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2017年秋冬オートクチュール:Maison Margiela、Valentinoがフィナーレを飾る

パリのオートクチュール・コレクションが、Maison MargielaとValentinoのショーで幕を閉じた。ピッチョーリとガリアーノがフィルターを取り除いた世界には、「夢」だけが残っていた。

by Anders Christian Madsen
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31 January 2017, 11:23am

Maison Margiela spring/summer 17

Valentinoオートクチュール・コレクションのショーのバックステージの壁には、「Keep walking in your dream, feel your dream, and breathe your dream(夢の中を歩き続けて、夢を感じて、そして夢を胸に思い切り吸い込んで)」「You are living in a dream(あなたは夢の中に生きている)」などと書かれたサインが貼られていた。まさにその言葉の通り、ここ数週間、数ヶ月を「夢の中にいるような気分で生きてきた」というものも少なくなりだろう。ただ、ここでピエールパオロ・ピッチョーリが言っている夢は、この現実世界の悪夢とはまったく性質が異なる。いつも巧妙な表現で社会を斬ってみせるピッチョーリ。Valentino 2017年春夏オートクチュールのコレクションでは、今ある現実世界という悪夢から、私たちを新たな夢の世界へと連れ出してくれた。それは、人類がその誕生からずっと語り継いできた神話や伝説——ギリシャ神話で完成された冒険と英雄、女神たちの物語をベースとした夢の世界だった。マリア・グラツィア・キウリがDiorのアーティスティック・ディレクターに就任したことで、今季からひとりでValentinoを守ることになったピッチョーリだが、初のソロ制作によるValentinoオートクチュール世界ではキウリとともに作り出した世界観と一線を画していた。神話の要素が多く見られたが、そこはもちろんピッチョーリのことだ、いかにもハリウッドが描きそうな典型的"ギリシャ神話の女神像"に傾倒することなどなく、ドリーミーなグレシアン・ドレスにはいずれもオーセンティシティがあり、どこか落ち着いて原初的な雰囲気があって、昨年までのValentinoオートクチュールにあった禁欲的で荘厳な世界観よりもずっと官能的な何かがそこにあった。ピッチョーリが描いた今季Valentinoオートクチュールは、オートクチュール特有の現実離れした世界観と繊細さは保持しつつも、圧倒的なパワーやマジックを夢に描くのではなく、あくまでもよりシンプルで堅苦しくなく、私たちがいま置かれている現実の世界よりもずっとクリアな世界への渇望を打ち出していた——フィルターを取り払っても美しい世界を。

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Valentino spring/summer 17

この「フィルター」こそは、ジョン・ガリアーノによるMaison Margiela 「アーティザナル」コレクションの核をなしていた要素だった。ソウルフルな世界観となったこのコレクションで、ガリアーノは自身の哲学的オートクチュール手腕を発揮し、私たちに現代というデジタル時代を見せてくれた。ブラックのコートは虹色の顔が刺繍された白いチュールのシャツに覆われ、また白いトレンチコートの外面には黒いチュールをつまみ重ねることでそこに女性の顔を描く(アーティストのベンジャミン・シャインとのコラボレーションによるもの)など、どこか民族的な要素を残すドレスに、InstagramやSnapchatのフィルター効果を思わせるレイヤーが施されていた。レイヤーが用いられた服はいずれも原型のフレーム状態にまでその構造を削ぎ落とされ、新たなイメージを生んでいた。ガリアーノはここで、私たちが日常のなかで自らを演出するために用いている"フィルターという技巧"を服で試し、そしてまたそれを取り除くなどして、デジタル社会である現代を斬っていた。コレクションの随所に見られたのが、引き裂かれたハートをモチーフとしたペンダントだった。サウンドトラックには、このペンダントの世界を演出するように、ジョーン・バエズが孤独に歌う「Diamonds and Rust」が用いられていた。ガリアーノが、レイヤーや多面性に富みながらも服の原型に極限まで迫ったこのドラマチックなコレクションを見ていると、そこには、ハートをさらけ出し、感情をすり減らしてまで誰かに認められたいと願う現代人の孤独が描かれているように思えてならなかった。

Valentino spring/summer 17

先日亡くなったキャリー・フィッシャーは、生前、「引き裂かれたハートで感じるものを、アートに変えなさい」と言っていた。ガリアーノはその言葉通り、夢破れ傷ついたハートをアートへと昇華させた。ショーの最後に登場し、会場にいた誰もが息を飲んだブラックのドレスは、巨大なハートのように見えた。脱構築的なシャツドレスで、そこにはフィルターを通さずに捉えた生身の人間の姿があった。Valentino同様、Marison Margielaのショーもまた、2016年が世界に落とした暗い影に未来を不安視する世界観を内包していた。今季メンズ・コレクションとオートクチュール・コレクションは全般的に暗雲立ち込める現実世界からの逃避を打ち出すものが多かったが、しかしそこに描かれていた希望は決して荒唐無稽な夢物語ではなかった。デムナ・ヴァザリアゴーシャ・ラブチンスキーといった新世代デザイナーたちが頻繁に口にする「オーセンティシティ」こそが、少なくともファッションの世界においては人々にとって、リアルで、心からの願いなのだ。今季2017年秋冬メンズ・コレクションで、ミウッチャ・プラダは「ノーマリティの必要性」について語っていた。空想的で装飾的な世界を描くことで独自のイメージを築き上げてきたドリス・ヴァン・ノッテンは、これまで彼に力を貸し、彼の創作のハート部分を担ってきた各工場へのトリビュートとなる極めてミニマリスト的なコレクションを発表した。これについて、「地に足ついたコレクションにしたかった」とドリスは語っている。2017年秋冬メンズ・コレクションと2017年春夏オートクチュール・コレクションのクロージングを担ったピッチョーリとガリアーノは、それぞれのショーでファッションの本質が依然として「夢を見ること」にあると示した。ただ、時代とともに夢自体が変わることもあるのだ、ということも明確にしていた。

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Maison Margiela spring/summer 17

Credits


Text Anders Christian Madsen
Valentino images courtesy of Valentino Spa. Artwork courtesy of the Tiroche DeLeon Collection. 
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.