ブロンディ・マッコイ:アーティストとしての顔

「スケボーを通して自信を身につけた。それ以来、無口だった僕が黙ってなんていられなくなった」。5回目となる個展を控えたスケーターでアーティストのブロンディ・マッコイが、鬼才ダミアン・ハーストとのコラボ、そして、いかにアートが彼を救ったかについて、語ってくれた。

by Ben Reardon
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23 August 2017, 8:19am

This article was originally published by i-D US.

ブロンディ・マッコイは神童だ。adidasとPalaceをスポンサーに持つプロスケーターであり、またi-Dなどの名だたるファッション誌の表紙などで写真家アラスデア・マクレランに指名を受けたミューズでもある。鬼才ダミアン・ハーストとのコラボレーション作品を含む自身5作目の個展『Us and Chem.』を開いたアーティストである一方、ブランドThamesのクリエイティブ・ディレクターも手がけている。さらには、ピアノでザ・スミスの楽曲すべてを弾くこともできるという。そんな彼は、つい先日20歳になったばかり——神童としか言いようがないではないか。

レバノンとイギリスの血を引くマッコイ。自身を「ハーフ&ハーフ——チーズ&チップス」と呼ぶ。彼は10代前半の頃から、ロンドンで話題のスタイリッシュ・ボーイとして知られる存在となった。彼は天狗になるでも、高圧的になるでもない。しかし、そこには自然な自信が感じられる。そして彼の服の着こなしは素晴らしい。前腕には「England」とタトゥーが入れられ、チャーミングな笑顔に開いた口のなかには、歯が一本抜けていたり、金歯が入れられているのが覗く。そしてチェーンやロックなリングなどが首元や手先を飾る。肩の力の抜けたスタイルは、スケボーに夢中な少年のようでもあり、またピカデリーにかつて存在したゲイ専用売春宿の娼夫の雰囲気も漂う。スケーターと娼婦——このふたつのアンダーグラウンドな男たちが放つ雰囲気に共通するのは、ロンドンのストリート文化に生きる男たちの匂い立つような退廃的魅力だ。彼の服にはさまざまなモチーフがエキセントリックに融合されており、マルコム・マクラーレンさながらの世界観と、古今のサブカルチャーから拝借したモチーフの数々で、嫌味なく文化を引用してみせる。マクラーレンは貧困文化に着想を得たものを富裕層に売り、コミュニティと寛容さ、そして文化を讃えた。マクラーレンが讃えた世界を、いま讃えているのがPalaceであり、その顔を務めているのがブロンディだ。大きな鷲鼻に、天然パーマの髪——そして、ここまで多才だと知らなければ、誰もが「胡散臭い証券取引人」と信じてしまうであろう独特の訛りの残る喋り方まで、彼には独特の美しさがある。

ブロンディの人生の分岐点となったのはスケボーとの出会いだった。「スケボーを知ったことで、それ以前にあった夢は(そんなものがあったらだけど)すべて意味をなくしてしまった」。ブロンディは、スケボーショップ<Slam City Skates>に入り浸るようになり、そこで友人の輪を広げていった。「13歳までほとんど喋りもしなかった。だけど、スケボーで自信をつけて以来、黙っていられなくなってしまったんだ」。<Slam City Skates>に出入りするうち、彼はボードに描かれたイラストに惹かれるようになっていった。そのうちのイラストのひとつを描いていたのが、マーク・ゴンザレスだった。いまでも最大のインスピレーションとして彼が崇める伝説のプロスケーター、マーク・ゴンザレスだが、ブロンディはadidasのスポンサーを得たことでゴンザレスを「友人」と呼べる関係になった。「一緒に旅をして、ゴンズ(ゴンザレス)というひとを少し垣間見ることができた。彼は根っからのアーティスト。決して目立とうとせず、ナプキンに絵を描いたりしてはそれをその辺に放り投げておくんだ。そしてそれをひとが見つけて、後生大事にする。彼が作るものはファイン・アートではない。だけど、自由なんだ。スケートと同じように、彼は衝動に駆られて絵を描いているんだ」

2012年のロンドン五輪開催中、ブロンディは地元の新聞に掲載されていた体操選手ベス・トウェドル(Beth Tweddle)の写真に目を留めた。スプリットをしているトウェドルのその写真をブロンディは切り抜いた。そして、思春期には毎日数時間も眺めたというテムズ川を思い、トウェドルの股間部分にTHAMESと大きく描き込んだ。そして、母親のパソコンを使ってこの突飛なコラージュ作品を発展させていき、やがて大きなプリントにし、シャツ作品を作るにいたった。「まだ14歳だった頃。ほかの誰もそんなことやっていなかったけど、できるような気がした。Thamesをブランドにするのは意識的ではなかったけど、ブランドにしなくちゃならないという気がしたし、ちゃんと形にするべきだと思った。Thamesって言葉も気に入ったんだ。テムズ川は、ロンドンをつなぎ、分断している。見方によって異なる意味を持つ存在なんだ」

彼の一日は早朝からはじまる。アイデアを閃いて飛び起きることもたびたびだそうだ。そして、朝の通勤に急ぐひともまばらな時間に、コヴェント・ガーデン地区にあるフラットからスケボーでソーホーのスタジオへ向かう。働かない日はない——アート作品を作ったり、コレクションの企画を進めたり、ルックブックの撮影をしたり、『Vogue Homme』や『Arena Homme+』などのファッション誌にモデルとして起用されたり、はたまたアラスデア・マクレランが監督したThe xxの最新曲ビデオに特別出演したりと、常に働いている。そしてデスクにかじりつきの長い一日を終えたあとには、ピアノのレッスンでリラックスするという。ABBAの「The Winner Takes It All」をマスターしたばかりだというブロンディ、現在はシスターズ・オブ・マーシーの「1959」を練習しているそうだ。

しかし、彼の5回目となる個展『Us and Chem.』こそは、ブロンディがこれまでに世に送り出してきた作品のなかでもっとも野心的で、個人的なものだ。Thamesの名をどこにも配することなく制作された全13作品に、ブロンディはオリジナルの素材を用いた。「以前は、グレート・ウィンドミル通りにあった雑誌店に行っては80年代の雑誌や新聞を買って、そこから切り取った素材でコラージュを作っていた。そのショップも今は閉店してしまったから、新たらしい手段を考えないといけなくなったんだ」。2016年、ブロンディは淡い不安感に襲われるようになり、うつ病に陥った。しかし個展の準備が、解毒として作用したという。『ハリー・ポッター』で登場人物たちがパトローナスの呪文を唱えて闇を光で照らすように、ブロンディもアートをもって、彼のうちに宿る悪魔と戦ったのだ。やがて、彼の心には平静が訪れ、ライフスタイルの変化が、すでに熱を帯びていた彼の情熱に火をつけた。

最新の作品は、彼の世界をそのままに表現している。ティーポットや灰皿、枯れた花、Pradaのショッピングバッグ、リモンチェッロ、楽譜、ディスニーランドで撮られた友達の写真……。「僕をよく知るひとなら、作品を見て僕の鱗片を見出すと思う。パーソナルな作品を作るのは自然なことだった。そうならざるを得なかったっていうか。アイデアが浮かぶと、それを形にせずにいられないんだ」。彼には、脆さと自信が同時にうかがえる。煙草に火をつけ、いっぱいになった灰皿から吸い殻を捨てて、こう続ける。「去年、あることに気づいたんだ。僕がやることをすべてのひとに気に入ってもらうのは不可能だって。全員から受け入れてもらえるようなものを作ろうなんて、無駄で悲しい考えだよ。自分が完璧だと感じたら、それが完璧。そう考えられるようにならないとアーティストにはなれない。"誰のために作品を作っているのか?"ってつねに自分に問い続けるんだ」

鏡やガラスにプリントされた作品は、鉛やサッシで額装されている。なかでもセンセーショナルなのは、やはりダミアン・ハーストとのコラボレーション作品だろう。物議をかもしたエキシビション『Treasures from the Wreck of the Unbelievable』がヴェネチアで開催された際に出会ったふたりだが、今回のコラボを提案したのはハーストだったという。「鏡の作品を見て、ダミアンが『なあ、これ、巨大なスピンアートの上にプリントしたら最高だぜ』と提案してくれたんだ」

その後、ブロンディは彼を訪問した。スタジオに入るとそこには全身ボイラースーツ姿で手にはグローブを着け、ペンキの容器に囲まれて滑車に立つハーストがいた。ブロンディはその光景を嬉しそうに思い出しながら語る。「とにかくすごいんだ。『スターウォーズ』に出てくる要塞みたいで。大きなドアを開けると、巨大なキャンバスが置いてあって、ダミアンが『超高速でスピンさせてくれ!』って叫んでた。高速で回転するキャンバスに向かってペンキをぶちまけ、そこに酸性の液体をかけるんだけど、回転が止まるまではそれがどんな絵になっているかわからないんだ。偶然にしかできあがらない絵で、ダミアンはこのショーのためだけにそれを作ってくれた。彼は、ウィリー・ウォンカ(『チャーリーとチョコレート工場』の登場人物)のようなひと——『人生は自分で作り出すもの』ってことを体現したひとなんだ」。若かりし頃のハーストと、いまのブロンディには、明らかな類似点がある。ブロンディは、はるかに年上のコラボレーターであるダミアン・ハーストについてこう話す。「彼は、世界と自分が噛み合っていないと感じたんだと思う。だからそんな世界をひとときでも忘れ、世界に求める改善点を見出し、独自の世界を作り上げていった。彼と、彼が紡ぎ出すストーリーに、とても刺激を受けるんだ」。ロンドンという街がその動向をつぶさに見守るなかで、彼は人生の岐路に行き着いた。探し求めてきたものを、彼は見つけることができたのだろうか——「この個展は、僕に大切なことに気づかせてくれた。ショーはお金のためでも、才能を認めてもらうためのものでもない。衝動に駆られ、そうするほかなく作ったんだ。自分の感覚や感情に従ってね。正気でいるために、アートをつくる——表現することでセラピーのような効果を得ているんだ」

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Credits


Text Ben Reardon
Photography Mike O'Meally
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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