厭世的映画の名手トッド・ソロンズ

孤独と絶望を笑いで描かせたら右に出るものはいない、トッド・ソロンズの最新作『トッド・ソロンズの子犬物語』が日本で公開になる。その前に彼の映画と一筋縄ではいかないそのコメディ観をおさらいしよう。

by Oliver Lunn
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04 January 2017, 8:39am

名映画監督たちの世界観は、フォントにたとえられるような気がする。ウディ・アレンはWindsor、ウェス・アンダーソンはFutura——共感してもらえるだろうか?かつて「孤独と絶望を描くニュージャージーの詩人」と称えられたこともあるトッド・ソロンズは、どうにも名前が思い出せないが、うねるようなデザインが特徴的なバロック調フォントといったところか。いや、あのフォントでは、暗さと絶望感しか表現できない。ソロンズが作るのは、アメリカの郊外を舞台に、そこでうまく社会に順応できない変わり者にスポットライトを当てたコメディだ。暗さと絶望感にコメディを描いているのだ。『ウェルカム・ドールハウス』や『ハピネス』などを観ていると、悲劇を引き起こす薬品に汚染された水が水道を通じて全家庭に配給されてしまっている町に、自分まで迷い込んでしまったような錯覚を覚える。

ソロンズはニュージャージー州郊外の町に育ち、彼自身もまた周囲に順応できない変わり者だった。存在感としては、自身の映画『ストーリーテリング』でポール・ジアマッティの弟で重症のうつ病を発症している役といったところか。最新作『トッド・ソロンズの子犬物語』では、レイプや小児愛、自殺など、彼が初期作品で扱ってきた過激な主題こそ影を潜めているが、されどテッド・ソロンズ、登場するキャラクターは変わり者ばかりだ。タイトルにもなっている「Wiener dog」はダックスフントのこと。ダックスフントが要となり、様々なストーリーが交錯して、独特のユーモアが広がる。日本では2017年1月14日から全国ロードショーだが、その前にトッド・ソロンズの抱腹絶倒作品についておさらいをしておこう。

とにかく惨めなキャラクターが好き
ソロンズ作品を適当に選んで観てみてほしい。そこは陰鬱なキャラクターのオンパレードだ。人間嫌いの除け者、悲しい社会不適合者、郊外の負け犬など、ソロンズ映画には必ず惨めなキャラクターが出てくる。その最たるものが『ハピネス』のキャラクターたちだ。まずは、隣人とテレフォンセックスをしながら自慰行為をするほど欲求不満ながら、彼を電話の相手とは知らない彼女に実際に会うと緊張から目も合わせられない、そんな臆病な男アレンを、故フィリップ・シーモア・ホフマンが演じている。対するその女性は、気を病むほどの寂しさを抱え、好きな男に騙される性分の電話セールス・オペレーター(ジェーン・アダムス)。他にも、クラスで「射精に一番時間がかかったから」と抑鬱状態に陥った子どもなど、とにかく笑えるほどに悲しいキャラクターが次から次へと登場する。ソロンズの代表作『ウェルカム・ドールハウス』でも同様に、主役のドーン・ウィーナーは学校で「ウィーナードッグ(ダックスフント)」「レズボ(レズビアン)」などとからかわれていじめられている。ドーンはクラスの女の子に「どうしてそんなに私のことが嫌いなの?」と訊く。するとその女の子は「ブスだから」と答える。学校という極めて政治的な環境がこれほどまで単純明快に描かれたことが、かつてあっただろうか?

ユーモアのセンスがとにかくダーク
ソロンズのコメディは、誰にも真似できない。「ぶっ壊れている」と形容するのが適切かもしれない。ソロンズはこれまで、『おわらない物語アビバの場合』では自殺を、『ウェルカム・ドールハウス』ではレイプを、『ハピネス』では児童虐待を扱うなど、深刻な問題を映画で斬ってきたが、彼はそこに必ず笑いを引き起こす細工を仕掛けてきた。これをやってのけるには、相当の自信が必要だろう。11歳の息子の友達にクスリを盛ってレイプするグロテスクな小児愛者の物語で笑わせようなどと、他に誰が考えるだろうか?その息子に「射精できない」と父親の腕に飛び込ませる映画監督が、他にいるだろうか?(当初の配給会社は、映画の全容を知って契約を即刻解除したという)。ソロンズはその後も際どい笑いを追求し、2001年の『ストーリーテリング』では、職を終われたエルサルバドル人の家政婦が元雇い主の家に忍び込み、家中のガスをつけて復讐するという展開を映画にした。困惑しつつも、その異常な展開を理路整然と見せつけるソロンズの世界に、観客はどうしても笑ってしまう。彼にとってコメディとは常に悲しみと、また不気味さと隣り合わせの存在なのだ。

"郊外"に社会の矛盾を見る
緑の芝生に白いフェンス——ソロンズは、アメリカ文化が理想として体現した「幸せの形=郊外」を、もろともなぎ倒しにかかる。家庭の崩壊や結婚生活の破綻、パートナーの浮気、わがままし放題の子ども等、郊外という理想郷に暮らしているからこそ誰もが死に物狂いで隠そうとする真実を、小気味良いほどに笑いへと変えていくのがソロンズ流だ。『ハピネス』に登場する小児愛者を例にとってみるといい。この男はよく晴れた昼に、ライフルを手に地元郊外の公園を散歩しながら、手当たり次第に地元民たちを殺害していく光景を夢見ている。屈折していて、とにかく超越的だ。表層的な品の良さと人工的な完璧さも、よく見れば下には醜さが巣食っている郊外ライフを、見事に描き出している。『ストーリーテリング』では、映像作家である主人公が、自作のドキュメンタリー作品を「コロンバイン高校銃乱射事件後の世の中を社会学的観点から斬る作品」と形容しているあたりにそれが現れている。『ブルー・ベルベット』時代のデヴィッド・リンチ同様、ソロンズは郊外という世界の暗部にただならぬ興味を持ち、郊外に囚われている子ども達がどう成長していくか、そんな暗部がどのように表面化し破滅を招くのか、を描きたいのだ。キャラクターが抱える多くの欠点を描くことで、ソロンズは彼らの人間味を浮かび上がらせ、郊外に築かれた完璧な景観の向こうにある現実を見せてくれている。

男女のぎこちないやりとりが描かれる
『ダークホース~リア獣エイブの恋~』の冒頭シーンに悶絶しないひとなどいないだろう。結婚披露宴の席で、お互いを知らない男と女がひとつのテーブルに座っている。「会話を」と考えた男は、女性に話しかける。「ダンスはしないんだ。苦手でね」と。女は男に目を向けて、ただ頷く。そして、また沈黙がふたりの間に生まれると、彼女は男に背を向け、宙を見つめる。社会不適合者いっぱいのソロンズ映画を観ていると、「このふたりが一緒になればうまくいくだろうに」と観客は思ってしまうが、よく考えればうまくなどいくわけがない。ソロンズのキャラクターはとにかくコミュニケーション能力が欠落しているのだ。彼らはうまくいかない運命にある。『ハピネス』も、女が男に別れを切り出すディナーのシーンで始まる。これまでに振って相手を傷つけてしまった経験があるひとは、こんなことを言われなかったことを神に感謝すべきなのかもしれない。「僕を見下してるんだろ?弱々しくて、ラード体質のデブだと思ってるんだろ?クズだと思ってるんだろ?でもな、勘違いするなよ——僕はシャンパンで、お前の方がクズなんだ。お前は死ぬまで、そんなクズのままだよ、きっと。僕は違う」

口の減らない頭でっかちの"中の上"流階級の子どもがわんさか登場する
惨めで孤独なキャラクターのシーンが終わったと思えば、次に登場するのは、口を開けば文句ばかりのわがままなティーンと決まっている。『おわらない物語』では、教会が主催するキャンプのシーンに頭でっかちの子どもが出てくる。『Life During Wartime』では、お椀を頭に乗せて髪を切ったような髪型の子どもが話しまくり、『ストーリーテリング』では家政婦をクビにさせるほどの悪知恵を持った子どもが登場する。『ウェルカム・ドールハウス』では、主役ドーンの妹がいつでもバレリーナの格好をしている。これらの登場人物たちは全員が "勉強ができ、自惚れていて、周囲から浮き立つ存在感を持った"子どもとして描かれ、例外なく鼻にかかったような声で話す。現実社会の、関係を構築する感覚をまったく持ち合わせていない自己中心的な新世代がそこには描かれている。それは"郊外アメリカ"が作り出した最悪の現実に信憑性を添えている。なのに、私たちはソロンズの映画を「もっと観たい」と思ってしまう……この痛気持ちいい感覚は、いったい何なのだろうか?

i-Dがオススメするソロンズ映画
『ウェルカム・ドールハウス』
『ハピネス』
『ストーリーテリング』
『Life During Wartime(原題)』
『トッド・ソロンズの子犬物語』

トッド・ソロンズの子犬物語
監督・脚本:トッド・ソロンズ 出演:ダニー・デヴィート エレン・バースティン ジュリー・デルピー グレタ・ガーウィグ キーラン・カルキン 2017年1月14日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

Credits


Text Oliver Lunn
Still from Welcome to the Dollhouse
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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