Photography RIKI YAMADA

Maison MIHARA YASUHIRO / BED j.w. FORD 2020年秋冬:三原康裕が語るパラドックス

〈Maison MIHARA YASUHIRO〉のランウェイショーの直前、チェロの音色とともに〈BED j.w. FORD〉による異例のゲリラショーが行われた。ショーを終えてすぐに三原康裕のもとへ。

by Tatsuya Yamaguchi; photos by Riki Yamada
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31 January 2020, 2:42am

Photography RIKI YAMADA

「彼ら〈BED j.w FORD〉は僕らのように破壊的じゃなくて、自分たちの信じる純粋な美意識に従っていて、羨ましいなと思うんだよね」

30脚のキャンパス立てとスツールが、ランウェイを挟んだ観客の向かい側に設えられていた。〈Maison MIHARA YASUHIRO(以下、MMY)〉によるなんらかのメタファーかと慮っていると、突然チェロの調べがパレ・ド・トーキョーを包み、ゲリラ的に、〈BED j.w. FORD〉のショーの幕があがった。

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総勢、15体。モデルは順々に登場するものの、スクエアのランウェイを延々と歩き続け、全員が終幕まで循環していった。ダブルブレストのブレザーや、細やかなハンドステッチが施されたテーラードジャケットの下からフリンジがのぞき、アウトドアウェアのニュアンスとネオンのカラーリングが組み合わさった静謐でモダンな男たちがいた。抑制されたシルバーチェーンやサテンバンド付きのシルクハットもあわさって、デザイナー・山岸慎平の美学をすべからず体感するひと時が流れた。

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「本当に綺麗な洋服だと思う。でも、ゲリラでショーを決行するにあたり僕みたいな古株デザイナーに喧嘩をするつもりなんでしょうね」と、山岸からの申し出を快諾し、結果として、〈BED j.w FORD〉のパリコレデビューに助力した三原は、笑いながらバックステージで語った。

「過去を振り返ると、日本、あるいはアジアのデザイナーというのはヨーロッパの美意識を壊して世界に認められてきた。そうした表現で自分たちのナショナリティを打ち出してもきた。じゃあ、慎平くんのような次世代のデザイナーはこれからどう闘っていくのか。彼らには、破壊的ではない、誰も傷つけない美しさがある。僕は、そういう純粋な美意識に従っているところに期待を持ってしまう。羨ましいくらいにね」

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ゲリラショーが終わってすぐに、30名の美学生とおぼしき若者が入場し、おもむろに着席。音の転調を合図にライブ・ドローイングをはじめ、フィーナーレまで彼らの手は止まることはなかった。「自分の眼に写るものを自由に描いて欲しい」というオファーがあったにちがいない。色、構図、モチーフ、筆跡、画材のどれをとってもふたつとして同じものはなさそうだったからだ。

この演出は、「クリエイションにパラドックスはつきもの」という〈MMY〉の、現代に対するメッセージだった。いわば、ファッションショーの観客(あるいは日常的に人々)が、iPhoneで必死に写真や動画を撮る情景への“アンチテーゼ”である。「そう。その横で一生懸命ドローイングしているという対比を演出したかった。僕はこうした時代の“歪み”がずっと好きだし、それをいかに馬鹿馬鹿しく捉えるかをしてきた。今季でいえば、誰でもわかるSNSのロゴを半分消してプリントしたり、ワッペンの頭文字だけのせたりして時代のイコン(記号)で遊ぶわけもそこにある」

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暖色のカラーパレットがそろった今季のコレクションも、マルチプルなドッギングが冴え渡り、〈MMY〉を象徴するユニークな再構築のアプローチが一貫している。文字通り、前後、左右での切り替えによって生まれるパターンは、ミリタリーウェアやデニムが融合したパンツやオーバーオール、ハットとキャップが被さるように組み合わさったものに。ブルゾンやシャツは、パンツなどを解体、転用され動的なイメージが生み出されていた。穴が空いたクラッシュやダメージのテクスチャは「時間のデザイン」のひとつで、昨シーズンから広島のデニム工場でブリーチのユーズド加工を施しているという。

「古びさせたりダメージさせたりすることにより“時間”という概念をクリエーションすることが僕は好きです。時間は、創造の主であり、破壊の主だと思っているから。〈BED j.w. FORD〉も、クラシックなものが好きというよりは造形そのものではない時間をデザインしている感覚に近いんじゃないかな」

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ショーが終わって届いたコレクションノートに、「歪んだ日常のなかに生きている我々にとって、“普通”であることが正義であるかのような息苦しい時代。僕は葛藤している」と記しながら、知らず知らずのうちに“普通”に慣れてしまう恐ろしさを訴えた。

「“普通”が表なら、必ず人間には裏面がある」。表と裏の二面性、あるいはより概念的な「ふたつ」とは、イメージが異なる2種類の洋服を合体させる手法にも現れていた。

ショーの成功を祝う人で賑わうバックヤードで、三原は話を続けた。「アートを勉強していた僕は常に『ファッションなんて』って思っていた。マルセル・デュシャンみたいに便器にサイン書けば良いんじゃないかって(笑)。しかし皮肉な話だが、僕のやっている事はたまたまその『ファッション』という世界に拾われたようなもの」。

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最後まで明言することはなかったが、三原康裕の心中にあったこうした想いと、山岸慎平がパリでゲリラショーを開催する決心は、寸分たがわず重なり合っていたにちがいないのだと悟った。「商業でなく、文化としてのファッションの価値を高め、残していかなくてはいけない。そういう時には切磋琢磨していくことも必要になるんだ」とも言っていたから。

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じゃあ、〈MMY〉は、いつまでもハングリー? 「僕なんかはさ、バズらないようにひっそりと生きてるんだよ(笑)。一瞬でもてはやされ忘れ去られる今のファッションでは、流行ることは終わりの始まり。不快でしかない。メッセージを訴え続けること。それが僕にとって必要なんだと思ってる」。三原がよく口にする言葉のひとつは、「Sublime meets Ridiculous」。崇高なことと、馬鹿げたことが同時に起きる。それがいいんだよ、とでも言いたげに、長らく体現し続けてきたアティチュードである。

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