アンソニー・ヴァカレロがSaint Laurentのクリエイティブ・ディレクターに就任

辞任を表明したエディ・スリマンに替わり、Saint Laurentのクリエイティブ・ディレクターに就任した34歳のベルギー出身デザイナー、アンソニー・ヴァカレロ。アンダース・クリスチャン・マドセンが老舗メゾンのこれからについて考える。

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apr 19 2016, 11:30am

2016年4月4日、アンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)が、パリの老舗メゾン、Saint Laurentのクリエイティブ・ディレクターに就任した。同ブランドを去ったエディ・スリマンからその座を受け継いだ形となる。パリの業界関係者にとって、このニュースはそれほど驚く内容ではなかった。スリマンの辞任とヴァカレロの就任は、メンズコレクション発表時から広く囁ささやかれていたのだ。しかしスリマンとヴァカレロの(そしてなによりYves Saint Laurentの)コアなファンたちにとって、その噂は事実が明るみになった際の衝撃を和らげるためには少し時間が必要だったのだろう。Saint Laurentを商業的に大成功させたスリマンだが、Yves Saint Laurentから"Yves"を取り、創設時から築き上げてきた"パリジャン・シック"の伝統から離れて、自らの"インディ・クール"ともいうべきスタイルを盛り込んだことで、批判も受けた。ヴァカレロもまた同様の批判を、しかしより強く受けることになるだろう。

彼らがデザイナーとして似ているというわけではない。ロックンロールのアンダーグラウンド的世界から着想を得ているスリマンに対し、セクシーなミニマリズムが得意なヴァカレロは、90年代のMTVポップに精通したデザイナーだからだ。今回の就任に際して、彼はVersusのデザイナーを退任した。噂では自身のブランドAnthony Vaccarelloも活動を休止するようだ。

スリマンとヴァカレロはいずれも物静かで、インタビューを嫌い、メディアを警戒する、控えめなデザイナーだが、彼らが作り出すものは"控えめ"からはほど遠い。彼らの芸術は、その表現こそまったく違うものの、いずれも70年代と80年代の華やかさとグラマーに根ざした堂々としたセックス観に影響をうけている。しかしここに来て、スリマンが60年代的レトロ・ロックンロールの世界観へと傾倒する一方、ヴァカレロは90年代に進もうとしている。「セックスがまだセックスじゃなかった時代。セックスが当時の"モード"とは違ったあの頃が懐かしいよ」と、ヴァカレロは昨年、本誌に語っている。「マドンナは写真集『Sex』を発表し—僕はいまだにあの本に夢中なんだ—トム・フォードがセクシーなコレクションを発表した。強さのある時代だった」。

そこでいま誰もが考えているのは、こういうことだろう—「ヴァカレロは、スリマン路線のSaint Laurentを引き継ぎ、商業的成功を継続させることができるのだろうか(作風を考えれば、比較的簡単なことかもしれない)? それともブランディングし直して"パリジャン・シック"を取り戻し、より"Yves"なSaint Laurentへ回帰するのか?」

スリマン同様、ヴァカレロはポップカルチャーやデジタル世代のカルチャーを楽々と表現できる新しいタイプのデザイナーだ。しかし、47歳のスリマンに対しヴァカレロは34歳—より若い購買層にリーチすることができるかもしれない。彼の世代が今、30代というもっとも盛んな消費を期待できる年齢に差し掛かっているのだ。ヴァカレロのファンが惹かれるのはインディバンドやアンダーグラウンドのシーンではなく、90年代のマドンナやマライア・キャリーであり、Calvin Kleinの広告に出ていたケイト・モスであり、それに付随するティーンカルチャーなのだ。MTV、テレビドラマ『ビバリーヒルズ青春白書』、ナオミ・キャンベル、マイケル・ジョーダン、クリントン夫妻などを見て育った彼らは、デジタルワールドを現実のものとして享受した最初の世代なのだ。彼らの世界観は、スリマンがつくり出す宇宙からは遠くかけ離れている。一方、ヴァカレロ世代は古き良き時代への郷愁が強い。新生Saint Laurentでも"Yves"をロマンチックに再解釈してくれるかもしれない。なにより、ヴァカレロが考えるセクシーは、スキニーで中性的なスリマンのそれとは全く違うものだ。

ヴァカレロは2015年、本誌に対し、女性服のフォルムが男性的に変化している現状と男らしいテーラリングについて、こう語っている。「悲しいことだよね。不思議でもある。女性の体はやはり女性の体で、胸や陰部はそこにあり続けるわけだから。だけど、女性がセクシーな服を着るのは、自身を守る術なのかもしれないね」。Saint Laurentが今後も"Yves"なしのSaint Laurentとして存続していくのであれば—スリマン時代にケリングがリブランディングに莫大な投資をしたことを考えれば、この路線が色濃いわけだが—ヴァカレロに課された任務は、スリマンが計画したロードマップを新たに解釈しなおすということになる。これはファッションの歴史に反した動きではない。クリス・ヴァン・アッシュは2006年、当時LVMH傘下のDior Hommeのデザイナーに就任したが、スリマンがそれまでに築いていた世界観を崩すことなくブランドを健全に存続させた。変わったのはデザイナーだけだった。ヴァン・アッシュは今年でDior Hommeのデザイナー就任から10年を迎える。Saint Laurentを所有するケリングにとって、ヴァカレロを新デザイナーとして招き入れることは大きな賭けだ。しかしこれまでもそうだったように彼らには勝算があるのだろう。

2015年は、アレッサンドロ・ミケーレの年となった。ミケーレはGucciで、"新しい豪華さ"と"ジェンダー可変性"をクリエイションに取り入れて、ファッション界に革命を起こした。"ジェンダー可変性"は、スリマンがDior Hommeを生み出して以来もっとも重要なトレンドだ。2016年は、ケリングが抱えるもうひとりの若き才能、3月にBalenciagaのショーを発表して業界の話題をさらったデムナ・グバサリアの年となりそうだ。良くも悪くも、スリマンはその7シーズンにわたる任期のなかで、Yves Saint Laurentを変えた。そしてファッション全体を活気づけた。その4年間で彼が成し遂げた功績は語りつくせない。Dior Hommeで成し遂げたのと同じく、スリマンはSaint Laurentでも、誰もが着たいと夢見る服を作り出してみせた。ハリー・スタイルズであろうと近所のバーテンダーであろうと、キャリアウーマンであろうと、誰もが夢見る服を。セールスが、その動かぬ証拠だ。アンソニー・ヴァカレロに課せられた使命は大きい。しかし、賽はすでに投げられている。ケリングの采配を信じよう!

Credits


Text Anders Christian Madsen
Photography Collier Schorr
Fashion Director Alastair McKimm
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.