ウォーホルの未公開映像に音楽を

5人のミュージシャンがアンディ・ウォーホルの未公開作品に音楽をつける『Exposed: Songs for Unseen Warhol Films』。このプロジェクトに参加したマーティン・レヴに、ポップアートの巨匠と当時のNYアートシーンについて聞いた。

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maj 26 2016, 4:07am

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのマネージメントからザ・ローリング・ストーンズのアイコニックなジャケットアートまで、アンディ・ウォーホルがポップ音楽界に残した功績は、疑いようもなく壮大だ。ロキシー・ミュージックやデヴィッド・ボウイ、トーキング・ヘッズをはじめ、60年代以降に登場したニューヨークのすべてのアートバンドは、何かしらの形でウォーホルの影響を受けていると言っても過言ではないだろう。その影響を讃えるスペシャルパフォーマンスが、現在ロンドンのバービカン・センターで行われている。

元々アンディ・ウォーホル美術館の設立20周年を祝うため、2014年にスタートしたたプロジェクト「Exposed: Songs for Unseen Warhol Films」は、デジタルマスタリングされた映像15本に、5人のミュージシャンが音楽を作曲し、映像の上映とともに音楽を生演奏するというライブ形式のパフォーマンスである。参加しているのは、TELEVISIONのトム・ヴァーレイン、Suicideのマーティン・レヴ、The Fiery Furnacesのエレナー・フリードバーガー、そしてGalaxy 500やLunaといったバンドでその名を知られるディーン・ウェアハムなど、実に多様なニューヨークのミュージシャンたちだ。スーパースターや著名人たちを親密な眼差しで見つめ、当時のニューヨークを切り取ったウォーホルの映像を、当時のシーンを知り、体現するミュージシャン達が音で彩る作品となっている。

イギリスでは1日限りの公演となる本作。その公開を前に、時差ぼけが抜けきらないマーティン・レヴに、このプロジェクトの魅力、そして人々を魅了し続けるウォーホル作品について聞いた。

Andy Warhol, Screen Test: Donovan [ST 78], 1966, © 2014 The Andy Warhol Museum, Pittsburgh, PA, a museum of CarnegieInstitute. All rights reserved. Film still courtesy of The Andy Warhol Museum.

本プロジェクトへの参加を決めたのは何だったのでしょうか?
単純に、今回のプロジェクトの音楽キュレーター、ディーン・ウェアハムに誘われて、彼と一緒に仕事がしたいと思ったからだよ。それに、ウォーホル美術館とも一緒に何かやりたかった。ウォーホルの未公開作品に合わせて音楽を作るというアイデアにも惹かれたね。そう、プロジェクト全体にとても魅力を感じたんだ。演奏をする場所、会場も普通じゃ考えられないところだしね。いつものショーももちろん好きだけどさ。

未公開の映像はどんな内容なのでしょう? スーパースターが登場したりするのでしょうか?
多くはそういった作品だね。だけど、"ウォーホルのホームムービー"って呼ばれているもので、どれも彼が16ミリで気晴らしに撮ったような映像なんだ。当時は手持ちのカメラを持っているだけでも珍しいことだったはず。それを片手に、周りにいる人たちをなんとなく映像に収めるなんて、誰にでもできたことじゃない。でも、そう、出てくるのはみんなファクトリーの人たちだよ。

Andy Warhol, Mario Montez and Boy, 1965, © 2014 The Andy Warhol Museum, Pittsburgh, PA, a museum of Carnegie Institute. All rights reserved. Film still courtesy of The Andy Warhol Museum.

なぜウォーホルの作品はここまで人々を魅了し続けるのでしょうか?
ビジュアルアートで近年最大の革新を成し遂げたひとだからね。表現主義の後の、次なるアートの世界を確立したのがウォーホルだったんだ。絵画が抽象を極めてどうなったか。それは抽象主義の終わりじゃなくて、絵画の終焉と言ってもいいくらいのことだったんだ。絵画の伝統に基づいて言えば、ウォーホルのペインティングは、多くの意味で、絵画じゃなかった。壁にかけられたキャンバスであるっていう以上の意味を持たなくなったんだ。彼は、それまで商業以外で使われることがなかったテクニックをことごとく用いた。そこに、あらゆる可能性を生んだのがウォーホルだったんだ。

ニューヨーカーであるあなたにとって、NYで感じられた彼の存在感は、どのようなものだったのでしょうか?
上流階級という感覚だった。彼自身がというよりも、彼を中心としたカルチャーがね。ウォーホルには、スターダムの存在感があったよ。グラマーとアメリカンカルチャーを表面的に演じるのは他の連中もやっていたけど、アートの枠組みでやったのは彼らが最初だった。伝説のロッククラブ、Max's Kansas Cityのオーナー、ミッキー・ラスキンはウォーホルと彼の取り巻きを寵愛してね。Max's Kansas Cityは彼らの遊び場だった。僕たちみたいな次の世代の連中は、入りたくてもドアの前で追い返されたよ。当時、ウォーホルたちのいる世界が少し現実味に欠けて見えたのを覚えてる。僕たちの世代が感じるリアリティからはかけ離れていたんだ。"ストリートの感覚"っていうリアリティがね。ウォーホルはたしかに僕と同じ街にいた—だけど、ポップアートはある意味で支配者層のようなものだったんだ。権力階級というかね。僕たちはそこに殴り込みをかける革命分子のようなものだったんだ。ウォーホルと彼のポップアート仲間たちは、なんていうか……ニューヨークで、特にダウンタウンで、ボヘミアン的な存在だった。だけど、名声も地位もしっかりしていたよ。綺麗なボヘミアンとでもいうかね。

Andy Warhol, Paraphernalia, 1966, © 2014 The Andy Warhol Museum, Pittsburgh, PA, a museum of Carnegie Institute. All rights reserved. Film still courtesy of The Andy Warhol Museum.

では、結局あなたと彼を結びつけたものとは何だったのですか?
結局は、"彼が究極にクリエイティブな人間だったから"ということになるんだと思う。ウォーホルは、ただアートが好きで、そのプロセスが好きで、創造をすることが好きで、自分が何を求めているかという感覚に優れた人だった。見たこともないような新しいものを作り出したいという感覚、それに人生をかけて挑む姿勢というかね。たくさんのアーティストが、それぞれのアプローチで違うゴールを目指しているわけだけど、中にはどうしても何か新しいものを求めて創作に駆られるアーティストがいる。それが世代も主義も異なるアーティストたちを結びつけてくれるんだと思うんだ。

鮮明に覚えている彼の思い出はありますか?
80年代、アップタウンのクラブでショーをやっていたとき。僕は、Suicideとしてすでにアルバムを1-2枚発表していたんだけど、商業的にはまだまだアンダーグラウンドな存在だったんだ。この"商業的"って言葉が重要な時代だったよ。とにかく、あの時僕は、ステージから遠く離れた、仮の控え室のようなスペースで出番を待っていたんだ。そうしたら、若い男がカーテンの向こう側からやって来て、「これ、アンディから」って言って『Interview』誌の最新号を2冊くれたんだ。あのアンディ・ウォーホルが。Suicideに。彼の世界と僕たちの世界には大きな隔たりがあると思っていたから、心の底から驚いたのを覚えてるよ。彼が僕たちのことを知ってるとも思っていなかったんだからね。そのことを、このあいだ考えてたんだ。あれは何だったんだろうってね。遠くから、きっと僕たちに共通する何かがあって、それを示さずにいられなかったのかなってね。

Andy Warhol, Superboy (excerpt), 1966, ©2014 The Andy Warhol Museum, Pittsburgh, PA, a museum of Carnegie Institute. All rights reserved. Film still courtesy of The Andy Warhol Museum.

Exposed: Songs for Unseen Warhol Films takes place at London's Barbican this evening (Monday, May 16); the event is produced by the Barbican and co-commissioned by The Andy Warhol Museum, Brooklyn Academy of Music and UCLA's Center for the Art of Performance. 

Credits


Text Matthew Whitehouse
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.