ベルギーシネマの衝撃作『Black』と主演女優マルタ

『シティ・オブ・ゴッド』『憎しみ』『アデル、ブルーは熱い色』の世界観を一手に引き受けたマルタ・カンガ・アントニオ。主演を演じた彼女がギャング映画『Black』を通して、移民のアイデンティティと人生を叫ぶ。

by Colin Crummy
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29 August 2016, 4:01am

ブリュッセルに対して"ヨーロッパの官僚都市"という印象しかないのであれば、ブリュッセルの違う一面を描いた『Black』を観てあなたはきっと度肝を抜かれるだろう。アディル・エル・アルビとビラル・ファラーが共同監督を務めた『Black』は、ギャングのバイオレンスがはびこるベルギーの首都ブリュッセルに生まれたラブストーリーを描く映画だ。数々の比類なき才能を持った役者たちの秀逸なパフォーマンスもまたこの映画を傑作たらしめている。

「『ウェストサイド・ストーリー』を、マチュー・カソヴィッツの『憎しみ』調に描いた」と称されるこの『Black』は、マルタ・カンガ・アントニオ(Martha Canga Antonio)演じる15歳のマヴェラが、敵対するギャングの一員アブーバクル・ベンサイイー(Abubakr Bensaihi)演じるマルワンに恋をする物語。トロント国際映画祭のディスカバリー部門で上映されたことで作品が国際的な評価を得た一方で、監督のふたりはハリウッドから熱い視線を注がれることとなった。ふたりは『ビバリーヒルズ・コップ4』を監督することが決定、また1980年代のロサンゼルスに蔓延したコカイン使用を主題としたテレビドラマ『Snowfall』(脚本は『ボーイズ'ン・ザ・フッド』のジョン・シングルトン)の監督にも抜擢された。

それだけでは終わらない。『Black』はもうひとりスターを輩出している。現在、情報管理を勉強している21歳、この映画で主演を務めベルリン国際映画祭で「注目の新星8人」のひとりにも選ばれたマルタだ。アンゴラ共和国出身の両親のもと、ベルギーで生まれたマルタ。5ヶ国語を操り、トリリンガルのヒップホップ集団でボーカルも担当している。『Black』では、キャラクターを通して移民が経験する複雑な現実や感情を見事に描き出している。故郷の町メヘレンからの電話インタビューで、マルタは彼のアイデンティティ、政治、偏見、そして大きな夢を持つことについて語ってくれた。

Black』は小説の映画化ですが、あなたは原作をオーディション直前に読んだと聞いています。この原作のどこに惹かれましたか?
まず、美しいラブストーリーであるということです。まったく違うふたりの人間が恋に落ち、結ばれるためならなんでもする。それから、この小説では私が知らなかったブリュッセルが描かれています。新しい世界をのぞかせてくれました。

監督のふたりから、この映画の世界を理解するために『シティ・オブ・ゴッド』『憎しみ』そして『アデル、ブルーは熱い色』といった映画を観るよう言われたそうですね。それら作品からはどのように影響を受けましたか?
『シティ・オブ・ゴッド』では雰囲気とバイオレンスを。『憎しみ』から感情を——観たときに感じる、あの複雑な強い思いのようなものを学びました。『アデル』は、それを俳優たちが演じているとは思えないような、とても自然な映画でした。

演じたマヴェラにはどのようなところに惹かれましたか?
その環境や育った場所という意味ではなく、彼女自身にはとても共感するところがありました。15歳の少女としてのあり方のようなものに。思春期にさしかかろうとしている女の子はもちろん、15歳という年齢を経験してきた女性なら誰でも共感できる存在です。どこかに属しているという実感を得たい、自分という存在を確かめたい、愛こそがすべてだと信じている——マヴェラはそんな女の子です。同時にマヴェラは、自分がすべてを知っていると信じて疑わない子でもあります。「お母さんなんかより自分のほうがよっぽど物事を知ってる」って、15歳なら男の子でも女の子でも思うものでしょう?

劇中で、マヴェラの母親はなんとかしてベルギーの社会に溶け込もうとします。一方で、マヴェラは、どうやっても社会に受け容れられることなんかないだろうと感じていますね。
現実によく起こることなんだと思います。このふたりのキャラクターのちょうどあいだぐらいの心の状態でいられるのが一番良いと思うんですよね。ふたりは正反対。ベルギー人は私たちのことなんて重要だと思っていない、私たちはどうやってもベルギー社会に受け容れられたりしない、仲間だなんて思ってもらえない、とマヴェラは言います。お母さんは、なんとかベルギー社会に溶け込みたいわけですが、溶け込むには自分の出身を偽って、本来の自分を犠牲にしなければならないんです。

あなたのアイデンティティについて教えてください。
私が考える私は、ベルギー人です。ここで生まれましたから。でもだからといって両親の出身や私のルーツについて忘れることはありません。そういうふたつの要素の中間点にいるということなんです。私をベルギー人と認めないひとがいたとしても、私はベルギー人としての誇りを持っています。もしアンゴラに戻るとしたら、みんながアンゴラ人として見てくれなかったとしても、私はアンゴラ人だと誇りを持って言います。そのあいだに自分は存在するのだと考えるのが一番です。社会から疎外されていると感じたり、何かに反抗する姿勢を打ち出すよりね。自分が疎外されていると感じ始めたら、できることもできなくなってしまう。自分自身が何者であるかを忘れず、自身のルーツを傷つけることなく社会に順応することも可能なんです。

そういう偏見に直面したことはありますか?
毎日直面しています。子供の頃、バスに乗っていたら、ひとつだけ席が空いていたんです。お母さんが私を座らせてくれたんですが、隣に座っていた高齢の女性がスッと立って、いかにも私の隣に座りたくないといった表情を見せたんです。そういうことは実際に起こります。仕事を探していて、就職志望の手紙を出したり電話をかけたりすると「じゃあ一度来てください」と言われる。でも行ってみると、私の顔を見て「もう適任のひとを雇ってしまった」なんて言われるんです。私もそういう経験をしていますよ。でも、そんなことに落ちこんでいる暇はない。それが大切なんです。そんなことに、そんな偏狭で病んだメンタリティの人間に、足を引っ張られてちゃいけないんです。

あなたが参加している音楽集団ソウル・アート($oul'Art)について教えてください。
3ヶ国語を操るヒップホップ集団です。流暢な英語でラップをするナイジェリア人と、フランス語とオランダ語でラップをするメンバー、それとフランス語で歌うシンガーと私。私は英語で歌っています。それぞれがもっとも得意と感じる言語で歌ったりラップをしたりという形をとるようになったのは偶然でした。でも、やってみたら「これでベルギーの言語の壁を崩すことができるかもしれない」と考えるようになったんです。普通、フランドル語の音楽はフランダース地方にとどまり、フランス語の音楽、特にフランス語ヒップホップはフランス語圏でのみ作られるんですが、私たちはそのいずれの地域でもプレイしたことがあるんですよ。

アディル監督とビラル監督、このふたりと『Black』を作った感想は?
ふたりがいま得ている評価は当然だと思いますね。私が初めて会ったときから、ふたりは「これでハリウッド行きだな」と言っていました。周りの誰もが「はいはい。みんなハリウッドには行きたいと思ってるよ」なんて言っていたけれど、ふたりは実際にハリウッド進出を果たしましたからね! 素晴らしいことだと思います。ふたりはこれで「不可能なことはこの世にない」と証明したんですから。夢を計画立てて追えば、それは叶うってことをね。本当に素晴らしいことだと思います。これで、ベルギーのひとたちは夢を見ることができるようになったんですから。

Credits


Text Colin Crummy
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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