Women with Cameras (Self Portrait) by Anne Collier

放棄された80枚のセルフィー:「カメラを持った女性たち」が教えてくれる、自撮りの力

米アーティストのアン・コーリアーが中古品店やネットオークションから見つけたのは、1970年代から2000年代初頭にかけてアマチュア女性たちが撮り「放棄」した80枚のセルフィーだった。そのファウンドフォトを集めたシリーズ「Women with Cameras (Self Portrait)」を語る、貴重なインタビュー。

by Ryan White; translated by Ai Nakayama
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27 June 2019, 5:51am

Women with Cameras (Self Portrait) by Anne Collier

米ヴィジュアルアーティストのアン・コーリアーが、中古品店やフリマ、ネットオークションから見つけ出したのは、1970年代から2000年代初頭にかけてアマチュア女性たちが撮り「放棄」した80枚のセルフィー。そのファウンドフォトを集めたシリーズ「Women with Cameras (Self Portrait)」を語る貴重なインタビュー。

米国人ヴィジュアルアーティストのアン・コーリアーが他人の写真を用い、写真を通したコミュニケーションを刷新するようになったのは、若きマーク・ザッカーバーグの瞳にSNSというものがよぎりはじめるようになる前のことだった。彼女がアーティストとして歩むなかで、写真の撮影、シェア、コントロールのかたちは、大きく変化してきた。Instagramで〈#obsessed(夢中)〉を検索すれば、約1000万件もの投稿が表示される。〈#selfie〉を検索すれば、投稿数はおよそ3億9000万件。その大半がここ6年で投稿されたものだ。
そんな、自分や他人、憧れの商品の写真を投稿/シェアする、発作性衝動強迫とも呼ぶべき活動の起源が、アンの革新的なプロジェクトにみてとれる。

カリフォルニア芸術大学とカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で、メアリー・ケリー、ジョン・バルデッサリ、ポール・マッカーシーなど、20世紀米国を代表する、刺激的かつ反抗的なヴィジュアルアーティストたちのもとで学んだアン。彼女は唯一無二でジャンルレスなスタイルで、他人の写真を提示する。彼女のプロジェクトは、自分自身と公のものとなった写真における私たちの立ち位置、さらにセレブカルチャー、人間の状態、カルチャーや資本主義との複雑な関係性などに関する、私たちの理解の未開拓分野を観察している。

「カメラを持った女性たち(セルフポートレイト)」と題された彼女の最新シリーズは、1970年代から2000年代初頭にかけて撮影された、匿名の女性たちの自撮り写真全80枚のコレクションだ。車のミラーや公衆トイレの鏡に映る彼女たちの顔は、自身がもつカメラに隠れていることが多い(顔の前にもってくるカメラもすっかり過去のものだ)。

しかし、それぞれの写真のスタイルや雰囲気は、被写体となった女性たちそれぞれのユニークかつ多様な物語を語っている。中古品店やフリーマーケット、ネットオークションなど、様々な場所で写真を探し集めたアンは、それらのプライベートな写真が撮影者の手を離れたという事実に関心を抱くようになった。そしてそれが、レンズと人間との、変化しつつある関係性についての興味深い研究として結実した。

40年間の自撮り写真は、私たちに何を教えてくれるのだろうか。

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——まずは、あなたが育った場所について教えてください。

アナポリス、ワシントンDC、ハワイ、フィリピン、グアム、パナマ、といった具合です。

——写真にのめり込むようになったのはいつですか? その経緯は?

小学6年生のときに初めてカメラをもつようになりました。でも最初に写真というものを意識したのは、レコードのスリーブやポスター、雑誌、そして家族のアルバムでしたね。そういう、生活に根付いた写真は、今、作品をつくるうえでも重要なイメージとなっています。

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——あなたが初めて衝撃を受けた写真家は?

シンディ・シャーマンです。17〜18歳の頃、高校生のときに彼女の作品を目にしました。当時の私は、彼女の作品の大きな背景や歴史は理解していませんでしたが、それでも自分と写真との関係性を考える大きなきっかけになりました。同時期に、ルーカス・サマラス、ジョン・バルデッサリ、ウィリアム・ウェグマンも知りました。

——大学で写真を学んだんですか? アーティストやイメージメーカーは、大学で表現媒体について学ぶべきだと思いますか?

私は学部生としてカリフォルニア芸術大学でアートを学びました。写真だけではありません。写真も映像作品も手がけてました。大学では、マイケル・アッシャーやジェームス・ベニング、アレン・ラッパーズバーグ、モーガン・フィッシャー、美術史家のレーン・リルイェ(Layne Relyea)など、すばらしいひとたちと活動できました。そのあとUCLAの大学院の写真学科に進みました。当時の学科長はジェームズ・ウェリングで、私はチャールズ・レイ、メアリー・ケリー、ジョン・バルデッサリ、ポール・マッカーシーなどのもとで学びました。美大ではすばらしい教育を受けたと思ってます。

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——説得力のある、感情に訴える写真にするには?

自らの裡にある経験と共鳴するものを、外部世界と融合させること。そこを押さえていればどんな写真でも。

——顔の前にかざすカメラの登場は、自撮り写真と私たちの関係性を強化し、その価値を下げたと思いますか? このプロジェクトの背景について教えてください。

人間は昔から、自らの肖像をつくってきました。スライドショー/写真集というかたちとなった「カメラを持った女性たち(セルフポートレイト)」に収められている画像は、すべてデジタル化する前、自撮り文化が生じる前の写真です。そこには、自分自身を記録したい、自分の存在を残しておきたい、という根源的な衝動が表れていると思います。私がアマチュア女性の自撮り写真を集め始めたのは10年ほど前。確か、携帯カメラが普及し始めた時期でした。

私が集めた写真のほとんどが、70年代からゼロ年代初頭に撮影されたものです。中古品店やフリーマーケット、eBayなどのインターネットオークションで見つけました。私は、プライベートのはずの写真が、公有のものとなった経緯に興味を抱きました。これらは〈写真家〉である被写体の手を離れたんです。放棄された写真というのは、私の作品のテーマとしても繰り返し登場します。写真と記憶、うつ、喪失との関係性にも関わるテーマです。

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——あなたが特に重要だと思う写真はありますか?

ほぼすべての写真において、重要なのは鏡の使いかた。鏡の存在ありき、という写真もあれば、そこまででもない写真もあります。鏡を意識させない写真もあるんです。被写体が、自分を鏡の真ん中に配置して、どんなポーズをとり、何を写り込ませて、何を省いて、いつシャッターを押すかを決める。その流れに私は魅力を覚えます。それって、すべての写真家が通るプロセスですから。そういった意味で、プロジェクトの写真すべてに不思議と似たようなものを感じるんです。もちろん被写体はみんな違うし、背景も違うし、彼女たちの人生の段階も違うんですけどね。でもこれらの写真には、普遍的ともいえる何かがあると思います。

——40年にもわたる女性の自撮り写真は、私たちに何を教えてくれますか?

私たちが自撮りをする理由は、この40年でおそらく変化していない、ということです。変化したのはテクノロジー。今はSNSなどで即時に、みんなに写真をシェアできるようになりました。それが大きな違いです。私が収集したフィルム写真は、もともとは限られた少数のひとたち、つまり撮影者の女性、そしておそらく彼女の友人や家族しか目にしていない写真だったはずです。でも現代では、かつてプライベートだったものがいろいろなかたちでパブリックなものになっている。「カメラを持った女性たち(セルフポートレイト)」が提示するのは、この境界線、すなわちプライベートとパブリックのあいだ。そして、そこで写真がどういう役割を果たすかということです。

'Women with Cameras (Self Portrait)'

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This article originally appeared on i-D UK.