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新トレンド:ピュアとシンプル

パリで2017年春夏コレクションが続々と発表される中、Comme des Garçonsがシンプルな視点を打ち出し、Haider AckermannとAndreas Kronthaler for Vivienne Westwoodは違った類いのピュアを提案した。

by Anders Christian Madsen
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07 October 2016, 12:25pm

2017年春夏シーズンは、歴史的なモチーフに大きく傾倒したコレクションが続いた。しかし、「ピュア」のエッセンスもまた大きなトレンドとして見られたシーズンとなった。それは、ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)がPradaのショーで予見した「エレガンスとシンプリシティ」であり、クリストファー・ケイン(Christopher Kane)が第二次世界大戦後の世界に見出した修繕の精神であり、リック・オウエンス(Rick Owens)が自身のエレガントドレスを「自然においても人類の歴史においても、そして私たちの人生においても避けて通れない『減退』という現象への反応」である。そこへ土曜の夕方、モンマルトルで川久保玲がショーを行なった。近年稀にみるクリーンでミニマルな会場で行われた今シーズンのComme des Garçonsショーは、内容もまた近年の同ブランドとしては珍しく簡素な視点が具現化されていた。写真を見て、私のこの発言に違和感をおぼえる読者もいるだろう。川久保玲はここ数シーズン、もはや作品の大きさそのものに意図を込めることができないほどまでに、量感での表現を追求してきた。だから我々は、そこに川久保玲があてがったもの——いや、選んで「あてがわない」と決めた要素から、彼女の真意を読み取ろうとするのだ。

「もっとも究極でピュアなバージョンのComme des Garçons」と川久保玲は今回のコレクションを語った。タータンや平面性から、プリセ加工やラッフルの多用など、Comme des Garçonsのトレードマークともいえる要素がふんだんに盛り込まれた服が、コリン・ステットソン(Colin Stetson)の『Reimagining of Gorecki's 3rd Symphony』をバックに行進した。装飾が削ぎ落とされたその状態がもはやスポーティの領域に達していたこのコレクションは、「見えない服」という概念を具現化させたかったのだという。「第二の肌」と概念を共にする今回の服は、あまりにピュアでパーソナルであるがゆえに、着る者自身が服の一部になってしまう。アナ・クリーブランド(Anna Cleveland)は、スリーブレスドレスを着てランウェイに登場した——このドレス、「袖なし(sleeveless)」とは言っても、袖が切り落とされたデザインではなく、アームホール自体がない。アナ・クリーブランドは服に閉じ込められている形となり、手をネックラインから不気味にのぞかせていた。しかし、川久保玲のこの作品は閉所恐怖症を表現したものではなく、よってアナ・クリーブランドは服から解き放たれようともがいているわけでもない。その反対だ。この服に見られる純粋さは、外界と距離を置きたいという情熱の表れで、「常に反応が求められながらも声高な反応より静かな反応を善しとする」今という時代への反動なのだ。

川久保玲の作品は常に、社会や政治の現状への反動として作られている。静かな反応と声高な反応という構図は、クリントンとトランプの対比にも当てはまる——しかしそれは余談だ。ここでは触れるべきでないだろう。結局、今シーズンに見られた「ピュア」と「エレガンス」へのトレンドの行き着くところは、シンプリシティなのだろう。私たちの生活に、もともと複雑でもなんでもないかもしれないものを読み解こうと無駄骨を折る局面のいかに多いことか——「これをどう着れば良いのかしら」と、日本のとあるエディターは席を立ちながら言ったという。たしかにオックスフォード通りを歩くにはあまりに巨大すぎるかもしれないこれらの服だが、そこにはとてもピュアで、まったく複雑ではない何かがあった。すべての服はひとつの完成された服として作られており、それを身につければ川久保玲が意図したルックが完成する。スタイリングの必要はない。そこには、川久保玲が考えるシンプリシティ——究極のピュアが表現されていた。一方で、快活で多面的な世界観が表現されたHaider Ackermannのコレクションには、シンプルな要素はひとつも見受けられなかった。ただ、デザイナー自身がこれまでにも打ち出してきた楽観の主張はいたってシンプルなものだった。

彼はこれまでにも度々、自身のコレクションが「暗い時代に求められる一筋の光」だと口にしており、今回のコレクションに見られた破壊的とも言えるカラー使いも、まさに暗闇に射す一筋の光だった。ハイダー・アッカーマンらしい内容ではあったものの、今シーズンはそこに狂気が増していた。多様なシルエットやジャンルが入り混じり、プリセ加工で彫刻的な作品やスキニーなロックンロール・テーラリングと呼ぶべき作品、床すれすれまで伸びるスカートが浮くように美しい作品など、とてもひとつのコレクションとは思えない内容だった。着るものが選べるという点において、それがシンプリシティと言えなくもない。もしくは、アッカーマンは本物の(売れる)ラグジュアリーが鍵を握るBerlutiというブランドでのデザインのために、あえてここで実験的デザインを打ち出していたのかもしれない。旧Gold Label、現在のAndreas Kronthaler for Vivienne Westwoodで、デザイナーのアンドレアス・クロンターラー(Andreas Kronthaler)はショーノートに、彼のキャリアにおいて不可欠な存在の女性たちへの愛を綴った。それら女性には、彼の妻であるヴィヴィアン・ウェストウッドがもちろん含まれている。今シーズンのコレクションは、それら女性たち、そして彼女たちと過ごしたホリデイにインスピレーションを得て作られたそうだ。地中海の夏を思わせるイキイキとしたエネルギーは、そこに端を発しているのだろう。

クロンターラーは「ピュア」というトレンドになびいてはいないが、彼の創作を後押ししている誠実さと優しさには、表現の自由やジェンダーの中立性、人間という存在の祝福というピュアなメッセージがある。そんなメッセージを、クロンターラーは藁に包まれたような服などに込めた。しかし、シンプリシティはたしかにファッションを浄化しているかもしれないが、結局のところ、ファッションはワイルドなときが最もエキサイティングなのだ——そう思わせてくれるショーだった。

Credits


Text Anders Christian Madsen
Photography Mitchell Sams
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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