Photography Stephen Hamel.

90年代、仏教との接近:若きキアヌ・リーヴスの貴重な独占インタビュー

時は西暦1993年。i-DのThe Sound Issueから、みんな大好きキアヌ・リーヴスが『リトル・ブッダ』公開前に答えた貴重なインタビューを掲載する。「自分の限界を超えられるのは、仏教について考えはじめてからだから。引き続き学んでいきたい」

by Stephen Hamel; translated by Ai Nakayama
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26 July 2019, 2:47am

Photography Stephen Hamel.

今、もっともセクシーな若手男性俳優といえばキアヌ・リーヴスで間違いない。『ビルとテッドの大冒険』シリーズでのエアギター小僧、『ハートブルー』のサーファーの仮面をかぶったFBI捜査官、『危険な関係』で鮮烈な印象を与えた若き貴族、そして最近では『ドラキュラ』の不憫なジョナサン・ハーカーに至るまで、キアヌはこれまで数多くの問いに答えると同時に、私たちに問いを投げかけてきた。

まず最初の問い。なぜ私たちはみんな(男女問わず)、キアヌに抗いがたい魅力を感じるのか? 彼にはパトリック・スウェイジのようなたくましさも、トム・クルーズのような清潔感も備わっていないし、彼はジェイソン・プリーストリーのような理想の男性像にも合致しない。彼に備わっているのは、飾らない不器用な魅力、だるそうな姿勢、そして意志の強さと無垢な雰囲気だけだ。そう、ひとびとを惹きつけるのは、彼のパーソナリティの圧倒的なあざとくなさ。きっと1930年代ハリウッドで、間抜けだけど理想的な〈隣の男の子〉的な主人公を演じさせれば、キアヌの右に出るものはいないだろう。

では第二の問い。キアヌは演技が達者なのか? あるいは彼は『ビルとテッドの大冒険』のテッドでしかなく、彼の薄っぺらい才能には重荷でしかない数々の役柄をどうにか引き受けているだけなのか。
意見は分かれる。オレゴン州ポートランドを舞台とし、『ヘンリー四世』を下敷きにしながらストリートで生きる社会不適合の若者たちを描いたガス・ヴァン・サント監督作『マイ・プライベート・アイダホ』でキアヌが演じたのは、男娼やドラッグディーラーとつるむ中流階級の出身の若者、スコットだった。彼は、いつかはゴロツキたちと縁を切り、マトモな生活に溶け込み、スーツを着て父親のあとを継がなければならないことをわかっていながら、ナルコレプシーを抱えつつ根無し草のように生きるリヴァー・フェニックスとともに堕落的な生活を送る。キアヌは本作で、印象に残る演技をみせた。

いっぽう、フランシス・フォード・コッポラ監督の『ドラキュラ』での評判はイマイチだった。キアヌはブリティッシュイングリッシュの発音に苦しんだだけでなく、役柄自体も面白味がなく、英国の映画館では、彼の滑稽な発音で発せられる「blooming」や「bloody」などの悪態に失笑が漏れていた。

1964年にベイルートで生まれ、ニューヨークとトロントで育った彼は、15歳で本格的に俳優デビュー。ロブ・ロウが主演した1986年のアイスホッケー青春映画『栄光のエンブレム』で商業映画に初出演を果たす。パンクファンでオルタナロックバンドDOGSTARのベーシストだった彼のキャリアは、その容姿によって決定されたようなものだった。

しかしチャーリー・シーン、キーファー・サザーランド、ロブ・ロウ、エミリオ・エステベスをはじめとする、輝かしいデビューを果たしたものの最近ではしょうもない映画作品やビデオスルー作品にしか出演せず、すっかり凋落してしまった感のある〈ブラット・パック〉組の運命から、キアヌは逃れられたようだ。

彼はすでに、ずっと先へと歩みを進めている。俳優たちがいちどはいっしょに仕事をしたい、と望む憧れの監督といえば、ベルナルド・ベルトルッチ、マーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラの3人だが、キアヌは現時点ですでにそのうちふたりの作品に出演している。彼のキャリアは、現代におけるハリウッドで、話題の若手俳優がもつ力が増していることを示す証左なのかもしれない。ガス・ヴァン・サントを含む上述の監督はみんな、興行的にはふるわず、彼らの作品自体が稼げるわけではない(『ドラキュラ』は健闘したが)。だから彼らには、キアヌのような若手俳優が必要なのだ。ロバート・デ・ニーロ、ハーヴェイ・カイテル、クリストファー・ウォーケンのような圧倒的な才能には劣るとしても。

キアヌと比較できるのは、肉体派俳優としてデビューしたがリスキーな役柄を演じることでステレオタイプを脱することに成功したメル・ギブソンだろう(ただ、ギブソンの『ハムレット』への出演と違って、ケネス・ブラナー監督の『から騒ぎ』へのキアヌの出演は順当なキャリア形成だ)。ギブソンが与えられた役柄をすべて引き受けることはもうない。彼はいつか自らの制作会社を立ち上げ、仕事を慎重に選ぶようになるはずだ。

歴史的にみれば、監督にも世間にも愛される俳優は安泰だ。俳優としてのキアヌの長期的な価値についてはまだ結論が出ていないが、彼が〈稼げる〉俳優であることは確かだし、仕事が途絶えることはないだろう。今年は、上述の『から騒ぎ』に加え、彼がシッダールタ王子を演じた、ベルトルッチ監督の大作『リトル・ブッダ』の公開も予定されている。

詳細についてはまだ明かされていないが、本作は、死去した高僧の生まれ変わりとされる子どもたちの物語と、仏教の教えの中心となっているシッダールタの半生を交互に描く、現代のおとぎ話。王子として父に甘やかされて育ったシッダールタは、特権的な身分を捨て、修行の旅に出る。あらゆるものを捨て去り、長年にわたり断食や厳しい修行を耐え抜いた彼は、菩提樹の下での瞑想で、ついに悟りを開いて涅槃の境地に達した。

超大作になるとされている本作は、ネパールのカトマンズと米国シアトルで撮影された。制作は、ベルトルッチ監督が清朝最後の皇帝の半生を見事な映像美で描いた『ラストエンペラー』と同じ制作チームの手による。仏教の教えを大衆に向けてわかりやすく説く作品となるはずだ。キアヌにとってもシッダールタ役は、ただの役柄以上の意味をもつようだ。

「彼は精神の、智慧の、そして社会の偉大な救世主であり、急進的なひと」と仏教の教えに触れた彼は、畏怖の念をもって語る。「彼は一生をかけて、ひとびとを解放する存在となった。みんなが彼の教えに従った」。様々な文献を読んで仏教の教えを吸収し、ネパールで高僧と直接言葉を交わした彼は、その経験が心の奥底に響いたという。

「彼らからはとにかく力をもらえる」と高僧たちについてキアヌは回想する。「今は本を読んでいるだけでも、彼らから届くエネルギーを感じる。エネルギーが背中を下から上へと流れるような感覚。本を読んでいると、すっと背筋が伸びる。前よりも長時間起きていられるし、行動的になった。最高だよ」

キアヌはネパールでのオールアップ後、8年来の友人である映画監督/写真家のスティーヴン・ハメルのインタビューを受けた。そこで彼が語った言葉からは、普段私たちがみている姿よりも思慮深く、内省的な彼の一面が浮かび上がる。

「彼にとっても重要な経験だったみたいですね」とハメルは語る。「激動だった今回の経験にかなり圧倒、影響され、自分という存在について疑問を抱くきっかけにもなったようです」

キアヌは今、かなり真剣に仏教と向き合っているようだ。『ビルとテッドの大冒険』のテッドが、仏教のダルマについて語るなんて誰に想像できただろう。しかし、テッドを演じたのはもう5年も前のこと。彼は〈小僧〉から立派な仏教徒へと変身しつつある。ただし、キアヌ・リーヴスはこうだ、と決めつけるのは、きっとまだ早い。

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──ベルナルド・ベルトルッチ監督と知り合ったきっかけ、そして『リトル・ブッダ』への出演が決まった経緯を教えて。

監督が『マイ・プライベート・アイダホ』を観て僕を知ってくれたんだ。僕は仏教について何も知らなかった。子どものときに母が中国の骨董品を持ってたから、ブッダは微笑みを浮かべた太ったおじさんだと思ってた。僕の家系はキリスト教徒じゃない。母は英国人で、教会や西洋的な宗教観には興味がなかった。ただ、僕自身は神を求めたり、神について考えたことがある。11歳のときには聖書の勉強会にちょっとだけ参加した。つまらなかったけど。

ニューヨークのホテルで会ったとき、監督が脚本について話してくれたんだ。あと彼が会った高僧たちについても。彼自身、宗教的ではないバックグラウンドで育って、宗教には懐疑的だったけど、高僧に会って考えが変わったらしいんだ。彼の話を聞いた僕は、思わず泣いちゃったよ。そんな場に自分もいられるんだと思うとうれしくて。今「泣いた」っていったけど、まあ、服を濡らすまで涙を流したわけじゃないよ。でも、マジでグッときた。すごく素敵な話で、感動的だった。監督が変化を体験したという事実に僕も触発された。「嘘だろ、ガチじゃん!」って。

──イタリアでの『から騒ぎ』の撮影中、俳優のブライアン・ブレスドに出会い、彼が『リトル・ブッダ』の準備を手伝ってくれたんだよね。

ブライアン・ブレスドが瞑想を実践してることがわかったんだ。俳優でありながらエベレストに登る彼に、ダルマ(法)を教えてほしかった。だから彼に少し時間をもらって、瞑想について教えてくれ、って頼んだ。がんばって自分の本気を証明したよ。彼は基本の、実にシンプルな瞑想を教えてくれた。そこからいろんな経験へと導かれた。引き寄せられるようにね。3カ月みっちり瞑想を実践したけど、その間、思いもよらないところで仏教徒に出会うことが多くて。妹に会うために車でフィレンツェに向かっているときヒッチハイカーを拾ったんだけど、何となく「君は仏教徒?」って訊いてみたら、まさにその通りだったりとか。そういうことが何度も起こった。気が触れそうになったことも何度かある。「勘弁してくれよ! また仏教徒?!」みたいな。何か特別な力があるんだと思う。頼んでもいないことがお膳立てされてるんだから。高次のエネルギーだと思う。

──仏教にどっぷりはまるようになったのはいつ? 初めてネパールに行ったとき?

いろんな文献を取り寄せて読み始めたのは『から騒ぎ』の撮影中。あと瞑想の姿勢とか座りかたを練習したり。最初に学んだのは〈四諦〉。苦諦(くたい)、集諦(じったい)、滅諦(めったい)、道諦(どうたい)っていう4つの真実のこと。仏教とは自我というものを否定する。自分、つまり西洋でいう〈エゴ〉は、存在しないんだ。

衣装のフィッティングのためにネパールに行ったとき、リンポチェ(※高位僧の称号)と呼ばれる師僧と出会った。監督は彼の協力を得て映画を制作してたんだ。僕は彼の個人トレーニングを受けた。瞑想2種を伝授してくれて、あと〈自己〉というものをどう扱うかを教えてくれた。まずは自己と折り合いをつけて、それからより繊細で大局的な見方をするようにする。そうすると共感や智慧、幸福に到達できるんだ。

そのリンポチェの訓練を受けるようになって、自己という感覚の扱いかたを学んだり、彼の教えを実践しはじめたときは、怖かった。〈自分〉を放棄するのは、つらいし怖い。リンポチェは、教えをそのまま信用するな、といってた。黄金のように、味わい、噛みつき、確かめてみなさい、って。それが仏教の強さだよ。布教が目当てじゃない。仏教徒は、施しを与える前にアベマリアを14回唱えさせるようなことはしない。僕が関心を抱いたのは、仏教の原則じゃない。仏教徒が真実に関心を抱いているという事実そのものだった。根底には、愛、共感、善意、そして幸福がある。

──仏教の教えにだいぶ影響を受けたみたいだけど、出家したいとは思った?

いや。でもそういう気持ちがないことはない。教えを追究したいっていう思いもあるよ。自分の限界を超えられるのは、仏教について考えはじめてからだから。引き続き学んでいきたい。

──俳優としての自分に与えられた仏教の影響は?

この10年、俳優として訓練してきた。自分自身を見つめ、自分が経験する感覚の理由を問いかけ、感覚を掴み、身体に表現を覚えこませ、ひととの関係性の感情的、理性的な側面を徹底的に掘り下げてきた。仏教は僕を救ってくれる。ある意味、癒しなのかも。そうやって精神の修行を積んできた。

──君にとっての『リトル・ブッダ』の初撮影シーンはシッダールタが悟りを開くシーンだった。どう準備した?

自分のなかに静けさと広大さをイメージした。監督はさまざまな表情を収録した本からピックアップした写真を見せてくれた。その本がお気に入りだったらしい。その表情に入り込み、表現できるようにした。

──シッダールタが森のなかで裸になって断食するシーンの撮影中は、どんな食事制限をしていた?

君は知ってると思うけど、僕、食べるのが大好きなんだ。人生の楽しみのひとつといってもいい。でもその苦行シーンを撮影した2週間は断食したよ。1日あたり、オレンジひとつと、水10リットルのみ。ヤバいよね。いろんなことが明らかになるから、それは面白いけど。シッダールタは老い、苦しみ、死からの解放を求めた。肉体、欲望、欲求を克服し、自らを試した。「己の欲望に勝つことができれば、私は解放される」と考えていた。ダライ・ラマの著書をいろいろ読むといいよ。見事に著述されてる。僕が最近読んだのは『ダライ・ラマ 愛と非暴力』。少しでも仏教に興味があるひとには、この本はおすすめ。

──『リトル・ブッダ』はどんな作品に?

寓話のようであり、感情豊かで心の優しいシッダールタの姿を描く作品。僕はそう思ってる。彼が経験した痛みをしっかり描いてるよ。

──仏教徒は本作にどんな反応を示すと思う?

僕もまだ観てないからわからないな。

──もともと、インド人監督のサタジット・レイが、ブッダの物語を描く作品に反対の意を示していた。きっとそういう考えのひとは他にもいると思う。

この映画はブッダの物語を描く作品じゃない。シッダールタとその人生を描いてる。監督は自分の責任にとても気を配っていた。本作で描かれる伝統、儀式、修行は、とても正確だ。ダルマの教えは繊細で、豊かで、深い。それがわかってもらえれば。

──撮影が終了してLAに戻るけど、どんな気持ち?

米国にはおかしなことばっかりだって思うようになった。信じられないくらいにね(とガハハと笑う)。ネパールにいて気づいたのは、米国の下水、つまり人間の糞尿処理のシステムがめちゃくちゃ整ってるってこと。技術はすごく発展してるし、工業もすばらしい。とてつもないポテンシャルがあると思う。その発明や機械を使えば、この国は本気でひとびとを救うことができる。

──僕はネパールみたいな場所を目にしたのは生まれて初めてだったんだけど、感動したよ。でもカルチャーショックも大きかった。牛はそこらじゅうにいるし、みんな道端で歯を磨いているし、裸足だし。君はどうやって順応した?

不思議なんだけど僕はむしろ心地よくて、変だなって思ったことはいちどもなかった。普通のことだよなって思った。牛は好きだし。
ある夜、墓地ですばらしい体験をしたんだ。その墓地は神聖な、火葬の場だ。夕暮れどき、いっぽうにはヒンドゥー教の寺院が見えた。猿や犬もいたよ。反対側では、ひとびとが祈りながら火葬の準備をしている。周りでは子どもたちが遊びまわったり、食べ物を売ったり、猿が犬と遊んだり。川が流れ、日が暮れていく。生そのものがそこにはあった。牧場育ちじゃなくて、都会で育った中産階級の白人男子には、知らないものがある。朝の光、人生の喜び、子どもたち、終わりと始まり、敬虔さ、神秘。自分とはまったく違うひとたちを眺めながら、畏怖やつつしみ、そして自分もそのいちぶであるという感覚が僕のなかを駆けめぐった。僕にとってはそれが、ネパールでいちばん印象深い経験だった。

──2日後には帰国だね。

楽しみだよ。実はウケるんだけど、お風呂に浸かりながら白昼夢みたいなものを視たんだ。自分は家にいて、庭の芝生に寝転がって、赤ワインを頭から被ってこう叫ぶ。「全部忘れろ、俺は普通の男になる。食って、クソして、恋をして。何でもしてやる!」って。とにかく友だちや家族に会うのが楽しみ。バイクに乗ったり、ぶらぶらしたり、本を読んだり、カニを食べたり、リラックスしたり。とりあえず本は全部家に送ってある。仏教の教義についてはもっと勉強したいと思ってる。もしかしたら仏教徒になるかもね。僕の世界では、友だちと話して、外出して、休んで、ってだけで、なかなか深くまで何かを見つめることができない。僕たちはただ幸福でありたいと望み、くつろげて、心地よく、楽しければいいと思っていて、それ以上のものを求めようとしない。でもみんな、祈りの対象を欲し、人智を超えた存在を感じている。僕もそう。でも今回の経験で、その存在と触れ合うことができた。というか、身をもって体験した。最高だよ。

This article originally appeared in The Sound Issue, no. 115, 1993.


Credits

Text and photography by Stephen Hamel.

Additional research by Matthew Collin, David Eimer and Stephanie Dosunmu.

This article originally appeared on i-D UK.

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