『君の名前で僕を呼んで』の〈桃オナニー〉をやってみた

ティモシー・シャラメ主演の映画『君の名前で僕を呼んで』の〈桃シーン〉は、皆さんすでにご存知だろう。映画史に残るあの甘美なシーンが本当にできるか、検証してみた。

by André-Naquian Wheeler; translated by Ai Nakayama
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16 April 2019, 7:53am

君の名前で僕を呼んで』の〈桃シーン〉については今や誰もがご存じだろう。思春期特有の劣情に突き動かされたエリオ(ティモシー・シャラメ)が横たわり、自らの鬱屈と性的欲求不満を、何とも興味深い方法で解消する。彼は指で熟した桃をほじくって種を取り出す。夕日のような黄金色をした果汁がエリオの胸元と腹部に飛び散る。エリオは天井をみつめながら両手で桃をもてあそぶ。「やるのか…? いやまさか…」と私たちは不安に思う。私たちが逡巡しているあいだに、エリオは短パンのボタンを外し、桃を股ぐらへと近づける。すべてのサウンドの音量が大きい。私たちは、桃がつぶれ、こすりつけられるぐちゃぐちゃとした音、エリオの荒い息遣いを聴くが、エリオが桃を使って何をしているのかは画面には映らない。映す必要はない。みえなくてもわかっている。カメラはエリオの表情を映し続けるので、私たちはどこか奇妙な、不快そうに歪む彼の顔をみつめ続けるほかない。まるで、ティーンエイジャーの寝室を史上最悪のタイミングでのぞきみてしまい、ドアを開けたままきまり悪そうに謝罪の言葉をもごもごとつぶやいている気分だ。風変わりなマスターベーションは唐突に絶頂を迎え、エリオは「クソ(fuck)」と吐き捨てて終わる。彼は精液で汚れた桃を、横にあったナイトテーブルの上に置いた。エリオは、スクリーン上で桃を使って自慰をした、映画史上初のキャラクターだ。

『君の名前で僕を呼んで』のおかげで、2018年夏の桃業界にバブルが到来した、という報告があってもおかしくない。世界中で、男性たちが食料品店で桃を買いあさったであろうことは容易に想像できる。私が本作を初めて観たのは2018年初頭だが、観たあとすぐに、桃のシーンを自分でも試してみて、本当に可能かどうか確認しよう、と決意した(しかし桃が米国の市場に出回るのは5月中旬から8月中旬なので、残念ながら数ヶ月待たなければならなかった)。この欲求は、ただ単に快楽を得たいということではなく、もっと深遠な、研究対象としての興味から生まれたものだ。男性の自慰行為が真剣に語られたり、描写されてたりすることは稀だ。頻度でいえば、クィア男性のセクシュアリティのほうがよっぽど語られている。映画やテレビにおける自慰行為は、だいたいがチープなジョークとして扱われる。たとえば映画『アメリカン・パイ』のジムによる温かいパイを使ったそれや、『メリーに首ったけ』でデート中に急いでトイレで一発抜き、耳についた残滓をメリーに〈ヘアジェル〉と誤解されるベン・スティラーなんかが思い浮かぶはずだ。しかし私の記憶に残ったエリオの桃のシーンは、粗雑さや恥ずかしさ、おバカなユーモアなどではなく、自己分析にフォーカスしていた。私も、エリオのようになりたかった。自慰行為との関係を、もっと解放された、ロマンティックなものに変化させたいと思った。

まずは、みなさんがいちばん気になっている質問に答えよう。〈桃でマスターベーションはできるのか?〉。答えはイエス。しかも最高だ。

理想の桃を手に入れるために私は〈ホールフーズ・マーケット〉へ向かった。わざわざホールフーズを選んだのは、ペニスを包むならオーガニックフードでなければならないと考えたから。『君の名前で僕を呼んで』ファンが殺到するのを見越してか、当時ホールフーズでは、Amazonプライム会員なら桃が50%オフになるセールを開催していた。レジに並んでいると汗ばんできた。私が食べるためにこの桃を買っているわけではないという事実が、レジ係にバレているんじゃないか、と不安になってきたのだ。現実を歪めてしまうという意味で、どんなドラッグよりも強力だった。しかし、その恥の意識のおかげで、私がこのプロジェクトをやり通すべきだという根拠がいっそう明らかになった。

桃を使った自慰行為で大事なのは、桃が熟しすぎるほど熟すのを待つことだ。でろでろになっていること、常温であること、皮が濃いバーガンディ色になっていることが重要だ。あまりにも前のめりだった私は、桃を買ったあとただちに試してみようと気が急いていたが、買ったばかりの桃はまだ硬く、鮮やかな赤色をしていた。これは理想的な状態ではない。なぜならこれでは種を取り出せないし、桃の果肉は期待どおりにペニスを包んでくれないからだ。

桃をキッチンカウンターの上に放って、3日待った。今度は完璧だった。準備として窓を開け、涼しい風を室内に取り入れた。BGMはもちろん、スフィアン・スティーヴンスの「Mystery of Love」。そして横になった。以下、順序を説明しよう。

1:人差し指を使って桃の中央にゆっくりと穴を開け、桃の中で指を小刻みに揺らして種へとトンネルを進めていく。ここで気を付けなければいけないのは果汁。あちらこちらに飛び散る。

2:種に指をかけ、ゆっくりと引き出す。いちどでは取り出せない。ここであまり力を加えすぎると、桃が割れてしまうので注意。

3:種が取り出せたら、できるかぎり桃の穴を広げる。自分のペニスの外周に合わせて。

4:これで準備完了だ。桃の大きさでは、ペニスの上半分しか包んでくれない可能性があるが、これまでに体験したことのない感覚が得られる。さらに、桃の果汁がすばらしい潤滑油になってくれることに気づいた。誰かなる早で特許を取ったほうがいい。

5:しかし残念ながら、私の使用済みの桃を食べてくれるオリヴァーみたいなひとはいない。

『君の名前で僕を呼んで』の桃シーンは、単なる青春時代の逸脱行為ではない。このシーンのおかげで、桃の絵文字にまったく新しい意味づけがなされた(それまで、存在しないお尻の絵文字の代わりにだけ使われていた絵文字だ)。登録者数4800人を超える『君の名前で僕を呼んで』のRedditページを眺めていると、この魅惑の果実をテーマにしたファンアートやGIF、ジョークが大量に見つかる。ファンたちの桃シーンへの情熱は強く、2018年8月には桃の香りがするアナログ盤の公式サントラが発売されたほど。さらにプロモーション期間には、ティモシーだけでなくオリヴァーを演じたアーミー・ハマールカ・グァダニーノ監督にも桃関連の質問が浴びせられた。「この前チポトレ(メキシコ料理レストラン)で、知らないひとに桃のキャンディが詰まった袋を目の前に置かれたよ。犯人は逃げていったけど」と『Variety』のインタビューで、ティモシーは『ゲット・アウト』の主演を務めたダニエル・カルーヤにこう答えた。ファンたちの想いの発露たる行為を、笑うと同時に引いてもいるようだ。どうしてひとつのマスターベーション・シーンがこんなにも大勢のひとの心をつかむのだろう?

実は驚くべきことに、古代中国の周(紀元前1046年頃 〜紀元前256年)の時代から、桃は同性愛と結びつけられてきた。中国語で〈分桃〉という言葉は男性の同性愛を指すが、その由来はエリオとオリヴァーの恋のようにロマンティックだ。周の君主、霊公は、卑しい身分の家来ながら美しい弥子瑕を見初める。ある日、霊公と果樹園を散歩していた弥子瑕は、木になっていた桃をもぎ取りひと口食べる。そして、あまりに美味なその桃を、愛する霊公に食べさせたい、と霊公に食べかけの桃を差し出した。残念ながら、月日が経ち、霊公の弥子瑕への愛が偏執的で不安定なものになると、ふたりの関係は悲劇的な終焉を迎える。詩人の阮籍が、弥子瑕の無償の愛に基づいたこの行動を詩に詠み、〈分桃〉という言葉が生まれた。男性君主が男性を寵愛することが悪いことでも恥ずかしいことでもなかった時代は、愛情のこもった言葉とされていたが、その後ホモフォビアが広まると、12世紀には男娼を指す言葉として使われるようになった。

歴史はこんなふうにおもしろいかたちで繰り返すのだ。桃が選ばれる理由には、夏の盛りに桃が旬を迎えることや、湧きたつ愛の完璧なメタファーであること、同性愛のシンボルとしてもこれ以上ないことなど様々あるだろう。エリオとオリヴァー、そして霊公と弥子瑕の恋のように、桃の花も一気に開き、はかなく散ってしまうのだ。

This article originally appeared on i-D US.