「人はみんな死ぬまで変化し続ける」Arcaインタビュー

最新アルバム『KiCk i』から、アルカという名前の由来、彼女の裡なる葛藤まで語り尽くしたインタビューを、ユルゲン・テラーがリモートで撮影したポートレートとともに公開。

by Frankie Dunn; translated by Nozomi Otaki
|
30 June 2020, 8:41am

この記事はi-D The Faith In Chaos, no.360に掲載されたものです。注文はこちらから。

ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」は、巨大な貝殻に包まれて海から裸で現れる成熟した女神の姿を描いた。それから600年、その絵画を彷彿とさせる新たな神話が生まれた。ヴィーナスの生まれ変わり、Arca(アルカ)の時代の幕開けだ。

3年ぶりとなるニューアルバム『KiCk i』のリードシングル「Nonbinary」のMVで、彼女は水浸しになった終末世界の墓地のなか、自らの聖なる貝の中に立っている。ファーつきのピンヒールを履き、手足に包帯と花だけを巻きつけたアルカは、まさに2020年の私たちにふさわしい女神だ。

『KiCk i』は、30歳のアレハンドラ・ゲルシがアルカの名前でリリースした5thアルバム。高く評価された2017年のセルフタイトルアルバム、今年2月に公開された62分に及ぶシングル「@@@@@」に続く作品だ。本作は、まぎれもなく歓びに満ちている。本人いわく「脱構築されたポップスとレゲトンが交差する」本作にゲスト参加したのは、彼女の友人であるビョーク、シャイガール、ロザリア、ソフィという錚々たるメンバーたち。より親しみやすい方向性へとシフトした『KiCk i』を通して、アルカは初めて自らのプライベートな部分を打ち明けた。

1593024417386-i-D_Arca_01

Zoomをつないだとき、アルカはバルセロナの自宅にあるホームスタジオにいた。レインボーの背景からは彼女のキーボードが透けて見え、背後の中庭では鳥たちがさえずっている──

──ロックダウン中はどう過ごしてました?

世捨て人みたいに引きこもってた。世の中が動いていても、オンラインでできることは全部オンラインでするようにしてる。ただ家の外に出るだけで準備しなくちゃいけないのも大変だし。だからスクリーンに張り付いて、オンラインでいろんな方法を活用して連絡を取ってる。

──2017年のi-Dの取材では、ヴォルフガング・ティルマンスと一緒でしたね。当時の自分がどんなひとだったか覚えていますか?

よく覚えてる。面白いのは、身近なひとにさえ「彼はもう死んだんでしょ?」っていわれたりすること。そうやってふざけるのはいいことだと思うけどね。難しいけれど、楽しいトピックでもある。自分は自分をどう捉えているのか、他人は自分をどう捉えているのか……。そうやって当時の自分を振り返り、脱構築する。それから、パフォーマンスでもよく死をテーマにする。「最初に死んだときのことを覚えてる?」って問いかけて、死をメタファーとして捉える。私は死が持つ意味はひとつじゃないって信じてるから。

1593024428877-i-D_Arca_02

──あなたの変化に、親しい人たちはどう反応しましたか?

私のトランジションのあと、つまり身体や振る舞い、好み、表現、価値観、信念が変化したあと、私を見て混乱するひともいるかもしれない。まったく別の人間になっちゃったの? 間違っても大丈夫かな、とか、もしジェンダーを間違えたられたらどうするの、とか……。そういう好奇心は美しいものだと思う。私は、人は常に流動している存在なんだと思うことにしてる。人はみんな、生まれてから死ぬまでずっと変化(トランジション)し続ける。それは必然的なこと。それとは別に、たとえどんなに不完全なかたちだとしても、自ら変化を選んで、抽象的、物理的、根本的なものを社会に提示することだってできる。自分の裡なる葛藤を誰にも共有しないのか、それとも自分の周りへと広げていくかは自分が決めること。人びとの反応によっては、それが議論の的になるかもしれない。でも、そういう議論の中にこそ魔法が存在する。

──確かに難しいことかもしれませんが、本当にその通りですね。

私自身もトランジションに踏み切るまですごく時間がかかった。何年も考え続けて、そのことが頭から離れなくて。その考えがいつか消えることを願うくらいなら、受け入れたほうがいい、って思ったの。たとえ鏡に映る自分を受け入れるのが難しくなるとしても。それが不安だったけど、すぐに受け入れられるようになった。

──ヴォルフガングとのインタビューでは、アルカという名前の意味について「音楽や意味を内包できる、儀式的な容れ物」と説明していました。これまでの進化を振り返ると、このアーティストネームを選んだあなたには先見の明があったんだと思います。

確かに、すごく不思議。自分では考えたこともなかったから、その言葉を思い出させてくれてうれしいよ。

1593024443254-i-D_Arca_03

──そもそもアルカという名前を思いついたきっかけは?

私の活動初期についてどれくらい知られているかわからないけれど、私はベネズエラのインディポップにおいてかなりセンセーショナルな存在だった。私みたいなセルフプロデュースの十代のポップスターは、それまでいなかったから。新聞にも載ったし、バンドからもオファーが来た。しかもベネズエラでいちばん有名なバンドからね! 曲を作ることで大きな注目を集めて、ただのオタクじゃなくなったのもうれしかったし、これで有名になれるって思うと良い気分だった。ひたすらそういう〈快感〉を追い求めたせいで、ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど、自己欺瞞に陥ってしまったんだと思う。ただ他人を満足させるために音楽活動をするようになって、その結果、本当にやりたいことを見失ってしまって、全部やめた。その次のプロジェクトが始まるときに、自分をひとつの型にはめないためにはどんな名前をつけたらいいんだろう、って考えたの。

──今は、人びとが望む音楽をつくることをどれくらい意識していますか? 『KiCk i』はこれまでの作品と比べるとずっとポップで、親しみやすいアルバムですよね。

そこに注目してくれてうれしいけれど、その質問にはっきりとは答えられない。もちろん何かを働きかけたり、打ち明けたりすることはあるけど。ずっと曲作りに専念してきたから、インタビューもあまり受けてこなかった。なんで自分の想いを伝えることがこんなに不安なんだろう、って思ったりもする。このアルバムを通して、これまでとは違う方法で自分の音楽と向き合いたかった。今回目指したのは、もっと魅力的で、お祝いのような、みんなが行きたがるパーティーみたいな作品。

1593024453827-i-D_Arca_04

──確かにあなたは今まで以上にオープンになったような気がします。Instagramでも見知らぬひとを招待して対談をしていましたよね。とても思い切った試みでした。

オンラインのステージはずっと前から好き。ライブストリーミングもロックダウンが始まるからやっていたけど、ツアーができなくなった今はその意味合いも変わってきたと思う。私も部屋の一部になるみたいに、一体感とか、一緒にいる感覚を意識するようになった。ライブストリーミングは海みたいな感じ。あまり深入りはしたくないけど、だからといって敬遠もしたくない。どこか魅惑的な要素があると思う。

──これからもその〈海〉に漕ぎ出していくんですね。2019年の年末にやったライブストリームでは、あなたはまだトランジションの途中だけれど、ゲイでもあると話していましたが、そこでセクシュアリティを表す用語の欠陥も指摘していました。

セクシュアリティを言葉で説明するのは難しくて、しっくりくる表現もなかなか見つからない。だからこそ、セクシュアリティを表す用語はたえず変化してるんだと思う。自分はこれだ、と決めたとたんに、その定義に対する反発が生まれるから。私の性自認はノンバイナリーで、アイデンティティはラテン系のトランス女性だけど、それでもゲイとしての私が完全に消えたとは思ってほしくない。私がゲイであることについて話すとき、不思議だけど私は自分が惹かれる対象については考えてない。ゲイであることというのはひとつの文化的な産物で、それは個人のものでも集団のものでもあるし、私自身はそれを放棄するつもりはない。私はただ、全部手放したくないだけ。

1593024466258-i-D_Arca_05

──あなたにとっては当然のことだと思います。

自分を流動的な存在とみなすことのリスクはわかってるつもり。だって不安なことだから。誰だって一貫性のある確固とした存在になりたいし、自分がどこで終わりを迎え、みんながどこで始まりを迎えるのかを知りたいと願う。でも、私たちは結局、集団の一部に過ぎないのだから、対話をすることが大切。相手と同じ手段で戦う必要なんてない。私は自分の気持ちに対しての責任は持つけれど、他人の気持ちの責任を引き受けたりはしない。だから言葉の定義について難癖をつけられても、それには応えないようにしてる。

──冷静さを保つのが得意なんですね。

思い切り泣いてるとき以外はね。

──話は戻りますが、『KiCk i』というタイトルの由来を教えてください。

〈キック〉と聞いて最初に思い浮かんだのが、赤ちゃんの胎動だった。赤ちゃんがお腹を蹴るのは個性を確立するためのプロセスで、両親が赤ちゃんは自分たちの支配下にあるのではなく、彼らなりの生きる意志や、親とは異なる不規則で予測不可能な衝動を持っていることに気づかされる決定的な瞬間だから。その後の人生で、私たちは自分たちを支配者から切り離し、永続的なトップダウンのシステムに抗うのに苦労することになる。だから赤ちゃんのキックは、生きているという実感を表す〈不調和〉を示す、記念すべき瞬間なの。もちろん、赤ちゃんは蹴ろうと思って蹴ってるわけじゃない。赤ちゃんがお腹を蹴るのは、それが生きるために必要不可欠な衝動だからで、そこに悪意はない。

1593024479159-i-D_Arca_06

──本作は『KiCk』シリーズの第一弾なんですよね?

このシリーズは三幕構成の実験的なエレクトロニックオペラで、エピローグは私のピアノソロで幕を閉じる。歌もエフェクトも壮大な演出もない、ただのピアノ曲。シリーズにはいろんなパートがあって、それぞれ私の異なる面を提示してる。私のあらゆる面を1枚のアルバムに収めるのは難しいけど、新たな時代を始め、それぞれの〈私〉をコントロールし過ぎずに、好きなことをしてもらうことはできる。陰と陽、どちらかに振り切らなくたっていい。アップテンポなアルバムを出したら、次のアルバムではスローダウンする……。世界地図みたいな感じ。私はそういうものをつくってる。そこにあるのは神話、キャラクター、舞台設定。それからエレクトラ・レックス(Electra Rex)も。

──エレクトラ・レックスとは?

私の分身のひとり。エディプス・コンプレックスとエレクトラ・コンプレックスがあるけれど、そのふたつを両方持ち合わせているひとには会ったことがない。私が提唱するエレクトラ・レックスの神話は、彼女が母親と父親を殺して、自分自身とセックスした、というもの。それがエレクトラ・レックスの始まり。

1593024492953-i-D_Arca_07

──彼女が『KiCk i』の前面に出ているペルソナ?

「Nonbinary」にも出てくるけれど、私自身は〈セルフステイト〉と呼んでる。でも、〈分身〉とも呼んでる。エレクトラがマイクの前に立つと、別の自分が話しかけてくるような気持ちになるから。彼女はすごくいたずら好きだけど、善意にあふれてる。私には彼女も含めて、大勢のキャラクターがいるの。例えば、私の2015年のアルバムから名前をつけたゼン(Xen)とか。

──ゼンが生まれたきっかけは?

ゼンは私が前に使っていた名前から生まれた。こんなことを話すのは恥ずかしいんだけど、思い切って打ち明けようかな……。後から自分はトランスだとカミングアウトするのは、なりすましのうちに入ると思う?

──あなたはきっと当てはまらないと思いますよ。

今よりずっと若いころ、ネット上で何年かあるひとと付き合っていて、そのひとに自分は女の子だって伝えてた。あのときの私は二重生活を送ってた。学校に通うのは〈彼〉だけど、恋人の前では〈彼女〉で。その結果、私のなかに亀裂が生まれて、常に不安に苛まれるようになった。ゼンというのは、当時の自分につけた名前。そのうち女の子だというのはやめて、その分身を葬り去ることにした。罪悪感があまりにも大きくて、ひどい腹痛に悩まされたくらい。今はもうゼンは存在しないけど、彼女は慈しまれ、想い出のなかで大切にされている。この私の分身には、現実世界の私にはない、夢見たり、交流したり、自分の異なる一面を探ったりする余裕があった。だからゼンには感謝してる。

1593024504433-i-D_Arca_08

──今あなたがこれらの分身、セルフステイトを持っていることも、自分の異なる一面を探ることの延長線上にあるのでは?

ひとつの自我、完全な調和というものは存在すると思うけれど、欲張りになることだってあるし、拗ねてヤケになることもあれば、恐怖を乗り越えてつながりたい、と願う自分もいる。セルフステイトは、そういうことに遊び心たっぷりに取り組む手段なんだと思う。私のいろんな顔を映す鏡みたいなもの。

──それらのセルフステイトたちがアルカの世界をつくりあげているんですね。

私はアルカを空間だと思っていて、そのなかで私はいろんなシミュレーションを試したり、常に脱構築を繰り返して、停滞を避けようとしてる。急ぎすぎることも、のんびりしすぎることもないように。熱、脆さ、イマジネーションのちょうどいいバランスを探って、コントロールしすぎたり、無秩序になりすぎないように気をつけてる。そこにはストーリーテリングもあるけれど、物語はひとつだけじゃない。

1593024516413-i-D_Arca_09

──『KiCk i』はあなたの全作品のなかで、どこに位置付けられるんでしょう。

これまでの4枚のアルバムも実験的なエレクトロニック・オペラの一部だとしたら、この作品の要点は? はっきりと定義するわけじゃないけれど、『KiCk i』は脱構築されたポップスとレゲトンが交差するアルバムだと思ってる。シリーズ第二作はヒップホップの脱構築になる予定。三作目はまだほとんど決まっていなくて、その次の作品も大まかなトーンだけ。

──率直に言って、すばらしい作品でした。

アルバムをリリースするのはすごく久しぶりだったけど、曲はずっと同じペースで作ってた。アルバムを1枚出してまた3年待つのはイヤだったから。私には死ぬまでに共有したい音楽があって、アルバムっていうフォーマットを大切にしてる。これまで買ったアルバムに何度も人生を変えられてきたから、このフォーマットに真剣に向き合ってる。でも、同時にアルバムで遊びたいし、斬新な作品をつくりたい。現代におけるアルバムの定義って何だろう、って考えたり、1時間のシングルとか15時間のアルバムはどうかな、って。

1593024528214-i-D_Arca_10

──『KiCk i』の制作にはどのくらい時間がかかりましたか?

ほとんどは去年のうちに完成したから、それからずっといろんなことを考えてた。挫折したり煮詰まりそうになったり、自分は今でもこのアルバムのために命を懸けてるのか、って自問したこともあった。それからコロナの感染が広がって、今の時代に必要なのは寛容さ、それから陳腐なSFファンタジー映画なんだと思った。この新しい時代に生きる私たちに必要なのは、新しい雰囲気、新しい楽しみ、新しいルック、新しいエンタメ、新しいビート。そういうものが今すぐ必要。状況が改善するのを待ってる場合じゃない。それを変えられるのはアートなんだから。何もかもが不足している時代に、ファンタジーや喜びは最高の創造の場を与えてくれる。以前あなたは、いつも自分の作品を通して自分について新たな学びがあるといっていたけれど、このアルバムが教えてくれるのは、心を開くことによる、ものすごくポジティブで励みになる体験かもしれない。サウンドに関していえば、これは私の作品のなかで最もハッピーなアルバムだと思う。今の生活のおかげで、思った以上にハッピーな曲を作ることができた。

1593024545692-i-D_Arca_12

──それはあなたが自分自身に満足しているからでしょうか?

前よりハッピーになったというだけで、満足してるわけじゃない。人は誰でも常に幸せを追い求めてる。私が求めてるのは、生きていると実感できる体験、優しさと喜びに満ちた体験。理由はわからないのに、なぜか求めてしまうものってあるでしょ? でも、それを手に入れた瞬間、今度は別のものを同じくらい激しく求めてしまう……。それが幸せの不思議さだと思う。捉えどころがないものだから、自分が幸せだとは絶対に言わない。不幸せではないことは確かだけどね。

──それで十分ですね。

そう、それで十分。私は自分の活動に感謝してるし、決して当たり前だとは思わないようにしてる。大好きなことができてるんだから。

1593024563828-i-D_Arca_13

Credits


Photography Juergen Teller
Styling, hair and make-up Arca, with laser mask by Carlos Saez
Creative partner to Juergen Teller, Dovile Drizyte

This article originally appeared on i-D UK.

Tagged:
Music
Magazine
Arca
Juergen Teller