チェルフィッチュ×金氏徹平 新作『消しゴム山』の稽古場から見えてきたもの、俳優たちの声

コムアイも注目! パフォーミングアーツ界から注目を集める異色の演劇カンパニー「チェルフィッチュ」が現代美術家・金氏徹平と組んだ新作『消しゴム山』が10月5日、KYOTO EXPERIMENT2019にて初演を迎える。 人とモノがフラットに共存することは可能なのか? 本作の舞台裏に潜入レポート。

by Minori Suzuki; photos by Toshiaki Nakatani
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03 October 2019, 10:32am

わたしは8月から毎日、岡田利規率いる演劇カンパニー「チェルフィッチュ」が美術家の金氏徹平と組んだ新作『消しゴム山』の稽古場に立ち会っている。岡田は、2005年『三月の5日間』で、演劇界の芥川賞とも言われる岸田國士戯曲賞を受賞。以後チェルフィッチュは、国内のみならず、ヨーロッパを中心に高い評価を得ており、海外ツアーも重ねてきた。

近年も岡田は、ウティット・へーマムーンの小説を原作とした『プラータナー:憑依のポートレート』をタイ人と、『三月の5日間』のリクリエーション版を23歳以下(オーディション当時)の若い俳優たちと、それぞれ制作している。チェルフィッチュは新しいクリエーションに挑み続けている。

『消しゴム山』は、青柳いづみ、安藤真理、板橋優里、原田拓哉、矢澤誠、吉田庸、米川幸リオンという20〜30代前半の若い俳優を中心とする、「モノと人間のフラットな関係」の可能性を探る、意欲作だ。

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京都市立崇仁小学校跡地の体育館を稽古場とした、広大な空間に入った日、「ワクワクしますねえ」と米川幸リオンは笑顔を見せた。いくつかのサイズの土管、突き合わされた二つのサッカーのゴールネット、大中小のカラフルなコンテナ、スイカ色のジャバラ状の、アクリルの直方体、エアーマットレス、スチールの傘立て、流木、夥しい量のテニスボール、小型の池。さまざまなモノが置かれている。舞台上は、金氏徹平によって選ばれたモノたちに、自身のコラージュ的手法によって組み合わされたモノも加わり、空間を占めている。

神奈川と東京でのクリエーションを経てから、初演が行われる京都に入り、本作の新しい取り組みが結実する気配を改めて前に、わたしはかすかに嫉妬した。モノたちの空間に圧倒されながら、楽しそうな米川を見て。「これを見ておかないとクールじゃない、って書いてください」と、青柳いづみに言われたときも。

そう、チェルフィッチュは最高にクールなのだ。青柳が俳優として、チェルフィッチュの作る側に回った10年以上前、わたしはまだこの演劇カンパニーのことを知らなかった。もっと早く出会いたかった。

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金氏によるセノグラフィー(舞台美術のみならず空間全体をデザインする)のなかで起こる「物語」は、三部構成で、SF的だ。ドラム式洗濯機が壊れるところから一部が始まる。二部では、タイムマシンが存在し、政治家たちが未来人の訪れの是非について議論し、市井の人々もそのことについて語り合う。変化が忍び寄る。

人間とモノたちとの「使う/使われる」の関係が転じられる未来へと到達していく三部に至ると、わたしたちが見たことのないところに連れ出されるかもしれない。

一般的に会社や組織では年齢差に応じて、役割が決まっていたり、ヒエラルキーがあったりする。しかし、チェルフィッチュのクリエーションにおいて「俳優」という立場でみんな同等で、それぞれのやるべきことをやろうとしているように見える。

演技初経験の美術家の原田、『三月の5日間』リクリエーションに続いて出演する米川や板橋ら20代の俳優たち、これまでも複数回チェルフィッチュの作品に出演してきた青柳、安藤、矢澤、吉田らが、世代や経験値の差を超えて、協働し、刺激を受けながら作品を発展させていく様子はとても豊かに感じる。

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『消しゴム山』の新しい試みとしての「半透明」の実践が目を惹く板橋は、本作において、モノに近づく人間の代表格として存在する。金氏によると〈半透明とは存在するものが消えかかっている状態であるとともに、存在しないものが現れかかっている状態〉だという(「美術手帖」2017年9月号より)。

〈モノの存在感が徐々に増していくとともに、人間とモノとの主従関係の代わりに新たな関係が立ち現れる〉(本作HPの概要より)際、人間がモノに近づいていく過程としての半透明は、俳優たちの身体を通したアートであり、モノを際立たせるための演技としても効いてくる。

いわゆるわかりやすい「物語」ではないあらすじや、一般に馴染みのない半透明といった、本作の複雑な構造は、モノや映像を含めたセノグラフィーはもちろん、岡田のエッジィなテキストが支えている。

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そのテキストを拡張し、観客席にまで手を伸ばしていく媒介となるのは、7人の俳優たちだ。それぞれ個性があって、テキストの読み上げ方、動き、ささやかな佇まいの変化を見せ、一刻一刻変わっていく舞台上の時間と彼ら自身の内部の時間が交わり、観客席から見える一面的な舞台のレイヤーを重層的にしていくだろう。

カメラワークで「見せ方」の複数性が担保されている映像とは異なり、俳優の身体や声が活かされる、磨き抜かれた演劇の醍醐味がそこにある。

吉田庸は、現代口語演劇を確立した平田オリザ率いる〈青年団〉に所属し、物語性の強い作品にも出演してきた。「観客を置いていくというか、そういうことは今までもやってきました。でも“伝えたい”という感じが今回も漏れ出てしまうというか。そのニュアンスへの調整が難しい」と言う。

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言葉との整合性が必ずしも取れていない日常的な身体感覚を、抽出し、再現可能なものとしてパフォーマンスを作り上げていくチェルフィッチュ。その独自性はさらに推し進められている。テキストから俳優各自が想像し、字義どおりではない、言葉の可能性が探られる。

例えば板橋は、テキストに登場する「無印のトタンボックス・フタ式」から「お花がたくさん入った棺桶」を想像したという。板橋の想像を抱えた演技は、そのシーンに複数のレイヤーをもたらす充実した時間で、観客側へと想像力の裾野を広げていくだろう。

また、セリフのある役柄以外の俳優たちも常に舞台上にいて、モノたちと関わったり、混じったり、「半透明」を実践したりしながら、欠かせない存在として空間の中で生きている。

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〈いま・ここにいる人間のためだけではない演劇は可能か? 人とモノが主従関係ではなく、限りなくフラットな関係性で存在するような世界を演劇によって生み出すことはできるのだろうか?〉

これは、『消しゴム山』の特設サイトに書かれた作品概要の冒頭部分だ。「場面を作る一部として、みんな意識的にやっていると思いますよ」と、安藤真理は言う。2008年の『フリータイム』から本作まで、チェルフィッチュの作品に何度も出演している安藤は、さらりと言ってのけるが、本作のコンセプトを理解し、実践するのは難しいはずだ。人間、モノ、空間を冷静に眺めて落ち着いた動きを安藤は見せる。

大学生時代に岡田と出会ったという青柳も「岡田さんの稽古場での発言や行動、想像力が面白いんですよ」と、刺激的な現場を楽しんでいる。過剰に表情や声を作ったり、派手なエンタテインメントといった「演劇」のステレオタイプではない表現に、青柳は惹かれたのだそう。

自身も美術作家である原田拓哉が中心となり、俳優たちが動き、舞台上にあるモノたちによって構築される「洗濯機」の出現シーンがある。毎回異なるこのシーンができあがる様子はわくわくするし、楽しい。いわゆる演劇作品に出たことのない原田が俳優として出演し、みずから思考して作り上げようとするモノの変容は、緊張感のある本作の見どころだ。

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言葉と身体による表現である演劇の、日常とは異なる、ある種の儀式的な時間のための空間の造形を支えている時間だろう。自身の美術作家としてのこれまで培ってきた経験値やセンスと、誰かの演出のもと動くということとのあいだで、どう舞台上でバランスを取っているのかと、原田に尋ねた。

柔らかい方言で「それぞれ経験値の幅はあっても(他の俳優の)みんなといっしょやで」と謙虚に答えてくれる原田からは、誰でも作り手になれる可能性があるという示唆をもらった。こうした、俳優自身が作品の構造を動かす、美術作品的なものの構築に積極的に意見を出す、米川や矢澤の姿も印象的だ。

岡田は、東日本大震災後の岩手県陸前高田市に築かれた巨大な防潮堤のための、嵩上げの土砂が山から切り崩された様子から、本作のインスピレーションを得たという。モノたちが中心になっていく本作の世界観において、変化を受け入れられない、慣れたものから離れられない人々は一体どうなるのか?

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先ごろの国連気候行動サミットで演説をした、16歳で環境保護活動を行うグレタ・トゥーンベリが、気候変動問題に真摯ではない大人たちに対し、未来を生きる立場から痛烈に批判したことをわたしは想起する。

いま・ここの現在を保持するために、何が犠牲にされているのかという問題意識が本作には込められていると、わたしは考えている。その点が、新しい試みを迫られる俳優たちの困惑や新しさへの高揚とも重なる気がしている。

クリエーションの過程で定められていった、行動の軸としてのルールがいくつかあるとは言え、即興的に構築したり転換していく場面の創意工夫が俳優たちに求められている。その豊かな時間を、何度でも目撃してもらいたい。


チェルフィッチュ×金氏徹平『消しゴム山』 @KYOTO EXPERIMENT2019
会場:ロームシアター京都 サウスホール
日時: 2019年 10月 5日(土)18:30-/10月6日(日)14:00-★/ 19:30-
★ポスト・パフォーマンス・トーク付き
作・演出:岡田利規
セノグラフィー:金氏徹平
出演:青柳いづみ、安藤真理、板橋優里、原田拓哉、矢澤誠、吉田庸、米川幸リオン

製作:一般社団法人チェルフィッチュ
共同製作:〈消しゴム山〉KYOTO EXPERIMENT、Wiener Festwochen、Festival d’Automne à Paris、Künstlerhaus Mousonturm Frankfurt
〈消しゴム森〉金沢21世紀美術館
企画制作:株式会社precog
協力:コネリングスタディ/山吹ファクトリー、急な坂スタジオ、京都市立芸術大学、京都芸術センター制作支援事業

本プロジェクトは、『消しゴム山』(初演:2019年10月KYOTO EXPERIMENT)、『消しゴム森』(初演:2020年2月金沢21世紀美術館)の両バージョンからなる。
http://keshigomu.online/

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