AKIKOAOKI:次なるステージの幕開け

2017年秋冬コレクションに隠れた<プリミティブ>の本当の意味を探るべく、AKIKOAOKIデザイナーの青木明子にインタビュー。

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apr 11 2017, 12:17pm

2015年春夏コレクションでデビューし、Mercedes-Benz Fashion Week TOKYOの<東京ニューエイジ>にてファッションショーデビューをしたAKIKOAOKIのデザイナー青木明子。2009年女子美術大学ファッション造形学科を卒業後、ロンドンのCentral Saint Martins College of Art & Designにてファッションを学習。帰国後、MIKIOSAKABEに師事し、2014年春夏にAKIKOAOKIをローンチ。Writtenafterwords、writtenbyのデザイナー山縣 良和が設立、同氏とMIKIOSAKABEの坂部 三樹郎がディレクターを努める<ここのがっこう>の卒業生でもある。彼女がデザインする洋服は、袖を通す者とそれをみた者を、一見、彼女が打ち出す世界観に誘う。「現実に潜むファンタジーを本質的に切り取る」ことをテーマとしたAKIKOAOKIは、しかし、コンセプトという型にはめるのではなく、実際はむしろその逆で、着る者の生き方を問い、袖を通すことであるひとつの答えを導き出しているようだ。先日行われた2017年秋冬AMAZON FASHION TOKYOで、初めて単独でのランウェイショーを発表したAKIKOAOKI。「今自分が着たいものをシンプルに作りたかったので要素を削ぎ落として挑んだ」という今シーズン。そこからのぞく現代社会の歪みと生命の素晴らしさ、そして青木明子のルーツを掘り下げる。

今回のPRIMITIVE(原始的な)というテーマについて教えてください。
いま、いろんなものが過剰だなと感じていて。自分がファッションでものを作って行く上で感じているジレンマやフラストレーションを、ブランドとしてどのようにコレクションとして向かい合うか、というのが根底にありました。

今回のコレクションは以前に比べて大人っぽく変わった気がします。
戦略的には、もっと自分の洋服を着てくださった方々にも、知らなかった人にも見てもらえるような余白やスキを入れたいと考えました。多方面から大人っぽくなったという声をいただきましたが、自分と同世代の女性の洋服に対するリアリティがいちばんナチュラルに表現できる。若い方はエネルギーが強いので学ぶことはたくさんありますが、『若くいなきゃいけない』という強迫観念がすごく不自然というか。自分の等身大で年齢にあったものをやっていくことが今はいいんじゃないか、という考えもあったので、少し大人っぽくなったのかもしれないですね。

エプロン型のピースや巻きスカートなどは、遊牧民などの民族衣装を取り入れたそうですね。
最近生きていて、怒りを感じる風潮や空気がある気がしているんです。米大統領の就任にしても、多くの人が疑問を抱えているのにも関わらず、リスキーなものにかけてでも世の中を変えたいという、沸騰した風潮がある気がしています。社会の幸せと、個人にとっての幸せというのはイコールではないですし、個人の意見は社会に飲み込まれてしまっているような感覚があるけれども、個人は社会で生かされている。どこに向けて言ったら良いかわからない怒りのようなものが渦巻いている気がしてならない。そのモチベーションから「プリミティブ」という<原始的な生命>や、元々人間が持っている<生きる力><民族>というものが、神聖で美しいなと思ったんですよね。そこから着想を得たいと考え、元々持っている洋服との空間や、切り取り方で見えるデザインをしてみたいと思ったんです。

やりどころのない怒りを昇華させた、と。
怒りって、切なさとか憂いみたいなものもある気がしていて。みんながよくしようと思ってやっているのに真反対のことが起きていたり、それが加速している気がしていて。だからって原点回帰すれば良いものではないし、では何が提案できるんだろうと。それは、すべての人の課題かもしれないんですけれど、こういったことも考えないといけないなって。

今後実際アクションとして服作りに取り入れていく予定はありますか?
いつもジレンマなんですよね。ゴミがこんなに出てる!こんなに服がある!なのにまだ服を作る。そのために物質だけではない価値を作ったり、生地や細部にもフォーカスをして行きたいという思いはあります。

これからのサステナブルな社会への役割を感じていますか?
感じてます。もっと下の世代も、システムから変えていかないとダメだなって思っていて。ビジネスも作りも、既存のシステムに則ってやっていても、そこでの新しさはないですよね。だとしたら根本から何かを変えて底上げをしていかないと、ファッションという文化が衰退してしまう。ファッションが好きで愛があるから、個人レベルはもちろん、みんなで切磋琢磨しながらやりたいとはすごく思いますね。

日常生活で怒りを感じることは多いんでしょうか?
実は、すごく感情的になっちゃうんですよ。国や組織に対して個人を見た時に、パッと見てうまくいってるシステムが、個人にとっては真逆の影響が出てしまうことってありますよね。一見良さそうに見えて、いざその中でやってみると違和感を持ったり、現場レベルでの不都合がなかったことのようになってしまう。社会はどんどんソフィスティケイトされ、クリーンなものになって行くけれど、マイノリティの意見は本当になかったことにされちゃうーーそこがいちばん怒りを感じます。社会的に健常である人しか豊かになれないという社会や、統制する立場に好都合な社会。個性をどんどん無くしていき、整列させやすくなる社会。考えると、込み上げるものがありますね。

ロンドンで留学時にジェントリフィケーションを目の当たりにしたことも影響していますか。
そうですね、都市が一辺倒になって、差異や文化がなくなって行くのは寂しいです。統制されていない街のあれこれが、インスピレーションの元にもなりましたから。でも、イギリスのEU脱退もそうですが、最終的には<覚悟>を決めて進むしかないんですよね、それが正しくてもそうではなくても。今、インターネットが盛んで、いい部分もたくさんあるんですが、私にとってはただの<刺激>という感じなんです。あらゆるものが、速度を持ちすぎて刺激物にしか感じない。加速してカッコ良くなるならいいな、と思っていたがそうでもなさそうで。何もかもを速くすることで豊かになるはずなのに、空いた時間にさらに仕事を詰め込む。と言いつつ自分もスマホを見てしまう。こういった現状と共存しながらも、飲み込まれないことが大切なのかもしれないですね。個人それぞれが生まれつき持っている<姿勢>や<覚悟>を打ち出して行くことが大事なんじゃないかと思っていて、私はそれをファッションでやって生きたいと思うし、その姿勢に分野は関係ないと思っています。

そこが、原始的なものを大切にしたいという発想につながる。
遠くない未来、人工知能などがひとの能力を超え、人間がいらなくなる時代がくるかもしれないですよね。それが悪いとは思わないけれど、そうなった時に『結構やばいぞ、私たちがいる意味ってなくなっちゃうんじゃないかな』っていう気もします。だから昔に戻るというわけではなく、それがあってどうするか、っていうことを考えていきたいです。
ファッションだけでなく、毎日いろんなところからインスピレーションをもらって行きたいですし、自分のブランドが変わって行くことも、躊躇しないでその都度自分がキャッチしたものの間口を広く持っておきたいですね。

社会的な状況や考えが咀嚼されデザインとして構築されて行く。AKIKOAOKIのピースは、一見ソフトだけど実は芯が強い青木さんそのものですね
ファーストシーズンから男性にメンズやらないんですか、という声をよくいただくんです。どうやら、考え方やデザインの工程が男性的らしいんですよね。今回も、トレンチコートのような要素を持つものがあるんですが、そこに存在する構築的な見え方に、素材感や着る人のフィギュアとのバランス、さらにアクセサリーを融合させることで、女性としての表現に変えています。以前『その服を見ただけで着ている人がどういう価値観でどういう生活しているかわかるのがメンズだ』と言われたことがあって。私の服ってそこまで緻密ではなく、もっと女性特有の衝動で装っている部分もあるので、そういう物としての服と気分を合わせて行くのは、ブランドとして一貫して根底にあるのかなと思いますね。

今回のコレクションはシンプルにしたとおっしゃってましたが、手数が多いのは健在でしたね。
もっとシンプルに作れたらいいんですけれど(笑)多分、好きなんですよね。自分の母や祖母が、服をオーダーで作るようなタイプだったんです。それを世代に分けて着倒すほど、1着作ったらずっと大切にするという習慣があって。小さい頃から裏地が異様に凝っているアイテムなどに触れていたせいか『凝ったものが好き』という価値観があるんです。個人的な夢としては、着る人の背景や、時間の使い方を知った上でオーダメイドする、というのをいつかやりたいなと思っていて。時代とは真逆と知りつつ、幼少時代に育まれた自分の価値観が手数を増やさせるのかもしれないですね。

個人を肯定し物の見方を提案している。その丁寧さが今シーズンは顕著に表れていた気がします。
私の母の家は田舎で、昔から祖母が着ていたコートやワンピースも今でも着ています。デザインとかもかなり古いんですけれど。でも、物質だけではない価値があるものって、特別になるって思っています。東日本大震災が起きた時こんなにファッションが好きなのに服を一着も持たずに逃げたんです。命の危険がある時に、自分が大切にしていると思っていたものを持たなかったことがショックでした。被災地支援や、大手のアパレルの方が全然できてるし、私たちって何にもできないじゃんって。自分たちは節電をしたり、ショーを辞めようかと検討したり。でも被災地の方々はそんな場合じゃない。服という<もの>だけを作っていると、何もないなと思い知りました。逆に、<背景>や<思い>などの付加価値がついていると、服はそれ以上の意味を持ち始める。3・11を体感したことで価値を見直すことができたことは、とてもよかったなと思っています。

東京ブランドの新しい時代は、すでに始まっているんですね。
KEISUKE YOSHIDAの吉田くんや同世代のデザイナーとはよく話したりとかもするのですが、本当にみんなで底上げできたらいいなって、多分全員が思っているんですよね。それぞれがどんな風に考えているのか気になりますし、次どういうものを作って行くのかなっていうのはお互いあります。私は競争的なのが嫌いじゃないので、悔しさや色々を経験して、シーンごと盛り上げていけたらいいなと思います。

Credits


Text Yuka Sone
Photography Shun Komiyama