南アフリカ・ソウェトのカウンターカルチャー

1976年には学生たちが市民運動を起こしたソウェト。現在はスラム街が広がる。そのソウェトに暮らすユースたちが作り出したカウンターカルチャーが今、世界の注目を浴びている。

by Hannah Ongley
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20 January 2017, 1:23pm

南アフリカのソウェトと聞いて、パンク・ミュージックを連想するひとはおそらくいないに等しいだろう。金鉱がヨハネスブルグで発見されてからというもの、南西部に隣接するソウェトには多くのアフリカ系住民が暮らすようになった。この町が初めて世界の脚光を浴びることとなったのは1976年のことだった。政府が母語バントゥー諸語を禁止して学校でアフリカーンス語教育を採用すると決めると、数千人もの黒人学生たちが抗議デモを行なった。アパルトヘイト政策が南アフリカだけでなく世界でも批判を浴び始める中、多くの死者を出したこの事件は世界各国で大きく報じられた。市民権運動にまで発展したこのデモが起こったのは、アメリカでラモーンズがデビュー・レコードを発表した2ヶ月弱後のこと。南アフリカの市民権運動も、ラモーンズの活動も、今年で40周年を迎える。

2016年現在、ソウェトに起こっているパンク・シーンは微小だ。しかし、そこに見られるのは、恐れを知らず、古い概念に中指を突き立て、南アフリカのスラム街に育つということの意味を問いただすユースの勢いだ。1970年代に西洋文化圏で巻き起こったカウンターカルチャーにとてもよく似ている。今、この芽生えたばかりの南アフリカ・パンク・シーンを世界に知らしめているのは、The Cum In Your Face(カム・イン・ユア・フェイス、通称TCIYF)というキュートな名前のバンド。TCIYFは、Thrasherが行なっている「スケート・ロック」シリーズのツアーに参加し、またSkate Society Sowetoを立ち上げた人物たちだ。TCIYFは今年、携帯電話でレコーディングしたというデビューEPをリリースした。しかし、音楽はたしかにパンク・ミュージックではあるものの、歌詞では政治への無関心が貫かれている。「Church Wine」のビデオに出てくるイエス・キリストのシンボルは皮肉として用いられているだけだし、歌詞に描かれているのは「タッパーウェアをばあちゃんのために買う」というような内容だったりする。

写真家のカラボ・ムーキ(Karabo Mooki)は、彼らの日常を数ヶ月にわたって記録し、ギターのストルーフ(Stroof)、ベースのトキシック(Toxic)、ドラムのジャズ(Jazz)、ヴォーカルのピュール(Pule)が、人々から敬意を払われる立場となるまでを目の当たりにしたという。夢に溢れるクリエイティブ・ユースたちにチャンスを与えない南アフリカという国——スケートについて、ステレオタイプを打破することについて、そして南アフリカの音楽界に生まれた新たな波を写真に収めることについて、ムーキに聞いた。

ソウェトのパンク・シーンを知ったきっかけについて教えてください。
ソウェトで巻き起こっているムーブメントについて知ったのは、TCIYFのメンバーたちを通じてでした。バンドを記録することで彼らが置かれている環境が見えてきましたね。TCIYFは社会の通念を覆し、個性やカウンターカルチャーがソウェトで受け入れられる下地を作ったんです。TCIYFは、ここ数年、勢いを増していたソウェトのスケート・シーンから誕生したバンドです。ソウェトのスケート・シーンで活躍するスケーターたちは、Skate Society Sowetoという組織を作り、ハードコアなDIY精神を打ち出しました。ソウェトで生まれ育ったエキセントリックなアーティストやミュージシャンたちが中心になって活動しています。

バンドを記録する中でもっとも印象に残っている思い出は?
ハーフ・プライス(Half Price)とFREExMONEYとともにツアーに出ていたTCIYFが、ショーをやるためにソウェトのロックヴィルへと戻ってきていた、ある日曜の午後のことです。ショー会場で、ハーフ・プライスのベーシストが感電してしまったんです。ハーフ・プライスは自分たちのショーをキャンセルしたんですが、TCIYFは予定通りにショーを行ないました。会場の送電システムが不安定だったにもかかわらずです。ショーの途中で、ストルーフが感電してドラムセットに投げ出され、そのままフロアに倒れこみましたが、それでも彼はギターを弾き続け、バンドは観客を盛り上げて、曲を完奏しました。

2016年のソウェトにおいて、人種問題はどのような状況にあるのでしょうか? また、それはソウェトに生まれているパンク・シーンにどのような影響を与えているのでしょうか?
南アフリカのパンク・シーンは、皆で愛を育むコミュニティの形です。アンプのボリュームが上がった途端、政治的なことはすべて忘れて、みんなが取り憑かれたようにモッシュを始めるんです。ご存知のとおり、南アフリカには孤児や、文化的・人種的にまったく違う出生の国民がたくさんいます。そんな異なるバックグラウンドを持った人間が集まってひとつになる——TCIYFをはじめとするバンド達が、そういう空間を作ってきたんです。地元のパンク・ロック・フェスをオーガナイズして、新しいバンドが新しい観客を前に演奏する機会を与えたり、身体的な違いを超えてひとびとが共通点を見出し、理解し合える空間を作り出しているんです。南アフリカのパンク・シーンがいま大きく躍進しているのは、パンク・ロックというものがただのスタイルではないと気づき始めたからです。「パンクとは生き方なんだ」と——誰の中にも眠っている視点を解き放ってくれるものだ、とね。それが発展して、今やオルタナティブ・カルチャーが勢いを見せ、ソウェトという黒人居住区で個性が祝福される流れが生まれたのです。

パンク・ミュージックと同じように、スケボーもまた若者たちの自己表現を助け、ステレオタイプの打破に一役買っているのでしょうか?
そういうことです。見ればわかりますよ。ソウェトは決してスケボーに適した場所ではありません。スケボーが楽しめる状態などほとんどありませんから。だからこそ、TCIYFが場所と想像力を最大限に利用して不可能を可能にしている姿は、「素晴らしい」の一言に尽きます。その過程は「人生って簡単じゃないよな」という無言のメッセージを体現していて、ソウェト住人はそれに共感するんです。そして、クリエイティブなあり方を見せることで、社会に敷かれたレールの向こうに広がる景色をユースに見せているわけです。

現代の若いソウェト市民たちは、どんな音楽を聴いて育ったのでしょうか? 彼らはどのようにミスフィッツやラモーンズの音楽を発見したのですか?
ソウェトでは、ハウスやヒップホップといった音楽に触れる機会はあるんです。でもパンクは、例えばロックヴィルやスケートパークで開かれるギグやパンク・フェスにたまたま居合わせたりしない限り、出会うことはないでしょうね。もしくは、Skate Society Sowetoのビデオにたまたま巡り会うか、インターネットでパンクのミュージック・ビデオに出会うか、といったところです。

TCIYFは「おばあちゃんとお母さんにタッパーウェアを買ってあげる」といった歌詞を書いていますが、バンドのメンバーたちと家族の関係はどのようなものなのでしょうか?
TCIYFのメンバーは、彼らを育ててくれた女性たちに対して深い愛と尽きない尊敬の念を持って生きています。メンバーのほとんどは父親なしの家庭に育っていますが、両親が揃ったそんじょそこらの家庭よりもずっと多くの愛情を注いでもらって育っています。今でこそThrasher Skate Rockに声をかけられてツアーで外国にまで行く彼らですが、もとは彼らの自宅ガレージで演奏していました——そんな当時から、彼らの家族はずっと彼らのショーを欠かさず見てきているそうです。母親たちや祖母たちに対する彼らの愛も当然ですね。

TCIYFはデビューEPを携帯電話でレコーディングしたとおっしゃっていましたが、ソウェトで若いアーティストがそれなりのレコーディング機材を使うというのはやはり難しいことなのでしょうか? 今後出てくるクリエイティブ・ユースたちのために、いま何ができるのでしょうか?
バンドのメンバーたちのほとんどは定職にありつけておらず、定職を持っているメンバーたちは、なかなかスタジオに入れるだけの時間を作れない。ソウェトのミュージシャンたちは、スタジオ入りする時間を捻出できないのが現実です。働かなくてはお金も稼げませんしね。でも、そこに新たな動きが見られています。多くは、有名なアーティストが、若く才能あるミュージシャンたちを手助けするというものです。今という時代、ユースはTCIYFのようなあり方を取り入れるべきだと思いますね。「最高な状態でなければ関わらない」なんて姿勢はやめて、「いま自分が持っているものを使って中身のあるものを作り上げるために全力を尽くす」というあり方をです。もっとワークショップが盛んに開かれればと願います。なにより、ユース育成プログラムのようなものが政府主導で行われたらと思います。でも実際のところ、政府はソウェトでのユースを対象とした文化開発にはまったく興味がないようです。指導者や同志がいるだけで、この町に生まれつつあるアンダーグラウンドのアート・シーンはもっと活気付くだろうなと思うんですがね。

女性のパンク・ミュージシャンは存在するのでしょうか? また、若い女性ファンはパンク・シーンにおいてどのように関わり、どのように捉えられているのでしょうか?
激しい女性ミュージシャンが数人いますよ。彼女たちの存在が、南アフリカのパンク・シーンに新たな活気を生み、シーン自体を新たな高みへと押し上げました。ジャパン・アンド・アイ(Japan and I)というバンドの存在はソウェト・パンク・シーンの成長に多大なる貢献を果たし、男性中心のバンドと同じだけのリスペクトを獲得しています。

Credits


Text Hannah Ongley
Photography Karabo Mooki
Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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