photo by Takao Iwasawa

移り変わりやむことのないこと:writtenafterwards 2018SS

寒空のもと、東京都現代美術館の前庭を舞台に、山縣良和が手がけるwrittenafterwardsのショーが開かれた。同美術館で開催中の展覧会「装飾は流転する」のオープニングイベントでもある2018年春夏コレクション「After Wars」は、無数の問いかけを内包していた。

by Tatsuya Yamaguchi; photos by Takao Iwasawa
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22 November 2017, 2:53am

photo by Takao Iwasawa

2017年11月17日の夜、デザイナーの山縣良和が手がけるwrittenafterwardsのショーが、東京都庭園美術館の前庭で開催された。アール・デコの精華として国内有数の歴史建造物である旧朝香宮邸を目前にしながら、ショーに先立って公開された濱田祐史が撮った2018年春夏コレクションのルックを眺めていた。モデルの姿はなく、いささかぼんやりとしたトーンで、花に埋もれたギンガムチェックや花輪柄のワンピースやドレスなどがあった。

写真家・石内都の作品を思い出した。広島の被爆者たちの遺品を撮影した代表作『ひろしま』の写真だ。原型が掴めないほど皺くちゃになり、熱線を受けて引き千切られ、部分的に焼け焦げている。かつてある時代を生きた人間の存在が影を落とし、生命の痕跡がまざまざと写し出されている。石内の瞳と同調するように作品を観る私たちは、彼や彼女のことを夢想し、広島と長崎で起きた出来事にほんのわずかでも心が通う気がする。服に遺(のこ)るものとは、ある人の生活と時間、あるいは体温なのかもしれない。writtenafterwardsが10周年の節目のシーズンに掲げたテーマは「After Wars(戦争の後)」。2017年春夏から始まる「Flowers」の3部作目にあたるコレクションだ。

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ショーが始まった。かつての報道ステーションのテーマ曲でおなじみのManami Moritaの『I am』のピアノのメロディと共に、ユーモラスに、しかし歴史の事実に基づいて編まれたアニミズム的な物語が幕を上げる予感がする。ほぼ同じスーツ姿をした10名以上のマスコミ勢に囲まれた、ピンクのオーガンジーの量感たっぷりのセットアップに花束を模したヘッドピースを被ったモデルが闊歩する。パジャマのようにも従軍看護婦の服のようにも、あるいはウェディングドレスのようにも見えるウェアラブルなルックが続く。透過する素材が多用され、動きに合わせて揺れるブロックチェックプリーツ加工や、立体的なプリーツ加工を施してギンガムチェック柄が浮き上がるテキスタイルもある。古いラジオやブラウン管のテレビから流れるようなざらつくサウンドで、訪朝や外交の話題、熱狂する野球中継、元号を改めるニュースが報道され……三波春夫の『世界の国からこんにちは』も挟み込まれている。例えるなら、ジャンプカットが多用されるドキュメンタリー(あるいはモキュメンタリー)かのように、イメージがどんどん錯乱していく。現代の都会、地方の山あい、今はなき日本の街並み、もしくは昭和という空気感。コンクリートのランウェイに立ちながら、服の背景に何かの「イメージ」が立ち上がってみえる――古い着物で仕立てられた襤褸を羽織る(疎開する?)三つ編みの少女、彼女を乗せたカートを引く軍服を着た少年(兄だろうか?)、その脇にはモダンなフォルムのワンピースを着た女性(姉だろうか?)がそっと付き添う。確かに、時代は戦中・戦後にうつった。

少しく転調し始め、焼き焦げた衣服の山がランウェイを歩く——服に呼応して、高木正勝の複層的なピアノの調べ(『熱風』という曲)が、日本という国が持つ記憶をまるで気泡のように立ち上がらせる(悲しい歴史は、表象不可能なのだろうか?)。フロッキー加工によって浮き上がった小花柄をまとう「赤ずきん」の少年・少女たちが、ベルを鳴らしながら優しい笑顔を浮かべながら歩く。防災頭巾を身に付けているようにも、いたずら好きで無邪気な妖精のようにも思えた。そして、「夢」を見ているかのような、少女性が漂うルックが続く。小花を模した装飾や、花輪が描かれたオリジナルテキスタイル。前身頃にリボン装飾を施した、ボリューミーなオーガンジードレスやワンピース。無数の花に包まれて眠る少女、人形、ゴリラの赤ちゃんの棺を引く男性はジャカードニットのセットアップ。藤原ヒロシが手がけるFragment Designとwritten byがコラボレーションしたストールは風呂敷に見立てられ、カシミアニットブランド beachmeとのコラボレーションによる、涙を流す女性が描かれたニットもあった。そして、詰襟に学帽を被った20名以上の男子学生を引き連れる「千羽鶴」ドレスが現れる。過去を振り返れば政治的悪用の道具とされていた衣服を用いた「集合」や「群像」、あるいは統制としての「ユニフォーム」へのアイロニーも散りばめられ、戦争の傷みを痛烈なまでに想像させながらも、優しく、柔らかく、歴史が廻めぐりかねない可能性を現前とさせている。全ての演出を描ききることはできないが、多くのルックが明瞭な記号的表象を内包していて、私たちに「軽やかさ」という衣(それを「装い」と呼ぶのだろうか?)を纏った問いかけを呈示しているように思えるのだ。

山縣の作品も多く展示される東京都庭園美術館で開催されている「装飾は流転する」展に習えば、「時代は流転」するということだろうか。フィナーレに向かう――焦げた赤い着物や襤褸(らんる)を携えたコケやコニファーの枝葉で覆われた超・自然的な「生物」は、生命の原初を表しているのかもしれない。「もののけ」のすぐ後ろを、ビニールで身体を覆ったモデルが歩く。対比的だ。庭園美術館の植木の間を8本の足で歩く「山」も現れる。日本人は確かに「緑」に育てられ、現代の都会に住む私たちは直感的に「緑」を渇望している。過去と現在、そして未来は、時に断片として認識されるが、渦を巻くようにしながらもスパイラルに繋がり、ひと連なりのものなのだ。そう語りかけられた気がした。面影を残しながら「生命も流転」するのだと。

ーー実は予定開演時刻から30分が過ぎた頃、歌詞の問題で今や合唱されることが少なくなったという、竪琴で演奏された卒業式の定番『仰げば尊し』が流れた。少しく飛躍するが、一説によれば『仰げば尊し』は1887年にアメリカで発表された『Song for the Close of School』が原曲で、この原詞の一部ではこう歌われている。「We part today to meet, perchance, Till God shall call us home. And from this room we wander forth, Alone, alone to roam.(私たちは今日別れ、まためぐり逢う、きっと、神が私たちをその御下へ招く時に。そしてこの部屋から私たちは歩み出て、自らの足で一人さまよう)」と。そしてこうも歌われる。「The tie is rent that linked our souls In happy union here. Our hands are clasped, our hearts are full, And tears bedew each eye; (私たちの魂を、幸せなひとつの繋がりとしてきた絆は解かれた。私たちの手は固く握られ、心は満ち、そして目には涙をたたえ)」と。終演し、鳴り止まない拍手とともに、また『仰げば尊し』が流れた。ファッションは、軽妙に、あるいは雄弁に、世界を批判することができるのかもしれない。

最後に、山縣が現在抱く想いに耳を傾けた、詩人の谷川俊太郎が綴った一編「十二の問いかけ」があることも追記しておく。展覧会会場に展示されているので、美術館まで足を運ぶことを強くお勧めする。

装飾は流転する 「今」と向きあう7つの方法 Decoration never dies, anyway

会期:2017年11月18日(土)―2018年2月25日(日)
会場:東京都庭園美術館(本館・新館)
住所:東京都港区白金台5-21-9
問い合わせ:03-5777-8600
休館日:第2・第4水曜日(11/22、12/13、1/10、1/24、2/14)、年末年始(12/27-1/4)
開館時間:10:00–18:00 (入館は17:30まで) *11/23、11/24、11/25の3日間は、夜間開館20:00まで(入館は19:30まで)

www.teien-art-museum.ne.jp/