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社会は崩壊し、若者は踊る。

安物のカメラとフラッシュを片手に6年もの間ウクライナを旅した写真家ショーン・シャマホーン。情勢が不安定なこの国で、自由を求めてパーティに明け暮れる若者たちを撮り続けた彼が語る、ウクライナの姿とは。

by Micha Barban Dangerfield
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26 April 2016, 9:45am

写真家のショーン・シャマホーン(Sean Schermerhorn)は、安物のカメラとフラッシュを片手に6年もの間ウクライナを旅した。そして情勢が不安定なこの国で、自由を求めてパーティに明け暮れる若者たちとそこに溢れるエネルギーを撮り続けた。

彼と実際に会ったことはない。しかし、彼がFacebookで公開する作品にはつねに魅了されてきた。2013年、メディアがキエフの独立広場で市民による抗議行動を報じるなか、私はシャマホーンがFacebookに投稿していた写真のことを考えていた。彼は、オーガナイズされている・されていないにかかわらずウクライナで開催された多くのレイヴやパーティに、飽くことなく集団トランスに参加し、シャッターを切っていた。

故郷ニューヨークに戻ったばかりのシャマホーンに、彼が写真に収めた超越的レイヴシーンについて聞いた。

どのような経緯でキエフのナイトライフに関わるようになったのでしょうか?
2010年夏にキエフに引っ越したんだ。冒険をしたいと思ってね。6ヶ月以上滞在する予定もなかったし、ウォッカと女性以外に深いつながりを感じられるものがあるとは想像もつかなかった。でも、縁に恵まれたんだ。英語講師の仕事を見つけて、そこで知り合った現地の若者とパーティへ出かけるようになった。ウーヨークのライブでぶっ飛んだ体験をしてから、完全にはまったんだ。それをきっかけにDJを始めて、パーティのオーガナイズもするようになった。その流れで写真を撮り始めたんだ。

一般的にキエフのナイトライフとはどんなものなのでしょうか?
すぐに心に浮かぶ言葉は、「ボンバ(Bomba)」「ボンボッカ(Bombochka)」だね。「爆弾」を意味するウクライナ語のスラングなんだ。

CXEMAとは?
Cxemaというのは、キエフの各所で開かれる大きなレイヴのことで、閉鎖した倉庫や、暖かい季節であれば橋の下なんかで開催して、国内最高のDJやプロデューサーが参加するんだ。

レイヴを撮り始めたのはいつ頃、そしてなぜですか?
Cxemaが最初に開催されるとき、オーガナイザーのスラヴァに「写真を撮って欲しい」って頼まれたんだ。それから何度か写真を撮ったんだけど、僕の写真が評価され始めて、ファンもできて。Cxemaは最高にクールだよ。世界の最新ファッションがそこここに見られるんだ。ネットでは"Cxemaファッション"を指南するサイトまであって、トラックスーツとミネラルウォーター、サングラスの写真が掲載されてたりするんだ。Cxemaには、ワイルドで感情的で、若さに満ち溢れたエネルギーがある。スラヴァに頼まれるたび、僕は写真を撮った。あのシーンの一部になることができて本当に光栄に思うよ。

いま最も好きなウクライナのDJとプロデューサーは?
これまでに見たテクノのパフォーマンスで最高だったのはウーヨークだね。パフォーマーとして優れていて、これから注目なのはコナコフ(Konakov)とウルフィウス(Wulffius)だな。ふたりとも才能溢れていて、ひたむきで、とても知的だよ。スタニスラフ・トルカチェフ(Stanislav Tolkachev)は、僕が知るなかで最も才能豊かなプロデューサーで、ようやく正当な評価を得はじめているよ。キエフでDJを始めたんだけど、DJボリス(DJ Borys)、イゴール・グルシュコ(Igor Glushko)、ノイザール(Noizar)、アンドレイ・シャコリン(Andrey Shakolin)、ヴェロ(Vero)、ローマンK(Roman K)、テクスカット(Texcut)といったDJたちから多くを学んだ。みんな才能に溢れていて、彼らがプレイしているときのフロアは最高だよ。そんな経験をさせてくれた彼らには感謝してもしきれないね。キエフのアンダーグラウンドのサウンドに興味がある人は、SoundCloud.comで彼らとCxemaのページにアクセスしてみてほしい。

2013年の独立広場革命以降、ウクライナでのパーティの様子に変化はありましたか?
Cxemaは、直接的じゃないけど、独立広場革命から生まれたものなんだ。革命が起こっていたとき、広場で警察と何時間にもわたり格闘していると「もう今日このまま死んでしまうのかもしれない」って。少なくとも僕はそう感じたんだ。Cxemaの会場には「どうにでもなれ、なにがどうなろうと楽しんでやる」というエネルギーがある。すごく超越的な空間なんだ。階段を上がると激しく打つベース音が聞こえてきて、巨大なフロアに入ると1000人を超えるレイヴァーたちが見たことないようなダンスをしていてね。ベルリンのBerghainにも似てるけど、もっと熱い。その光景を初めて目にしたときは、圧倒されて笑っちゃったのを覚えているよ。それで、中に飛び込んだんだ。そこは幸福に満ちていて、苦しみも貧困も空腹も存在していなかった。Cxemaは、ろくでもない現実からの逃避だった。僕たちはそこで怒りや嫌悪感を発散させていたんだ。あの時期にCxemaやパーティを開催することを「こんな悲劇が起こっているときに」と批判する人もいたけど、あれは国内で起こってることを祝うためじゃなく、精神的苦痛を発散するための方法だったんだってことを強調したい。Cxemaがあったから、僕たちは正気でいられたんだ。

2016年、ウクライナで若者として生きるというのはどういうものなのでしょうか?
現地の若者はみんな「最悪」って答えると思う。戦争と経済危機のおかげで、2016年の今も、ウクライナで生きるのは大変なことだよ。苦難と惨事の連続なんだ。兵士も家族も死んでいく。それなりの仕事について生活を営むことすら難しい。そんなろくでもない、悲しい現実も忘れられるときがあるから生きていける。ウクライナの多くの若者にとって、音楽やアートが救いなんだ。逃避なんだよ。

ウクライナの若者は何を目指しているのでしょうか?
たぶん、問い詰められることなく、平穏に暮らしたいんじゃないかな。革命でウクライナ人が目指していたのは単に"ヨーロッパ基準の生活"だった。フランスの若者が望むのと同じように彼らも、"普通"を望んでるんだと思う。おいしかった食事の写真をInstagramでアップしたり、アイデアや気持ちを表現するクリエイティブな方法を見つけたりする、そういう"普通"のことを望んでいるんだと思う。

今、ウクライナのレイヴ文化が盛り上がっているのはなぜだと思いますか?
セルビア出身の友人が、90年代にセルビアで危機が起こったときにも同じ現象が起きたって話をしてた。ベルリンでも、壁の崩壊後に同じようなことが起こったよね。歴史を辿れば、ロンドンや他の大都市でも同じようなことが起こったんじゃないかと思う。それは精神的な対処方法だし、現実逃避とも言える。精神浄化作用のようなものなのかもしれないね。

西側諸国は今、東欧のファッションや音楽に目を向けています。それをどう思いますか?
「キエフは現代のベルリンだ」なんて言われてるよね。共通点はあると思うけど、キエフはベルリンを超えてると思うよ。現代版ベルリンにならず、ベルリンよりも多くのものを生んでいるんだ。東欧出身の写真家は、あるインタビューで「パリやロンドン、ベルリンはもうダメだ。写真に収めるべき新しいものなんて何もない」って言ってた。結局、彼もベルリンに移住したけどね。

とにかく、強く感じるのは、どの街にも文化復興の時期はあるんだってこと。ベルリンも、壁崩壊後には"新たな空間"と呼ばれた時期があった。"新たな空間"という点では、キエフは現代のベルリンなのかもしれない。

ウクライナ国内では、残酷だったり悲劇的なことがたくさん起こっているからこそ、クリエイティビティの勢いが増しているんだと思う。多くの人々が訴えたいことを持ち、それを伝える術を見つけ、見つけようとしているんだ。みんながそれぞれの表現方法を見つけて、西側諸国は聞く耳を持ってくれることを祈っているよ。キエフは世界一美しい国だ。ロマンチックだからとか、特別な魅力があるからじゃない。すごく現実主義的で、ものごとの本質を映し出している場所だからだ。そういったことが"これからの東側諸国"について考えていく上で、新たな基準になると思わない?

Credits


Text Micha Barban-Dangerfield
Photography Sean Schermerhorn and Yana Mihaylenkom
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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