストたちのパフォーマンスが、「ドラァグ」ではなく「バーレスク」とたびたび呼ばれる現状についても嘆いている。ドラァグアーティストの多くが持つ無意識の先入観を物語る、こんな出来事があったのだという。「Miss Sing the Pinkで優勝してから、仲良しの友人でもあり、"ドラァグの母"と私が慕い、尊敬もしているアーティストから、『あなたが優勝して良かったわ。また新しいドラァグクイーンが出てくるのね、って、なんだかテンションが下がってたの』って言われたの。そのときはなんとも思わなかったんだけれど、後で彼女から謝られたの。『そんなつもりはなかったのだけれど、卑下するような言い方をしてしまってごめんなさい』って。性差別というのは、無意識のうちに慣れきってしまっているもので、自分では絶対に性差別主義者じゃないと思っていても、口をついて出てくる何気ない言葉に自分でも『なんでああいう言い方になったんだろう?』と閉口してしまうことがあるものなのよね」

Boo. Image via Instagram

ドラァグのパフォーマーとトランスジェンダーの違いに困惑するひとも多い。「ドラァグに関する誤解のうち最も大きなものは『ドラァグのパフォーマーは、女性というジェンダーを自認しているからドラァグクイーンになるのだ』というもの。でも実際はまったくそんなことはない」と、ロンドンでドラァグキングとして活動するアダム・オール(Adam All)は話す。「ドラァグはジェンダーを演じるパフォーマンス。社会的なジェンダー受け入れ体制に疑問を投げかける手段として、社会的な局面でも政治的な局面でも、コメディ的手法としても挑発の手法としても使うことができるもの」とアダムはドラァグの本質を語る——ドラァグとは、社会で求められる「男性らしさ」や「女性らしさ」という理想像のパロディなのだ。

アダムは完成されたパフォーマンスでドラァグ・シーン内外の賞賛を浴びる一方で、そんな自らの立場を利用して他のドラァグキングたちを世に送り出す活動を行っている。Bol BoxやMan Upなどのイベントではドラァグキングたちに焦点を当て、観客を前にそれぞれが持つスキルを披露し、磨くチャンスを与えている。「ドラァグキングはドラァグクイーンに比べて、その社会的な存在意義において深みに欠け、スキルも劣ると方々で耳にする」とアダムはいう。「それに対しては『俺たちのパフォーマンスを観てからものをいえ』といいたい!このシーンをじかに見たことがある人なら『キングはクイーンに劣る』なんて絶対に思わないはず。今の時代、我々ドラァグはジェンダーの理解と性差別に関して重要なメッセージを発信しているんだと思う」

同様の考えをさらに発展させて訴えているパフォーマーがいる。マンチェスターを拠点として定期的にドラァグで活動をするユダヤ系トランスジェンダー女性、グレース・オニ・スミス(Grace Oni Smith)だ。彼女のアート性が放つ美しさは非の打ち所がない。そのメイクアップのスキルで完璧なルックスを作り上げ、アナーキーなパフォーマンスは観る者を圧倒する。彼女は現在のマンチェスター・ドラァグ界で最も敬意を集める存在だ。「ドラァグは、アートを通してアイデンティティを探る方法」と彼女は説明する。「女装をする男としか見ていないひとが多いけれど、実はジェンダーそのもの。ドラァグはジェンダーの投影なの。あらゆるジェンダー、あらゆる人種、あらゆるバックグラウンド、あらゆるスタイルの人々が集って、本当の姿をさらけ出す空間。何を表現するか、何になって表現するか——そこには限界なんてない。自分で描いた壮大な絵のなかに生きるようなものなのよ」

Adam. Photography Roxene Anderson. Image via Instagram

面白いことに、スミスは「ドラァグのナイトライフの歴史を理由にギャラリーのキュレーターたちがドラァグクイーンをアーティストとして認識しない現実があるのだ」と主張する。「そう面と向かって言われたことこそないものの、アートや舞台の組織から私にお声が掛からないのは、私がナイトライフの世界でもパフォーマンスを披露しているからだと確信しているの。キュレーターやプロデューサーの一部には、冷たいギャラリーじゃなく温かいゲイバーでパフォーマンスを完成させているという、私の選んだ手法を見下しているひとがいるのも確かなの」。彼女の言葉を聞いていると、ドラァグが持つ破壊分子的な力は衰えることなく、メインストリームのエンターテインメントとしての認識を得ていることがうかがえるが、同時にアートの世界ではいまだにドラァグが急進的なものとして倦厭されているきらいがあるようだ。

結局、ドラァグが男性のものかという議論は的外れだと言わざるを得ない。ドラァグは、男性らしさと女性らしさ双方にある「もろさ」を浮き彫りにするパフォーマンスであって、男性だけに認められたものではない。クリエイティビティを表現しながら、ジェンダーの境界線に疑問を投げかけるパフォーマンスなのだ。生物学的な性別で女性のクイーンを区別するということは、ドラァグがもともと打ち出そうとした破戒のメッセージに反することだ。ル・ポールも、最近の『Vulture』誌とのインタビューで、ドラァグのメッセージについてこう語っている。「ドラァグは今後もメインストリームになることはない。ドラァグは、メインストリームへのアンチテーゼなんだもの。いま世界が目にしている状態が、ドラァグが行き着けるメインストリームの高み。ここから本当の意味でのメインストリームになるなんてことは絶対に起こらない。ドラァグは『順応しない』という姿勢から生まれているんだから」と。

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Credits


Text Jake Hall
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.