「望ましさの政治」を超えて:ミッキー・ブランコ interview

ヴィデオや詩、ラップを通した繊細かつ苛烈な表現で世界中にカルト的な人気を博しているミッキー・ブランコ。現在のクィア・シーンにおける最重要アーティストのひとりである彼にインタビューを敢行。SNS上で望ましいと思う人だけをフォローすることの危うさ、自身がつねに芸術に関わる理由、オノ・ヨーコから受けた影響を語る。

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maj 1 2018, 3:49am

——まず、メジャーデビューアルバム『Mykki』について聞かせてください。

『Mykki』は2016年にパリ、LA、シカゴで録音しました。これは私のデビューアルバムで、その前はニューヨークでパフォーマンスをし、ミックステープをいわゆる非公式のかたちで3つ出していました。EPも出していたけど、今回は〈K7Records〉と同レーベルを通して自分の〈Gay Dog Food Records〉というレーベルを立ち上げ、プロデューサーにWoodkidとJeremiah Meeceを迎えて制作しました。『Mykki』は私が初めて自分と向き合った、とてもパーソナルな作品です。このプロジェクトを通してクリエイティブ面も洗練されたように感じています。

——アルバムのなかで「Hideaway」という曲が好きだと言っていました。素敵なビデオを制作していますよね。

あの曲も好きだし「High School Never Ends」や「I'm in a Mood」も気に入っています。「Hideway」が好きだと言ったのは、音がドリーミーなんだけど、ラップのスタイルは激しくて内容はとてもパーソナルだったから。スティグマの対象とされることや周りに理解してもらえないときの気持ち、まるで人間ではないかのようによそ者扱いされるときの気持ちについての歌です。

——「Loner」という曲を“ポップソング”と呼んでいるようですが、ライブのパフォーマンスではあの曲は全くポップではないですよね。曲は孤独についてですが、ライブはパワフルでした。面白い対比ですが、意識しているのですか?

どのようにパフォーマンスするか自分ではまったくコントロールできません。私にとってパフォーマンスは最も自然なもの、根源的なものなんです。だからファンに生で観てもらうのはとても重要だと思っています。パフォーマンスを生で観ないと、アーティストとしての私を完全に理解することはできません。曲やMVにはそれぞれアイデアがあり、個別の存在感を持っていますから。

——ライブでの姿が一番あなたらしいということですか?

私の格好や考えていることはInstagramやTwitterで見られるけど、私のイメージは常に変化しています。特定のイメージというのはありません。道義やモラル観は基本的に同じだけど、政治やカルチャーについて話すことは変わるかもしれない。でもライブを観てもらえば、すべてがつながっているとわかるでしょう。だからこんなによくツアーをするんです。私はアーティストとしてわかりやすいイメージを持っていないし、音楽の方もそう。でもだからこそ、ライブを観たひとには「あっ、こういうことか!」と完全に理解してもらえるんです。

——私もそうなりました。それに、あなたがパフォーマンスのあいだ、やや攻撃的に自分の周りにスペースを作ろうと観客を押したりもしていましたが、それでも観客はあなたに熱狂的でしたね。

観客を刺激するために攻撃的になる人もいるけど、私はそうではない。私はただパフォーマンスをしていて、みんなは私のショーに来ているわけだから、注目を求めるし……嫌なら帰ればいい(笑)。人を魅了するのが仕事なので、ベストを尽くして楽しんでもらおうとしているんです。

——以前は詩人だったという話も聞きました。

いまでも自分を詩人と思っているところもあります。でも本は1冊書いたっきり。『From the Silence of Duchamp to the Noise of Boys(デュシャンの静寂から少年たちの喧騒まで)』という題名で2011年に出版されました。ここに入っている詩を曲にしたので、この本が音楽のキャリアのきっかけです。書くことは私にとってとても重要なもので、最近もノルウェーでレジデンシーを終えました。

——音楽や文筆以外にも、様々な形式で作品を作っています。

2017年は〈Visual AIDS〉というアート団体のプロジェクトで『Stones and Water Weight』というビデオ作品を発表しました。私は2015年に、自分がデビューしてからずっとHIVポジティブであることを公にしました。でもデビューから公表していたら人々は極端に偏見をもって接しただろうという確信があります。同じようなチャンスや露出の機会はもらえなかったはず。だから家族や近い友人にしか話していませんでしたが、2015年、その時がきました。公表することは以前から考えていたし、内に秘めておくことがどんどん難しくなってきたんです。

——本人がそのつもりでも、社会の理解が進んでいないと打ち明けることも難しいということですよね。

何百万という人がHIVとともに生きているという数字が出ているのに、いまだに多くの人が、スティグマが非常に強いため、周りに知れていたとしても自らの健康状態についてまっすぐに話す気になれないでいます。 HIVポジティブであることを恥ずかしく思っている人が多いのはスティグマだけではなくて、薬の進歩がどこまできているのかを知らない人が多いのも理由だと思う。いまは薬によってウィルスのない状態にまでになれます。薬は飲むけど、ひとつの状態に過ぎない。私も毎日薬を飲み、とても健康に生きています。

話を戻すと、常に音楽以外でも芸術に関わる生活をしようとしています。自分のことはアーティストでありミュージシャンでもあると捉えています。これからも活動の幅はひろがっていくだろうけど、私はすぐにメインストリームに受け入れられたわけではない。だから芸術をつくっていくことは重要なのです。音楽も芸術だけど、名声とかそういった話になりがちですよね。ミュージシャンだから得ることもあるし、ファンもできるので感謝しています。でも私にはアーティストでいることのほうがいつも重要なのです。

——i-Dではあなたがヨハネスブルクに暮らすクィア・アーティストを訪ねるドキュメンタリー映像が公開されていますね。

あれは7ヶ月かけて準備したものです。現地に行く前に3回ほどの会議を重ねました。南アフリカを選んだ理由のひとつはそのクィアの側面がまったく知られていないからです。南アフリカの話となると、政治や人種のことばかりです。このドキュメンタリーでは、i-Dの得意分野であるクリエイティビティに焦点をおくために、あえて人種の話をしませんでした。

——クィアの表現で優れていると思う映画や本でおすすめがあれば教えてください。

好きな映画で60年代の『The Queen』というドキュメンタリーがあります。クロスドレッサーやトランンスヴェスタイトの話で、初期のドラァグやパフォーマンスのコンテストが描かれているのですが、とてもクールで歴史的にも重要です。フェリーニの『サテリコン』も大好きだし、最近だと『君の名前で僕を呼んで』『ムーンライト』もとても良かった。それから『ピンクナルシス』はとても美しいアート映画です。本では詩人オードリー・ロードの著作、あとクィアではないけど、ベル・フックスも素晴らしいですね。ジェームズ・ボールドウィンの『ジョヴァンニの部屋』は感激するほど。50年代に発表された、恋する2人の男を描いた小説です。

——ずいぶん前かもしれませんが、オノ・ヨーコになりたかったと発言されています。コンセプチュアル・アーティストになりたかったのですか?

十代の頃、オノ・ヨーコは私にとってとても大事で、それがコンセプチュアルアートとの出会いでもありました。ビートルズの世代ではないので、私は作品を通してアーティストである彼女を知りました。彼女の作品は自由に溢れています。アーティストというものを理解するきっかけにもなりました。絵を描いたり、彫刻ができないといけないわけではない。アーティストとはもっと大きな存在だということです。彼女の作品にあるアイデアの自由さに衝撃を受けました。

——ライブでは「love」という言葉を躊躇せずに叫んでいので、そこがヨーコにつながる部分のようにも感じました。

愛についてはよく考えます。それは自分も含め、多くの人が長いあいだ誰にも愛されていないと感じた経験があるのを知っているからです。母や友人から愛を感じられなかったりね。生きていくなかであなたが特別な存在だということを思い出させてくれる人の存在はとても大切です。どう言えばいいでしょうか……得意なことがあっても特別に感じられなかったりする。でも自分を特別に感じるというのはとっても大切なことです。だって一人ひとりが本当に特別だから。

——愛されるというのは最大限の承認になりますよね。

私も何度も卑屈になっていました。他の人の方がいいものを持っていると考えたりね。先日、ミュージシャンの友人アブデゥ・アリと「望ましさの政治」について話しました。SNSがいかに周りに信じてもらいたいライフスタイルを構築しているか(たとえそれを持っていないとしても)についてです。私たちは、何かしら望ましい人をフォローしている。その人が持っている内面や個性、外見が自分にもあればと望んでいるのです。共感するからという場合もあるけど、ソーシャルメディアの誕生以前には直面しなかった類いのものです。それ以前は、人間関係はもっと小さいものだったから、その対象は学校のクールな子や効率のよい同僚だった。でも“望ましさ”がある種危険なのは、その人のすべてを見ていないことや、その人が持っているであろう問題を忘れてしまうからです。長いあいだ自分が犠牲者のように感じ、なぜ自分にだけこんなことが起きるんだと思っていました。でも気づきました。悪いことはみんなに起こる。人は何を言うか言わないかを選んでいる。

愛の重要性について話すのもそれと関係があります。私にも時々、「完璧でなくてもいい、ベストを尽くしているんだから」と自分に言い聞かせないといけないときがある。私にとって生きていくなかで重要だと感じているのは「辛抱強さ」です。辛抱強くいることは遅れることでもあります。つまり、進めたくても一度それをやめなくてはいけない場合がある。私は大人になってからそれが身についてきました。世の中には自分の思い通りのスピードで動かないこともあるのです。

みなさんは自分らしく生きようとしてください。そのほうが結果的により幸せで健康になれるから。それに心の健康もとっても大事だし、それはこの世界をどう生きていくかに影響します。

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Photography Yosuke Demukai at AVGUST
Styling Demi Demu at AVGUST
Hair Kota Suizu at SEPT
Make-Up Ken Nakano