『タンジェリン』:ショーン・ベイカー監督インタビュー

トランスジェンダーの日常をリアル&ポップに描いた映画『タンジェリン』。監督が語るハリウッド映画への不満、そして、3台のiPhoneだけで全編撮影した理由とは?

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30 January 2017, 7:50am

太陽が燦々と照りつけるロサンゼルスのクリスマス・イブ。街角のドーナッツ屋で1個のドーナッツを分け合うトランスジェンダーのふたり。28日間の服役を終えたばかりの娼婦シンディは、そのあいだに恋人が金髪女と浮気していたと聞いてブチ切れ、彼女を見つけ出してやろうと街へ飛び出す......。

トランスジェンダーの日常をリアル&ポップに描いた『タンジェリン』は、アナモフィックレンズを装着した3台のiPhoneだけを駆使して撮影されている。超低予算を逆手にとり、創意工夫と綿密なリサーチによってこの映画を作り上げたアメリカインディ界の俊英ショーン・ベイカーに、ハリウッドでは描かれないLAを舞台にした映画を撮る理由、iPhoneで撮影する際のアドバイスを訊いた。

本作を作るきっかけとなった、キタナ・キキ・ロドリゲスとマイヤ・テイラーとの出会いを教えてください。
マイヤとの出会いは面白いものでした。彼女は、すぐにこの企画に熱烈な興味を示してくれたんです。「私、この映画に出たいわ。 それで歌いたい!」って。もともと歌うシーンなんてなかったんですけど(笑)、「それじゃあ、そういう場面を作ろう」ということになりました。それが、アレクサンドラ(マイヤ)がクラブで歌うシーンです。
また、マイヤはたくさんの友達を私たちに紹介し、地元のファーストフード店で彼女の身の回りの話を聞かせてくれました。そして、彼女にキキを紹介された日、すべてが変わったんです。レストランに入ってきたキキは、僕とクリス(共同脚本家)の向かいに座りました。彼女は隣に座ったマイヤと話していたんですが、まるでスタンダップコメディを見ているようで(笑)。彼女たちは一晩中、ジョークを言い合っていましたよ。その日のうちに、僕たちはこう考えるようになっていました。「彼女たちが演じるようなふたりの主人公の物語を書かなければならない」と。

マイヤとは、この映画の舞台となった地域のリサーチをしていて出会ったんですよね?
もともと、僕たちはこの映画に協力してくれる人をストリートで探していました。だけど、問題があって......。通りを歩いている人に、話を聞いてくれるようなヒマはなかったんです。僕たちを私服警官やジャーナリストだと勘違いしていた人もいたでしょうね。この状況を打開できる人が必要でした。
それで発想を変えて、その通りからワンブロック先にあるLGBTセンターに行くことにしたんです。ある夏の朝のことでした。LGBTセンターの中庭に行くとマイヤが友達とおしゃべりをしていたんです。10m以上離れていたのですが、彼女の服装や話しているときの雰囲気に目を引くものがあり、声をかけました。

リサーチは映画の題材を探すためにしていたのでしょうか?
そうです。僕たちはとても楽観的で、映画の題材だけでなく、役者たちもその地域で探すつもりでいました。

©2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

なぜこの地域だったのでしょうか?
僕はニューヨーク生まれで、長いあいだそこで暮らしていたのですが、ロサンゼルスに引っ越したとき、想像していたのとはまったく異なるものに出くわしました。テレビや映画のなかのLAは、ビバリーヒルズのように魅惑的で、描かれるのは富裕層ばかり住んでいる地域ばかりです......。『ストレイト・アウタ・コンプトン』のようにLAの近郊を描いた映画は本当に少ないんですよ。
この映画の舞台は、LAの近郊ではなく(中心地にある)サンタモニカとハイランドの交差点付近ですが、その近くに住んでいたので惹かれていました。また、LAの中心部にトランスジェンダーや売春婦、クロスドレッサー(異性の服装をする人)が集まる特定警戒地区があるとLAの友人に聞いて興味もあったんです。

映画をみるかぎり、危なっかしい地域ですね。
その一帯は、今では綺麗な住宅街が建ち並ぶようになっています。『タンジェリン』を撮った後からどんどん変わっていきました。ドーナッツ屋も閉店しましたし、歩いている人もまるっきり変わりました。
僕たちが撮影していた頃はまだ、活気に溢れていました。だから、ここでなら説得力のあるリアルな映画を撮れると考えたんです。それでその地域に住む人たちにアプローチをしはじめました。ですが、僕たちは「外」からきた白人のシスジェンダー(自分の性自認が一致している人)なわけです。当時は、その地域と住人たちを十分に理解できてもいませんでした。そんな状態で脚本を書いてもリアルなものにはなり得ませんし、彼らへの敬意を欠いたものになっていたでしょう。それで、このコミュニティに精通した人を探しはじめたんです。

それでマイヤとキキに出会っていく、と。
そうです。このようなアプローチは『Price of Broadway』(2008)でもやったことがありました。そのときはアメリカからの不法移民にアプローチをしたのでより時間もかかって大変でしたが......。経験を重ねて、こうしたやり方は時間がかかるものですが必要なプロセスだと学んでいったんです。

リサーチのなかで出会った人やその人たちの実体験から物語を作り上げていく。カレン・カラグリアンも本人と同じアルメニア人のタクシー運転手として演じていますね。
『タンジェリン』はフィクションとドキュメンタリーのあいだにあるような、ハイブリッドな物語です。つまり僕がやっているのは、現実世界で聞き取り調査をして(例えばキャスティングした人の体験を)それをフィクションに落とし込む作業です。そうすることで、その人しかもっていない話や要素をテーブルに持ってくることができる。タクシー運転手を演じたカレンは、実際にはニューヨークに住んでいるビジネスマン。僕たちとは異なるライフスタイルをもっていて、アルメニア人コミュニティのことも知っている。僕たちは、カレンが知っている人たちから一緒に運転手のキャラクターを作り上げていきました。

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マイヤとキキについてはどうでしょう。彼女たち本人に基づいているのはどの部分ですか?
マイヤについては、実際に彼女は素晴らしい歌手だということです。そのことをうけて、彼女が歌うシーンを加えたわけですから。クラブで歌うのも、2、3人の客に向けてパフォーマンスをするのも彼女の実体験に基づいています。
キキの体験は、この映画のプロットに反映されています。リサーチをしていたある日、ご飯を食べていたら、彼女が取り乱した様子で店に入ってきました。「いつも笑ってばかりいる彼女がなぜ?」と不思議に思い、理由を尋ねてみると、彼女のボーイフレンドがシスジェンダーの女性と浮気をしているんじゃないかと疑っていたんです。シンディとは違って、彼女は暴力を振るような人でもありませんけどね。
だけど、彼女はこんなことを言っていました。「いいわ、私は浮気相手を追っかけていくような人間じゃないから」って。それなら皆で"もしキキがその女性を追っていたらどうなっていたか"をブレストしてみようということになったんです。僕は「探していたら、どこで見つけてたと思う?」とキキに尋ねました。そしたら「その女は売春婦だから、きっと売春小屋。売春小屋にいるわね」って(笑)。それでその話をプロットに加えました。売春小屋のリサーチにはクリスが行ったんですが、彼はシンディが目撃したそのものを見たんです。財布を忘れたって行ってそこを飛び出したらしいけど、正気の沙汰じゃなかったと言っていましたね(笑)。

前作『チワワを見ていた』はセックスワーカーが、『Take Out』では移民の中国人が主人公として登場します。本作『タンジェリン』はトランスジェンダーの物語ですが、ソーシャルマイノリティの姿を描くのはなぜでしょうか?
それは僕が、様々な文化や異なるコミュニティに属している人を知りたいと思っているからです。また、ハリウッド映画では描かれないものに対しての僕なりのリアクションでもあります。メインストリームの映画には多様性がありません。

ハリウッド映画では描かれない場所や人々を描くわけですね。
ニューヨークもロサンゼルスも人種のるつぼです。だから、そうした人たちを描くのは自然のなりゆきでした。それに、トランプが大統領になり、移民を排斥しようとしている今の状況は、とても居心地の悪いものです。だからこそ、これまで以上に、多様性のあるポジティブな物語が語られないといけない。
ただ、誰かの願いを描くような作品にはしたくありません。例えば、難民が難民問題の解決を願って、それに一役買えるような映画もありますよね。そういうものではなくて、普遍的な物語を(いわゆる"白人の上流階級や中流階級"のキャラクターだけでなく)、様々なマイノリティのグループを舞台にして描きたいんです。

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iPhoneで撮ろうと思ったキッカケは? 製作のどの段階で決めたのでしょうか?
撮影に入る2ヶ月前くらいだったと思います。脚本を書いていくうちに、当初の予定より大きなスケールの映画になっていきました。LAを巡っての撮影、大勢のキャスト......、限られた予算の中からどうやったら捻出できるだろうかと一時パニックになりました。それで、何か方法はないかとリサーチしていて、アナモフィックレンズ付きのiPhoneで撮ったビデオサンプルを見つけたんです。映像がキレイで驚きましたね。当時はiPhone 5sが発売されたばかりでしたが、Filmmaker Proなどのアプリもどんどん出てきていたんです。そんな時に運良く、Moondog Labsという会社がiPhone用のアナモフィックアダプターのプロトタイプを提供してくれることになって......。

とんとん拍子で進んでいった。
そうしたことが2、3ヶ月のあいだに一気に起こりました。それでプロデューサー(マーク&ジェイ・デュプラス)にiPhoneでの撮影を提案しに行ったんです。そしたら「それでいこう。パンクロックだ」って、すんなりと(笑)。

いいプロデューサーですね(笑)。予算の話がありましたが、いまアメリカで、インディペンデント映画をとるのは難しいのでしょうか?
映画のサイズ感によりますね。資金調達できるかは重要なポイントなので、人の目に止まるかどうかは意識しています。映画は、アートのなかでも一番お金のかかる表現ですから、どんなに小さい規模の映画でも必ず資金が必要になってくる。どこに住んでいたとしても、どんな映画作家だとしても、資金調達は大きな挑戦になります。だから映画監督はブレイクするのに時間がかかるんです。自分がお金持ちでないかぎり、出資してくれる人を探して、製作資金を集めなければいけない。
とはいえ、この『タンジェリン』がそうであるように、お金をかけないでも映画を作れるようになってきた。一眼レフのカメラやiPhoneでも撮影できるわけです。ただ、安くはつくれても0円ではできない――これもまた真実だと思います。機材代はどうしてもかかりますからね。僕が一番お金をかけずにつくった『Take Out』でも30万円はかかりました。

『タンジェリン』では、撮影費を抑えるためにiPhoneを使った。そして、それを生かした撮り方をしたということですよね。
つねにポジティブな面に目を向けなきゃいけないと思っています。レモンみたいな状況だったとしても、甘いレモネードを作りたいわけですから。限界があるからこそよりクリエイティブになれる。あるものをいかに工夫し利用するかというのを、僕も学んできたんだと思います。そうした条件でのメリットも、だんだん分かってくる。

iPhoneでの撮影にはどんな利点がありましたか?
僕はプロじゃない役者さんと仕事をすることが多いのだけど、iPhoneだと彼らに圧迫感を与えないで済みますよね。それから、ゲリラ的な撮影もできます。これを話すと許可を取っていないのをひけらかすみたいでイヤなんですが、バスのシーンをゲリラで撮っていて、運転手に本当の喧嘩だと思われたことがあったくらいです(笑)。

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逆に苦労したことは?
狭い場所で2台使って撮影するときに、一方のカメラマンを撮らないようにするのは大変でしたね。たとえば、ドーナッツ屋。実際の店は映画で見るよりずっと狭いんですよ。『タンジェリン』はマルチカメラで撮っていると思われがちですが、シングルカメラで撮ったシーンがほとんどです。

iPhoneで映像を撮ってみたいと思っている読者にアドバイスはありますか?
音はしっかり録ってください。アマチュアとプロを分けるのは音質だと思います。録音だけはiPhoneのマイクに頼ってはいけません。プロフェッショナルな機材を使って録るべきです。
それから、独自の美学をもつこと。今はポストプロダクションの段階でできることもたくさんありますから。だけど、一番肝心なのは内容です。それだけは忘れないでください。内容といっても「ストーリー」のことではありませんよ。キャラクターや、良い演技、良いロケーションこそが大事で、そうした要素が作品をユニークなものにするんです。また、誰かの真似はしないでください。自分自身であるべきです。僕自身、刺激を受けるのはいつも、革新的でフレッシュな発想からであって、ハリウッドにどうにか食い込んで次のマーベル映画の監督に抜擢されようと画策している人たちからではありません(笑)。

タンジェリン
監督・編集・共同脚本・共同撮影:ショーン・ベイカー
共同脚本:クリス・バーゴッチ 共同撮影:ラディウム・チャン 製作総指揮:マーク・デュプラス、ジェイ・デュプラス
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス マイヤ・テイラー カレン・カラグリアン ミッキー・オヘイガン アラ・トゥマニアン ジェームズ・ランソン
配給・宣伝:ミッドシップ
2015年 アメリカ 英語・アルメニア語 88分 原題:Tangerine

Credits


Portrait Photography Tammy Volpe
Text Sogo Hiraiwa