現代のチューリッヒ:Vetementsが拠点を移した理由

Vetementsがパリを離れて、ダダイズム発祥の地であるチューリッヒに活動拠点を移す。アーティスト主体のクリエイティブ・シーンが盛んなチューリッヒとはどのような場所なのか? 現代アーテイストやギャラリストのインタビューからその街の実態に迫る。

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jun 6 2017, 3:40am

Photography Willy Vanderperre. All clothing Vetements fall/winter 16. [i-D The Futurewise Issue]

先月、パリでもっとも影響力を持つファッション・ブランドVetementsのデザイナー、デムナ・ヴァザリアと同ブランドの最高責任者グラム・ヴァザリアは、活動の拠点をチューリッヒに移転すると発表した。しかし、なぜファッション都市とはいえないチューヒッリを選んだのだろうか? 「パリはクリエイティビティを殺してしまうから。これみよがしなファッション重視の傾向は、とても破壊的だよ。承認欲求とうわべだけのグラマーにうんざりしたんだ」と、グラムはスイスの新聞『Tages Anzeiger』に語っている。そして、「税の負担が軽いというのももちろん、理由のひとつだよ」と付け加えている。

スイスに事業拠点を置くことの魅力はたしかにある(スイスで外資系企業や外国人に課される税金は、先進国のなかでもっとも安い)。しかし、この財政的な利点は、このVetements移転において「もっとも重要な点ではなかった」ともグラムは話す。ではなぜ、彼らはファッションの都パリからスイスに拠点を移転するのだろうか? しかも、デムナはパリの老舗メゾンBALENCIAGAのクリエイティブ・ディレクターも務めているというのに。

それは地理に関係しているかもしれない。チューリッヒは、西ヨーロッパのファッション都市に比べて、中央ヨーロッパやイタリアとの距離が近い。ロンドンやパリから離れ、ロシアやジョージア(旧グルジア:デムナとグラムが生まれ育った国)に巻き起こる元気なユース・カルチャーにより近い、その絶妙な距離感こそ、Vetementsのデザイン集団が求めているものなのかもしれない。

スイス最大の都市であり、また産業の中心地であるチューリッヒは、これまでに何度も「世界最高のクオリティ・オブ・ライフ(人々の幸福度)がある」と評価されてきた街だ。ヨーロッパの主要都市から、飛行機で1時間ほどの距離にあり、また歴史的にみても芸術を豊かに育んできた街でもある。1916年、第一次世界大戦でヨーロッパ都市がことごとく壊滅状態に陥るなか、チューリッヒではダダイズムが誕生。多くのアーティストや知識人が、中立を貫くスイスに目を向けた。亡命者が集まる都市となったチューリッヒは、そうしてヨーロッパ前衛芸術の拠点となっていった。

チューリッヒのアート・シーンは今日でも健全だ。チューリッヒ美術館やクンストハレ現代美術館、ミグロ現代美術館などといった美術館やギャラリーも多い。現在ではロンドンやニューヨークにも支店を持つギャラリー<Hauser & Wirth>もチューリッヒが生誕の地であり、それ以前には<Bruno Bischofberger>や<Ammann>といったギャラリーもこの地から誕生した。チューリッヒに集まるこのようなアート空間が、ペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイス、ウーゴ・ロンディノーネ、ウルス・フィッシャー、ピピロッティ・リストといった現代美術の旗手たちを世界に輩出してきた。

Installation view, Stefan Brüggemann TAKE, PUT AND ABANDON, Hauser & Wirth Zürich, 2017

国立美術館と大手ギャラリー、そして世界屈指の現代芸術がひとつの建物のなかに集められた都市など世界のどこを探しても、チューリッヒをおいて他にはない。パリがクリエイティビティを殺してしまう街なら、チューリッヒはクリエイティビティを育む街だ。

アート専門の書店<Kunstgrifff>の店主マルクス・シュマッツ(Markus Schmutz)は、チューリッヒがアート関係者を惹きつけるもうひとつの理由に、チューリッヒ芸術大学を挙げる。チューリッヒ芸術大学は、老舗の美術学校2校を統合するかたちで2007年に創設され、2014年にチューリッヒ西側にある現在の校舎へ移転した。チューリッヒ市政は、その価値5億ドルともいわれる新校舎の建築をようやく終え、チューリッヒ芸術大学が世界の主要芸術大学と競える基盤が整ったものとして、その未来に期待を寄せている。チューリッヒはこれまでにも、世界的に著名な教授たちを従えてチューリッヒ工科大学を創設し、世界屈指の頭脳を持った学生が世界から集まる学校へと成長させた前例を持っている。

また、チューリッヒの新世代クリエイティブのあいだには、古くから存在するものへの愛が見られる。たとえば、1966年の開店から庶民に愛されてきたバー<Ole Ole>が2012年に閉店の危機にさらされた際、サービス業の経験を持つ3人の女性、Sonja Huwiler、Elena Nierlich、Romano Rolzlがバーの経営権を買収して、常連客のために店を続け、同時に新しい客層を生むことに成功した。<<Longstreet Bar>でも同じことが起こった。元々ストリップ・クラブだった<Longstreet Bar>は、現在ではナイトライフの新たな拠点として話題となっている。こうしたエピソードが物語るように、チューリッヒは異種のコミュニティと幅広い世代が常にミックスされて成り立っているのだ。

「チューリッヒは小さい街。だから何にでもすぐアクセスできるし、誰とでも会うことができる。そんな文化的アクセスの面で、チューリッヒは世界一だと思います」とギャラリストのマリア・ベルンハイム(Maria Bernheim)は言う。ベルンハイムは、1年前に自身の名を冠したギャラリーをオープンさせたばかりだ。「なんでも可能で、ルールなんてない--チューリッヒのクリエイティブたちは誰もが今でもそう信じています。ダダイズムが生まれた場所ですからね」。1920年代にダダイズムが生まれたとされるキャバレー・ヴォルテールは、今でも街にその姿を残している。

投資家、アーティスト、グラフィック・デザイナー、科学者、研究者といった異種の領域に身を置く人々が一体となっている環境こそが、チューリッヒを唯一無二の街にしているのだと、ニールス・オルセン(Niels Olsen)は指摘する。オルセン自身がその好例だ。彼はチューリッヒ工科大学に勤務するかたわら、キュレーターとしても活躍している。「フレディ・フィッシュリと一緒に、チューリッヒ工科大学で、gtaエキシビションというプログラムをキュレーションしています」と彼は説明する。「チューリッヒ工科大学は、建築と密接な関係を築いている学校で、建築やアートのエキシビションを多く行なっています。チューリッヒ工科大学が素晴らしいのは、その国際規模のネットワークです。毎週のように世界各国から教授や専門家が学校を訪れます。積極的な活動を見せていて、好奇心旺盛な生徒たちのためになっています」

オルセンはまた、チューリッヒが持つ豊かな芸術的・建築的歴史についても触れる。「チューリッヒがもつ豊かな文化の歴史と現在の衝突に魅了されます」と彼は話す。「若く活発なシーンがありながら、同時に街には文化の歴史が色濃く残っている。チューリッヒは今でも前衛芸術の拠点であり続けています。たとえば、スイス人美術史研究家のカローラ・ギーディオンと建築・都市史家ジークフリード・ギーディオンが、20世紀初頭に彫刻家のジャン・アルプや建築家のル・コルビュジエ、詩人のジェイムズ・ジョイスなどをここへ呼び寄せたんですよ。わたしはキュレーターですから、チューリッヒの歴史を遡ってさまざまな史実を発見するのが好きです。孤高の画家フレデリック・クーン(Frederick Kuhn)や、ポストモダンの建築家ロバート&トリックス・オスマンといったアーティストたちを、コンテンポラリーの文脈で紹介していきたいと思っています。クンストハレ現代美術館でベアトリクス・ルフが進めた急進的プログラムが現代アートに関する議論や、工科大学におけるキュレーションの原型を作ったといえます」

ルフは1998年から2014年までクンストハレ現代美術館を運営していたキュレーターだ。クンストハレは、かの有名なアート複合ビル<Lowenbrau Areal(レーベンブロイ・アリアル)>の中にある。このビルには、<Hauser & Wirth>や<Eva Presenhuber>といった現代美術のギャラリーや、<Gregor Staiger>などの新進気鋭ギャラリー、アート本の出版社<JRP Ringier>、そしてミグロ現代美術館も入っている。

レーベンブロイ・アリアルの近辺には、さらに多くの新進気鋭ギャラリーが点在している--興味深いことに、ほぼすべてが女性経営者によるものだ。これらのギャラリーは、ここ数年のうちにオープンしたものばかりで、<Karma International>を川向こうに望み、<Bolte Lang>や<Maria Bernheim>は揃ってKimmatstrasse通りにある。

Installation view, Manuel Burgener, Untitled 2017, Galerie Maria Bernheim

<Maria Bernheim>は、この地域でもっとも新しいギャラリーだ。オーナーのマリア・ベルンハイムがこのギャラリーをオープンさせたのは2016年のことで、展示作品には、テキサス州マルファからチューリッヒへと9年前に移住したアーティスト、ミッチェル・アンダーソン(Mitchell Anderson)のものなどがある。アンダーソンは自身の作品作りを続けながら、一方で自身の展示スペース<Plymouth Rock>をオープンさせてもいる。<Plymouth Rock>は、友人たちが作品を完成させたらすぐに展示できるようにとアンダーソンが立ち上げたギャラリーだ。「チューリッヒにとどまらず、スイスには"アーティストたちが自ら運営するアート・スペース"という文化が根づいている。僕がそういった場所を作るというのもここの文化に則ったもの」と彼は説明する。

「ギャラリーや美術館というのは良いものを見出すことができるときもあれば、そうでないときもある。だから、<Plymouth Rock>や<UPSTATE>、<Taylor Macklin>といったアーティスト主導のスペースで起こっていることを見ないかぎり、本当のチューリッヒを感じることはできないと思う」とミッチェルは話す。「これまで、アーバン・ゼルヴェガー(Urban Zellweger)やミリアム・ラウラ・レオナルディ(Miriam Laura Leonardi)といったアーティストたちに、彼らにとって初となるエキシビションの機会を与えてきたと同時に、10年前に亡くなったアメリカ人アーティストのジェレミー・ブレイクを取り上げ、スイスでは初となる個展も開催してきた。常に世界へ向けてアイデアを打ち出し、外からも良いものを持ってきてスイスに紹介する--ギャラリー・スペースはそんなことができる格好のプラットフォームなんだ」

だから、そう、デムナ率いるVetementsにとって、湖のほとりに多種多様な文化が生まれるこの小さな街は、クリエイティブにとって最適な環境となるのかもしれない。アート出版社JRP Ringier社のルーカス・ハラー(Lukas Haller)は「わたしたちはアルプス山脈の麓で働く7人の小びとのような存在です。この土地独自のやり方で、独自の生き方を実践しているのです」。スイス(とりわけチューリッヒ)には、ひとが理想的な環境で穏やかながらもよく働くことで良い結果を生むことができる雰囲気が漂っている。チューリッヒはもともと、プロテスタントの町なのだ。

デザイン・チームKueng Caputoのロヴィス・カプート(Lovis Caputo)は、Googleなどの外資系大企業がスイスに参入してきたことで、若いクリエイティブたちがチューリッヒ市内でスタジオを持ちづらくなっていると嘆く。以前は悪名が高かった地域にグローバル・チェーン店が次々にオープンするなど、ベルリンやニューヨークでもかつて起こったことがチューリッヒで繰り返されているのだ。若いアーティストたちはスタジオが入居する建物が大手企業に譲渡されたり、解体されるなどの事情を受けて退去を余儀なくされるのだ。彼らは新築物件の家賃を支払うことなどできない。

そんな流れのなか、「この街の多様性は失われていく」とロヴィスは言う。「この街で安定して存在していけるのは大企業だけになり、市民は高騰する物価についていくために忙しく働き、現状に疑問を抱く余裕すらなくなっていくのです。みんなで2歩ほど下がってみてヴィジョンを確かめ合えば、人々には生(せい)とセックスとロックの精神がみなぎって、極右思想がもてはやされるような世の中の流れに立ち向かうことだってできるようになるはずです。フランスやベルリンだけでなく、ここスイスでもね」

興味深いことにVetementsよりも前に、あるデザイン集団がチューリッヒに拠点を移していた。1970年代、シッシ・ゾエベリ(Sissi Zoebeli)率いるレーベルThema Selectionは、男性用の生地を使って女性服を作り出し、ユニセックスやワークウェアの概念を遊んだ服をチューリッヒに紹介。社会通念への反発精神を体現した服を作り出した。Thema Selectionの周りには、当時のヨーロッパで異才を放った人物が集まった。画家のジグマー・ポルケや広告キャンペーンでモデルも務めた現代美術家マルティン・キッペンベルガー、キュレーターのビーチェ・クリーガー、そしてカトリーヌ・ドヌーヴなどだ。

Thema Selectionは、チューリッヒにとってファッション・レーベル以上の存在だった。フェミニズムを打ち出した芝居を打ったり、アートの展覧会を開催したり、人々の居住権のために戦ったりもしたのだ。店舗は現在もなお旧市街地にあり、レーベルとその中心人物たちの生き様を綴った著作『FEMALE CHIC』も最近になって発売された。

Thema Selectionがチューリッヒに拠点を移したとき、時代はまだ保守的で、レーベルの事業もまた小規模だった。しかし、Thema Selectionは常にスタイルやルック以上のものに価値を置き、大きな成長を遂げた。Thema Selectionが象徴したのは社会的、政治的、そして文化的アイデンティティだった。Vetementsもまた、激動の政治情勢が続く2017年、チューリッヒを拠点として社会問題に立ち向かうことができるのだろうか?

Credits


Text Fabienne Stephan
Photography Willy Vanderperre
Fashion Director Alastair McKimm
All clothing Vetements fall/winter 16
[i-D The Futurwise Issue]
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.