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音楽は自分の出口:マイカ・ルブテ

4月に発売されたi-D JAPAN NO.3に掲載されたCreative Youthたち。表現に邁進する上で、彼女たちが大事にするものは何だろうか。本誌には掲載しきれなかった彼女たちの言葉にもう少し耳を傾けてみよう。まずはミュージシャンのMaika Loubtéから。

by Hiroyoshi Tomite
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27 June 2017, 3:00am

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Maika Loubté 27歳 東京都 / パリ出身

10代はフランスと日本で活動していたのですよね?
はい。3歳まではフランスで、3歳から10歳まで日本です。そしてまた11歳から再びフランスに戻りました。11歳から通ったフランスのインターナショナルスクールでは、公用語がフランス語だったので、また言葉を覚えないといけなくて。最初は言葉や性格の気質、システム、そして価値観の違いに翻弄されましたね。

本誌の「あなたについて表現とは?」という問いに対して、『外界との接点』と回答されていました。具体的にはどういうことでしょうか?
11歳でフランスに戻ったとき、それまで7年も日本で過ごしていたからすぐにはフランス語を話せないじゃないですか。だから自分の意見を相手にうまく伝えられなかったんです。誰かとしっかり話したくても上手に言葉で伝えられないから、と諦めてしまう部分がありました。でも、そのときのわたしには自分を表明する上で『はけ口』が必要で、その手段が自分にとってピアノだったんです。当時は放課後に友だちと遊ぶより、ひとりで部屋でこもって音楽を作って遊んでいました。

友だちに相談できないのは、辛い部分がありそうですが。
特別苦労したという感覚はないですね。それはそれで充実した時間だったので、誰にも邪魔されず、前向きに引きこもっていた感じ(笑)。後にピアノで賞をとったら「マイカすごい」と言われるようになって、仲良くなるためにさりげなく音楽の授業が終わった後ピアノをちょっと弾いてみたりしてました。『マイカ、すごい! お家に行ってみたい』といわれると『うっしっし』みいたいな(笑)。当時を分析すると10代前半は、とにかく居場所を作ることに必死でしたね。

つまり人との距離や物事の価値観は10代のとき、フランスと日本を行き来する中の人間関係のなかで培っていった、と。
そうですね。そのころ肌で感じたのが、世界にはいろんな人種がいて、みんな価値観の違う人たちの集合だということ。だからお互いを100%理解し合うことは絶対に無理だと思っています。そこは前向きに諦めつつ、それでも自分と対立する価値観について理解する姿勢を示していかないと危険な時代になるんじゃないかなと。もちろん、自分の気質とあう人と居心地のいいコミュニティを作りながらも、自分と違う意見の人にも耳を傾けることは大切だと思いますが。日本人みんなが『国際的にならなきゃだめだ』と思っているわけではないんです。

前向きに諦める、って不思議な表現ですね。
そうですかね。無理して相手のカラーに染まるのはしんどいし、限界があるじゃないですか。だったら前向きに諦める。自分をいかにクールに見せようとしても、地は隠せないので。例えば、クラスメイトのテンションについていけないのに頑張っちゃうのは、一番のストレスだったように、それが社会全体においてもいえるんじゃないかなと思います。

マイカさんの音楽はシリアスになりすぎない、どこかユーモアを残した音楽が魅力だと思います。シンセで音楽を作り始めたのはいつから?
高校時代に今の家に越してきてからです。家のそばにあるハード・オフに足しげく通って、アナログシンセのジャンク品を漁る日々を過ごしていました。だからシンセは新しい音色を取り入れる上での手段だと思っています。ヴィンテージのシンセは音色の幅が広くないのですが、その分特色が強いものがたくさんあって次から次へと買っていました。名機の『JUNO-106』は普通に買うと5万ぐらいなんですけど、当時1万5千円で売っていて。お宝の山ですね。シンセを触っていると、偶発的に生まれるサウンドにインスピレーションがわいて、曲が生まれるんです。音に対する喜びがある。だから新しく浮かばなくなかったらまた次のシンセを漁りにいったり。だから家に機材がたくさんあるんですよ。機材はあくまで手段。最近では『宅録女子』なんて言い回しで言われるけど、それはあくまで音楽を作る上での一番やりやすいやり方でしかないんです。

活動を重ねるなかで表現に向かう意識に変化は生まれましたか?
以前は一人で自分の音楽を突き詰めた方が純度が高いものができると思っていました。でも去年80KIDZやMother Terecoの2人とコラボレーションをして、想定していた以上の表情が楽曲に生まれて、自分の血肉になっていると感じました。もっと自分の受け皿を広くもってもいいかもしれないと思うようになりましたね。

これからどんな風に音楽表現を続けていきたいですか?
どんどん楽曲の精度を上げて感動を作り出したいです。自分がハーフということもあってか、垣根をなくせる音楽を作りたい。口で言うのは簡単だけど、あくまでも自然体でユーモアの感覚を忘れないでやっていきたい。そのためには、自分が単純に感動できる曲を作れるように自分のなかにあるものを燃やし続けていきたいなと思います。お腹が痛くなるような嫌な感じのことはしないで、考える前に身体で反応していくようなのがいいかなと。
私が音楽活動をするのは世の中に対する問いではなくて、自分が感じた音楽の感動を「ちょっとこれ聴いてみてよ」とCDを貸すような気持ちなんです。音楽に対する喜びの気持ちを共有したい気持ちが強い。だから、自分の直感を信じて感動できるものを作っていけたら、一番良い形で広がっていくんじゃないかなと思います。

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Credits


Photography Ai Ezaki
Text Hiroyoshi Tomite