スラム街生まれのポップスター:ブラジルの麒麟児 アニッタ

Instagramのフォロワー数は、2850万人。リタ・オラやドレイク、カミラ・カベロをも魅了し、ファレル・ウィリアムスともコラボをしたブラジル最大のポップスター、アニッタとは? 「私には、スペイン語とポルトガル語の橋渡しをして、両者をポップスでつなぐという使命がある」

by Michael Cragg; translated by Aya Takatsu
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jun 20 2018, 7:48am

地球で過ごした25年のうちに、ブラジルのポップスターであるアニッタ(Anitta)は、オリンピックの舞台で歌い、5つのMTVヨーロッパミュージックアワードを受賞し、Spotifyのリスナーを月1800万人に増加させ、EDM、アレッソ(Is That For Me)、メジャー・レイザー(Sua Cara)、J・バルヴィン(Downtown)ら著名アーティストと仕事をともにし、ポルトガル語、スペイン語、英語で大ヒットを飛ばし続けてきた。さらに(それでも物足りないというのなら)2017年、ビルボードはSNSで世界的に影響力のあるアーティストの15位に彼女を選出した。これはレディ・ガガやビヨンセ、リアーナよりも上位だ。貧民街で育ち、教会で学び、ビジネスの学位を取得して、その音楽を堅実にリオの外、そしてブラジルの外に送り出している者にとって、悪くない結果といえる。

今回のインタビューを通じてわかったのは、彼女にとっては幸せであり続けることこそが幸せであり、成功というのはそのおまけにすぎないということだった。

──こんにちは、アニッタ。今どこにいるのですか?

ブラジル。仕事をしているの。

──何の仕事をしているのですか?

このあと、ここブラジルでMTVアワードのリハーサルがあるの。それから打ち合わせ。ここでは私が自分でマネージャーをしているから、アーティストとして活動していないときはマネージメントをしているの。

──すごい。最後に休みをとったのはいつですか?

思い出せないな……。あ、待って、この前の週!5月8日!次の休みは木曜日。ありがたいことに。

──すぐにリラックスできるタイプですか?

ええ、そう!私に必要で、大事だと思っているのは、携帯電話を切ること。休みの日に携帯を使っていたら、本当には休めないでしょう。仕事のことを考えるのも仕事だから。休んでいるときは、携帯の電源を切っておくのが好き。そして一緒にいる人たちにも、携帯に出ないように言うの。

──一般的に私たちは携帯にしがみつき過ぎていると感じますか?

ネットと携帯は世界を変えてしまったと思う。国際的なアーティストになりたい私にとってはありがたいことだけど、ちゃんとした使い方は知らなきゃいけないと感じてる。みんな中毒だから。私もそうだった。でも、使わない時間もあるんだってことを学んだの。人には休み、息をつく時間が必要なの。

──SNSといえば、ブラジル国民の10%がInstagramであなたをフォローしているというのは本当ですか(注:彼女は2800万人のフォロワー)?! それってものすごいことですよね。

そうね。プレッシャーも強いけど。ブラジルの人はすごく温かくて、愛情を分かち合ったり、一緒にいたがったりするから。だから複雑なの。バランスをとろうと思ってる。動画や写真なんかを撮るために何かをしようとしている人を見たら、こう言うの。「ねえ、今という時間を楽しんでよ」って。リラックスして、と忘れずに付け加えてね。

──あなたの本名はラリッサ・デ・マセド・マシャドです。なぜアニッタという名に変えたのですか?

ラリッサというのは一般的な名前なの。だから目立ちたくて。私しかいないっていうような名前がほしかった。アニッタというのは、10代のころに観ていたブラジルのTV番組からとったもので、彼女は自分が望むものになんでもなれる少女だった。

──ビヨンセやリアーナのような名前ですね。

その通り! ブラジルではアニッタという名前は珍しい。だから「アニッタ」といえば、私のことなの。

──音楽への情熱はどこから生まれたのですか?

おじいちゃんと教会で歌ったことが始まり。すごく質素な環境で育ったというのは、いいことだった。お金がないと、音楽でも英語でも、何かを学ぶのはすごく難しいんだけど。私にとって教会は学校のようなものだった。音楽について私が知っていることはすべてそこで学んだわ。

──子ども時代の音楽的なアイドルは誰でしたか?

マライア・キャリーがいちばん。それからビヨンセとリアーナ。MTVで観た、たくさんのブラジル人アーティストも。

──教会で歌うことから、どうやってブラジル最大のポップスターになったのでしょうか?

自分が歌って踊っている姿をYouTubeにアップしたの。冗談みたいなものだったけど、それをあるプロデューサーが見てくれて。そこから音楽をつくり始めて、貧民街(地元)から別の貧民街に行くようになった。そして街に上京して、アメリカに行き、ほかの国に行って、またほかの国に行く、というふうになった。

──貧民街での生活はどういうものでしたか?

ゲットーみたいな感じ。「Vai Malandra」のPVにあるようなね。街に住むという選択肢がない人は、貧民街に行くの。危険なところ。毎日戦争が起こっているような感じ。

──ビジネスも学んでいますよね。ほかの選択肢を持つことがなぜ必要なのでしょうか。

うーん、だって私は今自分のビジネスをしているし。それを楽にしてくれるから。私がいつも参考にしているのは、輝ける先輩であるお母さん。しょっちゅう仕事のときに活用させてもらってる。

──2017年はラテン音楽の大きなブレイクスルーを予感させる年でした。このブームはしばらく続きそうだと思いますか? そしてそれに乗りたいですか?

私には、スペイン語とポルトガル語の橋渡しをして、両者をポップスでつなぐという使命がある。ブラジルの人たちにもほかの言語の曲を聴いてほしいと思うし、ほかの国の人たちにポルトガル語の曲を聴いてほしくて。

──先にコラボレーションしたJ・バルヴィンは、コーチェラ・フェスティバルでビヨンセと共演していましたね。すごい瞬間だと感じました。あなたもワクワクしましたか?

彼は私の兄のような存在だから、嬉しかった。どんどん成功してほしいと思う。いちばんすごいのは、彼が自分自身の言語でやれていること。それって素晴らしいことだと思う。

──でもそれは大きな制限を課すことにもなりませんか? ラテン語圏や南米のアーティストのひとりとしか見られないとか? あなたはとても国際的に見えますが。

言語は難しい問題だけど、インターネットがあれば、すべてのことがひとつになる。メジャー・レイザーと一緒につくった曲はポルトガル語だけど、たくさんの国で演奏してきた。ときには言語の壁を乗り越えられる。インターネットを通して、私たちはもっと近づくことができると思う。

──Instagramで見たのですが、最近ファレルと仕事をしたようですね。どうでしたか?

彼とスタジオに入ったんだけど、素晴らしいものだった。彼に呼ばれたときは、信じられなかったけど。とても特別な体験だった。めちゃくちゃ泣いちゃった。

──自分がロールモデルであると感じますか? もしそうなら、どんなメッセージを送りたいですか?

リアルな人間の一例でありたいと思ってる。みんな、有名人は失敗したり間違ったりしないって考えがちで、私たちのことを完璧な人間だと思うみたいだけど、私はたまに失敗するのが普通だってことを見せていきたい。だって人間だから。自分の不完全さを見せて、こんなの当たり前よ、って言っていきたい。

This article originally appeared on i-D UK.