Photography Jingyu Lin

「セックスは私のブランド」:性を高らかに歌うラッパー CupcakKe

「Vagina」でブレイクしたシカゴ出身のラッパー、CupcakKe。ほんとは内向的な彼女の素顔に迫る。

by Alexandra Weiss; translated by Ai Nakayama
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12 December 2018, 8:08am

Photography Jingyu Lin

CupcakKeの「Vagina」のMVを観たら、誰も彼女がシャイだとは思わないだろう。このトラックのYouTubeでの再生回数は約300万回に迫り、シカゴ出身の彼女は新生フィメールラッパーとしての地位を固めている。しかし大胆なパフォーマンスと裏腹に(ネット上ではさらに過激)、素顔の彼女はただのエリザベス・ハリス。鬱と闘い、口数の少ない21歳だ。「家ではひとこともしゃべらない」と彼女は認める。「いろんな意味で、CupcakKeは私の盾」

シカゴで生まれ育った彼女は幼い頃、ホームレス向けのシェルターで数年を過ごした。13歳のとき、通っていた教会で知り合いの言葉をきっかけにラップにのめりこむ。「当時、私は神について詩を書いてた。でもある日、ひとりの男性にいわれた。『おい、その詩をラップにしたらどうだ? カネも稼げるし、有名になれるぞ』って。それがきっかけ」

彼女はこれまでに、2作のミックステープ、4枚のアルバムを自主制作。4枚目のアルバム『Eden』は今年11月にリリースされたばかりだ。以前よりも政治的なアプローチをとる曲が増えたが、それでも彼女の代名詞であるセックスと皮肉を融合させたスタイルは健在だ。本名のエリザベスとしてはまだ心の揺らぎがあるかもしれないが、ラッパーCupcakKeとしては完全に自信をつけている。「Cartoons」でもこう宣言していた。「ビッチ、私はジョニー・ブラボー並みに自信満々だよ」

CupcakKeがいかに彼女のメンタルヘルスを変えたのか。今から1年前のエリザベス・ハリス a.k.a. CupcakKeのインタビュー。

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Photography Jingyu Lin

──3枚目のアルバムがリリースされますが、アーティストとしてのあなたの進化はどのあたりに反映されていますか?

「Cartoons」という曲は、今の私がいる場所、これからの私が向かう場所について多くを語ってる。これまでも自分の歌詞には誇りをもってきたし、自分は言葉遊びにかけては優れていると思ってた。でも「自分のフロウをもっとちゃんと管理したい」と感じることもあった。その点、今作は完璧。私自身が100%しっかり完成させた作品だから。うぬぼれてるわけじゃないけど、今回のアルバムは誰も文句をいえないくらい完成度が高いと思う。

──あなたのヒットソングといえば、セックスがテーマのものが多かった。でも今作、特に「Exit」や「Cartoons」などでは、また違った方向へ進んでいるという印象を受けました。それは意識的に決めたことだったのでしょうか。

今作では、今までと違うことをしたかった。みんなの意識を揺さぶりたくて。私が新シングルの告知をすると、コメント欄には「セックスとかフェラの歌?」みたいな反応ばかりが並ぶ。だから「Exit」や「Cartoons」は、私にとっては大きな変化だった。でももちろん、下ネタ曲をやめるつもりはない。セックスは私という人間のいち部で、私のブランドだから。

──どうして下ネタ曲がみんなの関心を惹くと思いますか?

まごうことなき真実だから。愛やらカネやら仕事やら惚れた腫れたやら、そういう歌はたくさんある。だけどそれ以外はどう? ヤられるとか、あるいは警察による暴力については? 私はそういうテーマを排除したくない。話し合うべき大切な話題だから。

──警察の暴力について言及しましたが、それって「Picking Cotton」の歌詞のテーマですよね。何がきっかけになって、政治的なトピックについて書くようになったのでしょう?

話し合うべきトピックだと思ったってだけ。今の社会情勢について語りたがらないアーティストもたくさんいる。ファンを失うのが恐いから。でも、みんなの意識が高まれば高まるほど、正義も実行されると思う。だから私は、ここで立ち上がろうと決めた。警察の暴力などといった問題は、歌ってもつまらないから、といって後回しにしていいトピックじゃない。もちろん警察全体が腐敗しているわけじゃないけれど、でも私たちは糾弾し続けるべき。

──「Vagina」がバズって以来、あなたのラッパーとしてのキャリアにおいて大きな役割を担っているのがインターネットです。SNSを積極的に使う理由は?

私のファンには、自分たちがただのファンではなく、家族だと感じてほしいから。シングルをリリースしたときには「新曲出たよ! 買ってね!」みたいなメッセージしかアップせず、Twitterにもリンク貼るだけ、みたいなアーティストがほとんどだと思う。でもあなたたちはファンからお金もらってるんでしょ、それなのにファンのツイートにリプライもしないわけ?って思っちゃう。私はそれは嫌。私は今も、かつてホームレス向けシェルターに暮らしていたときと同じように詞を書いてるし、自分の過去を忘れたくないから、これからも謙虚でありたい。100万ドルを稼いだって、Twitterでファンと交流して、自分のセックスライフについて語っていきたい。

──インターネットでのペルソナは、CupcakKeの一部?

私には3つのペルソナがある。家ではエリザベス、ステージ上ではCupcakKe、Twitterではマリリン・モンホー(Marilyn Monhoe)。エリザベスはシャイで物静かで、自分の殻に閉じこもるタイプ。CupcakKeはひとつのキャラ。とにかくセクシュアルで社交的。マリリン・モンホーは、私のオルターエゴのオルターエゴ。ネットでは、どんなクソみたいなことだって、言いたかったら言っちゃう。

──多くの人びとが、何らかの自己イメージを投影するためにSNSを使用しています。マリリン・モンホーは過激なキャラクターですが、それでもオフラインでのあなたを裏切らないというか、誠実な感じがします。

私の人生を完璧に見せようとしたことはない。だって完璧じゃないから。私はいつも鬱に苦しんでる。エリザベスは友だちもいないし、ずっと家にこもりきり。CupcakKeはステージに立って自分のすべきことをしてるけど、それが終わったとたん、もうやりたくない、って思うの。訳わからないかもしれないし、話してても変だって思うんだけど、家での私とステージやネット上での私とのバランスをとるのはほんと、かなり難しい。ティンク(Tink)っていうシカゴ出身のアーティストがいて、「トップは孤独だ」っていつもいってる。まさにそれ。でもそんなときは、マリリン・モンホーとしてネット上で誰かに笑いを届けてる。笑ってくれた人たちが、「自分たちを笑わせるためにやってくれたんだ」って思ってくれると、私はすごくうれしくて、やってよかった、って思う。CupcakKeであることは、エリザベスが経験する悲しみから逃避する手段。

──CupcakKeでいることによって救われていると?

そういうこと。いろんな意味で、CupcakKeでいるとエリザベスでいるときのストレスを発散できる。

──だから多くの楽曲を書き、リリースしてるんでしょうか。

それは落ち着かないから。数多くのアーティストが、私のやってることなら自分にもできる、といってる。彼らにはできなかったとしても、私の位置を狙っている人は他にもいる。地位を得たら、しがみつかないといけない。もしそれができないなら、いったん休んだほうがいい。私は音楽が好きだけど、それは私にとって仕事でもある。もし普通の店で働いてて、2回しか出勤しなかったらクビでしょ? 私にとってはラップもそれと同じ。だから2~3週間に1曲リリースしてる。私はただスケジュールを守ってしてるだけ。

This article originally appeared on i-D US.