Out of This World: i-D Meets ミッキー・ブランコ

ミュージシャンのミッキー・ブランコが、南アフリカのクィア・シーンのいまを探り、国内最大の都市ヨハネスブルクに暮らす若きクィア・アーティストたちを讃える。

|
okt 20 2017, 1:08pm

i-Dの『Out of This World』は南アフリカのクィア・シーンのいまに踏み込み、都市ヨハネスブルクに芽生えた若きクィア・アーティストたちを讃えた映像作品だ。ホストであるミュージシャンのミッキー・ブランコ(Mykki Blanco)はヨハネスブルクで暮らす多様なクリエイターたちと出会い、彼らが作り出した性的にも美的観点からも「自由な空間」を探求することで、クィアであることが彼らの創造性とどう呼応しあっているかを垣間見る。ジェンダー、人種、貧富の不平等が深刻な南アフリカ——監督マット・ランバート(Matt Lambert)は今回の『Out of This World』で、アパルトヘイトが廃止された南アフリカで、その暴力的な歴史を知らない「自由世代」にフォーカスを当てた。ヨハネスブルクの力強く多様なクィア・クリエイティブ・シーンを祝福する『Out of This World』についてより深く知るため、i-Dはミッキー・ブランコに「人生観までをも変えてしまった」と言わしめるこのプロジェクトについて話を聞いた。

——ストレートのアフリカ人男性たちは、外で手をつないで歩いたりします。それが仲の良さの表現だと考えらえているからです。そのように西洋諸国とは違う "男らしさ"が存在する南アフリカですが、そのことは現地のホモフォビア(同性愛嫌悪)にどう影響しているのでしょうか?

ンクルシー(Nkulsey)と、パフォーマンスアートグループのFAKAは南アフリカ文化、とりわけズールー族の文化において、ひとびとは男性がフェミニンであることと同性愛とを直結させて考えないと言っていた。ヨハネスブルクのヘテロセクシャル(異性愛者)の男性たちは、スタイルやファッションを愛し、思い切りセクシーに着飾ったりするの。でもそれを見て誰も彼らを同性愛者だと思ったりしない。そして、自分の周りに同性愛者がいるなんて考えもせずに育つんだとも聞きました。ブラッドリーとンクルシーが一緒にいても、ひとびとは彼らが同性愛者だとは考えもせず、「双子か?」とか「兄弟?」と聞くの。

——『Out of This World』の中であなたは、「デジタルな視覚メディアを通して、ひとは他文化の概念に気づき、触れることができる」と語っています。自らのクィアとしての存在感が、現地のクィアのひとたちにも共鳴したと感じましたか?

抑圧されてきたひとの気持ちを理解し、自分も同じような経験をしてきたと感じるとき、そこには特別なエネルギーが生まれるものなんだと思う。しきたりや肌の色、信条、宗教を超えて、世界中のクィアの人間には不思議と共感できるものがある。わたしも「Faggot(日本語の"オカマ"に相当する侮辱的呼称)」と呼ばれたことがあるから、ズールー語のそれに相当する「Stabana」と呼ばれた南アフリカ人クィアたちの気持ちがわかる。クィアとして生きてきた時間が、わたしに特別な力を与えてくれているかどうかはわからない。けれど、クィアとして育ち、クィアとして生きてきたからこそ、いま南アフリカのクィアを取り巻く状況について自分が何かしらの意見を持つ際には、注意と優しさをもたなくてはならないと肝に銘じることができる。自分のアイデンティティをトランスジェンダーと認識して生きていたときもありましたが、それも、タブー視されて決して語ることのないセックスや恋愛関係について、わたしが持つ視点を、明確にしてくれたのかもしれない。HIV感染者やトランスジェンダーが性について話すのは嫌れがち。タブーなんです。でも性は誰にとっても不可欠で、それなしで語ることは、彼らを非人間的な存在として捉えることと同じなの。

——当事者が、性別によって判断されることに関して積極的な発言を避けているという側面もあると思います。でも本人たちが自らそれを語るようになれば……。

そう、トランスジェンダーという存在は、広くセックスワークと結び付けて考えられがちです。でもトランスジェンダーの性について健全な打ち出し方がなされれば本人らが持つ恥ずかしさを取り除いていくことができると思う。

——あなたが撮影を行なった時期の南アフリカは寒かったですよね、でも南アフリカというと年中暑いというイメージがあります。同じようなに、現実の南アフリカについて知らなかった!と驚いたことはありましたか?

ふたつ、特に印象に残った現実がありました。ひとつは、南アフリカの女性たちがいかに抑圧を感じているか——彼女たちの声がどう黙殺され、それを届けるためにどう戦わなければならないか。そしてレズビアン女性、とりわけフェム(女性的)ではないレズビアン女性たちがいかに危険な状況で暮らしているかについてもまったく知りませんでした。

FAKAのみんなは、男性的と判断されるクィア女性たちがいかに危険にさらされているかについて、わたしに教えてくれた。"矯正レイプ"というものがあって、レズビアンはレイプされ、もしもそのレズビアン女性に娘がいれば「レズビアンではない」ことを確かめるためにその娘までもがレイプされるんだというの。アーティストのレディ・スコリー(Lady Skollie)は、自身のラジオ番組で、南アフリカにおいてタブー視される性やセクシュアリティについて語っていて、「南アフリカ社会には、女性の結束を快く思わない風潮さえある」と言っている。自身の心の痛みや過去のトラウマについて勇敢に語っている彼女に胸を打たれた。

もうひとつ印象に残ったのは、肌の色についての感覚。南アフリカではそれが白人至上主義に直結する。アメリカにおける黒人と肌の色が薄い黒人の間にある差別には、奴隷制度の歴史が深く関係している。アメリカの黒人たちは数百年にわたりその現実と戦ってきた。だから南アフリカ社会が明確なふたつの階級に分かれているのにはひどくショックを受けました。ひとはわたしを見て、「ここに暮らしていたら君は南アフリカ人だとカテゴライズされるよ」と言い、他方で「君は"白人に近い黒人"とカテゴライズされる」と言うひともいて。とても居心地の悪い思いがしました。

——今回あなたは黒人居住区、通称"タウンシップ"を訪れていますが、そこのコミュニティについてはどう感じましたか? またクィアを題材にした撮影に対する、住人の反応はどうでしたか?

わたしが訪れたのはFAKAのメンバー、フェラ・グッチ(Fela Gucci)が育ったカトレホンと、撮影で行ったソウェト。ソウェトはデザイナーのリッチ・ンニシ(Rich Mnisi)と一緒に訪れました。今回、南アフリカを訪れるまでわたしはタウンシップ文化というものを全く知りませんでした。外国人が持ってしまいがちな"上から目線"で、現地の現実を見たくなかった。でも、「ここに住む人たちに必要なものは、きちんと流通されているの?」と思ったことはたしか。南アフリカの深刻な経済格差のせいで、タウンシップに暮らすひとたちには必要なものも与えられていない。綺麗な家の向こうに、荒廃した家が見えたりする。撮影チームが滞在したエリアは高い塀と電線が張り巡らされた家ばかりでした。黒人のアメリカ人として、国民のほとんどが黒人であるアフリカに来て、富裕層がマイノリティである白人に独占されている現実を見るのはとても複雑な思いがした。でも、これが抑圧の体制によって生まれる現実です。いまわたしたちは世界的なファシズムの台頭をふたたび目の当たりにしている。それは、権利を剥奪された人や、矮小化されている人に目を向けなければ起こりえること、そして実際に起こったことなの。

「タウンシップにはタウンシップのルールがある」「そこにいるひとを知らないかぎり、何も理解できない」と、ひとは言うけれど、わたしはリッチのおじさんやおばさんたちに出会って、彼らはみなリッチがクィアだと知ったうえで、彼の成功を後押ししたいと撮影に参加してくれたのを強く感じたの。

——リッチがコミュニティに受け入れられているという事実は、単にラッキーだったということなのしょうか?

家族が作品を理解してくれているというのは大きいんだと思う。リッチの活躍は雑誌や新聞でこれまでも大きく取り上げられていて、彼にはさまざまな受賞歴もある。そういった活躍があるから、彼の母やおば、おじが「リッチは成功しているんだ」という実感を得ることができる。でもたとえばパフォーマンスアートやペインティングといった、より難解とされる表現形式を志しているひとたちもいる。リッチのように、家族やコミュニティが「ビジネスを築き上げている」と認識しやすいことをやっているひとと、ミュージシャンのウムリロ(Umlilo)のように聴くひとの趣味によって大きく評価が分かれることをやっているひとの間には、歴然とした違いがある。でもこれは南アフリカに限ったことではなく、世界のどこでも、よほど芸術一家にでも生まれていないかぎり、パフォーマンスアーティストの成功を測るバロメーターなんて、家族にはない。ウムリロは、彼の家族が"もっとも自然"と考える生き方を否定することもしない。でも、やはり家父長制度が根強い社会で、自らをフェミニンな存在と位置付けている人間がそうやって生きていくのはとても大変なこと。だからこそ、ウムリロは"フェム・ウォーク"(プライド・パレードに相当するもの)を始めたの。「わたしたちは存在している。黙殺なんてさせない」と、社会に訴えるために。

——フェム・ウォークに参加して、社会の偏見のようなものは感じましたか?

社会におけるクィアの人権と、反アパルトヘイトのために戦った活動家サイモン・ンゴリ(Simon Ngoli)を讃える意味でヨハネスブルクの通りに設置された「サイモン・ンゴリ・コーナー」で、わたしたちは黙祷をしたの。危険な香りのする地域だった。わたしも怖かったけれど、ほかのフェム・ウォーク参加者も何か危険なことが起こるんじゃないかと心配していました。

——フェラとFAKAのデザイアが立ち上げたクラブナイト、Cunty Powerはどうでしたか?誰が率いた、誰のためのイベントだったのでしょうか?

イベントへ足を運ぶ前に、非トランスジェンダーで男性的なゲイが絶対的多数を占める場所で、女性的なひとがどれだけ排除されているかについて話し合う機会がありました。その会話の内容から「Cunty Powerはきっと小さなイベントなんだろうな」と想像していたんだけれど、行ってみてびっくり——大盛りあがりだったの! FAKAは力強い支持を得ていて、イベントの参加者たちが手放しで自らの存在を楽しんでいた。女性たちが、男性の視線を気にせずに思う存分ハジけていたの。クィア空間で、ストレート女性がそれを自分たちのための空間だと感じられるということを、わたしはこれまでずっと素晴らしいことだと考えてきた。クィアな空間は、共有された空間に他ならないから。

——そして、有色人種のトランスジェンダーのひとたちが、周囲の持つイメージを忘れて自分らしくいられる空間でもありますね。

キャラものみたいに扱われるれるのは、本当に良くないわ!ただ根本的な人種的な隔たりというのを感じたのもたしかで、あれは不自然だと思った。この映像のストーリー・プロデューサーであるスティーヴン・アイザック=ウィルソンに、「目指す社会像があって、それを体現したようなこの空間があって、誰もがここで幸せを感じられるはずなのに、体に染み付いている歴史のせいである種の明るさが見えない」と言ったのを覚えてる。それは区別という洗脳のせいなのよ。

——クィアの若者たちが本当の自分を知り、そしてそれを現実社会で実践して生きるうえで、インターネットはどれだけ役立っていると思いますか?

インターネット上に国際的なクィアのコミュニティがあることで、彼らは大きな勇気を得ていると思う。ヨハネスブルクで自分らしさを隠さずに生きているルーク・ヴァン・デン・バーグ(Luke van den Burg)という18歳のトランスジェンダーのことを考えていたんだけど、ネット上でのひととのつながりがなかったら、ルークはもっと過酷な孤独感を強いられているにちがいないわ。そういったクィアのコミュニティがネット上にあることが彼らを勇気づけるし、だからこそ彼ら自身のコミュニティで大きな社会的変化を推し進めていくことができる。わたしがルークだったら「なぜファッションを楽しんじゃいけないの?自分が"これ"と感じるジェンダーを表現して生きちゃいけないの? どうして他人に白い目で見られなきゃいけないの?ネット上には、わたしが生き抜いている現実を理解し、困ったとき話を聞いてくれるひとたちがいる」と思っているにちがいない。ネット以外でも、世界のクィア・コミュニティには灯台の役割を果たしてくれているトランスジェンダーの著名人たちがいる。真実を世界に向けて語ってくれるラヴァーン・コックス(Laverne Cox)がいて、作家でテレビ番組の司会もするジャネット・モック(Janet Mock)のようなひともいる。ほかにも、小規模ながらそれぞれの立場を使って、トランスジェンダーの医療や性、ファッションについて語っているトランスジェンダーがたくさんいる。そういうひとたちが、いつでも相談をできる状態を作っていることが、大きな助けになっていると思う。

——ラヴァーン・コックスは、ジェンダーの二極化を「植民地化的な強制」だと発言していますね。

そのとおり! 今回、わたしが話をした黒人の南アフリカ人は全員がキリスト教家庭で育ったか、もしくは教会に通って育ったと言っていて、キリスト教の浸透がいかに現在のクィア排除のメンタリティにつながっているかを嘆いていた。

——彼らはもう教会には通っていないのでしょうか?

「教会にはもう行かない」というような強い否定の感情は感じなかった。誰も、「行かない」と口に出して言うことはしなかったしね。ンクルシー以外は、家族とある程度密接な関係のなかで育ったみたい。今でもみんな、キリスト教を何かしらの基礎やベースとして生きているような印象を受けた。

——この映像は「家族」という視点から作られてもおかしくなかったところを、あえて「若者文化・ユースカルチャー」の視点から描いていますね。

わたしもそれがけっして不自然ではない視点だということに気づくまで時間がかかりました。撮影をするなかで「クィア関連の問題に関して、わたしは具体的かつ概念的に考える思考回路を確立してしまっているんだ」と気づかされた。「じゃあ、この状況における問題の核心部分とは何だろう?」とすぐに考えてしまう。でも、i-Dのようにクリエイティビティに焦点を当て、その視点から現実を浮き彫りにしていく手段のほうがずっと興味深い! わたしたちが今回ヨハネスブルクで作り出したもの、それは、"自由世代"が大きくなった2017年、南アフリカのヨハネスブルクだから起こりえたもの。これは、1980年代のニューヨークじゃない——アメリカでもなく、他の世界のどこでもなく、いま南アフリカのヨハネスブルクだからこそできたもの。

——映像にはアフリカといえば"お決まり"のスチールパンドラムも、アフリカンプリントも出てこないし!

そう! もう2017年なんだから! 「アフリカを語るとき、そこには部族的なものが求められる」とリッチ・ンニシも言っていたけど、まさにそれこそが植民地化的ステレオタイプだと思う。ヨハネスブルクのクィアたちも、アーティストも、そんなステレオタイプなんかに頼っていないわ。

——そうやって現存しないものをただのイメージで充当することが世界の文化盗用を助長させているんです!

それは、ヨハネスブルクで見ることのなかったもの——誰もそれに関して非難めいたことを言ったりはしていなかった。ヨハネスブルクのひとたちは、誰かを非難し、目を背けて全体が見えなくなるよりも、実際に起こっていることを理解しようと歩み寄ることを選ぶ。状況をひとのせいにしたり、自分が優位に立とうとしたりはしない人たちなの。

——あれだけの不平等がまかりとおっている状況に、もし南アフリカ人が非難を始めたら止まらなくなったりするのでしょうか……?

わたしは何かが盗用されたら、盗用した人間が非難されるべきだと強く信じている。でも、同時に、盗用を純粋に楽しむ心も大切だと思う。「好きなんだからしょうがないじゃない!」とね。なぜ自分がこのプリントを好きでたまらないかを、いちいち深く考える必要もないのかもしれないとも思うの。