プラスサイズのセルフィー肖像

自身の身体を肯定するシリーズ作品『Silver Lining』を撮っていった写真家のキャロライン・フェイヒーが、セルフ・ポートレイトを撮る理由、大学時代の臨死体験を語る。

by André-Naquian Wheeler
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02 June 2017, 7:50am

自撮りであろうとライアン・マッギンレーの作品であろうと、肉体を写そうとすれば、そこには自ずとわたしたちの内面も浮かび上がる。だからこそ、キャロライン・フェイヒー(Caroline Fahey)の写真作品『Silver Lining』は重要なのだ。誇りを持って自らを"プラスサイズ"と形容するフェイヒーは、死に瀕する経験をして以来、自らの肉体を世に向けて積極的に見せるようになった。ニューヨーク大学の大学院ティッシュで写真を専攻していたフェイヒー--2年生のとき、脳に血栓が見つかった。血栓の原因は、肥満と避妊だと告知されたという。このときの体験が、フェイヒーにとって自身と身体の関係性を探るきっかけとなった。

彼女の撮る写真は、わたしたちが自らの肉体との関係において経験する喜びと悲しみを物語っている。

写真にのめり込んだきっかけは?
高校1年生のとき、写真のクラスで、手作りのピンホール・カメラを作らされたの。わたしは、オートミールが入っていた箱を使ってカメラを作った。その後、地元の公立高校に転校してからは、現像暗室と美術室にこもるようになった--ご飯を食べにカフェテリアにいくのももったいないと思うくらい夢中だった。

いまはどんなカメラを使っているのでしょうか?
セルフ・ポートレイトは、デジタルのCanon Mark IIで、ワイヤレスのリモコンを使って撮影している。Nikon F100とPentax 6x7でフィルム撮影もたくさんする。

これまで、自らの肉体を肯定的に捉えるという意味において、どのような変化を経験してきましたか?
自分の体をポジティブに捉えるのは簡単なことじゃない。そうは見えなくてもね。自分の体を受け入れ、愛してあげながら、同時に健康的な生活をするのは(特に周囲の人々が自分を無意識のうちに恥じていたりすると)、とても困難なこと。あえてここでわたしが"無意識に"と言うのは、オンラインでの誹謗中傷は別として、わたしがこれまで面と向かって「太ってるから嫌い」と言われたことがないから。でも、わたし目の前で友達が「おえっ、私すごく太って見える」「あんなデブにあのひとが振り向くわけないじゃない」「キャロライン、あなたは太ってるわけじゃないのよ」と言うのを何度も聞いてきた。こういう発言が大柄な人を傷つけていることに、そういう人たちは気づいていないの。わたしたちが生きる文化では、太っていることがネガティブなものとして刷り込まれていて、それは"醜い"とか"怠惰だ"という意味で使われることすらある。

『Silver Lining』を制作しようと思ったきっかけは?
2013年10月、ニューヨーク大学の2年生のとき、脳に血栓が見つかったの。肥満と避妊薬が原因だと告げられた。1週間の入院中、母が「これも希望の兆しよ」と繰り返しわたしに言ったの。でも、そんなの信じられなかった--それからの半年ほど、わたしは肉体的にも精神的にも苦痛の連続を味わうことになったから。もう死んでしまうかもしれない、それも自分の責任で--そんな状況では、それまでの楽観的で楽しい自分でなんかいられなかった。死んでしまうかもしれないという実感は本当に怖いものだった。だけど、あれが転機になった。後になって考えたとき、血栓ができたことが人生のなかで最高の出来事だったんだと思うようになったの。健康であるためにいろんなことを実践するようになったんだから。セルフ・ポートレイトを撮るのは、私と自分の肉体、そして健康の関係について学ぶ手段となった。それを通して、わたしは自分自身と、自分の肉体を愛することができるようになった。母の言ったとおり、わたしはあの状況から希望を見出したの。

『Silver Lining』から何を感じてほしいですか?
読んだ人が各々の身体や体験について話すきっかけになったら嬉しい。もっとパーソナルなところで言うと、13歳になる妹のエラとその友達がみんな自信を持って、自分は美しいと感じながら大きくなってほしい。自分のことを他人に話すのは、自分、そしてその相手についてももっと深く知ることにつながると思います。

体型について、あなたが直面した苦難はどんなものでしたか?
数週間前にあった作品の批評会で、そこに出席していたひとに「あなたは自分の身体に満足していますか?」って聞かれたの。わたしは「満足している日もあれば、そうでない日もある」と答えた。自分のお腹を愛おしく思えるときもあれば、消えてなくなってしまえばいいと思うときもある。それは誰にも当てはまる普通のこと。わたしは自分の身体を少しずつ肯定できるようになってきているし、以前とは比較にならないほど自分と身体を愛せるようになった。こうなれたのは、わたしが自分の身体の大きさについて意見したり、友達たちと議論をできるようになったから。前は、恥ずかしくてそんなことできなかった。セルフ・ポートレイトは、それまで溜め込んできた苦しみを視覚的に表現する良い手段になった。

S身体をさらすことは、親密さを感じさせる行為です。写真の構図や光のあて方には、そのひとの内面が現れるからです。『Silver Lining』を発表するうえで、遠慮のようなものはありましたか?
まったくなかった。見てくれるひとがいなければ、『Silver Lining』を発表する意味はありません。自分の身体に自信が持てないひとに、自信を持ってもらうのがわたしの使命だと思ってる。こういう文脈でわたしのような肉体を見ることに、世の中は慣れていない--でも、そろそろ慣れても良いころよ

ほかにはどんな問題を取り扱っていきたいと考えていますか?
過食に関するプロジェクトに着手したばかり。過食は、わたし自身の悩みのタネでもあるし、社会的にももっと語るべき問題だと思うから、このプロジェクトにはワクワクしているわ。

Carolinefahey.com

Credits


Text André-Naquian Wheeler
Photography Caroline Fahey
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.