ファッションブランドの始め方 by Siblingのコゼット・ミククエリー

メディアやファッションの世界で生きていきたいけど、どんな道を辿れば良いのかわからない——そんなことを考えて足踏みしている読者も多いはず。i-Dファミリーに、彼女たちがどのようにしてデザイナーに、スタイリストに、ライターに、ディレクターになったのかを聞くこの「How To」シリーズ。今回はSiblingのコゼットに話を聞いた。

by Cozette McCreey
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13 October 2016, 11:05am

sibling fall/winter 16. photography jason lloyd evans.

ニットウェアを復活させたいという情熱から、当初はメンズ、続いてすべてのジェンダーのためのアイテムを創作するようになったSibling。遊び心溢れるプリントやマッチョな男の子たち、日に焼けた健康的なセクシーさなど、見ているこちらが笑顔になってしまうような楽しい世界観を織り成す稀有なブランドだ。2008年春の立ち上げ当初から、その新鮮な作風は大きな話題となり、現在は商品ラインアップも増えてビジネスが順調な成長を見せている。大きな夢を現実のものへと導いたデザイナーのコゼット・ミククエリー(Cozette McCreery)が、これまでの経験と教訓について語ってくれた。

何をしているか、そしてなぜそれでなければならないのか。
「私は、メンズおよびウィメンズのニットウェア専門ブランドSiblingを、シド・ブライアン(Sid Bryan)と共に手がけています。私は主にパブリックリレーションを担当していて、プレスやセールス、ソーシャルメディア、ブランドアイデンティティをとりまとめています。もうひとり、スタジオで全てをこなしてくれているサラもいるから、Siblingは3人で切り盛りしている感じ。だから、誰が何を担当するかといった振り分けは厳密ではないわね。リサーチとデザインがあって、スタジオでの仕事やショーもある。私がこなしていることすべてを考えただけで頭が爆発しそうだわ!基本的には、ケイティ・グランドが言うところの「何とかして実現する」ということになるのかしら。
子供の頃は電車の操縦士になりたかったんだけど、駅で働かなきゃいけないし、実際には電車の操縦はさせてもらえないと知って諦めたの。その後、バレリーナになりたいと思ったこともあったけど背が高くなりすぎて諦めざるをえなくなって。周囲は他のタイプのダンスならと言ってくれたけど、私は頑固だから、ひとに説得された時点でもう踊りたくなかった。それからメイクアップアーティストにもなりたいと思ったけど、結局は獣医になりたいと思った。ファッションの道は、私が自分の環境を肯定し始めたら自然と目の前に広がっていったのよ。
まちがいなく私にとって最大の影響でありインスピレーションとなるのは両親。ふたりともとてもファッションに積極的だった。父はまだ『メトロセクシュアル』なんて言葉が生まれる前からメトロセクシュアルな装いをするひとだったの。買い物についていくと、父はお友達の店でジャンパーを買ったり、ビバのお店でスパンコールやフェザーを買ったりしていたわ。子供の頃、周りの友達がピンクやブルーでそれぞれジェンダーに沿った服装をしていたなか、私と弟はNewmanのジーンズにチェックのシャツを合わせたり、全身ブラックの装いをしていたの。すごく先進的な両親のもとに育ったのよ。両親は私たち姉弟に敬意を持って接してくれたから、私たちは心と個性をそのままに育むことができた。
18歳でケンブリッジ大学に入学するとき、進路指導の先生が「あなたは教師に適しているかもしれない」って私に言ったの。頑固であまのじゃくな性格が頭をもたげて、そこで「そんなのイヤ」と思って大学行きをやめたの。「教師?冗談じゃないわ」ってね。当時はモデルとしてアルバイトをしていて——といってもデパートで開催するショーで歩いたりする程度だけれど、それでもずいぶんと稼いではいたから生意気だったの。でも誤解しないでね。学校は大好きだったのよ。ちょっと変わっていたのかも。とにかく、友達とクラブ遊びをしているうちに知人の輪が広がっていって、Max MaraやFENDI、Jasper Conran、Alastair Blairの関係者と知り合った頃には、もうファッションの世界に生きるんだって決めてたわ。人間関係の始まりと一緒で『これはうまくいく』っていう確信みたいなものがあったの。自分がやっていることを心から楽しめて、仕事に行くのが楽しかったから『これは幸先がいい』ってね。日曜の夕方になると「明日からまた学校だ」って陰鬱とした気持ちになったりした経験があるでしょう?ああいう気持ちになったらもうその関係は終わり。前に進まなきゃ」

Sibling spring/summer 17. Photography Piczo.

日々の仕事
「ほとんどパソコンにかじりついているわ。メールの返信、ソーシャルメディアの投稿といった、プロモーションに関わることを一日中やってるの。それがブランドイメージのベースになるから、プロモーションは重要。プロモーション関連の作業を私が自分ですべてやるのは、ひとに任せられるほどには誰も信用できないからということもあるけど、私がソーシャルメディア中毒だからというのが一番大きな理由ね。ソーシャルメディアに打ち立てたイメージがいかに人々に影響を与えて、人々によってブランドイメージが変えられてしまうかということが楽しくてしかたがないの。興味深い世界だと思う。私はいまやソーシャルメディアの専門家だと自負してるわ!
というわけで、仕事としては、まずプロモーション全般の作業があるのと、他にはプレス問い合わせやインタビュー。まさにこういった感じのね。加えてコレクションの最終確認や在庫の発送、さまざまな料金の支払い、入金の確認があって、ショーに向けてのめまぐるしい作業の毎日がある。
この仕事をしていてよかったと思えるのは、Siblingの服を着ているひとを見かけたり、雑誌でうちの服が大きく取り上げられたりするときね。『ES』誌の表紙でボクサーのアンソニー・ジョシュア(Anthony Joshua)がうちの2016年秋冬を着てたの見てくれた?ああやって写真作品になるまでには、チームとして膨大な時間と労力をかけていたので、本当に嬉しかったわ。個人的にはああいうものを生み出せたときに、自分の努力が報われたって実感するわね。そういう些細なことが本当に嬉しい。ビッグメゾンで働いてる友達から「広告を出していないSiblingのほうが、広告を出してプロモーションしているうちのブランドよりかっこいい!」なんてメッセージが来たりすると、本当に嬉しい。
この仕事に関して人々が持つもっとも大きな誤解は、ファッション業界がグラマラスだっていうことです!カール・ラガーフェルドやドナテラ・ヴェルサーチみたいなデザイナーはそうかもしれません。だけどファッション界のグラマーは幻想で、その幻想も、ブランドのアイデンティティの一環なのよ。ラガーフェルドやドナテラだって、あそこまでのグラマーを演出できるまでにかなりの苦労をしたはずです。そこには会社経営のストレスや、すべてを数字で考えなきゃいけない現実、雇っている人たちの生活に対する責任があるしね」

Sibling spring/summer 16. Photography Jason Lloyd Evans.

「あれがあったから今の自分がある」と思う出来事
「この世界への扉を最初に開いてくれたのはジャスパー・コンラン。そこにベラ・フロイドが私を雇ってくれて、自分のものの見方や直感を信じられるだけの自信を私に与えてくれました。あれだけの自由を与えてもらえると、あとは自分の限界を押し広げられるか、その限界に潰されるかしかない。そしてそこで成長できる。少なくとも自分というものを知ることができるんです。
これまででもっとも印象深い瞬間?そうね……たくさんありすぎるわ。ベラとジョン・マルコヴィッチと一緒に短編映画を作ったときかしら……ロンドンメンズコレクションで2013年春夏コレクションを発表してSibling初のランウェイショーをやって父の度肝を抜いたとき、それと東京や上海へ旅したときも夢のようだったわ」

大学には行くべきか、行かざるべきか
「さっきも言ったけれど、私は大学へは行かなかった。ファッション業界の人々にたくさん出会って、新しい可能性をそこに見たし、新しいことをやるのが怖くなかったから。誰かが『僕の下で働いてみない?』って言ってきたら『はい!』って答えなさい!現実的なことは後で考えればいい。私は、16歳のときに両親とロンドンに引っ越していたから住むところに困ることはなかったし、シャイなりにも、人とのコミュニケーションには困らなかったから、ラッキーだったのかもしれない。それと、この名前にも助けられたと思う。一度聞いたらなかなか忘れられない名前でしょう。とにかく、私がたどった道が絶対というわけではないし、誰の前にも同じ道が開けるわけでもない。ただ、なんとなくでも『これだ』と感じる道を進むべきだと思う。
私は、英語と英文学、生物学、化学、メディア研究、それと……ありとあらゆる勉強をしたわ。8教科は普通レベル、4科目はアドバンスレベルよ。学ぶということが好きで、勉強は苦じゃなかった。一夜漬けで勉強したり、何度も復習するようなことを必要としない程度には勉強ができたのよ。試験を前にほとんど復習をしない私を母が心配したことがあって、そのとき私は「もうずっとこの勉強してるのよ。ここまで勉強しても理解できないようなことは、きっとこれからどれだけ勉強してもずっと理解できないわよ」って言い返したらしいの。そしてかなりの高得点を出したのよ。可愛くない子供でしょ(笑)
私はいつも、経験こそが重要だっていつも言っているの。大学生は可能なかぎり多くの角度からこの業界を見るべきだと思う。私自身、アシスタントをした経験もあるし、ショップ店員をやったこともある。顧客のためのセールスルーム担当で働いたこともあるし、モデルをやってたことも、他のレーベルのためにニットウェアを編み続けた日々もあったわ。私にとって一番有益だった経験は、小さなブランドであらゆる作業をこなしたこと。生産からPRまで、その間にあるすべてのプロセスに関わったことが、今どれだけ役立っていることか。パートナーのシドは、フリーランスとしてデザイナーやハイストリートブランドのもとで働いていた経験があるのよ。自分のブランドを立ち上げる前に、できるだけ多くの情報を得て、たくさんの人脈を作るのが大切。違う意見もあるだろうけど、この業界は生き抜くだけでも大変なの。トレンドに左右されるし、事業だけじゃなくあなたの自信もズタズタにされる可能性もある。自分がもう、何もしなくてもチヤホヤされるクラブキッズやおしゃれキッズではないんだと悟るときが、誰にでもくる。そんなとき——業界やトレンドが変わってしまったときに、自分自身を、そして自分の居場所を分かっているというのは、大きな強みになるはず」

Sibling spring/summer 16. Photography Jason Lloyd Evans. 

「あの時にこれを知っていたら」と今思うこと
「諦めるべきときを知っていたらとは思うわね。手放すことも、『ノー』と言うのも、ネガティブなこととはかぎらないってこと。『死んでいる馬を鞭打ってもしょうがない』という言葉は、私が今まで得たなかでも最も有意義なアドバイスだったと思う。『楽しいならやるべき。楽しくないなら辞めてしまえ。簡単なこと』という言葉と並んでね。どちらも父の言葉よ。他のアドバイスはとてもここでは言えないわ。
私のような人生を切り開きたいと思っているひとへのアドバイス?そうね……時代遅れみたいに聞こえるかもしれないけど『ひとに優しく』かしら。ひとに優しく接することができないような状況からは身を引きなさいと言いたい。この信条に私はずいぶんと助けられてきたから。ひとに媚びろって言ってるんじゃないのよ。その真逆のことを言っているの。自分の人生を生きなさい、そして成功で有頂天になったりしないで、と言っているの。ファッション業界によってダメになるひとはたくさんいる。ファッションで身を滅ぼすひともたくさんいるし、ブランドの人間だっていつ事業が不安定になるかわからない。そんなとき、頼れるのはやっぱり友達よ」

明日が楽しみ。なぜなら……
「コレクションを発表できるから!メンズとレディースを手がけるようになってから、メンズのスケジュールで動いてるの。そうすることで、シドも私も時間をかけて考えることができるし、クリエイティブにものづくりができるから。心の余裕というのは誰にとっても大切。年に4回のショート5つのコレクション発表というファッション業界のサイクルには合わせないと決めたの。Siblingは3人で回しているブランド。33人で回してるならともかくね。今のスケジュールでもいっぱいいっぱいだもの」

Credits


Text Cozette McCreery
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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