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豊田利晃とマヒトゥ・ザ・ピーポーが語る、『破壊の日』と芸術の役割

豊田利晃の最新作『破壊の日』がコロナ禍での制作を終えて劇場公開へ。いま映画を撮るというのはどういうことなのか。7月24日公開にこだわった理由とは。本作の試みとパンデミック下での撮影について訊いた。

by Takuya Tsunekawa; photos by Shina Peng
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24 July 2020, 6:57am

短編映画『狼煙が呼ぶ』からおよそ半年、2020年2月に豊田利晃の新たな映画『破壊の日』の企画とクラウドファンディングが始動した。しかし直後にコロナウイルス禍の緊急事態宣言が発令。撮影延期を余儀なくされ、役者の発表すらままならない状態が続いた。それでも自粛要請の解除後、世界でも類を見ない速度で製作された『破壊の日』が7/24(金)より公開される。

仕掛け人である豊田利晃の呼びかけに、渋川清彦、マヒトゥ・ザ・ピーポー、イッセー尾形、松田龍平、窪塚洋介らが集結。さらにGEZAN、照井利幸、切腹ピストルズ、MARS89も音楽で応えた。

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『破壊の日』は、疫病が広がる渦中で祈ることについての映画だ。静謐なアヴァンタイトルの後、耳をつんざく轟音とともに、本殿に鎮座するミイラに迫っていく異様なエモーションを孕んだオープニングクレジットから、映像と音の快楽に飢えた観客を慄かせるだろう。表現の存在自体が問い直されるいま、この映画が託す祈りに応答するのは観客自身かもしれない。

監督の豊田利晃と、生きたままミイラになる即身仏になろうとする男を演じ、自身のバンドGEZANとして音楽にも関与したマヒトゥ・ザ・ピーポーの対談の機会に恵まれた。なおこの取材は映画の完成前、7/15(水)に行われた。

『破壊の日』

──公開に向けていまどの段階でしょうか?

豊田:6/22にクランクイン、6/30にクランクアップしました。そこから編集に4~5日間。グレーディング、アフレコ、音響効果録りを経て、最後にダビング作業が7月20日まであります。DCPに落として初号試写が22日、23日に劇場納品、24日に公開します(笑)。普通は映画が完成してから半年間ぐらい宣伝期間があるんだけど、もういまそういう時代じゃないし、コロナの中で映画を作って公開することに意味があると思ってるので予定どおり7/24の公開に向けて動います。今回、神社仏閣いろいろ回って、すべてのデカい神社がこの企画なら乗ると言ってくれた。即身仏っていう生きたままミイラになる修行が修験道の中にあるんですが、そのミイラを本殿に移動させて撮影させてくれたのは世界初。そういう許可が下りたのもこの状況だからこそだと思う。その影響かマヒトくんの右耳がいま聞こえにくくなってるんだけど(笑)。

マヒト:本殿は避けてたんだけどね(笑)。

豊田:コロナのこの状況じゃなかったら公開も完成もできなかった。映画館も上映時間すら決まってないのに空けてくれてるってありえないですよね。逆に言うと、誰もが求めていたのかもしれない。いまはみんなコロナ前に作られた映画しか見てないわけだけど、なんかどこかズレが感じられるところがある。

マヒト:もともとはオリンピックが始まる予定だった7/24から公開で、それが延期になって、コロナで撮影時期がズレて、それでもその日に合わせる必要があるのかどうか監督も悩んでたけど、でも結局7/24にやると聞いたときは本当狂ってると思った(笑)。人と会うこと、表現ってものがどんな存在なのか、不要不急なのか、映画よりもまず先に命だろとか、状況がどんどん変わっていく中で、時間にも時代にも試されてるような渦中での撮影でした。

photography Shina Peng

──公開日の延期も考えられたんですね。

マヒト:6月の頭ぐらいに会ったときにぽろっと「延期した方がいいかもしれない」って言って(笑)。

豊田:やるべきかやらないべきか悩みはあったし、撮影の時期がズレたから参加できなくなったスタッフがいたり、クランクインの1週間前ぐらいに辞めるって人もいた。敏感じゃないやつが集まったってことかもしれないけど(笑)。

──いま映画を作ることに葛藤もありましたか?

豊田:俺は映画監督だから映画作る以外にない。だからボーッとしてるんだったら作った方がいいし、この状況の中で作るっていうのも一生で一回しか味わえないから、コロナ禍でガイドライン守りながら作るのも人間らしいというか、それも含めて楽しもうと思ってましたね。

──まだコロナが収束していない中での撮影でしたが、感染リスクに関してはどのように対処されていましたか?

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豊田:照明担当(宗賢次郎)が照明協会理事でコロナ対策本部長だったので、もしも行き過ぎた部分があれば言ってくれるだろうと思ってたし、医療免許のある人もひとり付けてました。シーンによっては消毒のために中断したり、車で移動するときも人数を半分にしたり、手間も時間もお金もかかったけどね。普通は撮影現場にはケータリングがあってお茶場でコーヒーとか飲めるけど、お茶場がなかったんだよね。

マヒト:映画の現場のメシ、ショボいなあと思ったもんね(笑)。

豊田:シェアしたらダメだったからね。

『破壊の日』

──出演する側としてはどのような気持ちでしたか?

マヒト:コロナの難しいのは、人に移しちゃう可能性があることだけど、即身仏の服着て、フェイスシールドは着れない。基本的には俺は自分が何かやりながら燃えて死ねたら本望だと思ってるので、生きてる実感を持てるような現場は幸せですよね。

豊田:もともと脚本自体に野外のシーンが多かった。室内ばかりだったらもっと神経質だっただろうね。室内の撮影は1日しかなかったから。

マヒト:自主隔離のとき、確かに息はしてたけど、本当に生きてるのかどうかって言うと怪しくて、毎日をただ跨いでるだけだった。コロナ禍での一連の時間を過ごす中で、ただ生き繋ぐことだけが生きてるってわけじゃないことを再確認できたし、もし仮にリスクがあっても俺はちゃんとその日を生きれたなってことの方が自分にとってより切実な意味になると今回確信できたんだよね。

photography Shina Peng

──おふたりが出会ったのはいつ頃ですか?

豊田:去年7/17の渋谷WWWでの『狼煙が呼ぶ』上映の1週間ぐらい前に、タクシーの中でWWWの方からGEZANを勧められて今度紹介してよって話をしてて、たまたま三宿で降りたら目の前にいた(笑)。渋川清彦と待ち合わせしてて、キー(渋川清彦)がマヒトと喋ってたんだよね。

マヒト:そんな感じだったんすね(笑)。

豊田:そのときにマヒトからCDと本もらって、その後、『狼煙が呼ぶ』のイベントにも来てくれた。

マヒト:あの日、アンダーカバーのジョニオ(高橋盾)さんとタクシーに一緒に乗って帰ってるときに、結構しんみりしながら、映画っていいなあみたいな話をした(笑)。ファッションだから常に流行りとかトレンドとずっと添い寝し続けて、常に変え続ける運命(さだめ)にあるわけじゃん? あのとき豊田監督がやってたVJの中で初期からいまに向かって作品が紡がれてたんだけど、やっぱ『ポルノスター』の千原ジュニアさんとか『青い春』の松田龍平くんとかもう絶対その頃には戻れないあの刹那が焼き付いてて、そういう風に生きてた時間をちゃんと残せるのっていいよなあ、俺はいつも消費されてばっかりだよみたいなことを夜景見ながらジョニオさんが言ってたのを覚えてる(笑)。今回の映画も画角の中に「2020年」が映り込んでて、コロナや都知事選があったり、先の見えないこの時期の混乱の匂いが焼き付いてると思う。アフレコのときにいろんなカットを見ながら、俺は永遠にこのシーン見るたびにこの頃のこと思い出したりするんだろうなあとか思って。監督がいま鬼丸さんのTシャツ着てるけど、生きてた時間が残っちゃうことの美しさもあるし、一歩間違えると責任もある。すごい速度で時間が流れていって、10年前の震災だって何事もなかったように進んでることもあるけど、映画の「残る」ってことに俺は結構感動した。

豊田:特にオリジナルの場合は絶対そのとき自分が考えてることが投影されるし、映画というのはそのときにいる人物、場所しか映せないもの。SFとか作り込むものはまた違うんだろうけど。何分という限られた中で起承転結を紡ぎ上げなければならない時間芸術である映画で、それをどのように込められるかはいつも考えているところですね。

『破壊の日』

──予告では山奥のシーンから始まりますが、舞台はどこですか?

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豊田:舞台は栃木県の西方とか鹿沼。切腹ピストルズの隊長(飯田団紅)がそこに住んでて、その周りの村人たちとも1年ぐらい前から関係性ができてたので、彼らが全面的にバックアップしてくれました。あとは東京の場面も少しある。

──クラウドファンディングの文言の中には「原発」と「疫病」がテーマだったとありますね。

豊田:『狼煙が呼ぶ』の舞台挨拶で全国を回ったときに、フォーラム福島の支配人から甲状腺癌の子どもたちの話を聞きました。福島の中でも避難する者と居残る者ですでに生き方についての分裂が起きてたり、その辺のことって誰も描いてないから、本当はその話もやりたかった。福島のロケハンも行ったんだけど、途中からコロナが来て、今回はふたつとも描くことは無理だと思って、山伏と言われる修験者の話に全面的にシフトしました。『狼煙が呼ぶ』のときから狼信仰をテーマにしてて、山形にある出羽三山神社は疫病退散のために作られた神社なんですが、そこの蜂子皇子の絵が狼の顔をしてるんです。出羽三山も全面協力してくれました。

──そもそも疫病退散の神社が出発点にあったんですね。

豊田:去年の夏に出羽三山でフェスをやってほしいみたいな話があって、その下見に俺と隊長で行ったときに知った話です。そこから修験道に関心を持った。いわゆる宗教のように位がなく、山に登ってお祈りするだけなので、誰でも参加できる。毎年まだ原田芳雄さんが生きてた頃から一緒に和歌山の御燈祭に行ってて、それにはもう12年ぐらい参加してるんだけど、今年行ったときにそれも修験道の祭りだったことにも気づきました。

『破壊の日』

──4~5月のコロナ禍に脚本を大幅に書き換えられたのでしょうか?

豊田:でも実はそんなに変わってないんですよ。クラウドファンディング以外に出資を予定してくれてたところがコロナ禍で潰れてしまって、金銭的な苦しみがあったので、内容を縮小しないと撮れなくなった。原発までは盛り込めないだろう、福島ロケは無理だろうと。40人のスタッフとともに、梅雨の中、雨を避けながら撮り切れたことがミラクルだったと思う。

マヒト:『狼煙が呼ぶ』は監督の家でピストルが見つかって、それがおじいちゃんの形見だったって報道はされなかったことへのある種の怒りを映画で返答したわけですよね。生産性のあるものに価値があるとされる資本主義の中で、そういうものを度外視した関係性であのキャストやスタッフが一瞬の声かけで集まった。それは今回にも言えることで、物の価値がお金を対価にした契約で成り立ってる中で、自分の利益じゃない形で関わる、そういうもののコミュケーションや交換で成立させられることはレベル(反抗)なんだよね。『破壊の日』は何か物理的に破壊するというよりも、この時代に対するそういうアンサーもあると思う。

──オールアフレコと伺いましたが、どのタイミングでその判断をしたのでしょうか?

豊田:6月ぐらいに製作費が決まって、だったら予算的にも時間的にも録音部は入れられないなと思って。同じ北田(雅也)さんが音をやってくれてるんですが、塚本晋也監督がいつもそうやってますよね。

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マヒト:映画が時間芸術だって監督は言ったけど、もちろん音楽も時間芸術だし、各表現媒体によってその扱える時間の軸が違うと思ってて。TwitterやInstagramはインスタントで、瞬間的にメッセージを過熱させられるけど、タイムラインって言われるように流れていく。でも映画はインスタントなものに引っ張られ過ぎると、一瞬の過熱はあるけど消費されちゃう。あまりに時代の流れが急だから、それに引っ張られないようにしたいと監督に伝えたけど、だから脚本がコロナ前とそんなに変わってないことは重要だと思う。いますごくいろんな混乱が可視化されてはいるけど、ずっと前からあったし、そしてこれからもずっと続いていく。さらに加速していく可能性すらある。この時期に撮ったことは特筆されるべきだとは思うんだけど、その匂いを捉えながらも、何に怒って何に祈ってるか、何に取り憑かれてて何を払うのかというより普遍的なところに収まってるのがいいと思う。見てないけど(笑)。

豊田:まだ完成してないからね(笑)。コロナの感染リスクももちろん大切だけど、心がやられてる人がすごい多いと思う。心の病をちゃんとケアしないと。そのために芸術はあると思う。

『破壊の日』

──マヒトさんは初めての演技で修験者の役ですね。

マヒト:最初はよくミュージシャンが出るちょい役かと思ってたけど、結構出てた(笑)。演技経験はないので、賢一って役のことを想像するしかなかった。即身仏って死んでるわけじゃなくて、常に祈り続けてる。最初はそれが自己犠牲みたいな感覚なのかなと思ったんだけど、でもどうやら修験の人の話を聞くと、もうちょっとトランスに近い感じで、そのメンタルが面白いと思った。変な湿っぽさがないというか。

豊田:難しいよね、死に対する考え方だから。

マヒト:もともとこの話がある前から、山形の酒田に行くたびに即身仏とか見に行ってたんですよ。いろいろ見て、ズドーンとなって帰ってくるみたいなのを繰り返してて。

豊田:(笑)

マヒト:やっぱり異常な状態で、ミイラだから死んでるわけだけど、一応祈り続けてる生きてる人として神社は扱う。それって幽霊と一緒というか、幽霊の場合は実像はなくて思念だけがある状態だけど、即身仏の場合は実像はあるけど思念が見えない。生きてる生きてないと関係ないところで何か存在してるっていうのは、そこに流れてる時間自体がすごく特殊で、それを想像するのは楽しかったかな。もちろん賢一は俺自身ではないんだけど、それを自分が演じるわけだから、与えられた大きな話とはまた違う自分の中のストーリーもまたあって、自分の中で思考が刻まれていくような時間の流れがあったと思う。それらが総合的に関係し合って、この56分47秒の時間が生まれるって奇跡的なことだよね。

豊田:俺が全体を書いてる脚本と、役者が自分が演じる視点から見る脚本は違って、ここはこう言わないんじゃないかとか言ってくれて、それは自分が見えないところなので、いい気づきになりました。

マヒト:セリフは監督が決めたことだけど、自分がどういう気持ちでその現場に臨むかっていうことは自分に託されてるわけで、渋谷のシーンで歩いてるときの自分の表情を後から見たときに、怒りとか祈りってなんなんだろうみたいなことをむしろそのときの自分から教えられた。別にセリフはないけど、あの表情からセリフ以上のイメージみたいなものを感じたし、それはたぶん監督がそういうものを頭の中に持ってるから引き出されてる。一方通行じゃないですよね。

豊田:それが映画の面白いとこでね、どっかでテレパシー状態になるんだよね。言わなくてもわかるでしょみたいな(笑)。

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マヒト:全然ディレクションしてくれないときもありましたけどね(笑)。でもそこが面白かったし、あまり言葉で限定したくないと思ってました。もちろん言葉を重ねて、祈りとか怒りを具現化していくことはできるんだけど、むしろ監督が用意してくれた言葉以上の状態、自分自身ですら理解できないような状態になることを求めてるようなところがあった。さっきトランスって言ったけど、ある意味、即身仏が祈り続けるっていうのは、自分の体が痩せ細って死に近づいていくことに相反して恍惚としていく状態、命の灯火が小さくなっていく現実をイマジネーションが凌駕する状態なんだと思う。自分自身を超えて世界そのものと繋がるために、木の実を食べて、森の体にする修行をする。俺の中ではその片鱗の部分では今回ちょっと繋がったと思ってる。超アクティブな即身仏だけど(笑)。

豊田:祈ることしかできないのか、怒ることしかできないのか、コロナの渦中では誰もがそういうメンタルになったんじゃないですかね。コロナがまだ落ち着いてない状態なので、答えを示す必要はないと思ってます。22日に完成したら自分もまた意見が出るかもわからないけど、いまこの現場のみんなの気持ちをどこか共有できたらいいし、できるようなものになった気がします。

──今回、全然物事が解決してないのにオリンピックをやることに対するアンサーという意識はありましたか。

豊田:7/24になったら、この日に本当はオリンピックが行われていたはずだって報道されると思う。そのときに何かリアルにわかるような気がします。その日にこっちはこっちで上映しますよって、そこまでがひとつの仕掛けですよ。カレンダーでは「スポーツの日」になってるけど、「破壊の日」だから。でもぶち壊せって意味じゃなくて、オリンピック本当にやってたらいろんな人が分断される。その破壊されるのを取り戻せっていう意味合いもある。でも来年やるんでしょ? じゃ来年はパート2で(笑)。

photography Shina Peng

映画『破壊の日』は7月24日(金・祝)からユーロスペース他で公開。

現在MotionGalleryにて『破壊の日』全国公開のための宣伝費を募るクラウドファンディングが開催中。YOSHIROTTENデザインのTシャツや写真家・名越啓介のフォトブックなど豪華なリターンが用意されている。

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