「ラップをする意味が変わった」 モーメント・ジューンが見せた掌:Moment Joon interview

2020年の最重要ヒップホップ作品と名高い『Passport & Garcon』を発表したモーメント・ジューン。この複雑な構造をもつアルバムへと至る道のりには、ラッパーMoment Joonと臆病な青年キム・ボムジュンとの終わりなき対話があった。

by Takuya Wada; photos by mayumi hosokura
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22 May 2020, 10:00am

「ラップをする意味が、まったく変わった」。ラッパーのMoment Joon(本名 キム・ボムジュン)はガールフレンドの部屋から画面越しにそう語った。その表情は、先日同じく画面越しに観たそれと同じものだった。

4月3日、コロナの影響で延期となった東京でのワンマンライブの代わりに急遽ライブ配信された、大阪のとある一室からのショーケース。彼はひとり、「僕にもどうしていいかわからない。僕、キム・ボムジュン自身はすごく悲観的だから」と、不安を隠さなかった。

しかし同時に、「もう元には戻らないかもしれない新しい世界」で、Moment Joonは新しい態度を表現する必要があることも理解している。

今年3月にリリースした1stアルバム『Passport & Garcon』のラストに収録された「TENO HIRA」では、ヒップホップの文法にのっとり日本のラッパーたちを挑発した「Fight Club」(2014)からの変化が如実に表れている。彼は「いまの日本に必要なのは掌(てのひら)を見せ合い、連帯すること。信じること。俺はこうして生きていくと決めた」と話す。

そんなMoment Joonを誰もよりも求めているのは、悲観的で臆病な青年キム・ボムジュン自身かもしれない。「自分で作った曲に救われている自分がいる」という彼にとって、ラッパーMoment Joonは最も身近な共闘者であり、理解者なのだ。だからこそ、キム・ボムジュンは自らこう願う。「Moment Joonには、信じるひとでいてほしい」

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ヒップホップシーンに「葛藤」を投げ込みたい

──先日の配信ライブでは「キム・ボムジュンは人間としてすごく弱い」「怖い」と何度も言っていました。アルバム名にあるGarcon(ギャルソン)も「逃げまくっている自分の子供っぽさ」を表していると。一方、昨年発表された自伝的小説『三代』では「もう逃げない」と締めています。「逃げること」についてどう考えていますか?

Moment:何かと向き合ったときに潰れてしまいそうになったら、逃げるのはいい事だと思いますよ。それが自分が弱すぎた結果だったとしても。死んだら意味ないですから。でも、それは本当の自分から逃げることとは違う。

自分の感情に素直になれず、自分の弱さに向き合えないと、人はありがちなイメージや言葉を安易に選んでしまう。ジャンルの文法や求められるイメージ、男性主義的な側面が強いヒップホップでは特にそう感じます。男なら「こうあるべき」、ラッパーなら「こうするべき」みたいに。だから、いかに自分を強く、よく見せるかをラップしてしまう。俺は成功して金や女性がたくさん周りにいる、めちゃくちゃ悪いことしてたみたいな。

それが自分のルーツで真実なら誰も否定できないけど、そうじゃないひとのほうが多い。そういうルールや文法に従うことがヒップホップとしてかっこいいこと、やるべきことだと思うのはよくないと思うんですよ。

かっこよさ、楽しさ、消費文化、リズム、ヒップホップカルチャーを体現してるようなラッパーもいていいし、それが彼らにとってのリアリティ。ただ僕のなかにあるリアリティはそこにないんです。だからこそ、音楽そのものをヒップホップにしないといけない。

僕は誰よりも本質的なヒップホップの文法にのっとったものを作っていると思ってるんです。だから、「あいつは人間的には全然(俺らが思う)ヒップホップじゃないんだけど、音楽はめちゃくちゃヒップホップなんだよな」という葛藤を与えたいんです。

掌は握り拳の前の「連帯」

──過去のインタビューで、あなたにとっての芸術の大きなテーマは「両面性」だと語っていました。『Passport & Garcon』の「HOME/CHON」や「KIMUCHI DE BINTA」では語り部が2人いて、アルバム全体も立体性を持たせた作りになっている。安易な物語に回収されるのを拒んでいる印象というか。

Moment:「Passport」は、多くのひとにとっては広い世界にアクセスするためのものですよね。でも移民として生きる僕にとっては、最初に求められる一番基本的な身分証明書で。日本社会やシーンのなかでよそ者として見られている自分を象徴しているんです。一方「Garcon」は臆病で、冷笑的なキム・ボムジュンを現しています。この互いに影響しあっている両面を見せないと、単なるキャラクターみたいになってしまう。それが自分は好きじゃなくて。

Moment Joonを演出的に見せていた時期もあったんです。プロレス性やエンターテインメント性もヒップホップの一部。だから「外人ラッパー」を枕につけてラップゲームを仕掛けたけど、そのあとの虚無感はそれだけでは表現しきれない。

僕は複雑な人間のままでいたいんです。ゲームのなかでキャラクターをロールプレイをすることは、僕にとって害はないけど、後進の移民ルーツのラッパーに失礼になってしまうから。

──『Passport & Garcon』も、曲同士がいろいろな関係性を持っていますよね。「TENO HIRA」をアルバムの結末に持ってきたのはなぜなんでしょうか。

Moment:掌は自分の歌を聴いている各地の人たちが手を挙げてくれる、「握り拳の前の、連帯の意思表示」を意味しています。それが、いまの日本に一番必要だと感じたんです。

──「握り拳の前」というのは?

Moment:「掌を見せ合ったあとに拳になって、また掌に戻る」という意味合いです。もちろん、掌を見せるだけじゃ何も変わらないとも感じるんです。民衆の力で何かを変えるためには、広場に出てアクションを起こさなきゃいけない。「We Are The World」みたいに単純に手を繋ごうという楽曲では絶対なくて、何かへの怒りをどこかで感じてなきゃいけない。

でも日本は、ひとが連帯し合って何かを変えることができないシステムになっている気がしていて。手をつないで抵抗するのではなく、我慢する。どうすれば連帯できるのか、みんなわからないんだと思うんです。

だから、まずは掌を見せることが重要なんじゃないか、と。これはある意味、敗北主義的かもしれない。でも聴いているひとに、理解者がいるってことを言いたかったし、僕自身もそれを確認したかった。それをきっかけにしてみんなが力を得ることができれば、そう思ったんです。

──そうしたアルバムにおけるストーリーの終わらせかたは、「これまでのMoment Joon」からの変化を感じます。OTOTOYのインタビューで、「Fight Club」(2014)でのラップゲームからの心境の変化を語っていましたけど、きっかけがあったんでしょうか。

Moment:自分にとってラップをする意味がまったく変わりました。「Fight Club」を出してから去年までは、イケてるラッパーに客演してもらって、ラップゲームを仕掛けるようなことをしていた。

『Passport & Garcon』の構想は2年くらい前からあったんですけど、結論だけが決まってなかったんですよ。いままでの経験は語れるけど、これからどうしたいかが明確じゃなかった。ビザの関係でネガティブになっていた頃は、「韓国に追い返される」とか、激しい変化を求める「革命」、「ラップゲームで月桂冠(王冠)を獲った」みたいな結末にする予定でした。ラップの文法にまだ捉われていたというか。

でも現実を直視できるようになって、いまの日本でできる最善を考えたときに思いついたのが掌をみせることだったんです。自分はこうして生きていくんだって。

ただそれも、「Fight Club」で自分の憧れやコンプレックスを爆発させたからこそできたと思うんです。心境の変化を表現するために、当時自分の思いを100%言い切ったことは本当によかったと思ってます。

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ギャングスタラッパーでもポップシンガーでも、パーソナルな物語は政治的になる

──Momentさんは以前から「移民者ラッパーと呼ばれたい」と語っていますよね。自分と同じ境遇のひとの代弁者でありたい、自分のルーツに誇りをもつという考えの表れなのかなと思います。ただ「移民者ラッパー」と自分を規定することで、日本に住むひとりの人間であること、日本のラッパーであることから切り離されたり、別のものとして見られてしまう可能性もあると思うんです。

Moment:ずっとそう呼ばれたくはないけど、いまそうやって知られていかなきゃいけないステップなんだと思います。いまは「韓国ラッパー」という縛りから抜けないと、これからなにか新しいことをやるときに前に進めないから。

たしかに「移民者ラッパー」がひとつのキャラクターになるというのはそうだと思います。それでもこの言葉を使ったのは、移民者ラッパーとして最高のものを見せたあとに、自分がヒップホップシーンの真ん中に立てばいいと思ってるからです。自分がスタンダードになれば、もう「移民者ラッパー」と呼ばれることもなくなる。いまはそうじゃないから、自分のタイトルは必要だと思っています。

──コンシャスラッパーといわれることに対してはどう思っていますか?

Moment:好きではないですけど、僕の音楽が政治的な音楽と言われるのもわかるんです。ただ日本で使われるような、「自分たちの日常と切り離されている」というニュアンスを持った政治的な音楽をやったことは一度もないです。

──「政治的」なイシューというより、自分の身体に近い物語をラップしているという感覚なんですかね。

Moment:そうですね。僕の作品は自分の近いところにあるものを描いていると思います。

──「個人的なことは政治的なことだ」という言葉もありますけど、パーソナルな物語りをしようと思ったら、必然的にポリティカルになるということですよね。

Moment:そもそも、政治的な匂いが少しもしないのはおかしいじゃないですか。それがギャングスタラッパーであっても、ポップシンガーであっても。キャラクターでラップしてると、そこから必然的に離れていきますよね。むしろ避けたいからなのかもしれない。そうしておけば、「政治はクソだ」みたいな決まり言葉でそれっぽい雰囲気だけ出して、具体的なことは何も言わずに済むから。

カテゴライズされないために、最高のヒップホップを作る必要がある

──近年『ジョーカー』や『パラサイト』、『82年生まれ、キム・ジヨン』など、ミクロなモチーフを起点にした、かつメッセージがストレートに解釈される作品が世界各国で数多く生み出され、評価されています。作品のメッセージ性はとても必要なことですけど、作品がメッセージの器とだけ捉えられることはある意味貧しいような気もします。あなたは『三代』の結末部をフィクションで締めたり、「HOME/CHON」でもうひとりの架空の人物を設定するなど、作品としての面白さを引き出すためにストーリーテリングを巧みに織り混ぜていますよね。過去のインタビューでは、今回のアルバムに関して「メッセージは特にない」と答えていましたが、作品とメッセージの距離感についてはどんな意識でクリエイションしていますか?

Moment:メッセージは1行でまとめられる主張ですよね。僕が示したいのはメッセージはなく、テーマなんです。アルバム単位で聴いたときに、テーマにまつわる「全体の議論」を見せたい。

でも、僕はヒップホップの音楽性よりテーマやメッセージを優先させたことは一度もないです。テーマを理解してもらうためには、ヒップホップ・アルバムとして自立した作品である必要がある。作品がよかったらテーマも無視できないでしょう?

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コンシャスラッパーという言葉が嫌いなのも、作り手も音楽性を無視してスマートさや批判性があればオッケーみたいになっちゃうからなんです。カテゴライズをされないために、ヒップホップとして最高のものを作る必要がある。

自分はまだ「コンシャスラッパー」というアウトサイダーに括られているけど、そう括ってしまうシーンを変えたい。Moment Joonについて語らずに、いまのヒップホップを語れないくらいに。その先に、日本が変わる未来があってたらいい。

「変わるわけない」と思うペシミスティックな自分もいるけど、僕はヒップホップに対する愛や希望がすごく強い人間でもあるから、できるとまだ思ってるんです。

ヒップホップだけじゃなくて、すべてにおいて、今は確実に、何かを変えるモメンタムではある。そういうときに「変わるだろう」ではなく、僕らみたいな人間が前面に出て「変えよう」って言わないといけない。だってもう今以上の機会はないでしょう?

Moment Joonには「信じるひと」でいてほしい

──緊急事態宣言下での生活はどんな状況ですか?

Moment:大学の授業がすべてオンラインになって、ずっと家にいます。なんとか生きてはいるけど、バイトがキャンセルになったりして不安もあります。これがいつまで続くんだろうって。収束後にみんなでライブハウスやクラブで再会したら泣いちゃうんじゃないかってくらい、感傷的になってるかもしれません。過去の経験もあって、僕は基本的に悲観的な人間だから、先の状況が見えないなかで選択を下すとき、常に最悪の状況を想定しちゃうんです。

でも、それはあくまで個人としてのキム・ボムジュン。ラッパーのMoment Joonは自分とは違う何かになっていると感じます。

──キム・ボムジュンから見たMoment Joonはどういう人間ですか?

Moment:優しくて、闘えるひとかな。キム・ボムジュンは悲観的で冷笑的、常に論理的に思考していて、闘わずに文句言うだけの人間なんですよ(笑)。新聞記者で誰と話しても論理で負けない、よくいえば賢いけど、なにもかも冷笑的に考える父の影響があると思います。そういう父と喧嘩しながら生きてきたので。

韓国の人々は感情的になってぶつかり合うことが多くて、民族や宗教を強く信じる。よく言えば素直。でも僕はそれがすごく嫌いで、日本に逃げてきたんです。

ただ逃げてきたら逃げてきたで、日本は信じる力がとても弱かった。それはある意味では賢いのかもしれないけど、そのぶん考え方がドライで、なんでも「自己責任」で片付けてしまう。そこで「信じたい」と思う自分が確実にいることに気づきました。キリスト教への信仰心が強い母の影響もあるかもしれません。

日本に信じる力がないとは思わないんです。社会や政治を批判的にみるリベラルたちが「島国根性」みたいな言葉を使って、市民社会・文化がポジティブに変化する力は日本にはもうないと断言するでしょう? それを否定するつもりはないけど、僕はそう思わない。僕たちは「信じる力」を強く持たなきゃいけない。Moment Joonはそれを強く信じて闘っている、そう思います。自分で作った曲なのに、「TENO HIRA」を聴いて救われているキム・ボムジュンがいる。

Moment Joonは僕が「なりたいひと」というより、「そばにいてほしいひと」なのかもしれない。いまみんなに必要なのも、知識や情報をもって悪い結論を叫ぶひとではなくて、良い未来を叫んで一緒に生き残ってくれるひと。それがMoment Joonじゃないかって。

だから、Moment Joonには「信じるひと」でいてほしい。自分のなかにある闘いは、きっとまだ終わらないから。

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