忘れてはならない2000年代バンド10組

DJローリー・フィリップスとともに、2000年代ノスタルジアの宝石箱を開けてみよう。

by Rory Phillips
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12 October 2017, 6:57am

ローリー・フィリップス(Rory Phillips)ほど忘れられた2000年代に活躍したバンドについて語るのにふさわしい人物はいない。彼自身2000年代バンドマンとして活躍していたのだ。ロンドンをベースに活動するDJで、プロデューサーでもあるローリーは、インディーズのエレクトロニカ・アーティスト、ホワイティ(Whitey)のツアー・メンバーとしてライブに参加していた。DJのエロル・アルカンが2000年代初頭に開催し、ギター・サウンドのブームを作り出すきっかけとなったクラブナイトTrash。、そのレジデントDJを務めていたフィリップス。Trashの後継イベントとしてDURRRがローンチされた際にはインディーズ・クラブシーンの中枢的役割を果たした。DURRRは他のイベントが姿を消してゆく今も、毎週月曜に興奮とロマンスを提供し続けている。フィリップスは2000年代初頭の栄光の日々を知っている——「バンド」の定義が問われることもなく、音楽業界がまだインターネットでのファイル共有とストリーミング・サービスが音楽ビジネスを根底から揺るがす以前の時代だ。音楽シーンが輝いていた2000年代初頭。すでに忘れているだろうが絶対に忘れさられるべきでないグループをここに紹介する。

ザ・ユニコーンズ(The Unicorns)

2000年代初頭に大いなる盛り上がりを見せたモントリオールの音楽シーン。その一端を担となったのが、ウィ・アー・ウルヴス、ル・ジョルジュ・レニングラード(下の動画を見て欲しい)、ダッチェス・セズ(Duchess Says)、そしてザ・ユニコーンズだった。ニューヨークやロンドンの音楽シーンでは計算されたクールさが前面に打ち出されていた時代、モントリオールの音楽シーンを率いた彼らは、若々しく楽しい音楽性を積極的に打ち出していた。2003年に『Who Will Cut Our Hair When We're Gone』をリリースして好評を得たが、その一年後には解散。フロントを務めたニック・ダイアモンズは、その後、新たなバンド、アイランズ(Islands)を結成し人気ポッドキャスト「Serial」のテーマ曲を手がけるなどしている。解散前にザ・ユニコーンズが行なったライブで前座を務めていたアーケイド・ファイアからの熱望を受け2014年に期間限定で再結成を果たしている。

ル・ジョルジュ・レニングラード(Les Georges Leningrad)

モントリオールの地元紙『Montreal Mirror』の読者票で2度も「もっとも奇妙な地元バンド」に選ばれた彼ら。石器時代の人類から現代のスーパーヒーローまで彼らの手作りステージ衣装は唯一無二だった。ル・ジョルジュ・レニングラードは、2002年から解散前年の2006年までに3枚のアルバムをリリースしている。彼らは自身のサウンドを「ペトロケミカル・ロック(石油化学ロック)」と称している。イギリスを頻繁に訪れており、Trashでは3回のライブを行なった。ロンドンを拠点として活動するアーティスト集団、ピル・アンド・ガリア・コレクティヴ(Pil and Galia Kollektiv)とのコラボレーションでマルクス主義とアスパラガスを題材としたバレエ作品に楽曲提供も行なっている。

ホワイティ(Whitey)

10年間さまざまなプロジェクト名のもとでハウスやブレイクビーツのレコードをリリースし続けた後、2003年にネイサン・ホワイティ(Nathan Whitey)はシングル「Leave Them All Behind」をリリースした。チープなギターとわ4トラックのアナログ・シンセサイザーのみで収録され、あたかもバンドが演奏しているかのような大きなサウンドを生み出した。その後2005年に友人を集めて製作したアルバム『The Light at the End of the Tunnel Is a Train』をリリース。レーベルや出版社との問題が続いた後、自費制作した4枚のアルバムをリリースしている。

イレイス・イラータ(Erase Errata)

信じられないことだが、サンフランシスコはかつてアーティストにとって優しい地域だった。手作り感溢れるスペースが点在し2000年代初頭にはザ・コーチウィップス(The Coachwhips)、ナンバーズ(Numbers)、イレイス・イラータといった、ポストパンクの影響を強く受けたバンドが生まれた。いくつかのコンピレーション・アルバムの出演と7インチのリリースを経てイレイス・イラータは2001年、デビュー・アルバム『Other Animals』を、その2年後には政治色の濃いアルバム『At Crystal Palace』をリリースした。彼女たちの才能を高く買ったソニック・ユースのキム・ゴードンとともに、アンキシャス・ラッツ(Anxious Rats)を結成し2015年に解散するまでに2枚のアルバムをレコーディングしている。


ラブ・イズ・オール(Love Is All)

スウェーデンのヨーテボリが誇ったティーンポップ・バンド、ガールフレンド(Girlfrendo)。その解散から立ち上がったメンバーたちが結成したラブ・イズ・オールは、ニューヨークのレーベル<What's Your Rupture?>から数々のシングルをリリース。そのすべてがレーベルのトレードマークである折りたたみスクリーンプリントのパッケージで発売された。スウェーデン伝統ともいえるポップス・サウンドはリバーブやファズ、そしてホーンの音に溢れている。彼らがリリースしたなかでもっとも有名なシングル「Make Out, Fall Out, Make Up」は、ラブ・イズ・オール版『Maps』といったところ。メジャー・レーベル移籍も実現しそうだったが、結局はインディーズのルーツへと立ちもどり2010年にアルバム『Two Thousand and Ten Injuries』をリリースしている。


ザ・ロング・ブロンズ(The Long Blondes)

「わたしたちが共通して受けている音楽は、ザ・マエル・ブラザーズ、コメディグループのマルクス兄弟、それと、デヴィッド・ボウイの「Bewlay Brothers」。ビートルズもローリング・ストーンズも、ジミ・ヘンドリックスも、ドアーズもボブ・ディランも聴かない。わたしたちはそれぞれに楽器を割り当て、それぞれに演奏を学んだ」——これは、ザ・ロング・ブロンズが彼らのウェブサイトで私たちに向けて放っている言葉。そしてこの言葉は彼らの世界観を完璧に表現している。『Mojo』誌の読者が好みそうな音楽の趣味からは距離を置き、スパークスやボウイ、ロキシー・ミュージックといったアーティストたちの音楽性を受け継いだザ・ロング・ブロンズは、叙情的な音楽でパルプと比較されるなどした。ちなみに彼らがインディーズでリリースしディスコ音楽の名曲となった「Giddy Stratospheres」は、パルプのギタリスト、ラッセル・シニアによるプロデュース曲だ。2008年ロング・ブロンズのギタリストであり、作詞を担当していたドリアン・コックスが脳卒中で倒れたためバンドとしての活動は休止を余儀なくされた。


ワールワインド・ヒート(Whirlwind Heat)

「ワールウィンド・ヒート」という名前を見てその由来をすぐに理解したひとには、ボーナス・ポイントを与えよう。Tシャツにプリントされて今も評価が高い、ソニック・ユース6枚目スタジオ・アルバム『Goo』のアートワークはレイモンド・ペティボンの作品だが、そこに描き込まれていた一節が、「ワールワインド・ヒート」の言葉なのだ。当時はまだ無名だったジャック・ホワイトが彼らの演奏を聞き、屋根裏部屋に作ったスタジオに招いた。デトロイト出身でシンセ・パンクと、ぎこちない踊りが特徴の3ピースバンド、ワールワインド・ヒート。ジャック・ホワイトがプロデュースを手掛けたデビュー・アルバム『Do Rabbits Wonder』は収録曲のタイトルがすべて色の名前になっており、2004年リリース『Flamingo Honey』収録の10曲はすべてが1分で終了するなど曲作りも独特だ。

ソーレックス(Solex)

アムステルダムのレコードショップ経営者エリサベス・エスリンク(Elisabeth Esselink)によるプロジェクト。彼女はショップの地下室をスタジオとして使い店のレコードをサンプリングして8トラックでレコーディングを行ない、そこに自らのボーカルをのせた。前身バンドのソネティック・ヴェット(Sonetic Vet)同様ジョン・ピールはエリサベスの音楽を気に入り、自身のラジオ番組でエリサベスと6度もセッションを行なっている。

コーチウィップス(Coachwhips)

ジー・オー・シーズを結成する以前のジョン・ドゥワイヤー(John Dwyer)は、ノイズ・バンドのピンク&ブラウン(Pink & Brown)、テクノ・デュオのジーゲンボック・コプフ(Ziegenbock Kopf)、バンドのチャイルディッシュ(Childish)に影響され結成したザ・コーチウィップスなど、次々にバンドを結成し、ときには複数のバンドを掛け持ちしていた。ドゥワイヤーは数枚の7インチとアルバムをリリースしている。また予告なくゲリラでライブを行なったことで知られる。夜も深まる前のTrashに現れ、クラブの客を押しのけて会場の隅に機材を設置しライブを敢行し、会場を大いに沸かせたのは有名な話として残っている。2014年のSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)では橋の上で再結成ライブを行なった。

ヘイトビーク(HateBeak)

デスメタルのバンドのハイトビーク。彼らが2004年にリリースした「Beak of Putrifaction」はバンドのヴォーカルであるウォルドへのオマージュとして作られた。ウォルドは、なんとオウム。ウィキペディアによると、「世界で唯一、鳥類のシンガーがボーカリストを務めるバンド」で犬がボーカルを務めるキャニナス(Caninus)とのスプリット盤シングルで「Bird Seeds of Vengeance」という曲もリリースしている。動物愛護問題にも発展しかねないため、彼らがライブを行なったことはない。2009年には解散したが2015年にフルアルバム『Number of the Beak』の発表と共に再結成している。

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